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第五章 近づいたり、離れたり

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ポカポカの陽気の中、学内のカフェテリアで一人ぼーっとチサを待つ。考えなくちゃいけないことは色々あるのに、頭が上手く回っていない。

テーブルに落ちた影に、顔を上げる。近づいてくる気配でわかってはいたけれど、コーヒーを片手に来叶らいとが立っていた。

「…お前、結莉愛ゆりあと会ったんだってな?」

「うん。…何で知ってるの?」

「あいつがSNSで『幼馴染みと会った』って呟いてた」

言いながら、コーヒーを置いた来叶が向かいの席に座った。

「…美歌のことも、聞いたか?」

「うん」

「最悪だろ?あの女」

吐き捨てるように言う来叶の顔が歪んでいる。以前、別れ話を聞いた時には見せなかった態度。見せれなかった?別れの理由を語らなかったのは、来叶のプライド、面子、だったのだろうか?

私は浮気も不倫も擁護しない。擁護はしないけど―

「…ライトだって似たようなこと、してたでしょ?」

「!?いや!俺は!」

間髪入れずに否定した来叶だが、その先の言葉が続かない。

「…」

「…」

「いや、俺も悪かったんだよな、適当なことやってたし。悪かったと思う。もうしない。お前にも、やな態度とった」

「それはもういいよ」

「よくねえよ!俺、気づいたんだよ。俺のこと、本気で理解して側に居てくれるのは、結局お前だけなんだって!」

「…」

彼なりに、その言葉を本気で言っているのだろうとは思う―

「俺には!お前しかいないんだよ!」

―これは、本当に、何なんだろう?

目の前の来叶をしげしげと眺めてしまう。そう、来叶もまだ19の少年だ。そう思えば『こんなもの』なのだろうか?だけど、そうだとしてもどうしようもない。届かない。彼の『悪かった』も『お前しかいない』も、私には。言葉の軽さに、心は逆に凪いでいく。

「…来叶、私は来叶のことを幼馴染みだとは思ってる。来叶を好きだった気持ちも嘘じゃないし、友人としてでもずっと一緒に居られたら良かったと思うよ」

「俺は、友達じゃ、」

「だけど、」

来叶が言いかけた言葉を遮った。

「私への態度は置いておいても、美歌や結莉愛に対するあなたの振る舞いを見て、私はもうあなたを好きにはなれない。友人としても、居られない」

「そんな…、何で」

嘘偽り無い自分の思い。どうやらそれは、来叶にも届いたようだ。俯いた来叶の、コーヒーカップを握りしめる両手が震える。伏せた顔は見えないけれど、揺れる肩が彼の感情を伝えてくる。

今の彼にかける言葉は持ち合わせない。ただ、彼の顔が上がるまで。震える肩を見守った。





「お前、男泣かしたんだって?」

「…」

秀とは会えないのに、その相棒とはちょくちょく会うのはどういうことだろう。今も楽しそうな表情を浮かべて近づいて来た部長の口からは、不穏な言葉が聞こえた。

「…何ですか、『男泣かした』って?」

「結構、噂になってんぞ。お前が学内カフェテリアで男泣かしたって」

「…アレか」

アレしかない。

「何だよ、心当たりあんのか?」

「まあ」

「ふーん。で?どれが真相だ?」

真相?しかも、『どれ』というほど選択肢があることに、嫌な予感しかしない。

「お前に振られて泣いてたとか、男が浮気を認めて涙の謝罪とか、お前に浮気を許されて二人で泣いてたんだとか、色々あんだよ」

「…」

なんだそれは、と思ったけれど、まあ、あんな人目のあるところでやらかした方が悪い。噂になるのは仕方ない。いや、でも悪いのは私ではなく来叶、でもその来叶を追い詰めたのは私。私も配慮が足りなかったか、いや、でも―

「で、どれだ?」

「別に色恋沙汰じゃないです。友人?だったんですけど、決別した、というか」

「お前から?」

「…まあ」

ニヤニヤしながらの部長の質問に、私はなぜ律儀に答えてるんだろう。

「ふーん」

「…」

しかも何だよ、その『ふーん』は。

「まあ、秀にはちゃんと説明しとけよ?」

「…何で?」

「あいつのとこにも色々噂が伝わってるってこと」

そういうこと、か―

「…わかりました」

多分、部長は、わざわざこれを伝えに来てくれたんだろう。これは、私に対するお節介。秀との関係にウダウダしてる私が、噂のせいで更にウダウダしないように。

「…ありがとう、ございます」

「何だよ?お前、思ってたほど激ニブってわけじゃねぇのな?」

失礼な発言も、お節介に免じて、パンチ一発で許してあげよう。ボディを狙って放った一撃を、部長は青い顔して全力で避けていた。




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