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第一章 召喚巫女、お役御免となる
6.ファーストインプレッション
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王宮に与えられた個室、貴賓室?というのだろうか?「結界の巫女様」に宛てがわれたゴージャスな部屋で、これまたゴージャスなソファに腰かけて、目の前のテーブルに重ねられた紙の束を睨む。
「…」
紙の束。一見、ただの書類に見えるそれは、先ほど王太子の遣いだという侍従が持ち込んだもの。私のお見合い相手の釣書、身上書、ということらしい。王太子にお見合いを頼んでから、まだ半月も経っていないというのに。
「…仕事、早いな。てか、多いな。」
さすが、王太子である。私が、召喚の責任者である王太子を─最後まで好きにはなれなかったけど─どこかの魔術師ほど憎んでいないのは、こういうところだと思う。召喚時に心を尽くして説明と謝罪をしてくれたこと。泣いてわめいて暴れまわった私に、根気よく付き合ってくれたこと。納得出来ずに抵抗を続けていた間にも、こちらの要求には早急に応じてくれたこと。
確信犯的行為を赦せはしなかったけど、まあ、諦めることは出来た。彼の態度に、憎み続けるエネルギーと怒り続けるエネルギーか続かなかったから。
(まあ、何にせよ…)
今は、目の前に置かれた身上書だ。前世のそれとは違い、綺麗に装丁された「お見合い写真」なんてものはついていない。ただ、魔道具で撮られたらしい五センチ四方の写真的なものが貼付された書類を一枚持ち上げる。
(ん?)
持ち上げた途端、感じた視線。書類越しのそれに、気づかれぬよう僅かに顔を上げれば、扉近くに立つ侍女からの突き刺さるような視線が視界に入る。
(え?なに?メッチャ睨まれてる?)
巫女付きの侍女は四人。当初から変わらぬそのメンバーで、二人ずつ、二交代制でついてくれているが、これほど分かりやすく睨まれるような心当たりは─
(…いや、あるな。)
残念ながら、召喚当初に彼女達にも当たり散らした記憶がしっかり残っていた。流石に暴力を振るうようなことはしなかったけれど、確か、彼女達の前で花瓶を思いっきり破壊するという行為に及んだ気がする。
(え?でも、怪我とかはさせてないよね?)
壁際に居た彼女達にまで破片は飛ばなかったし、あの時ケガをしたのは自滅した私くらいのもの。
(まぁ、それでも、嫌われてるのは知ってるけど。)
これほどあからさまに睨まれることはなくても、日頃の態度の端々にこちらへの忌避が感じられるのだから、あちらも隠す気なんてないのだろう。それでも一応、お仕事はしてくれていたから、こっちだって「知ったこちゃない」のビジネスモードに徹してきた。
それが、突然の憎しみモード─
(…あれ?いや、突然とかじゃなく、私が今まで気づかなかっただけ?)
うわぁーな事実に気づいてしまったが、そんなこと、気にしてる暇も気にかけてやる義理もないと割り切って、手にしたままの書類に視線を落とす。
落とした先、書かれた文字を追えば、書かれているのはお相手の出身や係累、職業やら爵位から趣味嗜好まで。事細かに書かれた個人情報に加え、右上に貼られた証明写真サイズの顔写真が、元の世界のアレを思い出させる。
「…履歴書?」
萎えた。
こちらに来る直前、漸くとれた希望職種の内定に雄たけびを上げて喜んだことを思い出して。そのたった一つの内定をとるまでに、何枚も書き続けた履歴書。不採用通知に折れて折れて、折れまくって、それでやっと─
「…」
忘れていたかったのに。
こうやって油断した時にやってくる元の世界の思い出。
(はぁ、もう、最悪…)
このままじゃ、落ちていくだけだということはわかっているから、無理矢理に目の前の紙、そこに書かれた文字を追う。
(…『職業:王宮魔術師』、…無いな。)
顔写真はそこそこのイケメン。年も近いし、爵位とかはどうでもいいから読み飛ばす。だけど「職業」、そこに書かれた「魔術師」の文字に、速攻でお相手への「お断り」を決めた。
「魔術師」、ということは間接的にしろ直接的にしろ、あの男が上司となるわけで、それだけは何が何でも避けたかった。
召喚された直後に、「魔術師百人規模での巫女召喚を、自分一人で行った」と得意気に胸を張った男。「喚ばれたことを光栄に思え」とほざいたあの男を、私は絶対に許さない。
王太子やガイラス達が私への誠意を示し続ける間─それら全てを信じられたわけではなかったが、それでも─、確かに私の慰めになった言葉を、「偽善だ」「無意味だ」と嘲笑ったあの男への怒りは、決して消えることはない。
(…とりあえず、魔術師は無しの方向で。)
手元に置かれた書類の束から、職業欄に「魔術師」と書かれたものをサッサと間引いていく。それだけで、残された束は半分近くに減ってしまった。
(え?魔術師、多過ぎじゃない?)
