上 下
21 / 56
第二章 嫁入りと恋の季節

2-8 Side T

しおりを挟む
「…それで、本当に何があったの?」

こちらの問いかけに、4人が一斉に首を横に振る。その力の抜ける光景に、もう何度目になるかわかならいため息を飲み込んだ。

「…あのね、ユーグが町中で殺気立つなんて滅多に無いことでしょう?機嫌が悪かったにしても、店の外にいた俺にまで感知出来るってのは相当だよ?」

「て、言われても。俺らもマジでわかんねぇんすよ。」

「団長が急に殺気立って、俺たちが気づけなかった奇襲か何かかと思ったんですけど。」

「…店の周りに特に異常は無かった。…本当に心当たりは無いの?」

顔を見合わせる二人はおいて、留守番を任せていたクロエとボルドに視線を向けるが、

「…ごめんなさい。私は状況も良くわかってません。」

「…」

黙って首を振るボルドに、アプローチを変える。

「ユーグは、直前まで何してた?」

「…俺らと話しながら飯食ってたっす。」

「何の話?」

「えー、俺とルナールで行ったアックスゴアの討伐の話とか、『ゼファーの大盾』の奴らが最近調子乗ってるって話とか。」

「…あと、団長の奥さんがボルドに『好きだと言え』って迫ってた話ですね。」

「っ!?ちょっとーっ!!なに!?何を!?ユーグに何、言っちゃってくれてんの!?」

ルナールの言葉に大声を上げたクロエがこちらを振り向き、必死に弁解を始める。

「違う!違うんですよ!トキさん!ボルドに言ったんじゃなくって、」

「うん、まぁ、それは後で聞くとして。」

切り捨てれば、ショックで固まったクロエ。ただ、今は本当に、彼女のことは置いておくしかなくて、

「ユーグは?その話に何か反応したの?」

「全然。全く興味無しって感じでした。」

「だな。その後も普通に飯食ってたっす。」

「…じゃあ、それも違うんだね。」

「酷い…。なんか、もう、みんながまとめて酷い…」

文句をこぼし始めたクロエにも確かめる。

「クロエ、君は?何をしていた?」

「私?私は、ボルドのお替りよそいにキッチンに入って、みんなを眺めてて…」

記憶を辿るクロエにもやはり思い当たるものはないらしく、反応は芳しくない。

「うーん、ユーグが殺気?立った瞬間は、ボルドの方を見てて、いきなりゾワッっとして、バーン!だったから…」

「…ガットやルナールに虐められたりはしなかった?」

「虐められたりは…」

異常事態の可能性として、未だ扱いが不安定な存在の彼女が鍵かとも思ったが、

「えー!トキさん、俺らそんなことしないっすよ!」

「俺たち、かなり親切にしてましたよ。この人、獣人のこと何にも知らないみたいですからね。そりゃもう懇切丁寧に…」

「遠慮忌憚の無い親切だったけどね!」

じゃれ合い出した三人にこれ以上の追及は無理かと諦める。自身、感じた気配は一瞬で、判断の材料に乏しい。

(あれは殺気、というよりも警告、牽制に近かった気はするけど…)

