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第二章 嫁入りと恋の季節

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(…トキさんはみんなのお母さ、…お兄さんって感じなのかな?)

夜の閉店時間までお店を手伝い、「後片付けはこっちでするから」というトキさんの言葉に甘えて三階への階段を上る。

店でお酒を飲んでいた人達は「くろがねの牙」とは関係のない傭兵や街の人、おまけにそういう人たちの同伴者のお姉さん達がほとんどだったけれど、鉄の牙のメンバーだという人たちもチラホラとご飯を食べに来ていた。カウンターに陣取り、食事ついでにトキさんに仕事の相談をしていく人も多く、そういったメンバーにトキさんはかなり親身になってあげていた。中には彼より明らかに年上のメンバーもいたのだが、皆、気負いなく、トキさんに話をしていく。

(トキさんって頼りにされてるんだなぁ。)

副団長という職務柄もあるのだろう。けど、更に言えば、団長がユーグなのだ。ある意味、必然的にというやつなのかもしれない。

(ユーグ、本っ当に、全然、喋らないし。)

きっと必要に駆られればその限りではないんだとは思う。実際、ハルハラからここまでの道中は、もう少しユーグの声を聞いていた気がする。それが、この街に入ってからはYes/Noの返答だけて全てを済ませてしまっているんじゃないだろうか?そして、気が付いた。

(…今日とか、「寝る」と「ああ」しか聞いてない…)

あまりの事態に心臓がバクバクしてきた。

これが熟年夫婦なら、まだいいのかもしれない。けれど、曲がりなりにも新婚ホヤホヤ夫婦の会話が、果たしてそれでいいのか?いや良くない。反語気味に否定して、決意する。

(…よし!明日はせめてあと一言。「おはよう」くらいは!)

たどり着いた三階の部屋の扉をそっと開けた。部屋のど真ん中に鎮座するキングサイズのベットには、就寝中のユーグの姿。折角の安眠を妨げないよう、こそこそシャワーを浴びて寝支度を済ます。

(…寝てる、よね?)

ベットに入る前、こっそり顔を覗き込んで彼が寝ていることを確認し、そっとユーグの隣に転がった。

「…」

上掛けも使わず、片腕を枕に横向きに寝ているユーグ。自分用の上掛けを半分掛けて、彼の意識が無いのをいいことに、間近の尊顔を思う存分堪能する。

(…至福…)

閉じた瞼に昼間の眼光の鋭さがなくなって、少しだけ穏やかに見える寝顔。綺麗な鼻筋に、薄い唇、頬にも触れてみたくてたまらないのをグッと我慢する。ムズムズする指先を必死に抑えて、視線を下げた。

(あ、ヤバい…)

目の前の隆起した胸筋が、薄い肌着の下、呼吸に合わせて上下しているのが視界に入る。

(…どちらかというと身軽な感じだし、全身ムキムキって感じではないのに、でも、凄い、引き締まってる、よね…)

就寝前だというのに、眠れないほどに心臓がドキドキ、…興奮してきた。

(駄目だ、これじゃただのムッツリ。…寝よう。)

このままではいけないと、邪心を振り払うためにクルリとユーグに背を向ける。背後の存在をガンガンに意識しながら目を閉じた。何とか眠気を誘おうとしてみるけれど―

(駄目だ。目が冴えた。あれ?いっつも私、どうやって寝てるんだっけ。)

ユーグの隣でよくもグーグー寝れたな、自分。と思えば思うほど、今までどうやって寝ていたのかがわからなくなってくる。寝返りを打とうにも、それでユーグを起こしてしまいそうで動けない。ただ、モンモンとベットの上で固まっていると、

(ヒッ!?)

「…」

背後から近づいて来た熱に、背筋にゾクリと震えが走った。

(ユーグ!?起きてるの!?)

伸びてきた手に引き寄せられるようにして、二人の間の距離が無くなった。背中にピタリと寄り添う熱。ユーグに抱き締められている。

「…」

息を潜めて、次を待つ。回された腕の重さと温かさは心地いいけれど、彼の手が置かれた場所、自分のお腹が気になってしょうがない。

(プニプニ、そこはプニプニだから。)

緊張に身体が強ばる。でも、それ以上、ユーグは身動き一つしなくなったから、安堵半分残念半分。

(…これ、寝てるから無意識だろうけど、皆が言ってた『マーキング』ってやつ?かな?)

いつもはもっとあっさり眠りについてしまうし、朝起きた時には離れているから気がつかなかったけれど、ひょっとして、毎晩こうやって寝ていたのかもしれない。

私にうっすらついてるというユーグのニオイ。ユーグの奥さんである印を、無意識とはいえ、つけられるのは嬉しい。だけど―

(全然、全くもって、健康的。健全。)

抱き寄せるユーグの手に不埒さは欠片もなく。なんなら、私もユーグもバッチリ服を着こんだまま。発情期のパッションとやらを華麗にスルーしている。

(夫婦なんだから、もうちょっとこう…)

色気ある展開を想像して、一人、悶々とする。結局、寝るタイミングを完全に失った私が眠りについたのは矢明け直前、外が白み始めた頃。そのまま寝坊して、昨夜の決意、ユーグに「おはよう」を言うチャンスさえ失ってしまった。






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