上 下
10 / 50
第二章

2-5

しおりを挟む
たどり着いた上層階、コアルームの真上は床が抜けてしまっていたため、クロードは崩落を避けて、石造りの小部屋のような場所までレジーナを運んだ。そこで漸く地面に降りることが出来たレジーナは、そのまま石の床へとへたり込んでしまう。

(こ、怖かった……!)

内臓が上下するような感覚、見下ろせば遥か下が地面だと分かるからじっと目を瞑ってクロードにしがみついていた。時間にすれば三十秒にも満たない時間、けれどレジーナにとっては永遠とも思える時間を、クロードは平気で上りきってみせた。

実際、レジーナが彼から読めた思考もレジーナを案じるものばかり。彼自身の不安や恐怖、どころか、疲労さえも感じていない様子に、レジーナは改めて英雄クロードの超人的な強さを知った。

黙り込んでしまったレジーナに、クロードが片膝をつき、顔を覗き込んで来る。

「……レジーナ、怪我は?」

レジーナはそれに黙って首を振り、そこで、ハタと気づいた。記憶の中、レジーナを庇うクロードが感じていた痛みに。

「クロード、あなたの方こそ怪我してるでしょう?さっさと回復したら?」

「……問題ない」

そう告げる彼が、本当に自身の怪我を「問題ない」と判断していることも知っている。それでも、レジーナのせいで負った怪我をそのままにされるのも居心地が悪い。さっさと『ヒール』をかけたら、そう言いかけたレジーナは、またしても気づいた。

「クロード!あなた、魔法核が傷ついてるんじゃない!」

思い出したのは、クロードの記憶の中、魔法核が傷ついたと自覚している彼の姿だった。なのに、彼はそれさえも「問題ない」と判断してしまっている。魔術の行使ができずとも、レジーナを連れてダンジョンを出ることは可能だから、と。

「っ!何を考えてるのよ!」

レジーナは立ち上がり、クロードの右腕をとった。そこが一番、怪我が深かったからだ。途端、聞こえて来るクロードの声。

――……なるほど、怪我の箇所まで分かるのか。

そう心の内で呟いたクロードは、「便利だ」などとのんきなことまで考えている。そんなクロードの危機感のなさに、レジーナの方がカッとなった。

「もっと焦るなり、私に怒るなりしなさいよ!魔法核が傷つくなんて……!この先、一生、魔力が使えないかもしれないのよ?」

――……なぜ、レジーナに怒る必要が?

「ダンジョンの崩落を止めるために無理したんでしょう!私を、私達を外に連れ出すために!」

レジーナは目の前の腕にヒールを掛けようとする。けれど、込み上げるグチャグチャとした思いに、涙を流さないでいるだけで精一杯だった。

「クロード、あなた、魔法防壁も無しに私を庇ったってことじゃない!?」

なんでそんな馬鹿な真似を、と思う。けれど、同時に、レジーナはその時の彼の思いも知っていた。クロードは反射的に、それが当然のように、一瞬でレジーナを守ると判断していた。

「生身で、あんな、あんなことするなんてっ!バカじゃないの!?」

そんなことを言いたいわけではない。命を救われたのに、酷いことを言っている。その自覚があるのに、レジーナは自身の口から溢れ出る言葉を止めることができなかった。ただ、クロードの自己犠牲が悔しくて、悲しい。

不意に、クロードの困ったような声が聞こえて来た。

――レジーナ、……泣いて?

「泣いてないわよ!」

間髪入れずにそう返し、レジーナは涙を拭う。

「私は怒ってるの!あんなバカな真似、二度としないで!」

――だが、それでは、レジーナを守ることが出来ない。俺は……

「『命に代えて』なんて、絶対にしないでよ!そんなの、絶対に許さないわ!」

クロードの思いを否定して吠えるレジーナに、クロードが「それでも」と考えているのが伝わって来る。

「私を『守りたい』のなら、先に自分の身を守りきりなさい!あなたの命に代えられるなんて、絶対にごめんよ!」

レジーナの癇癪に、クロードが困惑しているのが伝わって来る。どうしたものかと戸惑う彼の思考を遮断したくても、今のレジーナにはそれさえもできない。だから、クロードに命じた。

「とにかく、もう何も考えないで!回復魔法は得意じゃないの!集中したいんだから、何も考えないで!」

――分かった

レジーナの言葉に頷いたクロードが、そこで本当に思考を止める。

「え……?」

言われて直ぐに思考をやめるだなんて、人間にできるわけがない。分かっていて、八つ当たり気味にそう口にしたレジーナは、本当に彼の「声」が聞こえなくなったことに戸惑う。

完全に沈黙してしまったクロードの姿に不気味さを感じたレジーナだが、今は優先すべきことがあると、彼の腕の治療に意識を集中した。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

半月後に死ぬと告げられたので、今まで苦しんだ分残りの人生は幸せになります!

