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第二章 召喚巫女、領主夫人となる
12.領を知る
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「ごめん、セルジュ。お金が足り無い。」
「…」
ちゃんとアポイントメントを取って訪れたセルジュの執務室。開口一番の台詞としては、ちょっと不穏過ぎたけど、私の窮状はちゃんと伝わったと思う。
「…予算、考えてみたんだけど、私の輿入れ金じゃあ、学校、建つのは建つけど、経営維持するのは五、六年とかが限界っぽい。」
しかも、その数字も大概のどんぶり勘定。「街に居る子ども達の数がおおよそー」とか、「今、小麦の値段がこれくらいだからー」とか、人口の増加にも物価の上昇にも全く対応できていない杜撰ぶり。
(…てか、巫女の生涯賃金、少なすぎっ!これっぽっちのはした金が、人様の人生台無しにした補償金とか!)
今更ながら一人でプリプリしていたら、セルジュが立ち上がり、私が頑張ってまとめた「予算案(仮)」を受け取った。チラリと一瞬眺めてから、口を開くセルジュ。
「…アオイ、この食材費というのは、何のために?」
「ん?あ、それはね、給食用。給食費は各ご家庭から徴収にしようかとも思ったんだけど、やっぱり、胡散臭い事業にはそれなりのエサ、…もとい、旨味、魅力がないと駄目かなって思って。」
「…」
「それで、子どもを集めるにはやっぱり、食事かなーって。お昼が食べられるってなれば、学校に来てくれる子も増えそうじゃない?」
確か、元の世界でもそんな政策で子ども達を集めた的な内容を、歴史の授業で学んだ気がする。
「後、出来れば教科書とかも配布制にしたいって考えたら、書籍購入費がとんでもないことになっちゃったんだよね。使い回すにしても、なかなかのお値段になりそう。」
「…教科書、…市販の書籍で良ければ、屋敷のものから好きに選んでもらって構いませんが。」
「本当!?それは、すっごく助かる!」
「はい。…エバンスに相談すれば、私が幼少期に使用していたものが見つかると思います。」
「っ!ありがと、セルジュ!」
よしよし。これで初期費用がいくらか削減できる。ニヤケる顔を抑え切れないまま、セルジュが手にしている「予算案(仮)」を横から覗き込む。
(…うーん。けど、やっぱり、結局は運営費。継続的に入ってくる公金は必要、だよねぇ…)
一緒に並んで「予算案(仮)」を眺める公のトップ、領主である夫との距離をジワリと詰めてみる。
「…セルジュさん。」
「はい。」
「先日見せて頂いた領の収支報告書。アンブロス領はここ数十年、安定して黒字経営とお見受けしましたが、合ってます?」
「ええ。はい、それは、確かに…」
「じゃあ、その黒字部分をすこーし、学校運営に回してもらうことって、可能でしょうか?」
「…」
黙り込んだセルジュ。そのまま、隣を離れ、執務室の奥、書類が見事に整理整頓されている書棚へと歩み寄った。その中から引っ張り出した何か。書類の束を執務室の机に並べて、セルジュがこちらへと向き直る。
「アオイ、こちらへ。」
「?」
呼ばれて、傍まで近寄った。セルジュに指し示された書類を眺めるが、細かく並んだ数字が何を指すのか、残念ながら、私の頭では理解が及ばない。「降参」の意味でセルジュを見れば、セルジュが小さく頷いた。
「…これは、報告書にまとめる前のこの領の収支の明細です。…こちらはここ半年のもので、まだ報告書にまとめていません。…ここを。」
「…半期の収入の、総額?…あれ、これ、私が見たのより、すっごく少ない、よね?」
「はい。」
「はい、って、…え?」
「アンブロス領では、昨年より、領の収入が著しく減少しています。」
「…え?」
(え?…待って待って待って!『減少しています』ってそんな!)
