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本編

28.追いかけてきた悪夢

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エリアスを見た瞬間に固まった。騎士団の詰所の片隅、机を貸してもらってスクロールを書いていた私の前に現れたのは、ザ・騎士様なエリアス。いつもの簡易服じゃなくて、かっちりした正装。詰襟だから、奴隷紋が見えないことにホッとしたのも束の間、エリアスの固い表情に、嫌な予感がヒシヒシと─

「…ステラ、すまん。ちょっと、つきあってくれ。」

「…いい、けど、どこに?」

「…」

立ち上がり、部屋を出る。黙ってエスコートしてくれるエリアスの手に導かれて向かったのは王宮。しかも、騎士団長室があるのとは明らかに違う方向。王宮のど真ん中を進むエリアスに、もう、本当に嫌な予感しかしなくて─

「…ステラ、すまん。」

「あの、多分、エリアスが謝ることじゃないとは思うんだけど、これ、どこに行くの?」

「…宰相閣下に呼ばれてる。」

「宰相…」

国の、トップもトップ。一生、お目にかかることなんてないはずの存在が私を呼んでる─?

「…ハイマットから使者が来ているそうだ。…ステラを探していると。」

「…」

あ、詰んだ─

瞬時に頭に浮かんだ言葉、ブンブンと頭を振って打ち消す。

「あの、その使者っていうのは偉い人?私のこと分かるかな?最悪、『人違いです!』って誤魔化せたり…?」

「…どう、だろうな?」

半信半疑っていうより、多分、無理じゃないかなーな雰囲気のエリアスに、嫌な汗がバンバン流れ出した。

(探してる…。探してるって、アレだよね?捕まえて、連れ戻されるってやつで…)

そんなの絶対嫌だから、頭の中でグルグル思考を巡らす。

(逃げ道、逃げ道…)

考え込む内にたどり着いた大きな扉。エリアスが足を止めた。

「ステラ、大丈夫だ、安心しろ。」

「…」

「いざとなったら、俺がなんとかする。…何ともならなくても、俺がステラの側を離れることはない。…ずっと、一生、お前の側に居る。」

「…エリアス。」

こんな場所で、こんな時でなければ、涙が出るくらい嬉しい台詞。プロポーズみたいなそれが、今はただ悲しくて仕方ない。

(エリアスに、こんなこと言わせたくなかった…)

騎士団のみんなと居るエリアスを見た後だからこそ分かる。エリアスの居場所はここだ。私がどうなろうと、エリアスはここを離れるべきじゃない。

(だから、私が、どうなろうと…)

暗くなる思考を無理やり追い払う。まだ、チャンスはある。逃げられるなら逃げきる。折角、ここまで来たんだから、何としてでも─

(よし…)

胸元、下げたお守りを握り締め、覚悟を決めた。

一度、こちらを確認したエリアスが、目の前の扉を叩いた。入室を許可する声、エリアスが開けてくれた扉の向こう、見えた人物の姿に愕然とする。

(…な、んで…?)

「っ!居た!」

「っ!」

こちらが認識すると同時に、あちらも気づいた。座っていたソファから立ち上がったかつての同僚、ミリセントがこちらを指差し、大声をあげる。

「やっぱり居た!長官!あの女です!あの女、やっぱり、こんなところに隠れてたんですよ!」

「…ミリセント、やめろ。下がれ、座れ。」

「っ!」

ミリセントが「長官」と呼んだ相手、直接目にするのは初めて、それでも、魔導省内で彼を知らない人間なんていない。

(…まさか、長官が…)

「…」

「…」

雲の上の存在だった。その人に、値踏みするように見据えられて、身体が動かなくなる。怖くてたまらないと思った瞬間─

「…騎士団副長エリアス・リューセント、ステラ嬢をお連れしました。」

(…エリアス。)

騎士の礼を取ると同時、私を、長官の視線から庇うようにして立ったエリアス。そのことに、勇気を得て、

「…ステラです。お召しにより、参上いたしました。」

頭を下げる。ミリセントが居る以上、人違い作戦は却下。だから、大人しく頭を下げ、相手の出方を待つ。

宰相閣下と思しき人物の許可の元、ミリセント達の向かいに座らされた。向かいの二人に対して、私は一人。背後にエリアスが立ってくれてはいるけど、宰相はご自分の執務机に座られたまま。だから、多分、これは静観?されている?

