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最終章 領主夫人、再び王都へ
10.暴走
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一瞬、場に流れた沈黙、緊迫した空気。だけど、それも直ぐに王太子妃の笑い声によってかき消される。
「まぁ!巫女様ったら、面白いことを仰るのね?」
「…面白いですか?」
「ええ。面白いわ。…面白い冗談。」
「…」
微笑んではいるものの、それまでには無かった鋭さを帯びた視線で見つめられる。
「…だって、殿下がそんなことをなさるはずがないもの。」
「…」
「殿下は、為政者としてお厳しい方ではあるけれど、友人の幸福を壊されるような方ではありません。…例え、巫女様の目に、殿下がどう映っていようと。」
言い切った王太子妃の反応から、やはり、彼女は本当に知らなかったのだろうと結論づけて、アイシャに視線を移す。一瞬、動揺を見せていた彼女も、王太子妃の言葉に安堵したらしく、今はただ、憎しみを込めた眼差しを向けるだけ。
「…大体…」
王太子妃の呟き、呆れたと言わんばかりに首を振られる。
「…大体、殿下にはそんなことをなさる理由がありませんわ。あなたと騎士団長様を結びつきて、殿下にどんな利があると?」
心底、バカにした口調。ものの道理が分かっていない人間のように扱われて、こちらも、同じ調子で言い返す。
「さぁ?殿下の本心までは分かりませんけど、多分、生贄だったんじゃないですか?」
「…生贄?」
「若しくは、身代わり?でしょうか?」
「…巫女様は一体何のお話をなさって、」
「騎士団長閣下は…、ああ、もしかしたら、補佐様も、予防策、防波堤だったんだと思います。」
「…だから、一体、何の、」
「私が殿下を好きにならないための。」
「…」
告げた言葉に、王太子妃の顔色が変わる。彼女の顔から、薄気味悪い微笑が消えた。
「…巫女様、あなたは、殿下にまで言い寄るおつもりだったのですか?」
「違います。そうじゃなくて…」
そもそも、ガイラスやサキアにも言い寄った覚えはないが─
「…そうではなく、殿下は、私に好意を持たれることを避けたかった、私に好かれたくなかったんだと思います。」
「…」
王太子妃の奇妙な表情。先ほどまでの怒りは薄れたらしいが、戸惑いを隠せないでいる。
「…まぁ、だから、代わりに騎士団長閣下や補佐官様に私の世話を任せた。…それこそ、昼も夜もなく、王宮に呼びつけてでも。」
「っ!」
こちらの言葉に反応したのは、王太子妃ではなくアイシャ。その瞳を見つめながら一言一言、聞き漏らすことのないように告げる。
「だって、おかしくありません?職務外の騎士団長閣下をわざわざ王宮に呼びつけるなんて。殿下が対応されることはなくても、他の人間にやらせれば良かったことでしょう?」
「でも!それは、あなたがガイラスを呼んだから!」
「私、その頃、暴れまわっていただけで、騎士団長閣下を個人として認識もしていませんでした。」
「っ!また、そんな言い逃れを!」
「本当です。嘘だと思われるなら、フィリーネ様に確認されてみてはいかがですか?彼女ならご存じだと思いますから。私が一度でも、騎士団長閣下を名指しで呼びつけたことがあるかどうか。」
「!?」
アイシャの視線がフィリーネに向けられる。それを受けて、ますます視線を下げるフィリーネ。ただ、彼女の口から私の話を否定する言葉は出てこない。
「…殿下は、私とガイラスの距離を近づけたかった。…まぁ、実際にくっつけようと思っていたかどうかは分かりませんが、ご自分に目が向かないよう目くらましくらいにはしていたと思いますよ?」
言っていて、虚しくなる。結局、私は、王太子のその作戦にまんまとはまってしまったのだから。
「…理由になっていませんわ。」
黙ってしまったアイシャの代わり、王太子妃の鋭い声が割って入る。
「理由?」
「殿下がそんなことをなされる理由。巫女様の好意を拒絶するために、わざわざ騎士団長様を身代わりになさる理由がありません。」
「そうですか?」
「ええ。殿下が巫女様のお気持ちにお応えしないのであれば、殿下は巫女様にそうお伝えするだけでいいはず。わざわざ、そのような不快な策を弄する必要などございません。」
