上 下
42 / 50
第八章

8-1

しおりを挟む
『少しだけ、一人になりたい』

心配するクロードに、「遠くまでは行かない」と約束して、レジーナは宿を出た。人気ひとけの無い廃れた街並みを歩き、街の中心部にある広場にたどり着く。水の止まった噴水の縁に腰かけて、思うのは、エリカのことだった。

もっと上手く、対処できたのではないだろうか――

シリルの思考が読めた時点で、レジーナは指輪を外すことを優先させてしまった。指輪の危険性を先に伝えていれば、エリカやリオネルはもっと適切な行動をとれたのではないか。

(……いえ、やっぱり、無理ね)

レジーナは自分の考えを否定する。シリルは指輪の着脱に彼自身を指定していた。あの時点で既に、エリカの指輪を外す手段はなかった。だから、もっと早く、シリルがアシッドドラゴンの指輪を作ることを止める、或いは、そもそもエリカがシリルの指輪を受け取るのを止められていれば――

(……他の誰にできなくても、私だけはそれができた)

ずっと、「災い」なのだと思っていた。

他者も、自分自身も不幸にする読心という呪われた力。レジーナはスキルに目覚めてしまった不幸を嘆くばかりで、それを使いこなそうと考えたことがなかった。

(私が、力の使い方を間違った……?)

力に怯えず、シリルの企みを全て暴いていれば――

俯き、地面を見つめながら、レジーナがいくつもの「もしも」に没頭していると、不意に、視界に人の足が映る。顔を上げると、疲れた様子、緊張気味のリオネルが立っていた。

「……レジーナ」

名を呼ばれ、レジーナはリオネルを見つめる。何か話があるのだろう。恐らく、エリカのことで責められるのだろうなと予想して、レジーナは彼の言葉を続きを待った。

「……少し、話をしてもいいだろうか?」

「ええ……」

居住まいを正したレジーナに、リオネルが頭を下げる。

「すまなかった、レジーナ」

「え?」

彼の思いがけない言葉と行動に、レジーナは虚を突かれる。慌てて頭を上げるように言うと、リオネルは素直に顔を上げた。が、その顔は強張ったまま、沈痛な面持ちでレジーナを見下ろす。

「リオネル、いったいどうしたの?何を謝る必要があるの?」

レジーナの問いに、リオネルが言葉に詰まる。言いあぐね、視線を宙に彷徨わせてから、漸く口を開いた。

「……エリカが階段から落ちた件だ。シリルが、偽証だと認めていた」

「ああ……」

言われて初めて、レジーナは「そう言えば」と思い出す。リオネルの態度に合点がいったが、正直、今更という思いが強い。

「もう気にしていないわ。謝罪は不要よ」

「っ!待ってくれ、レジーナ。それだけではないんだ!これまでの、君に対する私の行いについても謝らせてほしい!償いをさせてほしいんだ……!」

切羽詰まったようにそう口にする彼に、レジーナの心は冷めていく。本当に、今更どうでもいい。今問題にすべきは、もっと別のことだろうと、彼に対する苛立ちが募る。

「……エリカはどうしているの?」

口にした言葉には棘があった。それに気付いたかは不明だが、リオネルはレジーナから視線を逸らす。地面を見つめながら呟いた。

「……今は寝ている」

「そう……」

レジーナは、先程のエリカの姿を思い出す。自身に起きた異常に半狂乱になった彼女は、誰の言葉にも耳をかさず、暴れるだけ暴れた後に泣き出してしまった。リオネルに宥められて部屋に引き上げるところまで見守って、レジーナは宿を出たから、その後のことは知らない。

「……少しは落ち着いたの?」

「どう、だろうな……」

リオネルが歯切れの悪い答えを返す。

「部屋に引き上げて直ぐに寝てしまったから。……目が覚めた時にどうなるかは分からない」

「そう……」

レジーナはやるせない思いで頷く。エリカのことは嫌いだ。けれど、彼女の状況を思うと、今は同情が勝る。自分の身体の中にもう一人の誰かが存在するのだ。そんな異常事態、レジーナとて平静でいられる自信がない。

「王都に戻れば、シリルを元に戻す方法が見つかるかもしれないわ」

希望的観測からレジーナが口にした言葉に、リオネルは俯いたまま呟く。

「難しいかもしれないな……」

「魂を移した魔術が解明できれば、希望はあるでしょう?シリルの研究室を調べれば……」

レジーナの言葉に、リオネルが首を横に振る。

「シリルの身体が消えた……」

「えっ!?」

どういうことかと問おうとして、此処がダンジョンだということをレジーナは思い出す。一定時間を過ぎた「命無き魔力」は、ダンジョンに吸収されてしまうのだ。

「……仮に元に戻す方法が分かったとしても、戻す先、彼の身体が失われてしまっていては、魔術が発動するかどうか」

リオネルの呟きに、レジーナは愕然とする。

(もしかして、シリルはそこまで考えていたの……?)

