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第二章 嫁入りと恋の季節
2-8 Side T
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「…それで、本当に何があったの?」
こちらの問いかけに、4人が一斉に首を横に振る。その力の抜ける光景に、もう何度目になるかわかならいため息を飲み込んだ。
「…あのね、ユーグが町中で殺気立つなんて滅多に無いことでしょう?機嫌が悪かったにしても、店の外にいた俺にまで感知出来るってのは相当だよ?」
「て、言われても。俺らもマジでわかんねぇんすよ。」
「団長が急に殺気立って、俺たちが気づけなかった奇襲か何かかと思ったんですけど。」
「…店の周りに特に異常は無かった。…本当に心当たりは無いの?」
顔を見合わせる二人はおいて、留守番を任せていたクロエとボルドに視線を向けるが、
「…ごめんなさい。私は状況も良くわかってません。」
「…」
黙って首を振るボルドに、アプローチを変える。
「ユーグは、直前まで何してた?」
「…俺らと話しながら飯食ってたっす。」
「何の話?」
「えー、俺とルナールで行ったアックスゴアの討伐の話とか、『ゼファーの大盾』の奴らが最近調子乗ってるって話とか。」
「…あと、団長の奥さんがボルドに『好きだと言え』って迫ってた話ですね。」
「っ!?ちょっとーっ!!なに!?何を!?ユーグに何、言っちゃってくれてんの!?」
ルナールの言葉に大声を上げたクロエがこちらを振り向き、必死に弁解を始める。
「違う!違うんですよ!トキさん!ボルドに言ったんじゃなくって、」
「うん、まぁ、それは後で聞くとして。」
切り捨てれば、ショックで固まったクロエ。ただ、今は本当に、彼女のことは置いておくしかなくて、
「ユーグは?その話に何か反応したの?」
「全然。全く興味無しって感じでした。」
「だな。その後も普通に飯食ってたっす。」
「…じゃあ、それも違うんだね。」
「酷い…。なんか、もう、みんながまとめて酷い…」
文句をこぼし始めたクロエにも確かめる。
「クロエ、君は?何をしていた?」
「私?私は、ボルドのお替りよそいにキッチンに入って、みんなを眺めてて…」
記憶を辿るクロエにもやはり思い当たるものはないらしく、反応は芳しくない。
「うーん、ユーグが殺気?立った瞬間は、ボルドの方を見てて、いきなりゾワッっとして、バーン!だったから…」
「…ガットやルナールに虐められたりはしなかった?」
「虐められたりは…」
異常事態の可能性として、未だ扱いが不安定な存在の彼女が鍵かとも思ったが、
「えー!トキさん、俺らそんなことしないっすよ!」
「俺たち、かなり親切にしてましたよ。この人、獣人のこと何にも知らないみたいですからね。そりゃもう懇切丁寧に…」
「遠慮忌憚の無い親切だったけどね!」
じゃれ合い出した三人にこれ以上の追及は無理かと諦める。自身、感じた気配は一瞬で、判断の材料に乏しい。
(あれは殺気、というよりも警告、牽制に近かった気はするけど…)
原因不明のまま放置することに不安は残るが、危険性は低いと結論づけるしかない。内心、嘆息して、
「…お前達、彼女に昼ごはんまで作ってもらったんだろう?その態度はないんじゃないの?」
「飯っつっても、肉じゃなかったんすよ?」
「ベーコン入ってたでしょ!」
「あれは肉じゃない。」
言い合いを続ける三人は放置して、自分の定位置、キッチンへと入る。夜までに必要な店の仕込みを始めようとしたところでクロエが近寄って来た。
「…あの、着替えたら、手伝います。」
「そう?助かるよ。」
「はい。…洋服、ありがとうございました。」
頭を下げて、三階へ上がっていくクロエを見送る。彼女の足音が完全に遠ざかってから、途中だったらしい食事を再開した三人。食べ終わると同時に、ルナールが口を開いた。
「…トキさん、何で、あの女なんですか?」
「ルナール…」
「団長も趣味悪いって言うか、何で番でもないのに、あんな普通の女。」
昨日から、ことある事に聞かれる質問。それをユーグ本人でなく俺に尋ねてくるのも、他と変わらず。
「…何でと言われても、彼女を連れてきたのはユーグだからね。俺にだってわからない。」