「…本当に、そうですか?」
淡々と繰り返せば、僅かに怯んだ王太子妃。その彼女に告げる─
「でも、断れないでしょう?」
「…なにを…」
「私が殿下を望んだら、殿下は断れない。だって、私は結界の巫女。その意志は最大限尊重されるべき、なんですよね?」
「っ!?バカなことを仰らないで!」
激昂した王太子妃が立ち上がる。
「殿下と私は心から愛し合っているの!殿下があなたを選ばれるはずがないわ!」
「ええ、私もそう思います。と言うか、さっきからそう言ってるつもりなんですけど、伝わっていませんか?」
「なっ!?」
「殿下は妃殿下を愛してらっしゃる。だから、私という厄介事を遠ざけるため、騎士団長閣下や補佐官様を私の側に置かれた。…囲われていたって言ってもいいかもしれません。」
「っ!」
息を飲んだ王太子妃、その反応から、私の言っていることに、少しは信ぴょう性を感じたらしいことを知る。
「…大体、おかしかったんですよね。私、巫女としてのお役目を終えるまで、殿下たちお三方以外との交流が全くありませんでしたし。」
言いながら、フィリーネに視線を向ける。
「つけられた侍女も、全く、心を許せるような相手じゃなかったですし…」
向けた視線が一瞬だけ絡むが、直ぐに逸らされる。代わりに口を開いたのは、また、王太子妃で─
「…ですが、それは、巫女様の方にも問題があったのではありませんか?巫女様自らがお心を開き、」
「妃殿下は、禁書をご覧になったことがないと仰ってましたよね?」
「…ええ。ですが、今、それは、」
「最近途絶えたという何代か前の巫女の家系があるのはご存じですよね?その巫女が、当時の王弟に嫁がれたことはご存じですか?」
「…」
こちらの無礼な態度が腹に据えかねたのか、王太子妃が口を噤む。それを気にせず、言葉を続けた。
「では、私の一代前、先代の巫女が、当時の国王の宮に入られたことはご存じでしたか?」
「何をっ!?何をバカなことを仰っているの!?この国は王家といえども、妻は正妃一人!その宮に、血筋の知れぬような者が入ることなど!」
「あったみたいですよ。正妃ではなかったようですが、禁書の一つに記録として残されていました。」
「嘘を仰らないで!」
「…」
言葉を荒げる王太子妃の瞳を見つめる。そこに演技が無いかを探して─
「…やっぱり、本当に、禁書をご覧になったことはないんですね。」
「っ!?」
「書いてありました。巫女は、…代々の巫女は、正妻として迎えられることはなくとも、皆、何らかの形で王族に嫁いでいます。」
(…日陰の身、存在を隠されている状態を、嫁いでいるなんて言えるかは分からないけれど。)
「…なぜ?」
「なぜ?ですか?」
本気で言っているのだろうか?先ほど、自分達で散々、バカにしていたのに─?
「そんなの決まっているじゃないですか。巫女の無駄に有り余っている魔力を、王族に取り込むためですよ。」
「っ!?」
「魔力は子どもに受け継がれる。それを期待して、巫女に子どもを産ませようとしたんです。」
「…嘘よ、そんなの嘘…」
王太子妃の顔から血の気が引いている。彼女も、「あり得たかもしれない可能性」を本心では理解しているらしい。
「…まぁ、結果は散々だったようですけど。巫女の魔力を受け継ぐ子どもは歴史上、一人も生まれていません。」
「だったら…」
「それでも、王家はその可能性を完全に捨てたわけではない、というのが禁書の結論でした。…ですから、妃殿下。」
「…」
「もし仮に、私が、王太子殿下を望んでいた場合、殿下はそれを拒絶できませんでした。」
「っ!?」
殿下の意志とは関係なく、それが、王家としての役目だから。
「…ですから、騎士団長閣下は、」
言いかけた言葉を飲み込んだ。テラスの扉、そちらから、複数の人の気配、言い合うような声が聞こえて来る。
(…やっと、来た。)
王太子妃の主催するお茶会、その場に乗り込める人間が居るとしたら─
「巫女!」
開いた扉、少し焦ったように近づいて来るのは王太子。その後ろにはガイラスとサキアの姿。恐らく、サキアが呼びに行ったのだろう。近づいて来る王太子の瞳に、この場の様子を探るような気配がある。
「…シルヴィア、これは。…巫女、…アンブロス夫人、一体、何が…」
