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第七章

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アロイスの負傷の影響から、予定より多少は遅くなったものの、何とか二日目の内に十階層に到達することが出来た。

流石に、クロード以外の全員が疲労を見せる中、彼の先導で辿り着いた空間に、レジーナは思わず息を呑む。

同じく、目の前の光景に心を奪われたらしいエリカの口から「まぁ」という感嘆の声が漏れた。

「すごいわ。私、ダンジョン都市を見るのは初めて!」

目の前、拓けた空間に広がる街並は、地中深くにあるにもかかわらず、地方の宿場町程度の規模がある。ダンジョンで採れる資源を元に発展し、ダンジョンと共に滅ぶ宿命にあった街は、人の姿が絶えた今もその原形を留めていた。

「……宿屋を探そう。街全体は無理だが、建物一つ程度ならば魔石で機能するようになる」

火も使えるし、シャワーを浴びることもできるというクロードの提言に従い、街中で宿屋を探す。街の中心部、かつての繁栄が窺える二階建ての宿屋を見つけ、そこで一晩を過ごすことを決めた。

割り当てられた部屋で、レジーナが部屋全体に――特に寝台には入念に――クリーンをかけたところで、部屋に灯りが点る。宣言通り、クロードが宿屋の機関に魔石を置いてくれたのだろう。

(……疲れた)

レジーナは寝台に寝転がった。人の気配を感じない静かな部屋の中、数日ぶりに一人きりになれた空間で、レジーナの脳裏に浮かぶのは、今後の自身の身の振り方についてだった。

ここに跳ばされる前は、大人しくフォルストの家へ帰るつもりでいた。エリカの裁判についても拒否するつもりはなく、あそこでシリルが出てこなければ、抵抗するつもりもなかった。諦めていたから。

(今だって、ここを出た後に行きたい場所があるわけじゃない……)

ただ、今はもう、家に帰る気にもなれない。行きたい場所はなくても、誰といたいかははっきりしていた。けれど、自分といることで彼に迷惑をかけることも望まない。

レジーナが悶々とする内に、扉を叩く音が聞こえた。

「……誰?」

「アロイスだ」

「え!」

誰何に返った声に、レジーナは慌てて立ち上がり、扉へと向かう。果たして、レジーナが開いた扉の向こうには、淡い笑みを浮かべたその人が佇んでいた。

「レジーナ、君に話がある。すまないが、少し時間を貰えるか?」

「え、ええ……」

アロイスの穏やかな声に、レジーナの鼓動が僅かに速くなる。招き入れた部屋に腰を下ろす椅子はなく、レジーナは迷った末に、寝台に腰かけるようアロイスを招いた。その隣に――ひと一人分の距離を置いて――レジーナ自身も腰を下ろす。

