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第一章 召喚巫女、お役御免となる

3.憐憫 (Side F)

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閉まった扉の向こう、背中まである黒髪を揺らして消えていった女の後ろ姿を見送って、暫し思考する。

「…巫女の『見合い』、か。…こちらとしては、都合がいいが。」

「…」

「…」

黙ったままの腹心二人に、口角を上げる。

「お前達は?それでいいのか?何か思うところがあるなら、まあ、話くらいは聞いてやる。」

先に口を開いたのは、己の近衛を務める男。

「…それが巫女様の望みならば。幸せに成って頂きたいと願っております。」

「ふーん?相手がお前ではなくとも構わないと?」

「…私にはアイシャがおります。今、私が守るべきは、守りたいのは、我が妻一人です。」

「…なるほどな。」

部下である前に、己の友。長く共にあるからこそわかる男の想い。口にした言葉通りに、今や妻一人を愛する男の姿に苦笑する。

(未練はない、か…)

かつての二人の姿を思い出す。

見知らぬ世界に戸惑い、抵抗し、絶望の末に涙していた巫女。その姿に心を傾けていった男の二心を知りながら、二人の関係に口を挟まなかったのは、それが己にとって都合の良い展開であったから。それでも最後には、長年、男を想い続けた侯爵家の少女の手を取った友の決断に、「在るべき姿に収まった」と安堵したのも事実。かと言って、巫女の不幸を願ったわけでもない。さて、では、悲恋の巫女をどうすべきかと悩んだところに、思わぬ名乗りを上げた男は今、己の横で不快に顔を歪めるばかり。

「サキア、顔に出ている。口に出せ。」

「…申し訳有りません。」

滅多に表情を見せない男がこれほど露骨に感情を表すのは、巫女に関することだけ。忌々しげに口を開く本人は、果たしてそのことに気づいているのか。男のため、自ら身を引いた─少なくとも、己はそう評価している─巫女の心変わりを認められず、恋情を憎しみに変え、未だ昇華出来ずにいる男も憐れではあるが。

「…お前は、巫女のげんをどう思う?」

「マディラード、コーネルンド、バズル…」

「…」

サキアの口から不快を隠さず、幾つかの家名が吐き捨てられた。

「今までに巫女様がお選びになったのは、いずれも高位貴族ばかり。相手に婚約者が居ようとお構い無しだという噂が社交界中に広まっております。…これ以上の醜聞を避けるという意味では、正しい選択をなされたのではないですか?」

「…巫女に近づいたのは男の方からなのだろう?彼女が婚約者の存在を知らなかった可能性もある。」

「巫女様には、貴族社会に関して一通りのことを学んで頂いております。高位の貴族ほど、幼年のうちより婚約者がたてられるものだということも、当然…」

「まあ、確かに、な…」

それでも、その貴族の頂点に立つ公爵家の男から一度は求婚されているのだ。巫女が、婚約とは容易に解消出来るものだと認識していた可能性はある。ただ、ここでいくら推測したところで答えを得られるはずもなく、真実を知りたくば、彼女自身に尋ねるしかない。

(…だが、その必要もなくなった、か…)

巫女が、これ以上、社交界を賑わせることはない。

「…彼女が、マディラード辺りに取り込まれなかったのは幸いだった。役目を終えたとは言え、巫女はこの国の平和の象徴。王弟派に利用されるようなことがあれば、そこそこ面倒なことになっていただろうからな。」

「…」

「…」

「巫女の嫁ぎ先をこちらで選べるというならば、最善の選択肢を用意したい。」

それだけで、己の意図を理解した腹心達が頷いた。

最善の選択肢。権力より遠くへ。しかし、完全に手放してしまうことは出来ない巫女に、鎖を繋ぐ。「自由」を手放したのは、巫女自身。その黒い瞳に浮かべていたのは、諦念か倦怠か。

不幸になって欲しいわけではない。幸福を、掴んで欲しいと思う。ただ一人、知る者のない世界に喚んでしまった、憐れな娘に。







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