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第一章 集団お見合いと一目惚れ

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見つめ合う視線を先に外したのは、彼の方だった。

「…ヴィオレは無い。」

たった一言、そう言って立ち上がったユーグの姿をボンヤリと目で追う。

「そう、ですか…」

自分の口から言葉が出たことに、あれ、可笑しいなとは思ったけれど、頭が上手く回らない。

―ヴィオレは無い

「…」

わかってはいた。実際、彼のガランテに紫の花は飾られていないのだし。やっぱりね、と思う諦念と、それはどういう意味なの?と食い下がりたい気持ちがせめぎ合う。

「私に渡すヴィオレは無い」?それとも、「誰であろうと渡すヴィオレは無い」?

後者ならまだしも、前者なら軽く心が死ぬ。

(あー、ヤバイ、かも。)

流石にこれはキツイ。溢れそうな涙を必死に堪える。こんなところで泣き出して、彼に迷惑をかけるつもりはない。口を開けば決壊してしまいそうだったから、無言で立ち去ろうとすれば、

「来い。」

「え?」

(私?)

いつの間にか地面から引き抜いたらしいガランテを片手で持つユーグ。その視線は、私に向けられていて、

「…」

「あ!」

歩き出した彼の後を追う。

(私?私にだよね?来いって言ったの…)

不安なまま、それでも追い払われたりはしないのでリーチの長い彼の背を小走りに追った。

無言で歩くユーグが足を止めたのは、広場の中央。役目を終えたガランテが、夜の炊き上げを待って積み重ねられたその場所に、彼も自身のガランテを積んだ。

「…」

「…」

彼の手を離れたガランテ、じっと見つめるユーグが何を思うのかはわからない。感情のうかがえない瞳が閉じられ、やがてゆっくりと開いた。それはまるで、何かに捧げる祈りのようで―

「…行くぞ。」

「あ!はい!」

再び歩き出したユーグの後を追いながら、今の状況を理解しようと考える。

(えっと、これは…)

自分に都合良く考えるなら、これはプロポーズが成功した、ということなのだろうか。それにしては、全く手応えがないし、そんな雰囲気は微塵も感じられない。そもそも、

(ユーグって、妻乞つまごいのルール知ってる、のかな…?)

彼のガランテは正統派から大きく外れていたし、「ヴィオレは無い」なんて直球で言うし―

「…」

(あ、ダメだ…)

思い出したらまた泣きそうになってきた。あれはやっぱり、どう考えても否定、拒絶の言葉だった。ユーグも、同じ振るにしても、もう少し言葉を選んでくれればいいのに。

(ああ、でも、そっか…)

そもそも、妻乞いは男性から女性へアプローチするもので、女性から「ヴィオレが欲しい」なんて、要求することはない。だから、ルールを先に破ったのは私で、彼だってどう返すかなんて考えられなかったはず。だからもう、直球の返事が返ってきたのも致し方ない。私の自業自得なのだから。

「…へこむ…」

このまま立ち止まってしまいたい気分なのに、目の前の彼は振り返りもせずに歩いていく。「来い」って言われたから、「行くぞ」って言われたから。そう言い訳して、歩みは止めない。ついていった先で、何が起こるのかはわからないけれど、このまま彼に置いていかれる恐怖に比べれは、何てことはない。

黙々と歩くユーグが不意に立ち止まった。看板を見上げた彼が入っていったのは、

「宝石商…?」

頭に疑問符を浮かべながら、彼の後を追って店の扉をくぐる。

「いらっしゃいませ。」

「…」

「…こんにちは。」

店の奥、カウンターから掛けられた店主の声に小さく返事を返す。無言のユーグは、迷い無い足取りでカウンターまで近づき、

「…紫水晶の装備はあるか?」

「直ぐにご用意出来るのは、指輪、もしくは石単体のみとなります。お時間を頂ければ、別の装備品に仕立て直すことも可能でございますが、いかが致しますか?」

「いや、いい。指輪をもらう。」

「かしこまりました。」

淡々と進む二人のやり取りを後ろから眺めながら、話の流れに胸がざわめいた。

指輪?私をわざわざ連れて来たってことは、私に?期待していいの?自意識過剰?自惚れが過ぎる?いやいや、でもでもという心の葛藤に翻弄されながらも、本当はわかっている事実。

(腕輪じゃなくて指輪、だもんね…)

こちらの世界では、指輪は装飾品ではなく装備品、「お守り」としての意味合いが強い。ユーグのような傭兵や冒険者達が装備する「付与効果」のあるものから、気休め程度の子ども用の厄除けまで、わりにポピュラーな装備品だったりする。

そのため、「愛の告白に指輪を贈る」という風習も無く、「婚約指輪」も「結婚指輪」も存在しないこの世界。そうした愛の贈り物として一般的なのは腕輪の方で、だから、「指輪を貰えるかも?」なんて、私が胸をときめかしてしまうのは、前世の憧れに引っ張られている、それだけのこと。

「…手を出せ。」

「あ!はい!」

だから―

ユーグの声に、つい、左手を差し出してしまったことにも、

―サイズ的に選ばれた―薬指にユーグが指輪をはめてくれたことにも、

そこに意味なんて、無い―

「動くな。」

「…」

言われるまま、動きを止めた私の左手に手をかざすユーグ。ほんのりと感じる熱とともに、薬指の宝石に浮かんだのは小さな花の意匠。この時期、ハルハテの街や広場で、何度も目にしている紫の花を模した―

「ヴィオレ…」

「代わりだ。」

そう言ったっきり、続く言葉の無いユーグを見上げる。

「あ、ありがとうございます!大事にします!」

代わりだと言ってくれた。ヴィオレの「花」の代わり。彼の少ない言葉から、それが意味することを必死に考えて辿り着いた結論、胸が破裂しそうなくらいの「嬉しい」があふれてくる。

「…」

ユーグが、小さく頷いてくれたように見えた。店の外へと足を向けた彼の後を追う。

説明の少ない急展開、自分の置かれた状態に、不安はある。それでも、それを遥かに上回る喜びに包まれて、貰った指輪ヴィオレに誓う。

―病めるときも、健やかなる時も

ついていこう、この背中に。

立ち止まり、振り向いて、こちらを見つめるこの瞳が、私を映してくれる限り。




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