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第二章 召喚巫女、領主夫人となる

4.今更ですが

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セルジュへの心の距離を一方的に詰めまくった三日間の馬車の旅。

たどり着いたアンブロス領で待ち構えていたのは、熱狂的な「巫女様歓迎」の嵐だった。セルジュのおうち、アンブロスの領主館前には、パラソという名のかなり大きめの城下町があるのだが、着いた途端の「巫女様ー!」「巫女様ー!」の大歓声には正直、「逃げる」一択しかないと思った。なのに、セルジュがスッゴい涼しい顔して、これくらい普通でしょ?え?何か問題が?みたいな態度だったから、私、頑張ったよ。こっちも涼しい顔して、馬車の窓からニッコリ笑って手を振って、こんなこと二度とやらないと心に誓った。

漸く、領主館、というか城塞?しっかり城壁のあるアンブロス家のお屋敷に到着した時には、一仕事終えた解放感でいっぱいだった。なのに、安住の地だと思っていた領主館でも、従業員一同みたいな勢いでズラーッと並んだ使用人の皆様に出迎えられ、祝いの言葉を頂戴し、ワラワラと寄ってきた侍女の方々に世話をやかれ、入浴からの着替え、お食事の用意と、本当にもう、下にも置かない歓迎っぷりに思ったものだ。

裏切られた、と─

いや、だって、セルジュがあんなテンションだから、お屋敷の人達も、邪険にすることはなくても、もっと粛々とビジネスライクに接してくるんだとばかり思っていた。王宮でもそんな感じだったから。

それが、いい意味で─正直、疲れることもあるからいい意味ばかりではないけど─裏切られ、皆様にはスッゴく大切にして頂いている。メッチャ甘やかされてる。

「恐ろしい、これが巫女パワーか」と戦慄いていた私に、「『巫女様』は関係なく、敬愛する主の奥方様だから」と教えてくれた家令のエバンスが居なければ、私はビビりまくった後に増長しまくった「奥方様」になっていたかもしれない。流石は、セルジュの祖父の代から仕えているというエバンス。言外に「(だから)主に相応しくあれ」と、抑えるところはきちっと抑えてくる。

あとは、セルジュが皆に好かれてるってことが分かって、それが何だか嬉しかった。

(だって、自分の夫のことだし?)

ちょっとくらい─勝手にだけど─誇らしく思っていてもいいんじゃないかと思う。

そして、そんな出来過ぎた夫に関してまた一つ、私の中に、新たな疑問が生まれていた。

明るい日差しの中、屋敷のテラスにテーブルセットを引っ張り出して貰って、優雅にお茶を楽しみながら、背後に控える男に尋ねた。

「…ねぇ、エバンス。」

「はい。」

低く落ち着いた声で返されて、「私、今、奥様感半端ないな」と思いながら、セルジュへの疑問を口にした。

「セルジュって、もしかして、メチャクチャ頭いい?」

「…」

「頭いいって言うか、優秀?仕事出来る系の人?」

「…」

対外的には頑張るってことで、身内間では許されている私の言葉遣い。だから、エバンスの返事が無いのは、ソレを咎められてるわけでは無い、と思う。思うんだけど、打てば響く的なエバンスの返事が無いのは珍しいなーと気になって、背後を振り返った。

「えーっと?エバンス…?」

「…アオイ様は、セルジュ様のことをどこまでご存知でいらっしゃいますか?」

「どこまで…?」

予想外の事態。質問に質問が返ってきた。しかも、軽く聞いてみただけだったのに、何だかエバンスが難しい顔をしている。心持ち、態度を改めてから、質問の答えを考えた。

「…うーん、セルジュのことで知ってることって言ったら、年齢と仕事と、後はご両親が亡くなってるってことくらい、かな?」

表面的なことで言うならそれくらい。あとは─

「家の人達に慕われてて、おまけに領内の人達からも人気あんだなーってのを最近知った。…セルジュのおかげで、皆が私にも優しいというか親切というか、すごく良くしてくれる。」

「…アオイ様は、セルジュ様のことを…?」

言葉はそこで切られたけれど、エバンスが何を聞きたいのかは分かってしまった。だから、正直に答える。

「…うん、好きだよ。」

本人不在の場所なら口に出来るくらいには育った気持ち。

「…まぁ、正直、好きって言い切るのはまだ恐いんだけどね?…それでも、その、うん、好ましい…?」

「…」

「セルジュと一緒にいるのってすごく居心地いいんだよねぇ。…今もどんどん好きになってってる、気がする。…真面目だし、仕事頑張ってるし、人の話もちゃんと聞いてくれるし。いい子、…いい男、過ぎるよね?」