いつか、あの男が言っていた言葉を思い出す。
─きみ自身には微塵も興味がないが、「異世界人」という研究対象としては非常にそそられる
「…」
思わず、顔が歪んだ。
まあ、つまり、私はそういう意味で、探究心旺盛な魔術師達には大人気ということなのだろう。よし、絶対に関わらない。
残った書類、未だ二十枚ほどはあるそれを眺めながら、更に「王都在住」のものを弾いていく。王都に居れば、爵位も職位もご立派なものをお持ちのあの男に関わらずにはいられないから。なるべく遠くに領地を持ち、王宮に職を持たない人。あいつの顔を見なくてすむように。
そうやって弾いていった書類、結果として手元に残されたのはたった二枚の身上書。二つをテーブルに並べて見比べた。
一つは、北の辺境伯のもの。年齢は三十二歳と十近く上だが、貼付された写真の男性はかなりのイケメン。精悍な顔つきに短めの赤髪が良く似合う。深い緑の眼差しは鋭く、がっしりとした肩幅と太い首は、正直に言えば、うん、かなり好み。もう、この人でいいんじゃないかなーってくらい好印象。
ほぼほぼ心を決めて、もう一枚の書類へと視線を移す。何気に貼付の写真を確かめて、脊髄反射でツッこんだ。
「若っ!?」
(えっ?若!若くない?若いよね?大丈夫?これ大丈夫なの?)
黒目黒髪に、どこか視線のズレた写真の男の子は、どう見ても未成年。主にホニャララ条例的に大丈夫なのかと、年齢を確かめれば、「十八歳」の表記を見つけた。
「ギリ、セーフ…」
(セーフだけどギリギリ。…五歳下。)
高校生、頑張っても大学一年くらいだなという現代日本人感覚的なものが、一応は社会人になっていたはずの自分との間に立ち塞がる壁を認識する。
(『セルジュ・アンブロス』くん、え?十八歳で東方辺境伯なの?あ、ご両親、亡くなってるのか。)
こちらの世界では、成人年齢は十六歳。彼が現代日本の十八歳とは違うとわかっていても「若いのに立派だなぁ」と素直に感心する。線の細い、どこかまだ少年の頼りなさを残すこの彼が、自分の領地を持ち、そこに暮らす人達の生活を守っているのだから。
(…けど、まあ、やっぱり、こっちかな?)
