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第二章 召喚巫女、領主夫人となる

11.想いの指向 (Side S)

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魔力が無い─

それは、こと、貴族社会においては、─致命的とまではいかずとも─重大な瑕疵の一つであることに間違いはない。高位になるほど求められる、血で継がれる貴族の素養。

ただ幸いなことに、己の周囲には魔力無しで生まれたこの身を疎んじる者はなく、魔力持ちであった二親からも深く愛情を与えられ、多くの庇護のもと何不自由なく生きて来られた。時に、己の無力を嘆くことはあれど、「無いならば他で補えば良い」と、魔力を持たぬことに対する「負」に押し潰されることもなく─

だからこそ、自力では発動すら出来ぬ「魔術」に対して、学問としての興味こそあれ、忌避感を抱くことはなかった。どころか、長じるに連れて魔術への関心は高まり、王都より招いた老魔術師に師事し、或いは書物を読み漁ることで尽きぬ好奇心を満たそうと、魔術という学問の深淵へと嵌まりこんでいった。

幼年に亡くした母の望みであったという王立学院への入学が決まった際にも、思いは変わらず。ただ「知りたい」という欲を満たそうとし続け、学べるならば、何処でも、何でも良かった。

研究所への進学を望めぬことが全く苦にならなかったのも、その頃には既に領主館地下の研究室に籠り、思うさま、研究に明け暮れることが出来ていたから。

父が亡くなり、辺境伯を継いだのちも、根底の欲求は変わることなくあり続けた。ただ、その欲求の矛先─研究の成果─は辺境伯として領地を守り、この地に暮らす人々の生活を支えることに移行していったが。

その変化さえ楽しんでいたところに、国が発表した「結界の巫女」の召喚。二十四年に一度、未知の世界、異世界よりきたる女神の愛し子。王都の守護結界陣に、ただ一人、魔力を充たすことが出来得る存在が現世に降臨する。

会ってみたい─

二十四年周期で行われる巫女召喚は、その成功確率は七割程度とされ、前回、前々回の巫女召喚が失敗に終わったこの国で、先代の巫女を知る者は少ない。また、巫女に関する書物は禁書とされ、己では目にすることさえ叶わなかった。

それでも、王国の歴史に触れる書物に散見される代々の巫女の言葉から、僅かに垣間見ることが出来る「異世界」。多種多様な世界から女神に選ばれし乙女とは、きっと、我々には到底たどり着けぬ高みにあるのだろうと夢想し続けた。

(…実際、巫女の力、…アオイの結界によって、この地は激変した…)

召喚に成功した巫女への淡い好奇心が、強い敬慕へと変わるのに時間はかからず、王宮より、「巫女の伴侶を求む」との報せが届いた時には、迷うことなく名乗りを上げた。焦がれる思いで奏上した己の身上書。ただし、

魔力を持たず─

嘘偽ることなく書き述べたその一文に、巫女が己を選ぶことはないことも分かっていた。それでも、ただ一度相見えるだけならばと、一縷の望みを捨てきれずに足掻いた結果、巫女との目通りが叶った僥倖さえ信じられぬ内に巫女との婚姻が認められ、気づけば、伴侶となった「アオイ」が隣に居て─

(…あの時に、もう少し注意深くあれば…)

己でも気づかぬ内に、浮かれていたのだろう。アオイが自分を選んだ不自然に気づかぬほどに。

(…いや…)

或いは、敢えて、目を塞いだか─

領地への帰途、初めてアオイと長く過ごした時間。想像していた「巫女」の姿はそこにはなく、アオイは存外よく語り、面白いほどに表情を変えた。人の心の機微に疎い自覚のある身としては、アオイのそうした特性が有難く、幾度も助けられることとなった。

道中、思慮不足の己の言葉にアオイを泣かせてしまった時にも、─慰めの言葉一つ口に出来ない己の不甲斐なさには歯噛みもしたが─、「嬉しいのだ」と笑ってくれる彼女に助けられ、彼女が己を厭う様子のないことに、深く安堵した。

領地に帰ってのちも、アオイが己と距離を置くこともなく、どころか、己を知りたいのだと望んでくれた。そして、その宣言通りに、彼女は己の話をよく聞き、自身のことを語ってくれる。そうして二人で過ごす時間、二人の間に流れる時間が心地よく、完全に慢心し切っていた。虚構の上に成り立つ二人の関係を忘れて。

だからこそ、アオイの不意の一言に、咄嗟に返す言葉を失った。

─セルジュは、何で研究所に進学しなかったの?

ああ、そうか、本当に、彼女は。

─ごめんなさい!せっかく書いてくれた身上書の中身、ほぼほぼ把握してません!

そうだ。彼女は、確かにそう、言っていたのに。

(…気づいていて、その先を確かめなかった…)

ただ一言、「己の魔力について知っているか」と、確かめようと思えば、いつでも確かめることが出来たのに。

(アオイは、本当に、あの時まで何も知らなかった…)

知らぬままに、己を選んだ─

最初に浮かんだのは罪の意識。偽るつもりはなかった、が、確かめることもしなかった。結果、アオイを欺いたようなもの。身上書にて奏上済み、アオイの周囲からの進言もあるだろう、魔力の有無など重要事項は既知のはずと、己の口から自身の魔力について触れることを避け続けたのだから。

(…だからこそ、真に謝罪すべき、頭を下げるべきは、私の方だと言うのに…)

酷く慌てた様子のアオイの姿が脳裏に浮かぶ。必死に謝罪を口にする彼女に対し、あの時、罪悪感と共に浮かんだ感情は何だったのか。

未だ名をつけられずにいる思いの中で、ただ、「嫌だ」と思った。彼女が、己を厭い、己の元を去ることが、別の誰かの手をとることが、「嫌だ」と─

それでも、告げぬままには出来ない事実を口にすれば、どこを、どうやって、その結論に到ったのか、

─セルジュは魔術が使えないから、魔物と戦えないとか、そういうことを気にしてくれてるの?

そうではない。そうではない、が─

また、咄嗟に言葉が出てこなかった。

国の礎、貴族とは、生来、魔力を持つもので、魔力を持たぬということは、すなわち「尊き血」を持たぬということ。それだけで瑕疵とされ、婚姻においては不利となる要素の一つなのだと、そう伝えたつもりだった。アオイも理解しているように見えたのだが、何故か彼女が拘ったのは魔力の「実用性」で、魔力そのものには全く頓着を見せなかった。

(…何故…?)

その膨大な魔力で、国全土を守護するほどの結界を築ける彼女が、何故、ああも簡単に言い切ってしまえるのか。

─気にしない!全っ然、全く、気にしない!

他の誰でもない、アオイに与えられた言葉に満たされる。

初まりは、未知への憧憬。けれど、今は─





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