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本編

8.無能な部下の使い方 Side K

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「…おはようございます。」

「…」

挨拶と共に入室して来た女に、一度だけ視線を送り、直ぐに手元の書類へと意識を戻す。ここ半年の、簡易魔法課における業績一覧。自身の統括する魔導スクロール室の業績が僅かに減少し続けている。

(クソ…)

簡易魔法課の花形である常設や組込みに比べて、魔導スクロール室は毎月の業績が個人の成績に大きく左右される。自室の業績悪化の原因は明らか。全ては、半年前、体調不良を理由に三日も休みを取った無能な部下のせい─

(全く、後れを取り戻させるだけでも一苦労だと言うのに…)

何食わぬ顔で自席に着こうとしている女、ステラへの苛立ちが募る。その感情のままに、女を呼びつけた。

「…ステラ、ちょっと、こっちへ。」

「…はい。」

呼ばれて、女が自席を立つ。こちらのデスクの前に立った女を、上から下まで、じっくりと眺める。

「…」

「…」

(…相変わらず、貧相な女だ。)

細身と言えば聞こえはいいが、肉づきの薄い身体は女としての魅力を全く感じられない。比較対象が、自身が別宅に囲っている女のせいもあるが、これなら、もう十年以上とこを共にしていない自分の妻の方がまだマシだとさえ思える。

「…ステラ、君、体調の方はどうなの?」

「はい、だいぶ本調子になってきました。」

「だいぶっていうのは、具体的にどれくらい?」

「え…?」

戸惑う女に、ため息がもれる。

「だいぶ、なんて曖昧な表現で、人に伝わるわけがないだろう?報告は正確に。私が質問をしているんだ、私に分かるように伝えなくては意味ないだろう?」

「申し訳、」

「それで?調子はもう完全に近いということでいいんだな?」

「…はい。」

「だったら、これは、君の怠慢の結果、ということか?」

「え…?」

放った資料を目の前の女にも分かりやすいように提示してやる。

「ここ半年のうちの生産成績だ。君が仕事を放棄した半年前からの。」

「…」

「君が回復傾向にあるというのなら、この成績はなんだ?半年前が底打ちというなら分かる。だが、ここ半年で下がり続けている理由は?」

「…」

黙り込んだ女の顔からは、何を考えているのかは読み取れない。が、恐らく、何も考えていないのだろう。こちらの言うことを、何も理解していない。

(…所詮、その程度の女、ということか。)

目の前の愚鈍な部下は、それでも、入省の際には随分と騒がれた存在だった。よわい十にして魔導スクロールを理解する子ども。上も随分な期待をかけていたようだが、結局、神童はただの魔力量の少ない女でしかなく、当初配属されたこの部屋から、一度も他所へ移ることはなかった。

(…私は、違う。)

女とは違い、魔術学院に学び、卒業後は魔導省へストレートで入省、ここまで地道に実績を築き上げてきたのだ。今は魔導スクロール室などという弱小室へ追いやられているが、いずれは、必ず─

「それで?君はこの怠慢の責任をどうとる?」

「…怠慢ではありません。ですが、今はこれが私の限界、精一杯なんです。」

「精一杯?…君は、馬鹿か?誰が精神論の話をしている?半年前、君に出来ていたことをやれと言っているだけだ。それが出来ないというのなら、それは明らかに君の怠慢だろう?」

「すみません。自分では今まで通りに業務をこなしているつもりで、」

「つもり?つもりと言ったのか?」

「…」

「全く話にならないな。…こっちは君のその『やったつもり』にこれからも付き合わないといけないのか?自分を客観視出来ない君に張り付いて?以前の君と何が違うのか、一々、指摘し続ければいいのか?」

「いえ…」

「はぁ…、本当に、君と話すと疲れる…。無能もここまで来ると…」

「…」

「…君みたいなのは、本来、この場に居るべきじゃないんだろうな。…下がっていいよ。話すだけ無駄のようだから。今後は君の生産スケジュールは、私が全て決める。君はそれに従うだけでいい。…それくらいは、出来るだろう?」

「はい…」

頭を下げる女を手で払う。一刻も早く視界から追い出さなければ、頭痛で頭が回りなくなりそうだ。

「愚鈍、のろま、馬鹿、愚図…」

女への苛立ちを言葉にしながら、目を閉じる。

(…スクロールの生産量だけは、何としても回復しなければ。)

簡易魔法課の室長会議での嘲笑や揶揄程度ならば、まだ我慢できる。しかし、これが省長会議の議題に上がるのはマズい。それだけで、己の出世の道が断たれかねない。

(…ゴード商会への払い下げ分を減らすか…?)

そうすれば、少なくとも、生産量の減少は食い止められる。だが、

(今月の返済が滞った状態では、厳しいな…)

金のかかる愛人のため、ゴード商会へのスクロールの横流しを行ったのが三年前。それから常態化してしまったゴード商会への払い下げは、今までは持ちつ持たれつの関係で上手くやってきた。だが、ひとたび金払いの悪くなった客に、ゴードがどういう手段に出るかは知っているから─

「っ!クソっ!!」

デスクの足を思いっきり蹴りつけた。視界の端、元凶の女が身体をびくつかせたことに、僅かながらに胸のすく思いがする。





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