セルジュくんを選ぶには、やはり、ちょーっと抵抗がある。主に犯罪的な意味で。彼の身上書を横に置き、手繰り寄せた北の辺境伯の名前を改めて確かめた。
「ファルコ・マルステア辺境伯…」
眺める身上書は完璧で、彼には一片の陰りも無いように見える。彼を選べばいい、と思うのだけれど、でも、じゃあ、逆に何で彼はこの年まで独身なのかという疑念が湧いて来た。辺境という環境ゆえか何なのか、身上書には載っていない答えを探そうと、本棚に『貴族年鑑』を取りに向かう。サキアによる上流階級教育の置き土産、名前と系譜の書かれた本を探すが、
「あれ、ない…?」
本棚の前で少し迷う。あの存在感ありまくりの一冊が見当たらないということは、誰かが─恐らく、お世話係の侍女たちだろうが─書庫へと戻してしまったのだろう。
(…またか。)
こちらで「お世話される」立場になってから度々感じる軽い苛立ち。自分の部屋のものが、自分の知らない間に変わってしまっているという環境は未だに慣れない。世話をしてくれている人間との意思疎通が上手くいっていないことが根本原因ではあるけれど、「やるな」と命じたはずのことを「必要なことです」と押し切る相手とどうコミュニケーションを取ればいいというのか。
(面倒くさい…)
それでも、必要なものは必要だから。
扉近くの二人に向かって声を掛ける。
「…ねぇ。ここにあった貴族年鑑、書庫に返した?」
「はい。…半年以上ご覧になっていらっしゃいませんでしたので、ご不要かと。」
「ふーん。」
だとしても、一言あって然るべきだとは思うが。
「借りて来てくれる?」
「それは…」
「必要だから。今すぐ借りて来て。」
「ですが…」
先ほどから受け答えをしている栗色の髪の侍女が、隣の侍女と視線を交わす。
「…巫女様をお一人にするわけには。」
「一人が残って、一人が借りにいけばいいじゃない?」
「…」
返って来たのは無言の返事。侍女二人が目配せを交わし合っている。
(まぁ、確かに、かなり重量ある本だけど。)
それでも、返却出来たのだから、持って来れないわけがない。
「…あの、巫女様、年鑑は今でなければなりませんか?」
「ええ。今、必要。」
「…」
こちらの答えに、金髪の侍女が頭を下げた。
「…承知しました。取りに行って参ります。」
「お願いね。」
部屋を出ていく侍女を見送って、身上書の前に戻る。年鑑を待つ間、することもない。何とはなしに、もう一度、マルステア辺境伯の身上書を眺めながら時間を潰す。
「…」
「…」
(…鬱陶しいなぁ。)
先ほどよりもよほど雄弁に睨みつけて来る視線。心を無にして気づかない振りをする。ただ、それも無駄な抵抗だったらしい。
「…」
紙の束。一見、ただの書類に見えるそれは、先ほど王太子の遣いだという侍従が持ち込んだもの。私のお見合い相手の釣書、身上書、ということらしい。王太子にお見合いを頼んでから、まだ半月も経っていないというのに。
「…仕事、早いな。てか、多いな。」
さすが、王太子である。私が、召喚の責任者である王太子を─最後まで好きにはなれなかったけど─どこかの魔術師ほど憎んでいないのは、こういうところだと思う。召喚時に心を尽くして説明と謝罪をしてくれたこと。泣いてわめいて暴れまわった私に、根気よく付き合ってくれたこと。納得出来ずに抵抗を続けていた間にも、こちらの要求には早急に応じてくれたこと。
確信犯的行為を赦せはしなかったけど、まあ、諦めることは出来た。彼の態度に、憎み続けるエネルギーと怒り続けるエネルギーか続かなかったから。
(まあ、何にせよ…)
今は、目の前に置かれた身上書だ。前世のそれとは違い、綺麗に装丁された「お見合い写真」なんてものはついていない。ただ、魔道具で撮られたらしい五センチ四方の写真的なものが貼付された書類を一枚持ち上げる。
(ん?)
持ち上げた途端、感じた視線。書類越しのそれに、気づかれぬよう僅かに顔を上げれば、扉近くに立つ侍女からの突き刺さるような視線が視界に入る。
(え?なに?メッチャ睨まれてる?)
巫女付きの侍女は四人。当初から変わらぬそのメンバーで、二人ずつ、二交代制でついてくれているが、これほど分かりやすく睨まれるような心当たりは─
(…いや、あるな。)
残念ながら、召喚当初に彼女達にも当たり散らした記憶がしっかり残っていた。流石に暴力を振るうようなことはしなかったけれど、確か、彼女達の前で花瓶を思いっきり破壊するという行為に及んだ気がする。
(え?でも、怪我とかはさせてないよね?)
