上 下
64 / 90
第四章 領主夫人、母となる

8.糾われるもの(Side S)

しおりを挟む
蒼月の日より、暫く様子のおかしかったアオイ。一度だけ、巫女召喚の成否、クリューガー伯爵令嬢の帰還が成ったかを確認して来たが、王都より特段の報せはないと告げると、以降、物思いにふけることが多くなった。そんな彼女が、次第に元の元気を取り戻した頃、その書簡は届いた。

「え!?ガイラスが来るのっ!?」

「…はい。」

純粋な驚き、そこに喜びの気配は感じられないことに安堵するも、彼女がその名を口にすることに若干の違和感を覚えた。

(…いや、違和感では無い…)

今はもう、はっきりと自覚する妬心。かつて、誰よりも彼女の近くに居た存在、この地に喚ばれた彼女の憂いに初めから寄り添うことの許された─

「…それって、何しに来るの?」

アオイの声に、意識が呼び戻される。その問いに、どこまで答えるべきか。

「…名目は、レナータの誕生祝いに王太子殿下の名代として伺って下さるとのことでしたが…」

「ふーん?そうなんだ。…こっちって、そういう風習?があったりする?子どもが生まれたらお祝いに行く、みたいな?」

「…そう、ですね。無い、とは言いませんが、身内以外が訪問までするというのは珍しいかもしれません。」

「へぇ、その辺は私のところと同じかも。」

「…アオイは、ここに来るまで王太子の後見を受けていましたから、その繋がりで、ということは十分に考えられます。ただ…」

「?」

言いかけた言葉を途中で飲み込み、「何でもない」と首を振る。確信の無い言葉でアオイを不安にさせる必要はない。

「…ねぇ、セルジュ?」

「はい。」

「そのガイラスの訪問ってさ、断ったり…」

「…」

「…出来ないよね?」

「それは…」

アオイの意外な言葉に、返事に詰まった。

「いや、うん、ごめん。そうだよね。殿下相手に、しかも祝ってくれようとしてのを『来るな』なんて言えないよね。」

「…アオイは、騎士団長の訪問を断りたいのですか?その、嬉しくは…?」

「うっ…、ごめんなさい。…面倒とか思っちゃ駄目だよね。失礼だった。」

決まり悪そうに視線を逸らしたアオイの態度に嘘は見当たらない。その言動からは、騎士団長に関する何かしらの感情も読み取れず─

「あ、ねぇ、セルジュ。そう言えば、私、ガイラスのこと何て呼べばいいのかな?」

「…呼び方、ですか?」

「うん、そう。ガイラスって、まだシュティルナー公爵ではないんだよね?」

「ええ。」

「だったら、公爵って呼び方じゃないし、…次期公爵?って呼ぶの?」

「そう、ですね。騎士団長閣下の場合、他の爵位をお持ちではありませんので、やはり役職でお呼びするのが一般的ですが…」

「…騎士団長閣下かぁ。」

どうもしっくり来ないというアオイに、別の答えを提示する。

「…ただ、アオイの場合、巫女の地位は王族に準ずるものとされています。ですから、騎士団長閣下に敬称をつける必要はありません。」

「あー、うん。それは、最初に王太子殿下にも言われた。で、ガイラス達も良いって言うから名前で呼んでたけど、…流石に、ねぇ?」

「…」

苦く笑うアオイに、何と答えるべきか。

「…まぁ、そもそも、閣下とかいう敬称を使ったことがないから違和感あるだけで、その内慣れると思うけど。」

それまではなるべく騎士団長の名を呼ばないというアオイの言葉に、浅ましくも、安堵する自分がいた。

アオイとそんな話をしてから、ちょうど一月後、当初の報せにあった通り、騎士団長のアンブロス領訪問を告げる先ぶれが届いた。

歓迎の意を示すため、アオイと二人で出迎えたシュティルナー家の馬車、降り立った黒髪の偉丈夫が、何故かその場に留まり、背後を振り返る。

「…え?」

「…」

隣から聞こえた小さな呟き、同じものを視界にとらえたらしいアオイが、小さくこちらの袖を引く。

「…ねぇ、ガイラスって一人で来る予定じゃなかった?」

「報せには特に何も。…ですので、お一人での訪問だと認識していたのですが…」

確認不足。騎士団長に手を取られ馬車から降り立つ人の姿に、この後の予定変更について思いを巡らす。

「…先ぶれでも、何にも言ってなかったよね?」

「ええ…」

「…」

黙り込んだアオイを見下ろす。その顔に浮かべる笑顔がどこかぎこちないものに変わっていた。声をかけようとして─

「…セルジュっ!!」

己の名を呼ぶ声に阻まれる。

並んで歩み寄って来る二人。予定外の訪問者、自身の奥方を伴って現れた騎士団長に歓迎の言葉を述べれば、

「…出迎え、感謝する。」

返礼と共に、その視線が彼の隣へと向けられた。

「すまない。急遽予定を変更して、夫婦での訪問となったが、」

「ごめんなさい!巫女様、セルジュ!」

言いながら、自身の夫の元を離れ、こちらへ歩み寄ってくる夫人の姿。

「だけど、どうしても!セルジュの友人として、私も辺境の跡継ぎの誕生にお祝いを申し上げたかったの!」

「…ありがとうございます。」

「セルジュ!おめでとう!」

感謝の言葉を述べると同時、勢いよく近づいてきたその人の腕が首に回る。頬に近づく熱、言いようのない違和感に、たまらず身を引いた。







しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生先がヒロインに恋する悪役令息のモブ婚約者だったので、推しの為に身を引こうと思います

結城芙由奈 
恋愛