「団長は…」
「ユーグからは何も聞いてないよ。」
「…」
確認した「予想」についても、結局、答えはもらえないままだ。ただ、黙り込んだルナールや不機嫌顔をさらすガットが、ユーグを案じているのだとわかっているから、
「…お前達が心配するようなことは何もないよ。」
「でも、じゃあ…」
何故?という最初の疑問に戻る堂々巡り。けれど、その答えがユーグの中にしかないのなら、自身の答えも自ずと出てくる。
「いいじゃない、クロエ。お前たちも仲良くなったんでしょう?」
「…やめて下さいよ。」
「仲良いとか、マジ無いっすから。」
「可愛いくて料理が出来る、あと、掃除もかな?」
店の様子に気づいて視線を向ければ、頷くボルド。
「いい奥さんになりそうじゃない。」
階段を降りてくる気配を感じながら、そう口にする。
「全っ然!トキさん、趣味悪いっすよ!」
「あれなら、まだ、アセナの方がよっぽどマシ。」
「お前達…」
ちょうど階段を降りきったクロエが、こちらを見つめたままカチリと足を止めた。
「…ちゃんと聞いてた?そういうわけで、俺はあんたを認めてないから。」
「だな。お前じゃ無理。」
捨て台詞のように言って店を出ていく二人をため息で見送る。
「…ごめんね、クロエ。あの二人は特に縄張り意識が強いから、新しい人間に慣れるのに時間がかかるんだ。」
「あー、はい、いえ、大丈夫ですよ。」
仕方ないと言ってフニャリと笑う彼女は、困ってはいるようだが、傷ついたり、嘆いたりする様子は見せない。
「…あの、ただ、トキさん?」
「なに?」
「ルナールが言ってた、『アセナ』さんっていうのは?」
「ああ。あの二人の幼馴染、みたいなものかな?今は町を出ているんだけど、ユーグをとても慕っていたから。」
「なるほど…」
うんうんと安堵をのぞかせて頷くクロエが、ポツリと漏らした言葉。
「…良かった、また、マリーヌさんのお店の人かと…」
厄介な人物の名前が聞こえて、彼女の護衛役を振り返る。
「…ボルド?」
「…」
「留守の間、他に何があった?」
「…」
「報告。全部、話せ。」
自身の都合で帰りが遅くなったのは事実。その間に起きた不都合は、予想を越える事態。ここ暫くはなかった類いの忙しさに、元凶である男の無頓着さを久しぶりに呪った。
こちらの問いかけに、4人が一斉に首を横に振る。その力の抜ける光景に、もう何度目になるかわかならいため息を飲み込んだ。
「…あのね、ユーグが町中で殺気立つなんて滅多に無いことでしょう?機嫌が悪かったにしても、店の外にいた俺にまで感知出来るってのは相当だよ?」
「て、言われても。俺らもマジでわかんねぇんすよ。」
「団長が急に殺気立って、俺たちが気づけなかった奇襲か何かかと思ったんですけど。」
「…店の周りに特に異常は無かった。…本当に心当たりは無いの?」
顔を見合わせる二人はおいて、留守番を任せていたクロエとボルドに視線を向けるが、
「…ごめんなさい。私は状況も良くわかってません。」
「…」
黙って首を振るボルドに、アプローチを変える。
「ユーグは、直前まで何してた?」
「…俺らと話しながら飯食ってたっす。」
「何の話?」
「えー、俺とルナールで行ったアックスゴアの討伐の話とか、『ゼファーの大盾』の奴らが最近調子乗ってるって話とか。」
「…あと、団長の奥さんがボルドに『好きだと言え』って迫ってた話ですね。」
「っ!?ちょっとーっ!!なに!?何を!?ユーグに何、言っちゃってくれてんの!?」
ルナールの言葉に大声を上げたクロエがこちらを振り向き、必死に弁解を始める。
「違う!違うんですよ!トキさん!ボルドに言ったんじゃなくって、」
「うん、まぁ、それは後で聞くとして。」
切り捨てれば、ショックで固まったクロエ。ただ、今は本当に、彼女のことは置いておくしかなくて、
「ユーグは?その話に何か反応したの?」
「全然。全く興味無しって感じでした。」
「だな。その後も普通に飯食ってたっす。」
「…じゃあ、それも違うんだね。」
「酷い…。なんか、もう、みんながまとめて酷い…」
文句をこぼし始めたクロエにも確かめる。
「クロエ、君は?何をしていた?」
「私?私は、ボルドのお替りよそいにキッチンに入って、みんなを眺めてて…」
記憶を辿るクロエにもやはり思い当たるものはないらしく、反応は芳しくない。