壁際に居た彼女達にまで破片は飛ばなかったし、あの時ケガをしたのは自滅した私くらいのもの。
(まぁ、それでも、嫌われてるのは知ってるけど。)
これほどあからさまに睨まれることはなくても、日頃の態度の端々にこちらへの忌避が感じられるのだから、あちらも隠す気なんてないのだろう。それでも一応、お仕事はしてくれていたから、こっちだって「知ったこちゃない」のビジネスモードに徹してきた。
それが、突然の憎しみモード─
(…あれ?いや、突然とかじゃなく、私が今まで気づかなかっただけ?)
うわぁーな事実に気づいてしまったが、そんなこと、気にしてる暇も気にかけてやる義理もないと割り切って、手にしたままの書類に視線を落とす。
落とした先、書かれた文字を追えば、書かれているのはお相手の出身や係累、職業やら爵位から趣味嗜好まで。事細かに書かれた個人情報に加え、右上に貼られた証明写真サイズの顔写真が、元の世界のアレを思い出させる。
「…履歴書?」
萎えた。
こちらに来る直前、漸くとれた希望職種の内定に雄たけびを上げて喜んだことを思い出して。そのたった一つの内定をとるまでに、何枚も書き続けた履歴書。不採用通知に折れて折れて、折れまくって、それでやっと─
「…」
忘れていたかったのに。
こうやって油断した時にやってくる元の世界の思い出。
(はぁ、もう、最悪…)
このままじゃ、落ちていくだけだということはわかっているから、無理矢理に目の前の紙、そこに書かれた文字を追う。
(…『職業:王宮魔術師』、…無いな。)
顔写真はそこそこのイケメン。年も近いし、爵位とかはどうでもいいから読み飛ばす。だけど「職業」、そこに書かれた「魔術師」の文字に、速攻でお相手への「お断り」を決めた。
「魔術師」、ということは間接的にしろ直接的にしろ、あの男が上司となるわけで、それだけは何が何でも避けたかった。
召喚された直後に、「魔術師百人規模での巫女召喚を、自分一人で行った」と得意気に胸を張った男。「喚ばれたことを光栄に思え」とほざいたあの男を、私は絶対に許さない。
王太子やガイラス達が私への誠意を示し続ける間─それら全てを信じられたわけではなかったが、それでも─、確かに私の慰めになった言葉を、「偽善だ」「無意味だ」と嘲笑ったあの男への怒りは、決して消えることはない。
(…とりあえず、魔術師は無しの方向で。)
手元に置かれた書類の束から、職業欄に「魔術師」と書かれたものをサッサと間引いていく。それだけで、残された束は半分近くに減ってしまった。
(え?魔術師、多過ぎじゃない?)
いつか、あの男が言っていた言葉を思い出す。
─きみ自身には微塵も興味がないが、「異世界人」という研究対象としては非常にそそられる
「…」
思わず、顔が歪んだ。
まあ、つまり、私はそういう意味で、探究心旺盛な魔術師達には大人気ということなのだろう。よし、絶対に関わらない。
残った書類、未だ二十枚ほどはあるそれを眺めながら、更に「王都在住」のものを弾いていく。王都に居れば、爵位も職位もご立派なものをお持ちのあの男に関わらずにはいられないから。なるべく遠くに領地を持ち、王宮に職を持たない人。あいつの顔を見なくてすむように。
そうやって弾いていった書類、結果として手元に残されたのはたった二枚の身上書。二つをテーブルに並べて見比べた。
一つは、北の辺境伯のもの。年齢は三十二歳と十近く上だが、貼付された写真の男性はかなりのイケメン。精悍な顔つきに短めの赤髪が良く似合う。深い緑の眼差しは鋭く、がっしりとした肩幅と太い首は、正直に言えば、うん、かなり好み。もう、この人でいいんじゃないかなーってくらい好印象。
ほぼほぼ心を決めて、もう一枚の書類へと視線を移す。何気に貼付の写真を確かめて、脊髄反射でツッこんだ。
「若っ!?」
(えっ?若!若くない?若いよね?大丈夫?これ大丈夫なの?)