高まる心臓、レジーナが何を口にすべきかまごついている内に、名を呼ばれた。

「……レジーナ」

その声にソロリと横を向いたレジーナの視線が、菫色の瞳とぶつかる。

「……まだ、君にちゃんと礼を言えていなかった。私の命を救ってくれたこと、本当に、ありがとう。君に、心からの感謝を」

言って、頭を下げたアロイスの金糸がサラリと流れるのを、レジーナはじっと見守った。

それから、意を決して口を開く。

「お礼なんて要らないわ。……私の方こそ、あなたに謝罪しないといけない」

「謝罪?」

「……私、心を読んでしまうとわかっていて、あなたに触れた。事故や偶然ではなく、故意に触れたわ」

申し訳なかったとレジーナは頭を下げた。その謝罪を、アロイスが困ったように制止する。

「顔を上げてくれ、レジーナ。故意に触れたと言っても、それは私の治療のためだろう?」

「……それでもよ。絶対に読んでしまうとわかっていて、私から触れた事実に変わりはないわ」

自身のスキル制御が未熟で、それを自覚した上で触れたのだから、言い訳のしようもない。真摯に見つめるレジーナの視線に、アロイスが小さく苦笑した。

「わかった。君の謝罪は受け入れよう」

その一言に、レジーナは自身で思っていた以上に安堵した。困ったように笑うアロイスの顔に嫌悪はない。

「……ありがとう」

小さく返したレジーナの感謝の言葉に、アロイスは「その代わり」と笑った。

「私の感謝の気持ちも受け入れてもらえないだろうか。君が私の命を救ってくれたこともまた事実だろう?」

「……わかったわ。あなたの感謝も受けとる」

「ああ。……ありがとう」

穏やかに微笑むアロイスに、ガチガチだったレジーナの緊張も僅かに解ける。彼女とこんな風に言葉を交わすことができる日が来るとは思わなかった。レジーナが胸の内に温かいものを感じていると、アロイスが少しだけ表情を改める。

「……レジーナ、もし答えられるならでいいんだが、いくつか聞いても構わないだろうか?」

「ええ。いいわ」

アロイスの求めに、レジーナは素直に応じた。彼女にはその権利があると思ったからだ。

「君は、私が女だということをいつから知っていた?」

緊張気味にそう口にしたアロイスに、レジーナは小さく首を傾げた。

「入学式典の何日か後、……覚えているかしら?私、あなたにぶつかって、助けてもらったことがあったでしょう?」

「ああ、覚えている。……そうか、そんな初めから、君は私の秘密を知っていたのか」

言って、虚空を見つめたアロイスの視線が、再びレジーナに向けられた。

「……君が私の秘密を誰にも明かさずにいてくれたのは、なぜだろうか?リオネルにさえ黙ってくれていたのだろう?」

真っすぐな瞳に、レジーナは僅かに視線をそらす。口にすると陳腐に聞こえるが、レジーナはアロイスを守りたかった。露見すれば、国への背信行為と取られてもおかしくなかったアロイスの選択。それを公にするつもりは微塵もなかった。

それに、レジーナの中には違えたくない一線がある。

「私は、読んでしまったものはなるべく見なかったこと、知らなかったことにしているの」

「それは……?」

「未熟なせいで人の心を暴いてしまうことに言い訳はできても、それを口外してしまったら、もう、戻れなくなってしまう」

それに、見なかったことにすれば、リオネルの想いもなかったことにできる気がした。認めることが恐かった。人に忌避されることが恐ろしかった。だから、レジーナは口を噤んだ。

「……そうね、結局、あなたのことを誰にも言わなかったのは、自己保身よ」

アロイスを守りたかったが、「守った」と胸を張って言えるような大したものではない。レジーナはそう答えて、もう一度、アロイスを窺い見た。視線の先で、口元に笑みを乗せたアロイスがレジーナを見ている。

「……私は、もっと早く、こういう風に君と話をすべきだったな」

「どうして……?」

「今のひと時で、私の君に対する印象は少なからず変わった。……自己保身であろうとなんであろうと、君の行いが私を救ったことは事実だ」

アロイスに見つめられて、レジーナの頬にどうしようもない熱が生まれた。そっと伏せた顔、膝の上で組んだ自身の手を見つめながら、レジーナはポツリと呟く。

「……救われたのは、私のほうよ」

「え……?」

「……私、スキルのことをリオネルに話せば、彼が戻ってきてくれるんじゃないかと思っていたの」

レジーナの独白を、アロイスは静かに聞いている。

「だけど、私が認めて欲しかったのはスキルではなくて私自身。彼にとって有用ではない私を認めて欲しかった」

そして、愛して欲しかった――

「スキルのおかげで選ばれても、結局は苦しいだけ。だから、言わなくて良かったと今は思ってる」

言って、レジーナは身体ごと向きを変えてアロイスを正面にとらえた。

「……言わずにいられたのは、勝手だけど、あなたのおかげよ」

「私の?」

「ええ。……ありがとう。三年間、あなたは私の支えで憧れだったわ」




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