32 / 56
第三章 夏祭りと嫉妬する心
3-10
しおりを挟む
トキさんの背中が扉の向こうに消えて、そこで漸く、身体中の力が抜けてへたり込んだ。
「っああ~!」
(怖かった!)
辛うじて飲み込んだ言葉。デリアに捕まって男に襲われたことも、ユーグやトキさんが見せた暴力的な姿も、目の前の三人の腫れた顔も、何もかもが怖くてたまらなかった。緊張から解放され、安堵が広がっていく。
へたり込んだ姿勢から、「そう言えば」とノロノロ上げた視界に入り込んだものに、重い身体を何とか気力で立ち上がらせた。
「…取り敢えず、三人ともそれ、冷やさないとね。」
「…」
黙ったままの三人を放って、冷凍庫から適当な大きさの氷を取り出す。有り合わせの布に包んだそれを三人それぞれに持たせて、頬に押し当てた。
「…ごめんね。」
「…なんで、あんたが謝んの。」
「いや、だって、凄く痛そうだし…。ルナールは百歩譲ってしょうがないとしてもさ、これ、ガットやボルドは完全なとばっちりじゃない?」
「…」
黙ったルナールの代わりに、ボルドが首を振った。
「俺は、クロエの護衛だから。守れなかった俺が悪い。」
「でも、ボルドが寝てる間に勝手に出て行ったのは私だよ?」
「それでも、だ。」
「…」
頑ななボルドは本当にそう思っているらしく、大きな肩をしょんぼりと落として黙り込んでしまった。代わりに、ガットが口を開いて、
「俺も、お前ら止めなかったからさ。まぁ、これは当然っつーか、軽すぎるくらいなんだよ。」
「ガット…。…でも、一カ月もお仕事できなくて、私の護衛だよ?」
「それもな。甘いっつーか、そんなんで許されて逆にビビるっつーか。」
「…」
ガットの言葉に、彼らが覚悟していた「処分」がどんなものだったのかを想像して、また一人、冷や汗を流す。
心底、そんな事態にならなかって良かったと再確認したところで、ルナールが口を開いた。
「…何で庇ったの?」
「…」
聞かれた質問に何と答えればいいのか考える。
(庇った、か。…これ以上、ルナール達が罰を受けるのが嫌だったのは確かだけど。)
ただ、それ以上に―
「…私ね、ユーグが好きなの。」
「…あんだけ、ビビってるくせに?」
「そう。まぁ、バレちゃってるから言うけど、正直、ユーグを怖いと思うこともあるんだけど、でも、やっぱり、好き、なんだよね。」
「…」
「だから、ユーグには笑って、…うーん、幸せで?いて欲しいの。」
私の行動理由なんて、それだけで充分―
「ユーグはさ、ルナール達のこと好きでしょう?ルナール達といると楽しそうだし。」
「…そんなの、団長が楽しそうなんて分かるわけないよ。」
「いやいや、わかるよ。楽しそうだよ。」
だから、本当は「庇った」わけじゃなくて―
「ユーグが好きなあなた達が、これ以上傷つくのを見たくなかっただけ。しかも、それをトキさんかユーグがやるんでしょう?そんなの絶対、無理。嫌だよ。」
「…あっそ。じゃあ、別に、お礼も要らないってことだよね?」
「うん。」
こちらの返事にフイと顔を逸らして、「帰る」と言い出したルナール達。見送りがてら、気になっていたことを尋ねてみた。
「あの、さっき、トキさんが言ってた、『後始末』って…?」
「…団長が帰って来たら団長に聞きなよ。」
「でも…」
話してくれるだろうか?