場の不穏な空気を読み取ったらしい王太子が尋ねる。王太子妃を案じるように視線を向けながら。
その彼に、頭を下げる。
「申し訳ありません、殿下。」
「それは、何に対する謝罪だろうか…?」
「私、禁書の中身をしゃべってしまいました。」
「っ!!」
王太子の視線が王太子妃に向けられる。緊迫した雰囲気、対する王太子妃の顔色は悪いまま。
「…妃殿下にはお伝えしていなかったんですね?王家と巫女の関係について。」
「っ!それは…!」
珍しく露骨に顔色を変えた王太子。それだけで、真実を解してしまったらしい王太子妃の唇が震える。
「…殿下、では、巫女様の仰ることは本当なのですね?王家には、巫女の血を入れる必要が、」
「いや、違う!そんな必要はないのだ、シルヴィア!」
「ですが…」
「陛下は約束してくださった。私の意志も、巫女の意志も尊重してくださると。王家は巫女の自由を認めた。私の妃はシルヴィア、お前だけだ。」
「本当に…?」
「ああ。」
力強く頷いた王太子が、瞳を潤ませた王太子妃へと一歩近づく。
その、瞬間─
「っ!お前がぁああっ!!」
「なっ!?」
「お前が!お前が!お前が!私の幸せをー!!」
「アイシャ!?何をしている!?止せっ!!」
二人の間に割って入った小さな身体、ピンクのドレスの袖をひらめかせ、王太子へと掴みかかったアイシャに、その場の誰もが一瞬、反応が遅れた。王太子の胸元をつかみ、右手を振り上げたアイシャの手を、寸でで止めたのはガイラス。そのまま自身の妻を抑え込むが、必死に抵抗するアイシャは腕から抜け出そうともがき続ける。
(…なんなの…?)
突然の暴走。信じられない光景。
王太子から遠ざけるためだろう、自身の妻を引きずるようにして部屋から出ていくガイラスの姿を、ただ茫然と見送った。
「まぁ!巫女様ったら、面白いことを仰るのね?」
「…面白いですか?」
「ええ。面白いわ。…面白い冗談。」
「…」
微笑んではいるものの、それまでには無かった鋭さを帯びた視線で見つめられる。
「…だって、殿下がそんなことをなさるはずがないもの。」
「…」
「殿下は、為政者としてお厳しい方ではあるけれど、友人の幸福を壊されるような方ではありません。…例え、巫女様の目に、殿下がどう映っていようと。」
言い切った王太子妃の反応から、やはり、彼女は本当に知らなかったのだろうと結論づけて、アイシャに視線を移す。一瞬、動揺を見せていた彼女も、王太子妃の言葉に安堵したらしく、今はただ、憎しみを込めた眼差しを向けるだけ。
「…大体…」
王太子妃の呟き、呆れたと言わんばかりに首を振られる。
「…大体、殿下にはそんなことをなさる理由がありませんわ。あなたと騎士団長様を結びつきて、殿下にどんな利があると?」
心底、バカにした口調。ものの道理が分かっていない人間のように扱われて、こちらも、同じ調子で言い返す。
「さぁ?殿下の本心までは分かりませんけど、多分、生贄だったんじゃないですか?」
「…生贄?」
「若しくは、身代わり?でしょうか?」
「…巫女様は一体何のお話をなさって、」
「騎士団長閣下は…、ああ、もしかしたら、補佐様も、予防策、防波堤だったんだと思います。」
「…だから、一体、何の、」
「私が殿下を好きにならないための。」
「…」
告げた言葉に、王太子妃の顔色が変わる。彼女の顔から、薄気味悪い微笑が消えた。
「…巫女様、あなたは、殿下にまで言い寄るおつもりだったのですか?」
「違います。そうじゃなくて…」
そもそも、ガイラスやサキアにも言い寄った覚えはないが─
「…そうではなく、殿下は、私に好意を持たれることを避けたかった、私に好かれたくなかったんだと思います。」
「…」
王太子妃の奇妙な表情。先ほどまでの怒りは薄れたらしいが、戸惑いを隠せないでいる。
「…まぁ、だから、代わりに騎士団長閣下や補佐官様に私の世話を任せた。…それこそ、昼も夜もなく、王宮に呼びつけてでも。」
「っ!」
こちらの言葉に反応したのは、王太子妃ではなくアイシャ。その瞳を見つめながら一言一言、聞き漏らすことのないように告げる。
「だって、おかしくありません?職務外の騎士団長閣下をわざわざ王宮に呼びつけるなんて。殿下が対応されることはなくても、他の人間にやらせれば良かったことでしょう?」