涼しい顔で、何でもないことみたいに言うセルジュに、また私の常識が何かおかしいのかと焦る。
「…収入減って、大問題、じゃないの?」
「はい。現在のアンブロスにおける、最大の課題です。」
「…」
最大の課題を語っている顔には見えないセルジュだけど、どうやら、言っていることは真実、本当のことらしい。
(…えー、じゃあ、のんきに学校とか言ってる場合じゃ…、あ、私の持参金も、むしろ、家計に入れた方がいいんじゃ、)
「アオイ。心配しないで下さい。」
「いや、するよ。大問題なんでしょう?…原因って分かってるの?」
「ええ…」
「そうなんだ。…なに?農作物の不作、とか?」
「いえ。残念ながら、アンブロスには元より肥沃な土地が少なく、農作物は領の収入の核とはなり得ません。」
「収入の核、…アンブロスの特産品ってこと?…え、それって…」
少しだけ、嫌な予感。胸の奥、ジワリと湧き出す不安。
「はい。一昨年まで、ということになりますが、この地の収入の柱は魔物より採れる魔石でした。」
「…」
告げられた言葉に、嫌な予感がどんどん膨らんでいく。
「…ねぇ、セルジュ、それって、…魔石が取れなくなったのって…」
「ひょっとして」なんてものじゃなく、今はもう「絶対そうだ」と確信めいた予感がある。それを、セルジュの口から告げられるのが怖い。だから、自分から口にする。
「…それって、私のせい、…私が結界張ったせい、だよね…?」
「いえ。」
「でも…」
「ええ、確かに。領内に発生する魔物の数が減少したのは、アオイのおかげではあります。ですが、決して、アオイのせいではありません。」
「…」
(…でも、けど、そんなの…)
いくら言葉を言い換えたところで、自分の行動がこの地に住む人の生活を変えてしまったことには変わりはない。領全体の収入が減る、それはきっと、この地に住まう人の日々の糧、命さえも脅かす行為で─
(…どうしよう。)
考えても見なかった。考えることを放棄していた事実に、目の前が暗くなる。
「…アオイ?」
「…」
「やれ」と言われたから、国中がそれを望んでいると、そう懇願され、押し付けられた。嫌々やったこと、それでも、自分が行ったことの結果が何を引き起こすか、知ろうともしなかった。責任なんて、本当に、欠片も考えたことがなくて─
「アオイ…?」
「…セルジュ、私…」
「…アオイ、領軍の、マティアスのところに行きませんか?」
「マティアス…?」
「はい。…アオイに、結界の巫女であったあなたに、いつかお見せしたいと思っていたものがあるのです。」
「よぉ、セルジュに巫女さん、いらっしゃい。」
「こんにちは…」
「すみません、マティアス。突然の訪問になり…」
セルジュに誘われるまま、連れて来られた領軍の訓練施設では、以前見たのと同じ、兵士たちによる訓練風景が広がっていた。
その中から一人、訓練を抜け出してこちらへと近寄って来た大柄な男性、前辺境伯の代から領軍の軍団長を務めているというマティアスが、短く刈り上げたこげ茶の髪をかき上げ、口の端を上げた。
「いんや。巫女さんの視察ならいつでも大歓迎。あいつらの指揮も上がる。」
言って、背後の部下達に視線を送るマティアスの水色の瞳が、楽し気に煌めいた。
「んで?今日は、何しに来た?前回みたいに訓練見てくか?先月の討伐報告書取りに来たってんなら、後二日、いや、五日待ってくれりゃぁ、多分、出来上がるが…」
「…報告書に関しては後日で構いません。…今日は、アオイに城壁の外をお見せしたいと思って来ました。」
「ああ。巫女さんは、まだ見たことなかったか。…まぁ、そういうことなら、いいぜ、付き合おう。」
また、ニヤリと笑ったマティアスがこちらに背を向ける。大股で歩き出した彼の後を、セルジュに促されてついていく。向かったのは、領主館からでも見ることの出来る城壁、その上へと続く階段。
館の背後を守るように建てられたそれが、魔の森からの防壁だということは知っていたけれど─
「…すごい。」
上りきった城壁、壁の外に広がる草原の向こう、遥かに見える黒い森が地平線となって続いている。
