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第三章 夏祭りと嫉妬する心

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トキさんの背中が扉の向こうに消えて、そこで漸く、身体中の力が抜けてへたり込んだ。

「っああ~!」

(怖かった!)

辛うじて飲み込んだ言葉。デリアに捕まって男に襲われたことも、ユーグやトキさんが見せた暴力的な姿も、目の前の三人の腫れた顔も、何もかもが怖くてたまらなかった。緊張から解放され、安堵が広がっていく。

へたり込んだ姿勢から、「そう言えば」とノロノロ上げた視界に入り込んだものに、重い身体を何とか気力で立ち上がらせた。

「…取り敢えず、三人ともそれ、冷やさないとね。」

「…」

黙ったままの三人を放って、冷凍庫から適当な大きさの氷を取り出す。有り合わせの布に包んだそれを三人それぞれに持たせて、頬に押し当てた。

「…ごめんね。」

「…なんで、あんたが謝んの。」

「いや、だって、凄く痛そうだし…。ルナールは百歩譲ってしょうがないとしてもさ、これ、ガットやボルドは完全なとばっちりじゃない?」

「…」

黙ったルナールの代わりに、ボルドが首を振った。

「俺は、クロエの護衛だから。守れなかった俺が悪い。」

「でも、ボルドが寝てる間に勝手に出て行ったのは私だよ?」

「それでも、だ。」

「…」

頑ななボルドは本当にそう思っているらしく、大きな肩をしょんぼりと落として黙り込んでしまった。代わりに、ガットが口を開いて、

「俺も、お前ら止めなかったからさ。まぁ、これは当然っつーか、軽すぎるくらいなんだよ。」

「ガット…。…でも、一カ月もお仕事できなくて、私の護衛だよ?」

「それもな。甘いっつーか、そんなんで許されて逆にビビるっつーか。」

「…」

ガットの言葉に、彼らが覚悟していた「処分」がどんなものだったのかを想像して、また一人、冷や汗を流す。

心底、そんな事態にならなかって良かったと再確認したところで、ルナールが口を開いた。

「…何で庇ったの?」

「…」

聞かれた質問に何と答えればいいのか考える。

(庇った、か。…これ以上、ルナール達が罰を受けるのが嫌だったのは確かだけど。)

ただ、それ以上に―

「…私ね、ユーグが好きなの。」

「…あんだけ、ビビってるくせに?」

「そう。まぁ、バレちゃってるから言うけど、正直、ユーグを怖いと思うこともあるんだけど、でも、やっぱり、好き、なんだよね。」

「…」

「だから、ユーグには笑って、…うーん、幸せで?いて欲しいの。」

私の行動理由なんて、それだけで充分―

「ユーグはさ、ルナール達のこと好きでしょう?ルナール達といると楽しそうだし。」

「…そんなの、団長が楽しそうなんて分かるわけないよ。」

「いやいや、わかるよ。楽しそうだよ。」

だから、本当は「庇った」わけじゃなくて―

「ユーグが好きなあなた達が、これ以上傷つくのを見たくなかっただけ。しかも、それをトキさんかユーグがやるんでしょう?そんなの絶対、無理。嫌だよ。」

「…あっそ。じゃあ、別に、お礼も要らないってことだよね?」

「うん。」

こちらの返事にフイと顔を逸らして、「帰る」と言い出したルナール達。見送りがてら、気になっていたことを尋ねてみた。

「あの、さっき、トキさんが言ってた、『後始末』って…?」

「…団長が帰って来たら団長に聞きなよ。」

「でも…」

話してくれるだろうか?

(いや、そもそも、聞ける?さっきみたいな状態のユーグだったら…)

そう考えて、また臆病風に吹かれていたのを、ルナールに敏感に察知されてしまったらしい。

「団長が言わないなら、あんたが知る必要は無いってことでしょう?」

「…うん。」

逃げ道を用意してくれたルナールに頷いた。ユーグが連れて行った男の姿がチラリと浮かんだけれど、それを振り払う。

「…あと、ごめん、もう一つだけ。…その、襲って来た人が急に燃えたんだけど、あれって…?」

「ああ。」

ルナールの視線が、こちらの左手に向けられた。

「指輪の付与、物理防御の効果なんじゃないの?」

「やっぱり、そっか…」

一番、あり得そうだと思っていた可能性。あの状況で、私を守るように発動した力―

「…ちょっと、見せてみて。」

「…」

言われて、ルナールに見えるよう、左手の指輪、そこにはまる飾りの石を掲げる。

「ああ、やっぱり。ほら、効果が発動したから石が変色してる。」

「本当だ…」

菫色だった水晶が、濃い青紫?ユーグの瞳の色みたいな色に変わっている。そして、そこに白く浮かぶヴィオレの花模様―

「…でも、まぁ、物理防御で反撃の火魔法が発動するなんて、聞いたこともないんだけどね…」

「…」

ルナールの呟き。規格外らしい力で人が燃えてしまったことは、確かに、心底怖かった。でも―

(守ってくれた。)

ユーグが、ユーグの力が私を守ってくれた。その事実さえあれば、他はもうどうでもいいじゃないかと、もらった指輪を握りしめた。




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