「…アオイ様は、セルジュ様の能力を高く評価して下さっているのですね。」

「評価っ!?え、なんか、そんな上から目線の感じじゃないよっ!?何というか、凄いなぁとか偉いなぁとか、あと、そういうのカッコいいなぁって思ってるだけで。」

本当は、エバンスに確かめるまでもなく確信してしまっている「セルジュできる男説」。セルジュがプライベートな時間─食事や夜の時間─をこちらに合わせてくれるから、放って置かれている感は全くないし、彼がガムシャラに仕事をこなしているという印象もない。だけど、家の人達の話を聞いたり、実際に一度、領主夫人として視察に同行した際に見ただけでも、辺境領主の仕事量というのはかなり大変。それを残業もなしに片付ける彼の超人っぷりには、もう、ね?惚れるしかない。

「セルジュがお仕事してるところもちょっと見せてもらったんだけど、頭の出来が根本的に違うんだなーってことしか分からなかったんだよね。レベルが違い過ぎて、どれくらい凄いかもよく分かんなかったくらい。」

「…セルジュ様は、学院在学時より、当主代理…、先代の当主様の手伝いをされておりましたから。」

「えっ!?」

「加えて、セルジュ様は王立学院を首席で卒業されております。」

「げ、やっぱり!?やっぱり、そういうレベルなの!?」

王立学院、この国の最高学府だというその学院の存在を私が知っているのは、サキアの巫女教育で叩きこまれたから。また、─非常にムカつくことに─同じく、学院を首席で卒業したという某魔術師に、それはもう鼻高々に自慢されたことがあるからだ。

「あ、え?でも、ちょっと待って。王立学院って、十八歳で卒業とかじゃなかった?」

現在、十八歳のセルジュが既に卒業しているということは─

「はい。セルジュ様は、学院始まって以来の最優秀成績者でいらっしゃいましたので、十六歳時点で学位を授与されておられます。」

「…マジか。」

本物だ。

(本物の天才がいる。それが自分の夫とか…)

「…いやー、スゴいね…。スゴいとは思ってたけど、思ってた以上にスゴいね。ビックリした。」

今まで、テレビや小説の中でしか見たことのなかった存在が身内、それも自分の夫なのだから、驚いたし、やっぱり、凄く誇らしい。

「セルジュってば、謙虚過ぎでしょう?そんな話、一度も聞かなかったよ?そういうことは、もっと自慢してもいいくらいなのにね?」

まぁ、自慢なんてセルジュの「キャラ」ではない気がするし、そいういう「奥ゆかしさ」も嫌いじゃない、とニヤニヤしていたら、真顔のままのエバンスの視線に気づいた。

「アオイ様は…」

「うん?」

「婚姻相手をお望みになられた際に、セルジュ様に関する身上書をご覧になられませんでしたか?」

「え?見たよ。」

「…」

「…あっ!?そっか!そういうことか!そういう学歴?とか、アピールポイントも身上書に書いてあったってことだよね!?…あー、そっか、そうだよね、普通、そうだよね。…しまった。」

過去の自分の無関心が悔やまれる。

「…うん、ごめん。ごめんなさい。そういう意味でいくと、身上書、ちゃんと見てませんでした…」

「…」

再び沈黙したエバンスの反応に、嫌な汗が流れ始めた。

「いや!もう、ほんと!失礼なことして、ごめんなさい!言い訳させてもらうと、そういうアピールポイント無しでも私はセルジュを選んだっていうか!セルジュ以外には目もくれなかったっていうか!実際、会ったのだってセルジュだけだったし!だから、はい!私が全面的に悪かったです!すみませんでした!」

勢いで下げた頭に、エバンスの「顔をお上げ下さい」の声が聞こえる。

「…アオイ様が謝罪なさる必要はございません。ただ…」

「うん!だよね!分かってる!謝るなら、セルジュにだよね!本人に謝らないと意味ないよね!」

セルジュが怒る姿というのはなかなか想像出来ないけれど、傷つけてしまう可能性は十分にある失態。ここは潔く謝るしかない。

身上書を読んでないことがバレる前に。

(もう、バレてるかもしれないけど…)

せめて、拗れたり、嫌われたりする前に─

「アオイ様。」

「はいっ!」

後ろめたさから、応える声が大きくなった。

「…セルジュ様と話し合われてみて下さい。謝罪は不要でしょうが、セルジュ様のことを色々お尋ねになるのもよろしいかと…」

「そう…、そうだよね…?」

「はい。…セルジュ様は、ご自身のことをお話になるのが得意ではありません。ですが、アオイ様からお尋ね下されば、お答え下さると思います。お話も弾むのではないでしょうか?」

「そっか。…うん、よし、ちょっと、頑張ってみようかな。」

文字通り、生まれた時からのセルジュを知る、館のブレーンからのアドバイス。これ以上ない力強い後押しに、これは、ちょっと、気合いを入れるしかないんじゃないかな、と思った。





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