「…見えるか?ここと森の中間、草原のど真ん中くらいだな、あの辺りに、巫女さんが張った結界がある。」
「…」
草原を指さすマティアスに、見えるかと問われ、言われた場所に目を凝らしはするが、そこにあるものが私には見えない。
(…あの男にも、散々、魔力を見る目が無いって言われたけど。)
自分の成したことの結果さえ見ることが出来ない自分が嫌になる。
「巫女さんが結界を張り直す前、一年前までは、結界を越えて侵入してくる魔物も多くてな。で、もう五年前になるか、先代、アルフレッド様の時に、この城壁を造った。」
「…」
「ここで食い止めれるもんは食い止めて、それでもまぁ、小型種なんかはどっからでも入って来やがるからな、食い止めんのは骨だったんだが…、巫女さんが結界を張ってくれたおかげで、俺達の仕事は随分楽になった。」
「…マティアスは、…マティアス達は…」
「ん?」
言いかけて、何と言えばいいのか分からず、言葉を探す。この、今は気さくに笑ってくれる壮年の軍団長が、その顔に怒りや憎しみを浮かべるところを想像して、怖気づく。
「なんだ?巫女さん、どうした?」
軽い調子で促されて、どうにか言葉を口にした。
「…マティアス達は、その、…困ってないの?」
「困る?何を?」
「私が結界を張って、…それで、魔物が現れなくなって、それは、いいことかもしれないけど、でも、魔物から魔石を取ることも出来なくなったんでしょう?」
「ああ。まぁ、そりゃそうだが…」
「私のこと、私が結界を張ったこと、怒ったり、恨んだりはしなかった…?」
「…」
「…マティアス…?」
こちらの言葉に、不意に真顔になったマティアス。それまでの、気のいい笑顔からの豹変が怖くて、逃げ出したくなった。
「…毎月、一人か二人…」
「え…?」
「大型の魔物ってのはな、領軍の総攻撃を持ってしても、倒すのに二日や三日はかかる。出没数こそ少ないが、現れりゃあ、確実に人死にが出る。俺達が相手してんのは、そういう生き物だ。」
「…」
「…巫女さんが結界張らなきゃぁ、今でも、月に一人や二人は死人が出てたってことだよ。」
「っ!?」
(…嘘っ!!)
嘘嘘嘘─!!
(ああ、違う、嘘じゃないっ!!)
嫌だ─
(私、またっ…!)
「…」
ちゃんとアポイントメントを取って訪れたセルジュの執務室。開口一番の台詞としては、ちょっと不穏過ぎたけど、私の窮状はちゃんと伝わったと思う。
「…予算、考えてみたんだけど、私の輿入れ金じゃあ、学校、建つのは建つけど、経営維持するのは五、六年とかが限界っぽい。」
しかも、その数字も大概のどんぶり勘定。「街に居る子ども達の数がおおよそー」とか、「今、小麦の値段がこれくらいだからー」とか、人口の増加にも物価の上昇にも全く対応できていない杜撰ぶり。
(…てか、巫女の生涯賃金、少なすぎっ!これっぽっちのはした金が、人様の人生台無しにした補償金とか!)
今更ながら一人でプリプリしていたら、セルジュが立ち上がり、私が頑張ってまとめた「予算案(仮)」を受け取った。チラリと一瞬眺めてから、口を開くセルジュ。
「…アオイ、この食材費というのは、何のために?」
「ん?あ、それはね、給食用。給食費は各ご家庭から徴収にしようかとも思ったんだけど、やっぱり、胡散臭い事業にはそれなりのエサ、…もとい、旨味、魅力がないと駄目かなって思って。」
「…」
「それで、子どもを集めるにはやっぱり、食事かなーって。お昼が食べられるってなれば、学校に来てくれる子も増えそうじゃない?」
確か、元の世界でもそんな政策で子ども達を集めた的な内容を、歴史の授業で学んだ気がする。
「後、出来れば教科書とかも配布制にしたいって考えたら、書籍購入費がとんでもないことになっちゃったんだよね。使い回すにしても、なかなかのお値段になりそう。」
「…教科書、…市販の書籍で良ければ、屋敷のものから好きに選んでもらって構いませんが。」
「本当!?それは、すっごく助かる!」
「はい。…エバンスに相談すれば、私が幼少期に使用していたものが見つかると思います。」
