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第七章

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「クロード!」

食堂の窓を突き破り、中へと転がりこんで来たのは、レジーナが待ち望んだ彼だった。クロードの姿を認めると同時、レジーナはシリルにグイとその身を引き寄せられる。

「へぇ?すごいね、英雄さん。魔力もなしに、どうやって僕の結界破ったの?」

突き破ったガラスの破片をパラパラと落としながら、クロードが立ち上がる。彼がその右手に握るもの、掌からはみ出して見えるのは真っ赤な魔石だった。

「ふーん、なるほどねぇ。魔石の魔力で結界を破ったんだ。それでよく、拳が壊れなかったね」

感心したように呟くシリルの声を聞きながら、レジーナは必至にその身をよじろうとする。シリルに触れられた場所から、知りたくもない彼のおぞましい心の内が伝わってきた。

クロードの登場にも、シリルに焦りはない。ただ淡々と、目的を達することだけを考え続けている。

不意に、クロードの姿が消えた。と、思う間もなく、目の前に迫る彼の巨体。彼が振り上げた大きな拳が、叩きつけるようにして振り下ろされる。

「っ!うっわぁ、びっくりした!」

振り下ろされた拳は、シリルの頭上で止められた。不可視の防壁、シリルが張ったのであろう結界に、クロードの手が彼に届くことはない。

背後で、シリルが笑う気配が感じられた。

「流石の英雄さんでも、僕の本気の結界は破れないんじゃないかなぁ?」

「……」

黙したままのクロードと視線が合う。レジーナの視界に、血に濡れた彼の拳が映った。

「まあ、こっちの用はすぐに終わるからさ。そこでちょっと待っててよ」

そう告げたシリルが、魔法詠唱を始める。転移魔法に近い文言。けれど、先程の彼の言葉から、それが転移魔法などではないことは明らかだった。

「っ!お願い、クロード!シリルを止めて!」

レジーナは、動けない身体で叫ぶ。

無言で頷いたクロードが、再び拳を振り上げ、シリルの結界に向かって振り下ろした。ドンという衝撃、彼が手にしていた魔石が粉々に砕け、宙に舞う。それを気にした様子もなく、クロードは新たな魔石を取り出し、二度、三度と同じ動作を繰り返した。

宙に、緋が舞う。今度は魔石ではない。彼の拳から流れる血が舞っているのだ。レジーナの口から抑えきれない悲鳴がもれた。

「っ!ごめんなさい、ごめんなさい、クロード!だけど、お願い……!」

シリルを止めて欲しい。レジーナの願いに、クロードはひたすらに拳を振るい続けた。その瞳が、真っすぐにレジーナを見つめている。

(クロード……!)

無力な自分がクロードに無理を強いることに、レジーナは涙した。悔しくて、情けない。血を流す彼をまっすぐに見上げるレジーナの背後から、シリルの呟くような声が聞こえた。

「……英雄さん、頑張るねぇ」

いつの間にか、シリルが詠唱を終えている。流れ込んで来た彼の思考に、レジーナはゾッとした。

(っ!そんな!?何てことを……!)

狂気じみた彼の心の闇に引きずられ、レジーナは恐慌状態に陥る。鼓動が速い、息が上手く吸えない。

ああ、でも――!

「クロード、指輪を!」

涙でグチャグチャになりながら、レジーナは何とかその言葉を口にする。

「シリルの指輪を取って!」

クロードが、僅かに頷くのが見えた。彼の拳が、また結界を叩く。伝わる衝撃に、レジーナの背後でシリルが笑った。

「ハハ!結界にヒビが入ってる!ホント、凄いんだね、英雄さんって」

――だけど、もう遅い……

伝わって来た彼の声に、レジーナは叫んだ。

「シリル!お願い止めて!止めなさいっ!」

「止めないよ。止めるわけない」

その言葉と同時、レジーナの足元から眩い光が溢れだした。

(これ……!?)

あの時と同じだ。レジーナをこの地に運んで来た光。眩しさに、何も見えなくなる。

「レジーナ……!」

光の向こうで、クロードが呼んでいる。だけど眩しくて、レジーナはそれ以上、目を開けていられなかった。

諦めと共にレジーナが目を閉じた時、不意に、動かぬ身体が強い力で引き寄せられた。そのまま、ぶつかるようにして、熱い身体に抱きしめられる。

「レジーナ……!」

クロードの押し殺した声。周りの光が収束していくのを感じたレジーナは、薄っすらと目を開き、頭上を見上げた。そこに、不安に揺れる碧い瞳があった。

「クロード……」

彼の名を呼んだレジーナは、それから、ゆっくりと背後を振り返る。先程まで、自分が立っていた場所。光の消えたそこには――




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