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高校生の二人
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しおりを挟むじわじわと太陽が真上から照りつける中、未雲は汗をかきながら一人バスを待っていた。日陰のないバス停はこの時期において死活問題だ。だからなるべく時間通りに家に出るのに、バスはいつも数分遅れる。たった数分でも暑さで脳がやられそうなのに勘弁してほしいところだ。
出発予定時刻から数分後、いつものバスがゆっくりとバス停の前へと停車する。目の前で開いた扉から一気に涼しい風が流れてきて、未雲は釣られるように急いで中へと乗車した。
教室に着くとそこはちょっとした騒ぎになっていた。一番窓側の後ろの方の席に生徒がたくさん集まっている。やっぱりこうなるのか、と未雲は大きな溜息が出そうだった。
正確には柊明の周りに人だかりが出来ていた。あれだけ未雲と一緒にいた彼が何事もなかったかのように一人で登校してきたところを見て、勇気ある一部の同級生が恐る恐る話しかけにいったのだろう。そしていつものように優しく受け答えをされ、たちまち彼の周りに人が集まったというところだろうか。
自分の席も他の生徒に占拠されており、これでは無事に辿り着ける気もしない。さてどうしたものか、と周囲を窺っていると話題の中心にいる人物が顔を上げた――丁度、視線が混ざり合う。
「っ……!」
前の優しい眼差しからは考えられないほど、鋭い視線だった。蛇に睨まれたかのようにそこから動けなくなり、声すら発することが出来なくなった。
「柊明くん?」
「柊明、どうしたんだよ」
柊明が急に黙ってどこかを見つめていることに気付いた周りの生徒が不思議そうにその目線を追った――そして、たくさんの目が未雲を捉える。
教室全体に気まずい空気が流れた。それは一瞬のことだったかもしれないし、長い時間だったかもしれない。けれど、未雲はそんなこと気にしていられなかった。
柊明が、視線をすっと前に戻す。そして「ごめん、話の続きなんだっけ」と話の途中だった同級生に向き直る。その生徒は未雲と柊明を交互に見ながら困惑しながらも、口角が上がってしまっているのがばっちり見えた。
そこからだ。自分に向けられる悪意がさらに酷くなったのは。
教室の隅でも、廊下を歩いている時でも。聞きたくもないのに耳には自分への蔑みや哀れみのこもった笑い声が入ってくる。どこかしらからずっと視線を感じる。
「ねえ、あの二人喧嘩別れしたらしいよ」
「ついに!」
学校にいるだけでずっとその悪意に晒され、未雲は今までに感じたことのない疲弊と孤独を体感していた。高校生になった頃は一人でいても平気だったのに、むしろその方が楽だったのに。
「噂だけど、未雲が柊明を脅してたらしい」
「付き合ってたのは本当なのかな」
自分を見つめる周りの目は前から悪意に満ちていた。柊明が来た後のさらに酷くなったそれさえなんとも思っていなかったのに、今ではもう耐えられそうにもない。親にこれ以上心配をかけたくないから何とか通っているが、毎朝学校を休みたくてたまらなかった。
――その点で言えば、今が高校三年の時期で良かったと心底思う。夏休みが近付いてくるとどの生徒も受験に気を取られて他に構う余裕がなくなり、次第に未雲と柊明についてとやかく言う人もいなくなっていった。相変わらず柊明はクラスの人気者だったが。
だんだんと興味も薄れていったのだろう。未雲は二年の夏前のような、ほぼ空気の存在に戻りつつあった。
その頃からだろうか、未雲は今までのものとは違うじっとりとして重たい視線を感じるようになっていた。焼けるようなそれに思わず振り返れば、その先には必ず柊明がいて、こちらをあの深い色の瞳で見つめていた。
気付くと目線はすぐに外される。その度に彼の笑顔を、温もりを思い出し、もうあの時のように手も繋げないのか、と思うと鼻の奥がツンとした。
「一人でも平気だったのに、あいつのせいでめちゃくちゃだ……」
未雲のか細い呟きは蝉の大合唱で描き消されていく。いつの間にか柊明と出会ってもう少しで一年が経過しようとしていた。あの頃の自分はこんなことになるなんて全く思ってもいなかっただろう。
もし一年前の自分に会えるなら、今すぐ海なんて行くなと言ってやりたかった。無意識に人との関わりを求めるなと叫んでやりたかった。
ただ、寂しかっただけだった。自分で人と関わるのをやめておきながら、一人は嫌で、かといって今更同級生に弱い部分をさらけ出すことなんて出来なくて。そんな時に自分のことを全く知らない柊明と出会って、つい欲が出た。
柊明のせいだ。
どこまでも責任逃れをしてしまう自分が嫌になる。それでも、彼のせいだと思っていないとどうにかなってしまいそうだった。
それだけが柊明との唯一残った接点のような気がして、忘れられるとも思えなくて、結局どこまでいっても彼との出会いは自分にとって大切なものだった。
高校生編 終わり。
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