(いや、そもそも、聞ける?さっきみたいな状態のユーグだったら…)
そう考えて、また臆病風に吹かれていたのを、ルナールに敏感に察知されてしまったらしい。
「団長が言わないなら、あんたが知る必要は無いってことでしょう?」
「…うん。」
逃げ道を用意してくれたルナールに頷いた。ユーグが連れて行った男の姿がチラリと浮かんだけれど、それを振り払う。
「…あと、ごめん、もう一つだけ。…その、襲って来た人が急に燃えたんだけど、あれって…?」
「ああ。」
ルナールの視線が、こちらの左手に向けられた。
「指輪の付与、物理防御の効果なんじゃないの?」
「やっぱり、そっか…」
一番、あり得そうだと思っていた可能性。あの状況で、私を守るように発動した力―
「…ちょっと、見せてみて。」
「…」
言われて、ルナールに見えるよう、左手の指輪、そこにはまる飾りの石を掲げる。
「ああ、やっぱり。ほら、効果が発動したから石が変色してる。」
「本当だ…」
菫色だった水晶が、濃い青紫?ユーグの瞳の色みたいな色に変わっている。そして、そこに白く浮かぶヴィオレの花模様―
「…でも、まぁ、物理防御で反撃の火魔法が発動するなんて、聞いたこともないんだけどね…」
「…」
ルナールの呟き。規格外らしい力で人が燃えてしまったことは、確かに、心底怖かった。でも―
(守ってくれた。)
ユーグが、ユーグの力が私を守ってくれた。その事実さえあれば、他はもうどうでもいいじゃないかと、もらった指輪を握りしめた。
「っああ~!」
(怖かった!)
辛うじて飲み込んだ言葉。デリアに捕まって男に襲われたことも、ユーグやトキさんが見せた暴力的な姿も、目の前の三人の腫れた顔も、何もかもが怖くてたまらなかった。緊張から解放され、安堵が広がっていく。
へたり込んだ姿勢から、「そう言えば」とノロノロ上げた視界に入り込んだものに、重い身体を何とか気力で立ち上がらせた。
「…取り敢えず、三人ともそれ、冷やさないとね。」
「…」
黙ったままの三人を放って、冷凍庫から適当な大きさの氷を取り出す。有り合わせの布に包んだそれを三人それぞれに持たせて、頬に押し当てた。
「…ごめんね。」
「…なんで、あんたが謝んの。」
「いや、だって、凄く痛そうだし…。ルナールは百歩譲ってしょうがないとしてもさ、これ、ガットやボルドは完全なとばっちりじゃない?」
「…」
黙ったルナールの代わりに、ボルドが首を振った。
「俺は、クロエの護衛だから。守れなかった俺が悪い。」
「でも、ボルドが寝てる間に勝手に出て行ったのは私だよ?」
「それでも、だ。」
「…」
頑ななボルドは本当にそう思っているらしく、大きな肩をしょんぼりと落として黙り込んでしまった。代わりに、ガットが口を開いて、
「俺も、お前ら止めなかったからさ。まぁ、これは当然っつーか、軽すぎるくらいなんだよ。」
「ガット…。…でも、一カ月もお仕事できなくて、私の護衛だよ?」
「それもな。甘いっつーか、そんなんで許されて逆にビビるっつーか。」
「…」
ガットの言葉に、彼らが覚悟していた「処分」がどんなものだったのかを想像して、また一人、冷や汗を流す。
心底、そんな事態にならなかって良かったと再確認したところで、ルナールが口を開いた。
「…何で庇ったの?」
「…」
聞かれた質問に何と答えればいいのか考える。
(庇った、か。…これ以上、ルナール達が罰を受けるのが嫌だったのは確かだけど。)
ただ、それ以上に―
「…私ね、ユーグが好きなの。」
「…あんだけ、ビビってるくせに?」
「そう。まぁ、バレちゃってるから言うけど、正直、ユーグを怖いと思うこともあるんだけど、でも、やっぱり、好き、なんだよね。」
「…」
「だから、ユーグには笑って、…うーん、幸せで?いて欲しいの。」
私の行動理由なんて、それだけで充分―
「ユーグはさ、ルナール達のこと好きでしょう?ルナール達といると楽しそうだし。」
「…そんなの、団長が楽しそうなんて分かるわけないよ。」
「いやいや、わかるよ。楽しそうだよ。」
だから、本当は「庇った」わけじゃなくて―
「ユーグが好きなあなた達が、これ以上傷つくのを見たくなかっただけ。しかも、それをトキさんかユーグがやるんでしょう?そんなの絶対、無理。嫌だよ。」
「…あっそ。じゃあ、別に、お礼も要らないってことだよね?」
「うん。」
こちらの返事にフイと顔を逸らして、「帰る」と言い出したルナール達。見送りがてら、気になっていたことを尋ねてみた。
「あの、さっき、トキさんが言ってた、『後始末』って…?」
「…団長が帰って来たら団長に聞きなよ。」
「でも…」
話してくれるだろうか?