シリルに触れた時、レジーナはそこまで読めなかった。彼から読めたのは、ただ純粋に、エリカと一つになれることに対する狂喜。魂の抜けた身体のことなんて、彼の思考の中にはなかった。

だが、身体が失われた以上、彼の魂をエリカから引き離せば、それは彼の死を意味することになる。改めて、シリルの異常性に寒気を覚えながら、レジーナは口を開いた。

「……王国魔導師に協力してもらえるのじゃないかしら?」

エリカは王太子殿下の命を救った貴重な治癒魔法の使い手。シリルの命が奪われることになろうと、きっと、国は彼女のために動くだろう。そう考えてのレジーナの言葉に、リオネルは力なく頷く。

「そう、だな……」

彼の反応の薄さから、彼がそこに希望を見出だしていないことを、レジーナは悟る。愛する人を守り切れなかったという後悔があるのだろう。意気消沈するリオネルに、レジーナは口を噤んだ。

代わりに、顔を上げたリオネルがレジーナを見つめる。

「レジーナ、君に頼みがある」

「頼み?」

彼の言葉に首を傾げたレジーナは違和感を覚える。彼の表情が、つい先程までと全く違う。レジーナを見るリオネルの瞳に力が宿っていた。

やがて、何かを決意したかのように、リオネルが徐に口を開く――

「私と、やり直してほしい」

「え…?」

「君との婚約破棄を、無かったことにしたいんだ」




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結80万pt感謝】不貞をしても婚約破棄されたくない美男子たちはどうするべきなのか?

宇水涼麻
恋愛
高位貴族令息である三人の美男子たちは学園内で一人の男爵令嬢に侍っている。 そんな彼らが卒業式の前日に家に戻ると父親から衝撃的な話をされた。 婚約者から婚約を破棄され、第一後継者から降ろされるというのだ。 彼らは慌てて学園へ戻り、学生寮の食堂内で各々の婚約者を探す。 婚約者を前に彼らはどうするのだろうか? 短編になる予定です。 たくさんのご感想をいただきましてありがとうございます! 【ネタバレ】マークをつけ忘れているものがあります。 ご感想をお読みになる時にはお気をつけください。すみません。

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

燃費が悪いと神殿から厄介払いされた聖女ですが、公爵様に拾われて幸せです(ごはん的に!)

狭山ひびき@バカふり160万部突破
恋愛
 わたし、スカーレットは燃費が悪い神殿暮らしの聖女である。  ご飯は人の何倍も食べるし、なんなら食後二時間もすれば空腹で我慢できなくなって、おやつももりもり食べる。というか、食べないと倒れるので食べざるを得ない。  この調子で人の何倍ももりもり食べ続けたわたしはついに、神殿から「お前がいたら神殿の食糧庫が空になるから出て行け」と追い出されてしまった。  もともと孤児であるわたしは、神殿を追い出されると行くところがない。  聖女仲間が選別にくれたお菓子を食べながら、何とか近くの町を目指して歩いていたわたしはついに行き倒れてしまったのだが、捨てる神あれば拾う神あり。わたしを拾ってご飯を与えてくださった神様のような公爵様がいた!  神殿暮らしで常識知らずの、しかも超燃費の悪いわたしを見捨てられなかった、二十一歳の若き公爵様リヒャルト・ヴァイアーライヒ様(しかも王弟殿下)は、当面の間わたしの面倒を見てくださるという。  三食もりもりのご飯におやつに…とすっかり胃袋を掴まれてしまったわたしは、なんとかしてリヒャルト様のお家の子にしてもらおうと画策する。  しかもリヒャルト様の考察では、わたしのこの燃費の悪さには理由がありそうだとのこと。  ふむふむふむ、もぐもぐもぐ……まあ理由はどうでもいいや。  とにかくわたしは、この素敵な(ごはん的に!)環境を手放したくないから、なにが何でもリヒャルト様に使える子認定してもらって、養女にしてもらいたい。願いはただそれだけなのだから!  そんなある日、リヒャルト様の元に王太子殿下の婚約者だという女性がやってくる。  え? わたしが王太子殿下の新しい婚約候補⁉  ないないない!あり得ませんから――!  どうやらわたしの、「リヒャルト様のおうちの子にしてほしい」と言う願望が、おかしな方向へ転がっていますよ⁉  わたしはただ、リヒャルト様の側で、美味しいご飯をお腹いっぱい食べたいだけなんですからねー!    

眠り姫な私は王女の地位を剥奪されました。実は眠りながらこの国を護っていたのですけれどね

たつき
ファンタジー
「おまえは王族に相応しくない!今日限りで追放する!」 「お父様!何故ですの!」 「分かり切ってるだろ!おまえがいつも寝ているからだ!」 「お兄様!それは!」 「もういい!今すぐ出て行け!王族の権威を傷つけるな!」 こうして私は王女の身分を剥奪されました。 眠りの世界でこの国を魔物とかから護っていただけですのに。

兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜

藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。 __婚約破棄、大歓迎だ。 そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った! 勝負は一瞬!王子は場外へ! シスコン兄と無自覚ブラコン妹。 そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。 周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!? 短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。

いらないと言ったのはあなたの方なのに

水谷繭
恋愛
精霊師の名門に生まれたにも関わらず、精霊を操ることが出来ずに冷遇されていたセラフィーナ。 セラフィーナは、生家から救い出して王宮に連れてきてくれた婚約者のエリオット王子に深く感謝していた。 エリオットに尽くすセラフィーナだが、関係は歪つなままで、セラよりも能力の高いアメリアが現れると完全に捨て置かれるようになる。 ある日、エリオットにお前がいるせいでアメリアと婚約できないと言われたセラは、二人のために自分は死んだことにして隣国へ逃げようと思いつく。 しかし、セラがいなくなればいいと言っていたはずのエリオットは、実際にセラが消えると血相を変えて探しに来て……。 ◆表紙画像はGirly drop様からお借りしました🍬 ◇いいね、エールありがとうございます!

よくある婚約破棄なので

おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。 その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。 言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。 「よくある婚約破棄なので」 ・すれ違う二人をめぐる短い話 ・前編は各自の証言になります ・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド ・全25話完結

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

処理中です...