上 下
6 / 56
第一章 集団お見合いと一目惚れ

1-5

しおりを挟む
どれくらいの間、フリーズしてしまっていたんだろう―

ハッと気づけば、紫紺の瞳はこちらにヒタと据えられたまま。本当に、一瞬、気絶していたかもしれない。

(マズイマズイ。)

声をかけたまま動かないなんて挙動不審にもほどがある。働かない頭の代わりに、あり得ない速さで高鳴り続ける心臓、嫌になるくらい熱くなった顔の熱を自覚して、何とか彼から視線を引き剥がした。

「お、お隣!座ってもいいですか!?」

「…」

地面を見つめながらの問いかけに、彼からの返事はない。ただ、胡座をかいていた彼の片膝が立てられた。

「え、えっと?」

「…」

心持ち、ではあっても、彼が作ってくれたスペース。それが彼からの許可だと勝手に解釈して、

「失礼します!」

座り込んだ彼の隣。拒絶のセリフを聞くまでは「あり」ということにしておいて、視線を合わせる勇気はないから、彼の胸元辺りを凝視する。

「…」

「…」

(き、気まずい。)

頭頂部に静かな視線を感じて身動きが出来ない。視界には、細身ではあるけれど、服越しにもわかるゴツゴツとした筋肉で出来た肉体が広がっていて、

(これは…!…っ!ゴメンなさい!)

もう顔も思い出せない前世の婚カツ仲間の一人に詫びる。「男は筋肉だ!」と豪語してやまなかった彼女を笑っていたけれど、今はその気持ちが嫌というくらいわかる。

(ヤバイヤバイ。)

ガチガチに緊張しているくせに、目の前の身体に触れてみたくてたまらない。勝手に伸びそうになる自分の右手が信じられない。そんなことばかり考えている頭では、上手い会話も浮かんで来るはずなくて、それでも、声をかけたのはこちらなのだから、話を、何か言わなくてはと探った前世の記憶。引っ張り出せたのは、面白味も個性も何もない、だけど、多分、一番無難な言葉だった。

「…えっと、初めまして。クロエって言います」

「…」

無言―

挨拶に返ってきたそれに、高鳴った心臓とは反対に指先の血の気が引いていく。

(メチャクチャ、逃げたい!)

「何で話しかけたんだ!?」「やめときゃ良かった!」とかの後悔がグングン沸き上がってくるけれど、ここで逃げ出したら、「あり得ないほど失礼な女」として彼の記憶に残ってしまう。惹かれた相手の記憶にそんな形で残るのだけは避けたくて、

「あの…、お名前は?」

「…ユーグ。」

「ッ!」

返ってきた彼の声に、思わず上がりそうになった悲鳴を飲み込んだ。まさか、そんなにあっさり返事が返ってくるなんて思っていなかったから。しかも、

(ほんっとに、ゴメンなさい!)

また別の、婚カツ仲間の友人に頭を下げる。「声さえよければ他はどうでも!」と、合コンで気に入った相手とは必ずカラオケ二次会に突入する彼女を笑っていたけれど―

(これが、これが腰にクルってやつか!)

今まで、異性の声にときめいたことなんて無かったのに。たった一言。彼が口にした「ユーグ」という温度の無い重低音に、耳から溶けていきそうになる。

(悶えたい!思いっきり悶えたい!)

滾る何かを必死に堪えて、会話の糸口を探し続ける。

「え、あの、えっと、ユーグさん、はおいくつですか?あ、私は今年、二十一で…」

既にちょっといき遅れつつあります、なんて自虐的な言葉を彼の胸に向かってゴニョゴニョ呟いて、ヘラヘラ笑う。

「…」

「…」

(会話を弾ませられない!てか、続かない!)

無言に耐えきれず、次の話題、次の話題と考えて、

「あーえっと、お仕事って何、を…」

出てきたセリフを途中で飲み込んだ。

(違ーう!)

いや、お見合いの場なのだから違わないかも知れないけれど、こんな緊張感に満ち満ちたタイミングで聞くことではない。もっと、もっと、何か、場を和ませる、当たり障りの無い―

「…傭兵だ。」

「あ、え?『ヨウヘイ』?」

脳内検索をグルグルかけているところに返ってきた言葉が、一瞬、上手く処理できずに聞き返す。

「…」

「えっと、『ヨウヘイ』。あ!魔物狩ったりとか、そういう?」

「…」

返事は無く、顔も見られないせいで、彼が頷いたのかもわからない。ソロリ、ソロリと視線を上げてみれば、彼の視線はいつの間にか遠く、広場の向こうの、更にその先に向けられていた。

その横顔を下からコッソリ盗み見て、「傭兵」という聞き慣れない彼の仕事について考える。私の今までの人生では、全く馴染みのない職業、

傭兵―

彼には「魔物を狩る」と表現したが、彼らが戦うのは何も魔物に限ったわけではない。戦時には戦力として、平時にも、犯罪者の取り締まり等に駆り出されるような職業で、つまり、彼は、

