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第八章(終章) それでも、私は

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「あー、来叶らいと?」

「ひっ!」

怪我がないかを確認しようとしただけなのだけど。思いっきり後退あとずさりされてしまった。

―恐がられてるなぁ

当然の、反応だとは思う。美歌に襲われてパニックになってるところに私が跳んで現れて、美歌を力ずくで抑え込んだり、空中ボコボコ殴ってみたり。しまいには、美歌が倒れちゃうし。来叶には幽鬼が見えていないから、余計に何がなんだかわからなかったはず。

「…来叶、とりあえず、怪我がないか確認したいだけだからさ、どっか、」

「来るな!近寄るな!」

更に後退する来叶は、このまま逃げ出してしまいそうだ。一応、この場でのことを口止めしたり何なりあるから、まだここに居て欲しいんだけれど。

「来るな来るな来るな!来るんじゃねえよ!」

「来叶、ちょっと落ち着いて」

宥めようと伸ばした手も振り払われた。来叶の目に映るのは、激しい嫌悪の光。その冷たさに、心の何処かが硬質化していく―

「触んじゃねえよ!この!化け、」

「明莉ちゃん!」

「!?」

突然の声、振り返れば、こちらへ駆け寄ってくる姿。

「…秀」

彼を見ただけで、ほっとした。良かった、ちゃんと息が吸える―

「ごめん!遅くなって」

かなり走ってきたのか、大きく息を乱したまま謝る秀を見ていたら、硬く脆くなりそうだったものまで柔らかく溶けだした。

「ううん、大丈夫、幽鬼は倒せたし、誰も怪我しないで済んだし、」

「うん、そうかもしれないけど、でも、遅れてごめん」

「…」

秀が来叶に視線を向けた。警戒したままこちらを睨み続ける来叶との間に、沈黙が続く。秀の気が張っているのが伝わる。多分、視線の先の来叶に対して怒ってる。それも物凄く。

秀の緊張がこちらにまで伝わってきて、動けなくなる。沈黙に耐えていると、不意に、秀が来叶から視線を外した。

こちらを向いた時には既に柔らかく笑っていた秀の瞳。知らず詰めていた息を吐く。

「…彼らのことは悠司達に任せていいから、明莉ちゃん、帰ろう?送っていくよ?」

着いて早々に帰宅を促す秀の言葉に、戸惑いながらも頷けば、横からチサが口を開いた。

「私は部長の手伝いをしてから帰る。経緯を把握している人間が居た方がいい。明莉は先に帰ってて」

「…でも、」

「花守、明莉を任せる」

「わかった」

強引だけど、家に帰そうとしてくれる二人の気持ちは伝わったから―

「…ありがとう」

感謝を伝えて、帰途につくことにした。秀も並んで夜道を歩く。流れる沈黙は、嫌なものではなかったけれど、何かを吐き出したくて口を開いた。

「…後始末、大丈夫かなぁ?来叶には、結構がっつり、最初から最後まで見られちゃったんだよね。言いふらされたら困るよね?」

「問題無いよ。明莉ちゃんは気にしなくて平気だからね?仮に、彼一人が騒いだところで、大した影響はないから」

「…SNSで拡散したりとか」

「その点も大丈夫。専門のチームがいるから」

にっこり笑って答える秀が、頼もしいんだけど、ちょっと恐かった。頷いて、また前を見て歩く。再び訪れた沈黙を破ったのは秀で、

「…明莉ちゃん、手袋買いに行こうか?欲しいって言ってたでしょ?」

「…えっと、それって、幽鬼殴る時の?」

軍手的な?

まあ、確かにあれば助かるんだけど。ただ、普通の軍手だと、幽鬼を一発殴っただけで破れてしまうから、今までは購入を躊躇っていた。

秀が首を振って答える。

「幽鬼退治用の装備については、今、研究班の方で開発中なんだ。そっちはもう少し待っててくれる?」

「…開発中なんだ」

「うん。明莉ちゃんの攻撃能力に耐えられるものをって考えてて」

秀が嬉しそうに笑う。

「まあ、それでも明莉ちゃんの力に完全に耐えきれるものは無理だろうから、使い捨てにはなっちゃうと思うんだけど」

研究開発するようなものを使い捨てにしていいものなのか。「そこまでする必要はない」と言えば、返ってきたのは、思いの外、真剣な眼差し。

「手袋一枚分の隔たりしか作ってあげられないけど、出来ればもらって欲しい。今の僕に、僕達に出来ることが、それくらいしかないから」

「…ありがとう」

半分くらい冗談で言った言葉だったのに。もう半分で、本当に嫌だと思ってる気持ちを、秀が拾ってくれた―

「だから明日は、折角だから、明莉ちゃんに似合う手袋、買いに行こうよ」

「うん」

「クリスマスプレゼント、贈らせて」

「うん」

「初めてのデートだね?」

「う、うぇ?」

凄い勢いで隣の秀を見上げた。秀が、幸せそうに笑ってる。




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