「っ!ありがと、セルジュ!」
よしよし。これで初期費用がいくらか削減できる。ニヤケる顔を抑え切れないまま、セルジュが手にしている「予算案(仮)」を横から覗き込む。
(…うーん。けど、やっぱり、結局は運営費。継続的に入ってくる公金は必要、だよねぇ…)
一緒に並んで「予算案(仮)」を眺める公のトップ、領主である夫との距離をジワリと詰めてみる。
「…セルジュさん。」
「はい。」
「先日見せて頂いた領の収支報告書。アンブロス領はここ数十年、安定して黒字経営とお見受けしましたが、合ってます?」
「ええ。はい、それは、確かに…」
「じゃあ、その黒字部分をすこーし、学校運営に回してもらうことって、可能でしょうか?」
「…」
黙り込んだセルジュ。そのまま、隣を離れ、執務室の奥、書類が見事に整理整頓されている書棚へと歩み寄った。その中から引っ張り出した何か。書類の束を執務室の机に並べて、セルジュがこちらへと向き直る。
「アオイ、こちらへ。」
「?」
呼ばれて、傍まで近寄った。セルジュに指し示された書類を眺めるが、細かく並んだ数字が何を指すのか、残念ながら、私の頭では理解が及ばない。「降参」の意味でセルジュを見れば、セルジュが小さく頷いた。
「…これは、報告書にまとめる前のこの領の収支の明細です。…こちらはここ半年のもので、まだ報告書にまとめていません。…ここを。」
「…半期の収入の、総額?…あれ、これ、私が見たのより、すっごく少ない、よね?」
「はい。」
「はい、って、…え?」
「アンブロス領では、昨年より、領の収入が著しく減少しています。」
「…え?」
(え?…待って待って待って!『減少しています』ってそんな!)
涼しい顔で、何でもないことみたいに言うセルジュに、また私の常識が何かおかしいのかと焦る。
「…収入減って、大問題、じゃないの?」
「はい。現在のアンブロスにおける、最大の課題です。」
「…」
最大の課題を語っている顔には見えないセルジュだけど、どうやら、言っていることは真実、本当のことらしい。
(…えー、じゃあ、のんきに学校とか言ってる場合じゃ…、あ、私の持参金も、むしろ、家計に入れた方がいいんじゃ、)
「アオイ。心配しないで下さい。」
「いや、するよ。大問題なんでしょう?…原因って分かってるの?」
「ええ…」
「そうなんだ。…なに?農作物の不作、とか?」
「いえ。残念ながら、アンブロスには元より肥沃な土地が少なく、農作物は領の収入の核とはなり得ません。」
「収入の核、…アンブロスの特産品ってこと?…え、それって…」
少しだけ、嫌な予感。胸の奥、ジワリと湧き出す不安。
「はい。一昨年まで、ということになりますが、この地の収入の柱は魔物より採れる魔石でした。」
「…」
告げられた言葉に、嫌な予感がどんどん膨らんでいく。
「…ねぇ、セルジュ、それって、…魔石が取れなくなったのって…」
「ひょっとして」なんてものじゃなく、今はもう「絶対そうだ」と確信めいた予感がある。それを、セルジュの口から告げられるのが怖い。だから、自分から口にする。
「…それって、私のせい、…私が結界張ったせい、だよね…?」
「いえ。」
「でも…」
「ええ、確かに。領内に発生する魔物の数が減少したのは、アオイのおかげではあります。ですが、決して、アオイのせいではありません。」
「…」
(…でも、けど、そんなの…)
いくら言葉を言い換えたところで、自分の行動がこの地に住む人の生活を変えてしまったことには変わりはない。領全体の収入が減る、それはきっと、この地に住まう人の日々の糧、命さえも脅かす行為で─
(…どうしよう。)
考えても見なかった。考えることを放棄していた事実に、目の前が暗くなる。
「…アオイ?」
「…」
「やれ」と言われたから、国中がそれを望んでいると、そう懇願され、押し付けられた。嫌々やったこと、それでも、自分が行ったことの結果が何を引き起こすか、知ろうともしなかった。責任なんて、本当に、欠片も考えたことがなくて─
「アオイ…?」
「…セルジュ、私…」
