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第八章

8-4 Side C

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気付けば、体が勝手に動いていた――

一人になりたいというレジーナを追って、クロードは広場の見渡せる建物に潜んだ。万が一の危険を考えての行動、彼女の目に止まるつもりはなかった。それが――

「ねぇ、クロード。いい加減、下ろして」

腕の中、問答無用で攫ったレジーナが、困り顔でクロードを見上げる。

「……ずっと、このままのつもりじゃないわよね?」

「……」

いつかのように、彼女を抱えたまま跳躍を繰り返した先、抜け出したダンジョンの周囲には密林が広がっている。もう何年も前に目にした光景と変わらぬそれに、クロードは我に返った。これより先は外の世界。レジーナはクロードを好きだと言ってくれたが、共に逃げることは望まなかった。彼女も自分も、あるべき場所、関係に戻らねばならない。

レジーナを、彼らの元に返さなければ――

(だが……)

ここに来て漸く、クロードはレジーナの言葉を実感を伴って認めた。

己は空などではない――

リオネルがレジーナに触れるのを見て、クロードの胸の内に沸き上がった想い。彼女を、誰にも触れさせたくなかった。守って、囲って、己一人のものにしたい。リオネルには渡せない。レジーナが欲しい。

そうして、気付いた時には、彼女を腕の中に抱きしめていた。

「ねぇ、クロード。本当にどうしたの?何があったの?」

未だ状況を理解できない様子のレジーナを、クロードはそっと地面に下ろす。腕の拘束を解くことはできない。彼女に逃げられるのが怖かった。

「……レジーナ、俺は……」

言いかけて、クロードは言葉に迷う。何を伝えるべきか、何を言えば、彼女はこのまま自分に攫われてくれるだろうか。

言葉にするのは難しい。クロードは無意識にレジーナの手を取り、「読んでほしい」と伝えようとした。けれど、その言葉をすんでのところで飲み込む。

(駄目だ……)

それでは彼女に届かない。言葉にするのが苦手だからと、読まれて困ることはないと、彼女の力に頼るだけでは駄目だ。伝える努力をしなければ。

想いだけでは足りない。言葉だけでも足りない。だから、クロードは自分の想いを言葉にする。

「あなたが好きだ」

「っ!?」

途端、大きく見開かれたレジーナの目を、クロードは覗き込む。そこに嫌悪はないか、怯えはないか。見る間に涙の溜まっていく碧い瞳を見つめながら、クロードは安堵した。嫌がられてはいない。そのことに勇気を得て、自身の願いを口にする。

「俺は、レジーナと共に在りたい。これから先のせいを、ずっとあなたと……」

「それは……、それはどういう意味?忠誠を誓うということ?私の騎士になりたいの?」

震える声、揺れるレジーナの瞳を見つめて、クロードはゆっくりと首を横に振る。

「俺の忠誠はレジーナのものだ。だが、それだけでなく……」

レジーナを誰かと共有することなどできない。誰かの隣に立つ彼女を見たくなかった。

「あなたを俺だけのものにしたい」

彼女の一番近くで、自分だけが彼女に触れる権利を得たかった。クロードは、レジーナの柔らかな肢体を抱きしめる。彼女の手が、クロードの背中に回された。

クロードの胸の内が、新たな感情で満たされる。

多幸感。レジーナに受け入れられ、全身に甘い痺れが走った。彼女を抱きしめる腕に力がこもる。

「……嫌だった」

「え?」

「あの男が、俺以外が、あなたに触れるのが許せなかった。……嫉妬、だと思う」

「っ!?」

クロードの言葉に、レジーナが顔を真っ赤に染める。首筋まで朱に染めた彼女に誘われるようにして、クロードは漆黒の髪に鼻先を寄せた。

「……二度と、誰にも、あなたに触れさせたくない」

「ク、クロード!」

焦ったようなレジーナの声。身を捩る彼女が逃げ出そうとしているのを感じたが、クロードはその腕を弛めない。

「レジーナ、このまま、あなたを攫うことを許してほしい」

「っ!?攫う……?」

「あの男の元にも、国にも返さない。……このまま、俺と一緒に逃げてほしい」

レジーナが、息を呑む気配が伝わってくる。動きを止めてしまった彼女に不安を覚え、クロードは顔を上げた。覗き込んだレジーナの顔、唖然としてこちらを見上げる彼女が、ポツリと呟く。

「……クロード、あなた、本気で私を攫うつもりなのね?」

どうやら、心を読まれているらしい。彼女の言葉に、クロードが頷いて返すと、レジーナが笑った。目に涙を溜めて、今にも泣きそうな顔で――

「『許してほしい』なんて言って、あなた、私が拒絶しても攫うつもりじゃない……」

「……」

レジーナの指摘に、クロードは黙って頷き返す。どれだけ誹られようと、それだけは譲れなかった。彼女の幸福、身の安全のために、国から連れ出すことは決定事項。例え、自分が選ばれることはなくとも――

「騎士としての職務を放棄して、国から追われることも承知の上で、今度は本当に、あなたの意思で亡命するのね?」

「……すまない」

クロードは、レジーナに苦難を強いることを詫びた。彼女が首を横に振る。

「謝らないで」

「……レジーナ」

「すごく嬉しいの。だから、謝らないで……」

泣き笑いの表情で、レジーナがその頬をクロードの胸に押し付ける。

「罪悪感なんて感じないで。無理やりなんかじゃないわ。今のあなたになら、喜んで攫われてあげる」

「レジーナ……?」

「ううん、違う。攫われたい。だって、あなた、私と生きたいって思ってる。……私がいないと、生きていけないんでしょう?」

涙で煌めく瞳で見上げられ、クロードは頷く。レジーナと共に生きたかった。彼女を独占し、自分の手で彼女を幸せにする。それが叶わないのであればもう、クロードの生に意味などなかった。

不意に、レジーナが声を上げて笑う。

「嘘みたい……!」

弾むような彼女の声。心を読めずとも、彼女の喜びが伝わってくる。

「私を必要だって言ってくれる人なんていないと思ってた。こんな風に、大切だって想ってもらえるなんて……!」

言って、レジーナがクロードの身体にしがみつく。

「ありがとう、クロード」

見上げてくる赤い瞳の宝石のような輝きに、クロードは目を細める。レジーナが、照れたように笑った。

「ごめんなさい、私、はしゃぎすぎよね。分かってるんだけど、口が勝手に動くの」

言って、レジーナは顔を伏せた。

「……今なら、エリカを選んだリオネルの気持ちが分かる気がするわ」

不快な男の名に、クロードはレジーナをもう一度抱きしめる。腕の中、大人しく抱かれる彼女の耳元に囁いた。

「俺に攫わせてくれるのなら、全て、忘れてほしい……」

「クロード……?」

「今までの貴女にかかわるもの、……あの男のことも、全部、ここに捨てていってくれ」

クロードの願いに、レジーナが息を呑む。それから、小さく頷いた。

「……分かったわ。私、全部、捨てる。ただのレジーナになって、貴方についていく」

その答えに、クロードは小さく「ありがとう」と返す。胸を満たす充足に、これ以上ない喜びを感じていた。




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