【だって、私はただのモブですから】 10歳になったある日のこと。「婚約者」として現れた少年を見て思い出した。彼はヒロインに恋するも報われない悪役令息で、私の推しだった。そして私は名も無いモブ婚約者。ゲームのストーリー通りに進めば、彼と共に私も破滅まっしぐら。それを防ぐにはヒロインと彼が結ばれるしか無い。そこで私はゲームの知識を利用して、彼とヒロインとの仲を取り持つことにした―― ※他サイトでも投稿中

「わかれよう」そうおっしゃったのはあなたの方だったのに。

友坂 悠
恋愛
侯爵夫人のマリエルは、夫のジュリウスから一年後の離縁を提案される。 あと一年白い結婚を続ければ、世間体を気にせず離婚できるから、と。 ジュリウスにとっては亡き父が進めた政略結婚、侯爵位を継いだ今、それを解消したいと思っていたのだった。 「君にだってきっと本当に好きな人が現れるさ。私は元々こうした政略婚は嫌いだったんだ。父に逆らうことができず君を娶ってしまったことは本当に後悔している。だからさ、一年後には離婚をして、第二の人生をちゃんと歩んでいくべきだと思うんだよ。お互いにね」 「わかりました……」 「私は君を解放してあげたいんだ。君が幸せになるために」 そうおっしゃるジュリウスに、逆らうこともできず受け入れるマリエルだったけれど……。 勘違い、すれ違いな夫婦の恋。 前半はヒロイン、中盤はヒーロー視点でお贈りします。 四万字ほどの中編。お楽しみいただけたらうれしいです。

【完結】本当に愛していました。さようなら

梅干しおにぎり
恋愛
本当に愛していた彼の隣には、彼女がいました。 2話完結です。よろしくお願いします。

完結 冗談で済ますつもりでしょうが、そうはいきません。

音爽(ネソウ)
恋愛
王子の幼馴染はいつもわがまま放題。それを放置する。 結婚式でもやらかして私の挙式はメチャクチャに 「ほんの冗談さ」と王子は軽くあしらうが、そこに一人の男性が現れて……

前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています

矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜 ――『偽聖女を処刑しろっ!』 民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。 何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。 人々の歓声に包まれながら私は処刑された。 そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。 ――持たなければ、失うこともない。 だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。 『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』 基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。 ※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)

噂好きのローレッタ

水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。 ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。 ※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです) ※小説家になろうにも掲載しています ◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました (旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)

兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜

藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。 __婚約破棄、大歓迎だ。 そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った! 勝負は一瞬!王子は場外へ! シスコン兄と無自覚ブラコン妹。 そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。 周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!? 短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。

お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!

水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。 シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。 緊張しながら迎えた謁見の日。 シエルから言われた。 「俺がお前を愛することはない」 ああ、そうですか。 結構です。 白い結婚大歓迎! 私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。 私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。

処理中です...