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第二部 第二章

2-7 Side C

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「こんにちは、クロエさん!魔晶石の買取をお願いします」

「……お疲れ様です、アリシアさん」

鉱山ギルドの受付カウンター、業務終了まで残り一時間というところで、採掘士のアリシアが訪れた。慣れ親しんだ彼女の姿に、僅かに気が弛む。

「……今日は随分、量が少ないんですね?」

彼女がカウンターに並べた魔晶石の数に、思わず口をついて出た言葉。けれど、目の前に置かれた石を改め、すぐに自身の言葉を撤回する。

「あ、いえ。少なくはない」

「そうなんです!今日からダンジョン探索を始めたので、魔晶石があまり採れなくて」

そう言ってニコニコと笑う目の前のアリシアを、思わず半眼で見つめる。

(昨日までが昨日までだから、感覚がマヒしてた……)

A等級、ニ十キロの魔晶石の山を毎日持ち込むことの方が異常だったのだ。今日、アリシアが持ち込んだ魔晶石は拳大のものが四つ。それだけでも、駆け出し採掘士の彼女が持ち込むものとしては上出来なのだが。

(これは、どう見てもS等級、よね?)

他とは一線を画す透明度の魔晶石は、ガノークで値がつけられる最高等級のもの。それも、細かい分類でいくならS等級の中でもかなり上位になるはず。惜しむらくは、ガノークの買取ではそこまで細かい査定ができないということだ。

魔晶石を買取査定用の計りに乗せ、その重さを確認してから告げる。

「……アリシアさん。当ギルドの査定では、こちらの石はS等級。四つで一キロでしたので、買取価格は二十万ギールになります」

これが本部であればもっと値が付くのに。もう何度そう思ったかしれない言葉を飲み込んで、「いかがしますか?」と尋ねる。

「え……?そんな高額になるんですか?」

喜びよりも戸惑いを色濃く見せたアリシアがカウンターの石を見つめて、その一つを迷うようにして手に取る。

「アリシアさん?そちらの石は買取をキャンセルされますか?」

「あ……、いえ、あの、ごめんなさい。全部買取でお願いします……」

暗い表情で首を横に振ったアリシアは、石をカウンターに戻す。彼女の様子に首を傾げつつも、「もしかして」と口にした。

「ルーカスさんに納品する分が足りないのでしょうか?でしたら、お気になさらず、キャンセルされてください。ギルドは一キロ未満でも買取可能ですよ?」

こちらの提案に、アリシアはまたフルフルと首を横に振る。

「すみません、全部買取で問題ありません。……ルーカスへ納入する分は、他にあるんです」

そう言って彼女が腰のポシェットから取り出してみせた魔晶石に、今度は本気で目を剥いた。

「アリシアさん!さっさと仕舞ってください!」

「え?あ、はいっ!」

小声だったが、キツイ言い方になってしまった忠告に、慌てたアリシアが色付きの魔晶石をポシェットに戻す。そう色付き――

「……赤色魔晶石なんて、久しぶりに見ました」

「そうなんですか……?」

小声で呟いたクロエに、アリシアも声を潜めて聞き返してくる。

「ええ。……ガノークでも、赤色魔晶石が採れるのは年に一度あるかないか。それも、鉱山の最盛期、魔晶石の鉱脈が発見された直後がほとんどです」

「……あの、じゃあ、ちなみにですが、青色魔晶石は?」

アリシアの言葉に、今度はこちらが首を横に振る。

「私は見たことがありません。正確に言えば、本部での研修や首都で売られているものを見たことはありますが、ガノークで採れるのは五年、十年に一度……」

そこまで言いかけて、ハタと気付く・

「……アリシアさん、まさか、青色魔晶石もお持ちなんてことは?」

「な、ないです、ないです!」

必至に首を横に振るアリシア。その後に「一度しか掘ったことがない」と続いた言葉は聞かなかったことにしようと思う。彼女にはルーカスがついているのだ。おそらく、その魔晶石も彼に渡っているか、適切に管理されているだろう。

アリシアが売ると言った石を運搬袋に収納してから、いつも通りの手順を確認する。

「では、売り上げはいつもと同じようにギルド口座にお預けでよろしいですか?」

「あ、はい。お願いします」

「では、預かり証をお出しますね」

言って、一旦、奥へと入り、入金の預かり証を発行する。証書を手に戻ると、アリシアが興味深そうに、他の受付に視線を向けていた。彼女の視線の先に居るのは、所謂「冒険者」と呼ばれる人たち。今日開放されたダンジョンを目当てに訪れた彼らを、自身も朝から何組か対応した。

「……お待たせしました」

こちらの呼びかけに、アリシアがハッとしたようにこちらに視線を戻す。手渡した預かり証を笑顔で受け取った彼女だったが、そこに書かれた金額を目にすると、やはり、少しだけ表情がくもった。

「アリシアさん、もし、買取金額にご不満でしたら……」

「えっ!?」

こちらの言葉に、驚いたように顔を上げたアリシアはブンブンと首を横に振る。

「ふ、不満なんて全くありません!」

「そうですか?ですが、、バイスに出ればもっと……」

効率よく稼げる。彼女の実力であれば、ここでない場所でも採掘士として活躍できるだろう。そう思っての言葉にアリシアは困ったように笑い、聞き取れないほどの小さな声で呟く。

「実は、その反対というか、あまり、稼ぎたくないというか……、って、そんな我儘許されるはずないんですけど」

「アリシアさん?」

泣きそうな顔で笑う彼女の名を呼べば、「何でもない」と首を振られた。

「すみません、クロエさん。買取、ありがとうございました。……また、明日」

最後には笑ってそう口にした彼女が気にはなったが、「それではまた」とありきたりな別れの言葉を口にした。ニコリと笑って受け付けを離れようとした彼女が、不意に、動きを止める。

「……アリシアさん?」

彼女の視線の先、凝視しているのは、彼女と入れ替わりに受付にやってきた冒険者だった。アリシアの横を素通りした黒髪の冒険者、彼女の視線に気づいているだろうに、それを気にする様子もなく、冒険者登録証を差し出す男――

「……ローグ」

アリシアの口から、掠れた声が零れ落ちる。そこで初めて、男はその黒の瞳を彼女に向けた。男の視線に、アリシアが息を呑む。

「……どうして、どうして、あなたがここに?」

彼女の震える声に、男は淡々とした低い声で応えた。

「仕事をしに来たまでです。……前職を失って、今はただの冒険者ですから」

「っ!?」

男の言葉に、アリシアが悲鳴を呑み込む。震える唇を両手で覆い隠した彼女は、咄嗟に男から視線を逸らした。そのまま――

「アリシアさん……!?」

逃げるようにしてその場から立ち去るアリシアの背を唖然として見送る。彼女の姿がギルドの出入り口から消えた瞬間、ハッとして、目の前の男を見上げた。

男も、自身と同じく、立ち去る彼女を見送っていた。未だ彼女の消えた扉を見つめたまま、微動だにしない男の横顔。痛いのか、苦しいのか。彼女の前では無表情だった男の見せた横顔に、声をかけることもできずに戸惑う。息を押し殺すようにして、男が振り返るのを待ち続けた。




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