(いや、そもそも、聞ける?さっきみたいな状態のユーグだったら…)
そう考えて、また臆病風に吹かれていたのを、ルナールに敏感に察知されてしまったらしい。
「団長が言わないなら、あんたが知る必要は無いってことでしょう?」
「…うん。」
逃げ道を用意してくれたルナールに頷いた。ユーグが連れて行った男の姿がチラリと浮かんだけれど、それを振り払う。
「…あと、ごめん、もう一つだけ。…その、襲って来た人が急に燃えたんだけど、あれって…?」
「ああ。」
ルナールの視線が、こちらの左手に向けられた。
「指輪の付与、物理防御の効果なんじゃないの?」
「やっぱり、そっか…」
一番、あり得そうだと思っていた可能性。あの状況で、私を守るように発動した力―
「…ちょっと、見せてみて。」
「…」
言われて、ルナールに見えるよう、左手の指輪、そこにはまる飾りの石を掲げる。
「ああ、やっぱり。ほら、効果が発動したから石が変色してる。」
「本当だ…」
菫色だった水晶が、濃い青紫?ユーグの瞳の色みたいな色に変わっている。そして、そこに白く浮かぶヴィオレの花模様―
「…でも、まぁ、物理防御で反撃の火魔法が発動するなんて、聞いたこともないんだけどね…」
「…」
ルナールの呟き。規格外らしい力で人が燃えてしまったことは、確かに、心底怖かった。でも―
(守ってくれた。)
ユーグが、ユーグの力が私を守ってくれた。その事実さえあれば、他はもうどうでもいいじゃないかと、もらった指輪を握りしめた。
17
お気に入りに追加
1,581
あなたにおすすめの小説
結婚なんて無理だから初夜でゲロってやろうと思う
風巻ユウ
恋愛
TS転生した。男→公爵令嬢キリアネットに。気づけば結婚が迫っていた。男と結婚なんて嫌だ。そうだ初夜でゲロってやるぜ。
TS転生した。女→王子ヒュミエールに。そして気づいた。この世界が乙女ゲーム『ゴリラ令嬢の華麗なる王宮生活』だということに。ゴリラと結婚なんて嫌だ。そうだ初夜でゲロってやんよ。
思考が似通った二人の転生者が婚約した。
ふたりが再び出会う時、世界が変わる─────。
注意:すっごくゴリラです。
公爵令嬢 メアリの逆襲 ~魔の森に作った湯船が 王子 で溢れて困ってます~
薄味メロン
恋愛
HOTランキング 1位 (2019.9.18)
お気に入り4000人突破しました。
次世代の王妃と言われていたメアリは、その日、すべての地位を奪われた。
だが、誰も知らなかった。
「荷物よし。魔力よし。決意、よし!」
「出発するわ! 目指すは源泉掛け流し!」
メアリが、追放の準備を整えていたことに。
残念なことに我が家の女性陣は、男の趣味が大層悪いようなのです
石河 翠
恋愛
男の趣味が悪いことで有名な家に生まれたアデル。祖母も母も例に漏れず、一般的に屑と呼ばれる男性と結婚している。お陰でアデルは、自分も同じように屑と結婚してしまうのではないかと心配していた。
アデルの婚約者は、第三王子のトーマス。少し頼りないところはあるものの、優しくて可愛らしい婚約者にアデルはいつも癒やされている。だが、年回りの近い隣国の王女が近くにいることで、婚約を解消すべきなのではないかと考え始め……。
ヒーローのことが可愛くて仕方がないヒロインと、ヒロインのことが大好きな重すぎる年下ヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:266115)をお借りしております。
悪役令嬢はお断りです
あみにあ
恋愛
あの日、初めて王子を見た瞬間、私は全てを思い出した。
この世界が前世で大好きだった小説と類似している事実を————。
その小説は王子と侍女との切ない恋物語。
そして私はというと……小説に登場する悪役令嬢だった。
侍女に執拗な虐めを繰り返し、最後は断罪されてしまう哀れな令嬢。
このまま進めば断罪コースは確定。
寒い牢屋で孤独に過ごすなんて、そんなの嫌だ。
何とかしないと。
でもせっかく大好きだった小説のストーリー……王子から離れ見られないのは悲しい。
そう思い飛び出した言葉が、王子の護衛騎士へ志願することだった。
剣も持ったことのない温室育ちの令嬢が
女の騎士がいないこの世界で、初の女騎士になるべく奮闘していきます。
そんな小説の世界に転生した令嬢の恋物語。
●表紙イラスト:San+様(Twitterアカウント@San_plus_)