「でも!それは、あなたがガイラスを呼んだから!」
「私、その頃、暴れまわっていただけで、騎士団長閣下を個人として認識もしていませんでした。」
「っ!また、そんな言い逃れを!」
「本当です。嘘だと思われるなら、フィリーネ様に確認されてみてはいかがですか?彼女ならご存じだと思いますから。私が一度でも、騎士団長閣下を名指しで呼びつけたことがあるかどうか。」
「!?」
アイシャの視線がフィリーネに向けられる。それを受けて、ますます視線を下げるフィリーネ。ただ、彼女の口から私の話を否定する言葉は出てこない。
「…殿下は、私とガイラスの距離を近づけたかった。…まぁ、実際にくっつけようと思っていたかどうかは分かりませんが、ご自分に目が向かないよう目くらましくらいにはしていたと思いますよ?」
言っていて、虚しくなる。結局、私は、王太子のその作戦にまんまとはまってしまったのだから。
「…理由になっていませんわ。」
黙ってしまったアイシャの代わり、王太子妃の鋭い声が割って入る。
「理由?」
「殿下がそんなことをなされる理由。巫女様の好意を拒絶するために、わざわざ騎士団長様を身代わりになさる理由がありません。」
「そうですか?」
「ええ。殿下が巫女様のお気持ちにお応えしないのであれば、殿下は巫女様にそうお伝えするだけでいいはず。わざわざ、そのような不快な策を弄する必要などございません。」
「…本当に、そうですか?」
淡々と繰り返せば、僅かに怯んだ王太子妃。その彼女に告げる─
「でも、断れないでしょう?」
「…なにを…」
「私が殿下を望んだら、殿下は断れない。だって、私は結界の巫女。その意志は最大限尊重されるべき、なんですよね?」
「っ!?バカなことを仰らないで!」
激昂した王太子妃が立ち上がる。
「殿下と私は心から愛し合っているの!殿下があなたを選ばれるはずがないわ!」
「ええ、私もそう思います。と言うか、さっきからそう言ってるつもりなんですけど、伝わっていませんか?」
「なっ!?」
「殿下は妃殿下を愛してらっしゃる。だから、私という厄介事を遠ざけるため、騎士団長閣下や補佐官様を私の側に置かれた。…囲われていたって言ってもいいかもしれません。」
「っ!」
息を飲んだ王太子妃、その反応から、私の言っていることに、少しは信ぴょう性を感じたらしいことを知る。
「…大体、おかしかったんですよね。私、巫女としてのお役目を終えるまで、殿下たちお三方以外との交流が全くありませんでしたし。」
言いながら、フィリーネに視線を向ける。
「つけられた侍女も、全く、心を許せるような相手じゃなかったですし…」
向けた視線が一瞬だけ絡むが、直ぐに逸らされる。代わりに口を開いたのは、また、王太子妃で─
「…ですが、それは、巫女様の方にも問題があったのではありませんか?巫女様自らがお心を開き、」
「妃殿下は、禁書をご覧になったことがないと仰ってましたよね?」
「…ええ。ですが、今、それは、」
「最近途絶えたという何代か前の巫女の家系があるのはご存じですよね?その巫女が、当時の王弟に嫁がれたことはご存じですか?」
「…」
こちらの無礼な態度が腹に据えかねたのか、王太子妃が口を噤む。それを気にせず、言葉を続けた。
「では、私の一代前、先代の巫女が、当時の国王の宮に入られたことはご存じでしたか?」
「何をっ!?何をバカなことを仰っているの!?この国は王家といえども、妻は正妃一人!その宮に、血筋の知れぬような者が入ることなど!」
「あったみたいですよ。正妃ではなかったようですが、禁書の一つに記録として残されていました。」
「嘘を仰らないで!」
「…」
言葉を荒げる王太子妃の瞳を見つめる。そこに演技が無いかを探して─
「…やっぱり、本当に、禁書をご覧になったことはないんですね。」
「っ!?」
「書いてありました。巫女は、…代々の巫女は、正妻として迎えられることはなくとも、皆、何らかの形で王族に嫁いでいます。」
(…日陰の身、存在を隠されている状態を、嫁いでいるなんて言えるかは分からないけれど。)
「…なぜ?」
「なぜ?ですか?」
本気で言っているのだろうか?先ほど、自分達で散々、バカにしていたのに─?