「うーん、ユーグが殺気?立った瞬間は、ボルドの方を見てて、いきなりゾワッっとして、バーン!だったから…」
「…ガットやルナールに虐められたりはしなかった?」
「虐められたりは…」
異常事態の可能性として、未だ扱いが不安定な存在の彼女が鍵かとも思ったが、
「えー!トキさん、俺らそんなことしないっすよ!」
「俺たち、かなり親切にしてましたよ。この人、獣人のこと何にも知らないみたいですからね。そりゃもう懇切丁寧に…」
「遠慮忌憚の無い親切だったけどね!」
じゃれ合い出した三人にこれ以上の追及は無理かと諦める。自身、感じた気配は一瞬で、判断の材料に乏しい。
(あれは殺気、というよりも警告、牽制に近かった気はするけど…)
原因不明のまま放置することに不安は残るが、危険性は低いと結論づけるしかない。内心、嘆息して、
「…お前達、彼女に昼ごはんまで作ってもらったんだろう?その態度はないんじゃないの?」
「飯っつっても、肉じゃなかったんすよ?」
「ベーコン入ってたでしょ!」
「あれは肉じゃない。」
言い合いを続ける三人は放置して、自分の定位置、キッチンへと入る。夜までに必要な店の仕込みを始めようとしたところでクロエが近寄って来た。
「…あの、着替えたら、手伝います。」
「そう?助かるよ。」
「はい。…洋服、ありがとうございました。」
頭を下げて、三階へ上がっていくクロエを見送る。彼女の足音が完全に遠ざかってから、途中だったらしい食事を再開した三人。食べ終わると同時に、ルナールが口を開いた。
「…トキさん、何で、あの女なんですか?」
「ルナール…」
「団長も趣味悪いって言うか、何で番でもないのに、あんな普通の女。」
昨日から、ことある事に聞かれる質問。それをユーグ本人でなく俺に尋ねてくるのも、他と変わらず。
「…何でと言われても、彼女を連れてきたのはユーグだからね。俺にだってわからない。」
「団長は…」
「ユーグからは何も聞いてないよ。」
「…」
確認した「予想」についても、結局、答えはもらえないままだ。ただ、黙り込んだルナールや不機嫌顔をさらすガットが、ユーグを案じているのだとわかっているから、
「…お前達が心配するようなことは何もないよ。」
「でも、じゃあ…」
何故?という最初の疑問に戻る堂々巡り。けれど、その答えがユーグの中にしかないのなら、自身の答えも自ずと出てくる。
「いいじゃない、クロエ。お前たちも仲良くなったんでしょう?」
「…やめて下さいよ。」
「仲良いとか、マジ無いっすから。」
「可愛いくて料理が出来る、あと、掃除もかな?」
店の様子に気づいて視線を向ければ、頷くボルド。
「いい奥さんになりそうじゃない。」
階段を降りてくる気配を感じながら、そう口にする。
「全っ然!トキさん、趣味悪いっすよ!」
「あれなら、まだ、アセナの方がよっぽどマシ。」
「お前達…」
ちょうど階段を降りきったクロエが、こちらを見つめたままカチリと足を止めた。
「…ちゃんと聞いてた?そういうわけで、俺はあんたを認めてないから。」
「だな。お前じゃ無理。」
捨て台詞のように言って店を出ていく二人をため息で見送る。
「…ごめんね、クロエ。あの二人は特に縄張り意識が強いから、新しい人間に慣れるのに時間がかかるんだ。」
「あー、はい、いえ、大丈夫ですよ。」
仕方ないと言ってフニャリと笑う彼女は、困ってはいるようだが、傷ついたり、嘆いたりする様子は見せない。
「…あの、ただ、トキさん?」
「なに?」
「ルナールが言ってた、『アセナ』さんっていうのは?」
「ああ。あの二人の幼馴染、みたいなものかな?今は町を出ているんだけど、ユーグをとても慕っていたから。」
「なるほど…」
うんうんと安堵をのぞかせて頷くクロエが、ポツリと漏らした言葉。
「…良かった、また、マリーヌさんのお店の人かと…」
厄介な人物の名前が聞こえて、彼女の護衛役を振り返る。
「…ボルド?」
「…」
「留守の間、他に何があった?」
「…」
「報告。全部、話せ。」
自身の都合で帰りが遅くなったのは事実。その間に起きた不都合は、予想を越える事態。ここ暫くはなかった類いの忙しさに、元凶である男の無頓着さを久しぶりに呪った。
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