原因不明のまま放置することに不安は残るが、危険性は低いと結論づけるしかない。内心、嘆息して、

「…お前達、彼女に昼ごはんまで作ってもらったんだろう?その態度はないんじゃないの?」

「飯っつっても、肉じゃなかったんすよ?」

「ベーコン入ってたでしょ!」

「あれは肉じゃない。」

言い合いを続ける三人は放置して、自分の定位置、キッチンへと入る。夜までに必要な店の仕込みを始めようとしたところでクロエが近寄って来た。

「…あの、着替えたら、手伝います。」

「そう?助かるよ。」

「はい。…洋服、ありがとうございました。」

頭を下げて、三階へ上がっていくクロエを見送る。彼女の足音が完全に遠ざかってから、途中だったらしい食事を再開した三人。食べ終わると同時に、ルナールが口を開いた。

「…トキさん、何で、あの女なんですか?」

「ルナール…」

「団長も趣味悪いって言うか、何で番でもないのに、あんな普通の女。」

昨日から、ことある事に聞かれる質問。それをユーグ本人でなく俺に尋ねてくるのも、他と変わらず。

「…何でと言われても、彼女を連れてきたのはユーグだからね。俺にだってわからない。」

「団長は…」

「ユーグからは何も聞いてないよ。」

「…」

確認した「予想」についても、結局、答えはもらえないままだ。ただ、黙り込んだルナールや不機嫌顔をさらすガットが、ユーグを案じているのだとわかっているから、

「…お前達が心配するようなことは何もないよ。」

「でも、じゃあ…」

何故?という最初の疑問に戻る堂々巡り。けれど、その答えがユーグの中にしかないのなら、自身の答えも自ずと出てくる。

「いいじゃない、クロエ。お前たちも仲良くなったんでしょう?」

「…やめて下さいよ。」

「仲良いとか、マジ無いっすから。」

「可愛いくて料理が出来る、あと、掃除もかな?」

店の様子に気づいて視線を向ければ、頷くボルド。

「いい奥さんになりそうじゃない。」

階段を降りてくる気配を感じながら、そう口にする。

「全っ然!トキさん、趣味悪いっすよ!」

「あれなら、まだ、アセナの方がよっぽどマシ。」

「お前達…」

ちょうど階段を降りきったクロエが、こちらを見つめたままカチリと足を止めた。

「…ちゃんと聞いてた?そういうわけで、俺はあんたを認めてないから。」

「だな。お前じゃ無理。」

捨て台詞のように言って店を出ていく二人をため息で見送る。

「…ごめんね、クロエ。あの二人は特に縄張り意識が強いから、新しい人間に慣れるのに時間がかかるんだ。」

「あー、はい、いえ、大丈夫ですよ。」

仕方ないと言ってフニャリと笑う彼女は、困ってはいるようだが、傷ついたり、嘆いたりする様子は見せない。

「…あの、ただ、トキさん?」

「なに?」

「ルナールが言ってた、『アセナ』さんっていうのは?」

「ああ。あの二人の幼馴染、みたいなものかな?今は町を出ているんだけど、ユーグをとても慕っていたから。」

「なるほど…」

うんうんと安堵をのぞかせて頷くクロエが、ポツリと漏らした言葉。

「…良かった、また、マリーヌさんのお店の人かと…」

厄介な人物の名前が聞こえて、彼女の護衛役を振り返る。

「…ボルド?」

「…」

「留守の間、他に何があった?」

「…」

「報告。全部、話せ。」

自身の都合で帰りが遅くなったのは事実。その間に起きた不都合は、予想を越える事態。ここ暫くはなかった類いの忙しさに、元凶である男の無頓着さを久しぶりに呪った。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈 
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【本編完結】異世界再建に召喚されたはずなのにいつのまにか溺愛ルートに入りそうです⁉︎

sutera
恋愛
仕事に疲れたボロボロアラサーOLの悠里。 遠くへ行きたい…ふと、現実逃避を口にしてみたら 自分の世界を建て直す人間を探していたという女神に スカウトされて異世界召喚に応じる。 その結果、なぜか10歳の少女姿にされた上に 第二王子や護衛騎士、魔導士団長など周囲の人達に かまい倒されながら癒し子任務をする話。 時々ほんのり色っぽい要素が入るのを目指してます。 初投稿、ゆるふわファンタジー設定で気のむくまま更新。 2023年8月、本編完結しました!以降はゆるゆると番外編を更新していきますのでよろしくお願いします。

お幸せに、婚約者様。

ごろごろみかん。
恋愛
仕事と私、どっちが大切なの? ……なんて、本気で思う日が来るとは思わなかった。 彼は、王族に仕える近衛騎士だ。そして、婚約者の私より護衛対象である王女を優先する。彼は、「王女殿下とは何も無い」と言うけれど、彼女の方はそうでもないみたいですよ? 婚約を解消しろ、と王女殿下にあまりに迫られるので──全て、手放すことにしました。 お幸せに、婚約者様。 私も私で、幸せになりますので。

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

4人の女

猫枕
恋愛
カトリーヌ・スタール侯爵令嬢、セリーヌ・ラルミナ伯爵令嬢、イネス・フーリエ伯爵令嬢、ミレーユ・リオンヌ子爵令息夫人。 うららかな春の日の午後、4人の見目麗しき女性達の優雅なティータイム。 このご婦人方には共通点がある。 かつて4人共が、ある一人の男性の妻であった。 『氷の貴公子』の異名を持つ男。 ジルベール・タレーラン公爵令息。 絶対的権力と富を有するタレーラン公爵家の唯一の後継者で絶世の美貌を持つ男。 しかしてその本性は冷酷無慈悲の女嫌い。 この国きっての選りすぐりの4人のご令嬢達は揃いも揃ってタレーラン家を叩き出された仲間なのだ。 こうやって集まるのはこれで2回目なのだが、やはり、話は自然と共通の話題、あの男のことになるわけで・・・。

処理中です...