黒目黒髪に、どこか視線のズレた写真の男の子は、どう見ても未成年。主にホニャララ条例的に大丈夫なのかと、年齢を確かめれば、「十八歳」の表記を見つけた。
「ギリ、セーフ…」
(セーフだけどギリギリ。…五歳下。)
高校生、頑張っても大学一年くらいだなという現代日本人感覚的なものが、一応は社会人になっていたはずの自分との間に立ち塞がる壁を認識する。
(『セルジュ・アンブロス』くん、え?十八歳で東方辺境伯なの?あ、ご両親、亡くなってるのか。)
こちらの世界では、成人年齢は十六歳。彼が現代日本の十八歳とは違うとわかっていても「若いのに立派だなぁ」と素直に感心する。線の細い、どこかまだ少年の頼りなさを残すこの彼が、自分の領地を持ち、そこに暮らす人達の生活を守っているのだから。
(…けど、まあ、やっぱり、こっちかな?)
セルジュくんを選ぶには、やはり、ちょーっと抵抗がある。主に犯罪的な意味で。彼の身上書を横に置き、手繰り寄せた北の辺境伯の名前を改めて確かめた。
「ファルコ・マルステア辺境伯…」
眺める身上書は完璧で、彼には一片の陰りも無いように見える。彼を選べばいい、と思うのだけれど、でも、じゃあ、逆に何で彼はこの年まで独身なのかという疑念が湧いて来た。辺境という環境ゆえか何なのか、身上書には載っていない答えを探そうと、本棚に『貴族年鑑』を取りに向かう。サキアによる上流階級教育の置き土産、名前と系譜の書かれた本を探すが、
「あれ、ない…?」
本棚の前で少し迷う。あの存在感ありまくりの一冊が見当たらないということは、誰かが─恐らく、お世話係の侍女たちだろうが─書庫へと戻してしまったのだろう。
(…またか。)
こちらで「お世話される」立場になってから度々感じる軽い苛立ち。自分の部屋のものが、自分の知らない間に変わってしまっているという環境は未だに慣れない。世話をしてくれている人間との意思疎通が上手くいっていないことが根本原因ではあるけれど、「やるな」と命じたはずのことを「必要なことです」と押し切る相手とどうコミュニケーションを取ればいいというのか。
(面倒くさい…)
それでも、必要なものは必要だから。
扉近くの二人に向かって声を掛ける。
「…ねぇ。ここにあった貴族年鑑、書庫に返した?」
「はい。…半年以上ご覧になっていらっしゃいませんでしたので、ご不要かと。」
「ふーん。」
だとしても、一言あって然るべきだとは思うが。
「借りて来てくれる?」
「それは…」
「必要だから。今すぐ借りて来て。」
「ですが…」
先ほどから受け答えをしている栗色の髪の侍女が、隣の侍女と視線を交わす。
「…巫女様をお一人にするわけには。」
「一人が残って、一人が借りにいけばいいじゃない?」
「…」
返って来たのは無言の返事。侍女二人が目配せを交わし合っている。
(まぁ、確かに、かなり重量ある本だけど。)
それでも、返却出来たのだから、持って来れないわけがない。
「…あの、巫女様、年鑑は今でなければなりませんか?」
「ええ。今、必要。」
「…」
こちらの答えに、金髪の侍女が頭を下げた。
「…承知しました。取りに行って参ります。」
「お願いね。」
部屋を出ていく侍女を見送って、身上書の前に戻る。年鑑を待つ間、することもない。何とはなしに、もう一度、マルステア辺境伯の身上書を眺めながら時間を潰す。
「…」
「…」
(…鬱陶しいなぁ。)
先ほどよりもよほど雄弁に睨みつけて来る視線。心を無にして気づかない振りをする。ただ、それも無駄な抵抗だったらしい。
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