「…アオイ、領軍の、マティアスのところに行きませんか?」
「マティアス…?」
「はい。…アオイに、結界の巫女であったあなたに、いつかお見せしたいと思っていたものがあるのです。」
「よぉ、セルジュに巫女さん、いらっしゃい。」
「こんにちは…」
「すみません、マティアス。突然の訪問になり…」
セルジュに誘われるまま、連れて来られた領軍の訓練施設では、以前見たのと同じ、兵士たちによる訓練風景が広がっていた。
その中から一人、訓練を抜け出してこちらへと近寄って来た大柄な男性、前辺境伯の代から領軍の軍団長を務めているというマティアスが、短く刈り上げたこげ茶の髪をかき上げ、口の端を上げた。
「いんや。巫女さんの視察ならいつでも大歓迎。あいつらの指揮も上がる。」
言って、背後の部下達に視線を送るマティアスの水色の瞳が、楽し気に煌めいた。
「んで?今日は、何しに来た?前回みたいに訓練見てくか?先月の討伐報告書取りに来たってんなら、後二日、いや、五日待ってくれりゃぁ、多分、出来上がるが…」
「…報告書に関しては後日で構いません。…今日は、アオイに城壁の外をお見せしたいと思って来ました。」
「ああ。巫女さんは、まだ見たことなかったか。…まぁ、そういうことなら、いいぜ、付き合おう。」
また、ニヤリと笑ったマティアスがこちらに背を向ける。大股で歩き出した彼の後を、セルジュに促されてついていく。向かったのは、領主館からでも見ることの出来る城壁、その上へと続く階段。
館の背後を守るように建てられたそれが、魔の森からの防壁だということは知っていたけれど─
「…すごい。」
上りきった城壁、壁の外に広がる草原の向こう、遥かに見える黒い森が地平線となって続いている。
「…見えるか?ここと森の中間、草原のど真ん中くらいだな、あの辺りに、巫女さんが張った結界がある。」
「…」
草原を指さすマティアスに、見えるかと問われ、言われた場所に目を凝らしはするが、そこにあるものが私には見えない。
(…あの男にも、散々、魔力を見る目が無いって言われたけど。)
自分の成したことの結果さえ見ることが出来ない自分が嫌になる。
「巫女さんが結界を張り直す前、一年前までは、結界を越えて侵入してくる魔物も多くてな。で、もう五年前になるか、先代、アルフレッド様の時に、この城壁を造った。」
「…」
「ここで食い止めれるもんは食い止めて、それでもまぁ、小型種なんかはどっからでも入って来やがるからな、食い止めんのは骨だったんだが…、巫女さんが結界を張ってくれたおかげで、俺達の仕事は随分楽になった。」
「…マティアスは、…マティアス達は…」
「ん?」
言いかけて、何と言えばいいのか分からず、言葉を探す。この、今は気さくに笑ってくれる壮年の軍団長が、その顔に怒りや憎しみを浮かべるところを想像して、怖気づく。
「なんだ?巫女さん、どうした?」
軽い調子で促されて、どうにか言葉を口にした。
「…マティアス達は、その、…困ってないの?」
「困る?何を?」
「私が結界を張って、…それで、魔物が現れなくなって、それは、いいことかもしれないけど、でも、魔物から魔石を取ることも出来なくなったんでしょう?」
「ああ。まぁ、そりゃそうだが…」
「私のこと、私が結界を張ったこと、怒ったり、恨んだりはしなかった…?」
「…」
「…マティアス…?」
こちらの言葉に、不意に真顔になったマティアス。それまでの、気のいい笑顔からの豹変が怖くて、逃げ出したくなった。
「…毎月、一人か二人…」
「え…?」
「大型の魔物ってのはな、領軍の総攻撃を持ってしても、倒すのに二日や三日はかかる。出没数こそ少ないが、現れりゃあ、確実に人死にが出る。俺達が相手してんのは、そういう生き物だ。」
「…」
「…巫女さんが結界張らなきゃぁ、今でも、月に一人や二人は死人が出てたってことだよ。」
「っ!?」
(…嘘っ!!)
嘘嘘嘘─!!
(ああ、違う、嘘じゃないっ!!)
嫌だ─
(私、またっ…!)
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