人を殺す―

「…」

「…」

身体が震えそうになったのを、腕を強く握ることでやり過ごした。

前世はもちろんのこと今世でも、魔物の驚異から遠く、犯罪者に狙われることもないような小さな村で生きてきた私には、到底、想像も出来ないような世界。そんな世界で、命のやり取りをして生きている人。まさに―

(生きてる、世界が違う…)

「…」

「…」

チラリと視線を向ければ、立てた膝に無造作にのせられた彼の腕。剥き出しの肌には、確かに見えるいくつもの傷痕。彼が身を置く世界が垣間見えた気がした。だけど、なのに―

腕を伝って視線を走らせれば、緩く握られた彼の手、指先が視界に映る。

(マズイ、ヤバイ、マズイ…)

厚く、武骨で大きな拳。

(手まで!手まで格好いいとか!ヤバイ!惚れる!何で!?)

手フェチでもない、骨格フェチでも、「男の人の腕の筋、最高!」なんて、思ったこともなかった。なのに、今は、

(全部惚れる!全部好み!滅茶苦茶好き!)

初対面の相手に好意以上の気持ちを抱くなんて、誰かに一目惚れするなんて、思いもしなかった。それも、こんな、別世界で生きているような人に―

「…」

「…」

漏れそうになったうめき声を飲み込んで、彼からそっと視線をそらす。「本当、どうしよう」と途方に暮れて、泳がした視線の先、見えた光景にサッと血の気の引く感覚を覚えた。

(…やだ、来ないでよ。)

先ほどユーグを気にしていた二人組。その二人がこちらへ近づいて来る気配を見せている。

(ヤダヤダ、来るな来るな。…来ないで下さい!お願いします!)

盗られる、と思った―

私のものでも何でもない人を。そして、それは絶対に嫌だ、と思ってしまったから、

「ユーグさん!」

「…」

呼べば、ゆっくりと向けられる紫紺の宝玉。震えそうになるほどの輝きに囚われる。

(ああ、これは…無理。)

僅かに残る冷静な思考が警鐘を鳴らす。

(絶対に無理、こんな人に振り向いてもらうなんて…)

「あの、私!」

「…」

(無理だって。無理、だけど…)

「あなたの、ヴィオレが欲しいです!」





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。 誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。 幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。 ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。 一人の客人をもてなしたのだ。 その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。 【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。 彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。 そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。 そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。 やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。 ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、 「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。 学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。 ☆第2部完結しました☆

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

お幸せに、婚約者様。

ごろごろみかん。
恋愛
仕事と私、どっちが大切なの? ……なんて、本気で思う日が来るとは思わなかった。 彼は、王族に仕える近衛騎士だ。そして、婚約者の私より護衛対象である王女を優先する。彼は、「王女殿下とは何も無い」と言うけれど、彼女の方はそうでもないみたいですよ? 婚約を解消しろ、と王女殿下にあまりに迫られるので──全て、手放すことにしました。 お幸せに、婚約者様。 私も私で、幸せになりますので。

至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます

下菊みこと
恋愛
至って普通の女子高生でありながら事故に巻き込まれ(というか自分から首を突っ込み)転生した天宮めぐ。転生した先はよく知った大好きな恋愛小説の世界。でも主人公ではなくほぼ登場しない脇役姫に転生してしまった。姉姫は優しくて朗らかで誰からも愛されて、両親である国王、王妃に愛され貴公子達からもモテモテ。一方自分は妾の子で陰鬱で誰からも愛されておらず王位継承権もあってないに等しいお姫様になる予定。こんな待遇満足できるか!羨ましさこそあれど恨みはない姉姫さまを守りつつ、目指せ隣国の王太子ルート!小説家になろう様でも「主人公気質なわけでもなく恋愛フラグもなければ死亡フラグに満ち溢れているわけでもない至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます」というタイトルで掲載しています。

【本編完結】異世界再建に召喚されたはずなのにいつのまにか溺愛ルートに入りそうです⁉︎

sutera
恋愛
仕事に疲れたボロボロアラサーOLの悠里。 遠くへ行きたい…ふと、現実逃避を口にしてみたら 自分の世界を建て直す人間を探していたという女神に スカウトされて異世界召喚に応じる。 その結果、なぜか10歳の少女姿にされた上に 第二王子や護衛騎士、魔導士団長など周囲の人達に かまい倒されながら癒し子任務をする話。 時々ほんのり色っぽい要素が入るのを目指してます。 初投稿、ゆるふわファンタジー設定で気のむくまま更新。 2023年8月、本編完結しました!以降はゆるゆると番外編を更新していきますのでよろしくお願いします。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...