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第四章 領主夫人、母となる

12.波乱の晩餐

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結局、言いたい言葉は最後まで飲み込んだお茶の席。気まずいままにお開きとなったその数時間後、また、避けては通れない晩餐への招待という形で、アイシャと顔を合わせることになったのだが─

「あら?セルジュったら、ロードルート先生とまだ連絡を取り合っているの?」

「…はい。」

「そう。セルジュは、ロードルート先生のお気に入りだったから…」

「…そのようなことは、」

「そうだわ!今度、セルジュが王都へ出て来る時には、一緒に先生のご機嫌伺いに行きましょう?生徒会の皆で伺えば、先生もきっと喜んで下さるわ!」

四人で座るテーブルに、アイシャのはしゃいだ声だけが響く。

(…本当、どうすればいいのよ、この空気。)

こちらも一応、晩餐が始まった当初はそれなりに努力した。いつもの夫婦二人きりとは違う、主賓二人を交えての席。それなりに頑張って話題を提供し、話も振っていた。けれど、どう頑張ってもアイシャは「私の知らないセルジュ」の話にシフトししようとするし、元から口数の少ないガイラスは積極的に会話に加わろうとはしない。

(…全く、子どもじゃないんだから…)

アイシャの行動の意味、それは恐らく、「私がしていたこと」の再現。セルジュとガイラスを、三人での会話を楽しむ、私を会話から締め出したいんだろうけれど。

(…大失敗じゃない?結局、ガイラスも会話に入れなくなってるし。)

それでも時々、頑張ってガイラスには話を振っているアイシャだが、元より、セルジュとガイラスには親交がない。共通する話題も無いために、結果として、アイシャの会話にセルジュが相槌を打つだけという図式が成り立ってしまっている。

居たたまれない空気の中、ふと思い出した記憶があった。それを、話題としてガイラスに振ってみる。

「…あの、騎士団長閣下。」

「…何だろうか?アンブロス夫人。」

「以前、閣下からお聞きしたことのある翼竜のことなんですが…」

「翼竜?」

「はい。」

言いながら、思い出す。過去、魔物の脅威を伝えるために彼らが私に語ったこと。

「…十数年前、王都が翼竜に襲撃されたお話、されていましたよね?」

「ああ。あれか。…確かに、そのような話をした覚えがある。」

「その翼竜って、どう処分されたんでしょうか?」

「なに…?」

訝し気な視線、言葉遣いに気を配りながら、何とか聞きたいことを口にする。

「確か、翼竜は氷魔術により撃退されたって仰っていましたよね?でしたら、その亡骸も比較的きれい、…原型は留めていたんでしょう?」

「…」

「あー、えっと、ですので、その討伐された翼竜の亡骸は、その後、どうされたのかなと…」

どう言葉を選んでも物騒にしかならない話に、セルジュへと視線を向ける。セルジュが一つ頷いて、代わりに言葉を紡ぐ。

「騎士団長閣下。アンブロス領では、現在、討伐した魔物の素材について、有効な活用方法が無いかを模索しております。過去、王都で同様の事例があればご教示頂けないでしょうか?」

「…魔物の素材…」

思わずという風に呟かれた言葉。一瞬、呆気にとられたように見えたガイラスは、けれど、直ぐにその表情を消し去る。

「…王都の翼竜に関しては、未だ凍結されたまま、王城の地下に保管されていると聞く。」

「では…」

「ああ…、卿らの参考にはならないだろう。」

言って、暫く考え込んだ様子のガイラスが再び口を開いた。

「ただ…、以前、その翼竜を研究調査したいという申し出をして来た者がいた。」

「研究…?」

「ああ。…確か、魔物の生態を研究対象としている学者だったか。…殿下が研究の許可を出していたな。」

「では…」

少しだけ生まれた期待。もし、魔物の生態、身体の構造にも詳しい人がいれば─

「あの!騎士団長閣下、その方をご紹介頂くことは可能でしょうか?」

「ああ。構わない。…王都に戻り次第、」

言いかけたガイラスの言葉は、突如響いた大きな物音に阻まれた。

(え…?)

視界に映るのは、ガイラスの隣、椅子を押し倒して立ち上がったアイシャの姿。

「…アイシャ?どう、」

「ごめんなさい、ガイラス。私、気分が良くないみたい。」

「…では、」

「セルジュ、部屋まで送って下さるかしら?」

(は…?)

あまりにも無作法な言動、百歩譲って突然の体調不良を認めるとしても、ここでセルジュを指名する意味が分からない。

「…アイシャ、部屋に戻るなら、私が、」

「いいえ。ガイラスは巫女様と大切なお話の最中でしょう?…行きましょう、セルジュ?」

立ち上がりかけたガイラスの言葉を遮って、セルジュの名を呼ぶアイシャ。セルジュが動かないのを見てとると、そのまま、晩餐室を出て行こうとする。

「待て、アイシャ…!」

「…閣下。私が追いかけます。」

「いや、しかし、卿に迷惑をかけるわけには…」

「部屋までお連れするだけですから。…部屋付きの者に任せてまいります。」

「…すまない。」

心底申し訳なさそうにするガイラスに軽く頭を下げて、セルジュがアイシャの後を追う。その一連の流れを茫然と見送って、ふと、向けられている視線に気づいた。

「…夫人にも、妻が失礼な真似をした。すまない。」

「…いいえ。」

それ以外、どう答えればいいと言うのか。

(…と言うか、この場はこれからどうすれば…?)

給仕の人間が居るとはいえ、気まずい空気に二人残されて、頭をフル回転させる。

(…ああ、そうだった。)

思い出したのは話の続き。

「…あの、それで、先ほどの生物学者?の方については…?」

「…ああ。王都に戻り次第、連絡先を確かめて知らせよう。」

「ありがとうございます…」

あっさりと終了した会話。これ以上、特に語り合うこともなく、目の前の食事を一刻も早く終えることだけを考えてしまう。

(…ごめん、ベティさん。)

この日のために下準備から気合を入れてくれていた料理長のベティさんに、内心で頭を下げる。

伏せたままの顔、再び視線を感じて顔を上げれば─

「…」

「…あの、何か?」

ガイラスのもの言いたげな視線。その視線の意味を問う。

「…アンブロス夫人…」

「?」

「…あなたは、今、幸せだろうか…?」

「…」

何故、彼が私にそんなことを尋ねるのか。尋ねるまでもないだろう愚問に笑う。

「…私、幸せじゃないように見えます?」

「…いや。」

「幸せですよ。…これ以上ないほど。」

「…そう、か…」

呟くガイラスの顔によぎった何か。その正体を知りたいと思わなくもないが─

気づかぬ振りで笑う。

「この世界に来て、今が一番幸せです。」







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