八代奏多
恋愛
 侯爵令嬢のレティシアは恵まれていなかった。  両親には忌み子と言われ冷遇され、婚約者は浮気相手に夢中。  そしてトドメに、夢の中で「半月後に死ぬ」と余命宣告に等しい天啓を受けてしまう。  そんな状況でも、せめて最後くらいは幸せでいようと、レティシアは努力を辞めなかった。  すると不思議なことに、状況も運命も変わっていく。  そしてある時、冷徹と有名だけど優しい王子様に甘い言葉を囁かれるようになっていた。  それを知った両親が慌てて今までの扱いを謝るも、レティシアは許す気がなくて……。  恵まれない令嬢が運命を変え、幸せになるお話。 ※「小説家になろう」「カクヨム」でも公開しております。

侯爵家の当主になります~王族に仕返しするよ~

Mona
恋愛
第二王子の婚約者の発表がされる。 しかし、その名は私では無かった。 たった一人の婚約候補者の、私の名前では無かった。 私は、私の名誉と人生を守為に侯爵家の当主になります。 先ずは、お兄様を、グーパンチします。

生まれたときから今日まで無かったことにしてください。

はゆりか
恋愛
産まれた時からこの国の王太子の婚約者でした。 物心がついた頃から毎日自宅での王妃教育。 週に一回王城にいき社交を学び人脈作り。 当たり前のように生活してしていき気づいた時には私は1人だった。 家族からも婚約者である王太子からも愛されていないわけではない。 でも、わたしがいなくてもなんら変わりのない。 家族の中心は姉だから。 決して虐げられているわけではないけどパーティーに着て行くドレスがなくても誰も気づかれないそんな境遇のわたしが本当の愛を知り溺愛されて行くストーリー。 ………… 処女作品の為、色々問題があるかとおもいますが、温かく見守っていただけたらとおもいます。 本編完結。 番外編数話続きます。 続編(2章) 『婚約破棄されましたが、婚約解消された隣国王太子に恋しました』連載スタートしました。 そちらもよろしくお願いします。

お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!

水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。 シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。 緊張しながら迎えた謁見の日。 シエルから言われた。 「俺がお前を愛することはない」 ああ、そうですか。 結構です。 白い結婚大歓迎! 私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。 私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。

悪役令嬢の幸せは新月の晩に

シアノ
恋愛
前世に育児放棄の虐待を受けていた記憶を持つ公爵令嬢エレノア。 その名前も世界も、前世に読んだ古い少女漫画と酷似しており、エレノアの立ち位置はヒロインを虐める悪役令嬢のはずであった。 しかし実際には、今世でも彼女はいてもいなくても変わらない、と家族から空気のような扱いを受けている。 幸せを知らないから不幸であるとも気が付かないエレノアは、かつて助けた吸血鬼の少年ルカーシュと新月の晩に言葉を交わすことだけが彼女の生き甲斐であった。 しかしそんな穏やかな日々も長く続くはずもなく……。 吸血鬼×ドアマット系ヒロインの話です。 最後にはハッピーエンドの予定ですが、ヒロインが辛い描写が多いかと思われます。 ルカーシュは子供なのは最初だけですぐに成長します。

悪役令嬢はお断りです

あみにあ
恋愛
あの日、初めて王子を見た瞬間、私は全てを思い出した。 この世界が前世で大好きだった小説と類似している事実を————。 その小説は王子と侍女との切ない恋物語。 そして私はというと……小説に登場する悪役令嬢だった。 侍女に執拗な虐めを繰り返し、最後は断罪されてしまう哀れな令嬢。 このまま進めば断罪コースは確定。 寒い牢屋で孤独に過ごすなんて、そんなの嫌だ。 何とかしないと。 でもせっかく大好きだった小説のストーリー……王子から離れ見られないのは悲しい。 そう思い飛び出した言葉が、王子の護衛騎士へ志願することだった。 剣も持ったことのない温室育ちの令嬢が 女の騎士がいないこの世界で、初の女騎士になるべく奮闘していきます。 そんな小説の世界に転生した令嬢の恋物語。 ●表紙イラスト:San+様(Twitterアカウント@San_plus_) ●毎日21時更新(サクサク進みます) ●全四部構成:133話完結+おまけ(2021年4月2日 21時完結)  (第一章16話完結/第二章44話完結/第三章78話完結/第四章133話で完結)。

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

処理中です...