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後日談

  芽ぐみ 4

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「…あの、こんなことを言うと、変に思われるかもしれないんですけれど、エストさんとは初めて会った気がしないんです。」

「…なんだ?口説き文句か?」

一瞬、ヒヤリとした焦りを軽口で誤魔化す。途端、慌て始めた「お嬢様」の顔が朱に染まった。

「ち、違います!そうではなくて、あの、何と言えばいいのか、本当に、ただ、初めてお会いする気がしないだけで!」

「ふーん。…まぁ、同じ王都に住んでんだ。本当にどっかで会ってるのかもしれねぇな。」

「そう、ですね…」

赤い顔のままで下を向く少女。本屋での出会い、初めて声をかけてきた時から変わらぬ羞恥を見せる少女に助言を求められ、その必死さに、結局、流されるままに複数回も会うことになってしまった。結果、ここ数回は、本屋を出て、店先で茶まで一緒にしている。自分でも、似合わぬ真似をしているとは思うが─

「…あの、ごめんなさい。エストさんと話していると、つい、安心してしまって。その、何だか、お兄様と話している気分になるんです。」

「あんた、兄貴がいるのか。…兄貴には、俺と会ってること言ってるのか?俺みたいなのと会ってるって。」

「え?」

トリシアと名乗った少女。どこから見てもいい所のお嬢さんなんだろうという雰囲気が隠せていない少女には、恐らくだが、監視がつけられている。時折だが、感じる視線、気配に、少女が報告しておらずとも、家には知られているのだろうが─

「…お兄様には言っていません。でも、多分、ご存知だと思います。」

「それで、何も言われてないのか?」

「はい。…お兄様がエストさんと会うことを禁じることはないと思います。…お兄様は、私に甘いから。」

「…」

「…兄だけでなく、私の周りの人達はみんな私に優しいんです。」

口にしている言葉の内容からはかけ離れた少女の笑み。喜びよりよほど、憂いの方が濃い─

「…私は、ご存知のように魔法が使えません。剣も全く駄目です。…なのに、そのことを責める人は誰もいなくて。私は守ってもらうばっかりなんです。」

「…そんなもんは、人それぞれだろ?」

「はい。…でも、私は、本当はそれで許される立場じゃなくて。」

「…」

震える声、それでも、涙を流すことはしない。

「…でも、お姉様が言って下さったんです。『私のために頑張ることが出来る人がいる。素敵なことじゃないか』って。」

「…」

「言われた時は凄く嬉しかったんです。ああ、そんな風に思ってくれる人が居るんだなって。救われた気がして。…でも、よく考えたら、怖くなりました。」

「…なぜ?」

「皆が守ってくれようとする私ってどんなだろうって?」

問いに返って来た問い。それに、己が返す言葉はないが、彼女の周囲が望んでいるのであろう少女の姿は、彼女のその自問だけで容易に想像できた。それでも─

「私は自分の好きなようにしていたらいいということですか?でも、私の周りは今、大きな変化の中にあって、その中で私だけ好きにしてていいのかなって不安になります。」

「…」

「…それに、ずっと同じ自分でい続ける、皆が守ってくれる自分であり続けるのも難しいなって思っていて…」

「…その不安を口にしろ。あんたの周りの人間に。」

己に答える言葉はなくとも、答えはそこにあるはず。

「…言えません。」

「なんで?」

「だって、こんな弱音。…エストさんは聞き流してくれるから言えますけど、お兄様達に伝えたら、『心配するな』って言うんですよ?きっと…」

「…」

「分かっていて口にするのは卑怯…、子どもみたいで、カッコ悪過ぎます。」

泣き笑いのような無理した笑み。成長途中の、言ってしまえば青臭い、それでも、立ち止まることを良しとしない少女の苦しみに、嘆息しそうになる。

言葉にするなら、眩しい。己がもう二度と手に出来ないであろう光、熱、輝きを直視できない自分がいた。





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