(…隣国から物言いがついた人間なんて、そう簡単に味方出来ないよね。)

しかも、私はこの国で何の実績も上げていない。魔術大国であるハイマットの不興をかってまで私をこの国に引き留める理由なんてないのだ。

それから、よく見たらもう一人。ザ・魔導師な老人が、宰相よりも更に遠く、窓辺近くに座っている。ロートの王宮魔導師?だろうか。関係者として呼ばれているのかもしれないけれど、その距離の遠さは宰相以上。

結局は、私一人─

(怖い怖い怖い…)

睨んでくるミリセントは無視できても、その隣、感情の見えない長官は、格が違い過ぎて逃げ出したくなる。その視線がこちらをじっと見つめたまま、

「さて、じゃあ、何から話そうかな?」

「…」

「ステラ君、きみ、ここに居るのは魔導省うちが嫌で逃げ出したってことであってるかな?」

「…はい。」

長官が落ち着いた声で話すから、答えにくい質問に、思わず正直に答えてしまった。

「…まぁ、私の方でも、君のことについては詳しく調査させてもらったよ。スクロール室の状況から、君が相当ひどい待遇を受けていたことは把握済みだ。君が逃げ出したくなった気持ちはわかるよ。」

「…」

「それで、どうだろう?こちらには、君のスクロール室での待遇を改善する用意がある。それを加味した上で、うちに戻ってきてはくれないかな?」

「それは…」

長官の横で思いっきりこちらを睨みつけるミリセント。彼女を無視して、考えてみる、…振りをした。だって、そんなの、本当は、考える余地なんてない─

「…すみません。ハイマットには帰りません。」

「…理由を聞いても?」

「…私は、もう、魔導省に対して不信感しかないんです。八年間、魔導省で働いてきましたけど、その結果が、あれで、もう、魔導省で頑張る意味なんて、全然、持てなくて…」

「…」

吐露した胸の内、それに、諦めたように嘆息した長官。ひょっとしたら、このまま、私のことなんて捨て置いてくれるんじゃないかと期待が生まれる─

「…だったら、残念だね。」

「あの、それじゃ、」

「残念だけど、我々は強制的に君を連れ帰ることになる。」

「っ!?」

「君には同情している。出来れば、君自身の意志で戻ってきて欲しかったと願うくらいにはね。」

「だったら…!」

「君も、魔導省に勤めていたなら分かっているはずだ。魔導師の辞職には所定の手続きが求められる。上司の許可は勿論、守秘義務に関する制約のあれこれもね。当然、それら無しに他国への移籍なんて認められるはずがない。」

「…」

「…ガンガルド魔導師長。」

「っ!?」

長官が口にした言葉に、驚いて顔を上げる。『ガンガルド魔導師長』、世界中の魔導師が所属する魔導師協会、そのトップの名に、窓辺に立つ老人が鷹揚に頷いてみせる。

「魔導師長においで頂いたのは、今回の問題が君一人の問題ではなく、国家間の問題になる可能性があるからだ。」

「国の、問題…?」

「逃亡が君自身の意志であれ、見方によっては、ロートがハイマットの魔導師を引き抜いた、そういう風に見えるということだよ。ガンガルド魔導師長にはどちらの主張に正当性があるか、公平な判断を仰ぐためにおいで願っている。」

「そんな…」

「君も、まさか、国家間の争いを望みはしないだろう?」

「っ!」

男の言いたいことは分かった。静かな瞳で、男は脅しているのだ。「私一人の我儘が、国同士の諍いを生む」と。

(…そんなの、ズルい…)

だって、そんな、そんなことを言われてしまえば、何も言えなくなってしまう。だって、エリアスにも、お世話になってる騎士団のみんなにも、とんでもなく迷惑をかけてしまうから─

(ううん、迷惑なんてものじゃ…)

流石に、戦争、なんてことにはならないと思う、だけど─

「…ステラ。」

「っ!?」

不意に、背後から肩に乗せられた手。護衛のはずの、多分、発言自体許されていないエリアスに呼ばれた名前。

(…無理、やっぱり、無理。)

私はチョロい。エリアスのたった一言に、もう、決めてしまった。

国の問題になろうが何だろうが、私は、絶対、エリアスを手放せない。それはもう、どうしようもなくて、それに、エリアスの居場所は、絶対にここだから─






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