「そんなの決まっているじゃないですか。巫女の無駄に有り余っている魔力を、王族に取り込むためですよ。」
「っ!?」
「魔力は子どもに受け継がれる。それを期待して、巫女に子どもを産ませようとしたんです。」
「…嘘よ、そんなの嘘…」
王太子妃の顔から血の気が引いている。彼女も、「あり得たかもしれない可能性」を本心では理解しているらしい。
「…まぁ、結果は散々だったようですけど。巫女の魔力を受け継ぐ子どもは歴史上、一人も生まれていません。」
「だったら…」
「それでも、王家はその可能性を完全に捨てたわけではない、というのが禁書の結論でした。…ですから、妃殿下。」
「…」
「もし仮に、私が、王太子殿下を望んでいた場合、殿下はそれを拒絶できませんでした。」
「っ!?」
殿下の意志とは関係なく、それが、王家としての役目だから。
「…ですから、騎士団長閣下は、」
言いかけた言葉を飲み込んだ。テラスの扉、そちらから、複数の人の気配、言い合うような声が聞こえて来る。
(…やっと、来た。)
王太子妃の主催するお茶会、その場に乗り込める人間が居るとしたら─
「巫女!」
開いた扉、少し焦ったように近づいて来るのは王太子。その後ろにはガイラスとサキアの姿。恐らく、サキアが呼びに行ったのだろう。近づいて来る王太子の瞳に、この場の様子を探るような気配がある。
「…シルヴィア、これは。…巫女、…アンブロス夫人、一体、何が…」
場の不穏な空気を読み取ったらしい王太子が尋ねる。王太子妃を案じるように視線を向けながら。
その彼に、頭を下げる。
「申し訳ありません、殿下。」
「それは、何に対する謝罪だろうか…?」
「私、禁書の中身をしゃべってしまいました。」
「っ!!」
王太子の視線が王太子妃に向けられる。緊迫した雰囲気、対する王太子妃の顔色は悪いまま。
「…妃殿下にはお伝えしていなかったんですね?王家と巫女の関係について。」
「っ!それは…!」
珍しく露骨に顔色を変えた王太子。それだけで、真実を解してしまったらしい王太子妃の唇が震える。
「…殿下、では、巫女様の仰ることは本当なのですね?王家には、巫女の血を入れる必要が、」
「いや、違う!そんな必要はないのだ、シルヴィア!」
「ですが…」
「陛下は約束してくださった。私の意志も、巫女の意志も尊重してくださると。王家は巫女の自由を認めた。私の妃はシルヴィア、お前だけだ。」
「本当に…?」
「ああ。」
力強く頷いた王太子が、瞳を潤ませた王太子妃へと一歩近づく。
その、瞬間─
「っ!お前がぁああっ!!」
「なっ!?」
「お前が!お前が!お前が!私の幸せをー!!」
「アイシャ!?何をしている!?止せっ!!」
二人の間に割って入った小さな身体、ピンクのドレスの袖をひらめかせ、王太子へと掴みかかったアイシャに、その場の誰もが一瞬、反応が遅れた。王太子の胸元をつかみ、右手を振り上げたアイシャの手を、寸でで止めたのはガイラス。そのまま自身の妻を抑え込むが、必死に抵抗するアイシャは腕から抜け出そうともがき続ける。
(…なんなの…?)
突然の暴走。信じられない光景。
王太子から遠ざけるためだろう、自身の妻を引きずるようにして部屋から出ていくガイラスの姿を、ただ茫然と見送った。
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