●毎日21時更新(サクサク進みます)
●全四部構成:133話完結+おまけ(2021年4月2日 21時完結)
(第一章16話完結/第二章44話完結/第三章78話完結/第四章133話で完結)。
【完結】存在を消された『名無し』の私は、姫である双子の姉の代わりに隣国の狼王に嫁ぐことになりました。
蜜柑
恋愛
ルピア王国では双子は不吉な存在とされていた。姫リーゼロッテの双子の妹として生まれた少女は、名前を与えられず、存在を消され城の片隅で”口無し”と呼ばれながら下働きをしていた。一方、隣国テネス王国では、奴隷として扱われていた獣人族が反乱を起こし、王国を乗っ取った。その反乱王の狼族の王は、友好の証としてリーゼロッテを妻とするようにルピア王国に求めた。野蛮と噂される彼に嫁がせたくない国王は、「いない存在」である双子の妹を代わりに差し出すことにした。代わりに嫁いだ彼女は「リズ」と呼ばれ、隣国で生活するうちに本来の自分を取り戻していく。
断罪されてムカついたので、その場の勢いで騎士様にプロポーズかましたら、逃げれんようなった…
甘寧
恋愛
主人公リーゼは、婚約者であるロドルフ殿下に婚約破棄を告げられた。その傍らには、アリアナと言う子爵令嬢が勝ち誇った様にほくそ笑んでいた。
身に覚えのない罪を着せられ断罪され、頭に来たリーゼはロドルフの叔父にあたる騎士団長のウィルフレッドとその場の勢いだけで婚約してしまう。
だが、それはウィルフレッドもその場の勢いだと分かってのこと。すぐにでも婚約は撤回するつもりでいたのに、ウィルフレッドはそれを許してくれなくて…!?
利用した人物は、ドSで自分勝手で最低な団長様だったと後悔するリーゼだったが、傍から見れば過保護で執着心の強い団長様と言う印象。
周りは生暖かい目で二人を応援しているが、どうにも面白くないと思う者もいて…
司令官さま、絶賛失恋中の私を口説くのはやめてください!
茂栖 もす
恋愛
私、シンシア・カミュレは、つい先日失恋をした。…………しかも、相手には『え?俺たち付き合ってたの!?』と言われる始末。
もうイケメンなんて大っ嫌いっ。こうなったら山に籠ってひっそり生きてやるっ。
そんな自暴自棄になっていた私に母は言った。『山に籠るより、働いてくれ』と。そして私は言い返した『ここに採用されなかったら、山に引き籠ってやるっ』と。
…………その結果、私は採用されてしまった。
ちなみに私が働く職場は、街の外れにある謎の軍事施設。しかも何故か司令官様の秘書ときたもんだ。
そんな謎の司令官様は、これまた謎だけれど私をガンガン口説いてくる。
いやいやいやいや。私、もうイケメンの言うことなんて何一つ信じませんから!!
※他サイトに重複投稿しています。
勘当されたい悪役は自由に生きる
雨野
恋愛
難病に罹り、15歳で人生を終えた私。
だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?
でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!
ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?
1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。
ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!
主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!
愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。
予告なく痛々しい、残酷な描写あり。
サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。
小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。
こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。
本編完結。番外編を順次公開していきます。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる