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第二章 召喚巫女、領主夫人となる

1.馬車と言う名の完全個室

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ガタゴトと、馬車に揺られる街道。暖かな日差しの下、馬車はサイランドの東端、アンブロス領を目指して走っていた。

車内には向かい合うようにして座るセルジュ。流れる長閑な雰囲気も決して嫌いではないけれど、流石に三日もある旅の行程をずっとこのままの空気というのも辛い。

「あの、セルジュ?」

「はい。」

呼べば返事をくれる。こちらが何かを尋ねれば必ず答えを返してくれるセルジュだけど、どうやら、口数の少ない子という当初の印象は当たっていたらしく、彼の方から積極的に話を振ってくることはない。それはつまり、二人の仲を縮める、というか恙無く結婚生活を送るためには、こちらからグイグイいくしかないということで。

「今更だけど、『セルジュ』って名前で呼んでも良かった?」

「はい、構いません。」

「ありがと。あの、じゃあ、私のことは『アオイ』って呼んで欲しい、んですけど…」

ダメだ。ムズい。恥ずい。

サラッとリードとか出来ない。無理。そんなスペック持ち合わせてない。赤面が避けられない。心中ジタバタしていると、心持ち、セルジュが首を傾げた。

「巫女様の御名をお呼びしてもよろしいのですか?」

「いいよ。ていうか、結婚したんだし、畏まられる方が困る。普通に呼んで欲しい。」

「…わかりました、では、『アオイ』と。」

「っ!…うん」

久々に、しかもイケメンに名前呼びされるなんて、なかなかクルものがあった。これはもう、完全に、顔赤いんだろうなーと思うと、セルジュの方をまともに見られない。視線を窓の外に移して呟いた。

「…あと、敬語も。無しにして欲しい。普通にしゃべってよ。」

「…」

返って来ない返事に、セルジュをチラリと覗き見る。真っ直ぐな視線がこちらに向けられていて、少し、緊張する。

「…アオイ。」

「っ!はい!」

「私の言葉遣い、ですが、私にはこれが『普通』の話し方なのです。アオイが不快だと仰るのなら、改善に努めますが、少しお時間を頂くことになるかと、」

「いや!いい!いいです!」

不思議そうに、また首を傾げたセルジュに慌てて前言を撤回する。

「セルジュにとって、それが普通、っていうか、私に気を遣ってるんじゃないなら、それでいい!です!」

「そう、ですか?」

セルジュの戸惑うような反応にウンウンと頷いて肯定を示す。私が嫌なのは、恐いのは、セルジュに何かを強いること。ただでさえ年下、しかも降嫁じゃないけど、「巫女様を押し頂く」感半端なかったここまでの経緯を考えると、ちょっとその辺、神経質になってしまう。

「…あの、私達ってさ、一応だけど、もう夫婦なわけじゃない?」

「…はい。」

「恋人期間がなかったから、直ぐに本当の夫婦になるってのは無理だろうけど、でも、まぁ、ゆっくりずつでいいからさ、えと、少しでもって言うか、出来る範囲でって言うか、仲良くやっていけたらいいなぁと…」

「無理、ですか?」

「え?」

なんか、イケメンに真顔で見られてるんですけど─

「私は、アオイに選んで頂けて、とても嬉しかった…」

「…」

「私は、あなたと本当の夫婦になりたいと思っています。」

「っ!?」

「アオイは?無理、でしょうか?」

(はぁー!?はぁー!?)

「いや、あれ?え?ちょっと待って。だって、その、夫婦って…」

「?」

(なに?なんでそういうこと真顔で言えちゃうわけ?本気?本気で言ってるの?)

私がオブラートに包んで、フワフワ~っとお伝えした「本当の夫婦」の意味、きちんと正しく伝わっているのだろうか。

(…え?逆に、どこまでの意味で仰ってる?)

ダメだ。ヤバイ、恐い。逃げたい。セルジュの邪気を感じさせない視線をまともに受け取れない。逃げ場を探して下を向く。

「…アオイ?」

「っ!」

ああ、けど、でも─

セルジュが本気で言ってくれているのなら。本気で、私と夫婦になることを望んでくれているのなら。

「っ!私も!」

「…」

「セルジュと、ちゃんと夫婦、やっていきたいって思ってるよ!」

(よし!言った!)

言ってやった!年上の余裕!

床を睨み付けていた視線を引き剥がして、そっとセルジュの方を窺い見る。彼の目元が少しだけ弛んでいる気がするのは、私の願望が見せる幻かもしれないけれど。

(う~…!)

何だかもう、ウギャーって叫び出したい。逃げ出したいけど、走ってる馬車から飛び降りる暴挙には出られないから、耐えよう。もう、耐えるしかない。

顔の熱を痛いほどに意識しながら、膝の上、握った自分の手を見つめ続ける。

(…おかしい。)

浮かぶ疑問は、自身の嗜好について。「年下」も「敬語」も「美青年」も、どれ一つ刺さらないはずの私のへきに、だけど、何でか、先ほどからグサグサと刺さりまくって、かなりのダメージが蓄積しているような気がして仕方ない。

(…大丈夫、だよね?)

気づかぬ内に致命傷、なんてことになっていたら洒落にならない。と、そこまで考えて、「え?まさか」と思う。

まさか、そこまで自分がチョロいとは思いたくない。思いたくないんだけど─

火照る頬の熱と裏腹に、脳髄から血の気が引いていく。







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