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第三章 採掘士

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二人での朝食を終えた後、食事の片づけと部屋の掃除を終えてから家を出た。最後まで心配してくれていたルーカスに「大丈夫だ」と再度告げ、彼に借りたマジックバッグを背負って、先ずは鉱山ギルドへと向かう。

歩く道すがら、向けられる視線が昨日までとは全く違うことに驚いた。油断するつもりはないが、昨日は確かに向けられていた男達のほの暗い視線が今はほとんど感じられない。それが、隷属の首輪をしていないためだと分かるから、ルーカスには本当に感謝してもしきれなかった。

(絶対に、恩返ししなくちゃ)

大袈裟でも何でもなく心からそう思う。ギルドへとたどり着き、入口にたむろする男達の前を横切って扉を開いた。ギルドの中、こちらに向けられる視線の中にケイトの鋭い視線を感じたが、今日は下を向くことなく顔を上げていられる。受付の一つ、クロエが座るカウンターに近づいて「こんにちは」と声をかけた。顔を上げたクロエがこちらの首元に気づき、少しだけ驚いた顔で「あら?」と呟く。

「隷属の首輪が取れたんですね。おめでとうございます」

「ありがとうございます。……その、ルーカスのおかげです」

真っすぐな祝いの言葉が嬉しくて、自然と顔が笑う。何もない首筋に触れ、て、今後は奴隷としてではなく正規の労働者として働きたいと伝えれば、クロエが申請書を出してくれた。説明されるがままに記入していると、彼女の瞳がこちらをジッと見つめていることに気づく。

「……あの?どこかおかしいところがありますか?」

「ああ。いえ、ごめんなさい。……首輪が外れてもこの地に留まる人は居ますが、あなたのような方がここを出て行かずに、しかも採掘を続けるのは珍しいな、と」

そう口にするクロエの視線が、ペンを持つ私の指先に向けられた。つられて、手元に視線を落とす。視界に映るのは日に焼けていない軟な手指。力仕事どころか水仕事一つしてこなかった私の手は、確かに働く者のそれではなかった。

「……この地を出るに出られないというのであれば、ご相談に乗りますよ?」

淡々と告げるクロエの気遣いに感謝しつつ、ユルユルと首を横に振った。

「ありがとうございます。ですけど、私はこの地で採掘を続けたいんです。ルーカスと……、彼に石を掘って来ると約束しているので」

「ルーカスさんと?直接、石の取引をされるんですか?」

彼の名を驚いたように口にしたクロエに、再びじっと見つめられる。観察する視線を黙って受け入れれば、クロエが小さく小首を傾げた。

「すごいですね」

「え?」

「ルーカスさんはこの街、いえ、ヘンレン一の細工師と言われています。元々、高名な冒険者だったんですが、今はその頃の知識を生かした細工が人気で、近隣諸国からも彼に魔道具や武具の細工を頼みに来る人がいるくらいなんですよ?」

「そう、なんですか?」

初めて耳にする情報ばかりで驚く。ルーカス本人は勿論、ギルド長の口からもそんな話は聞いていない。彼が冒険者だったという話は、言われてみれば納得がいくが――彼のガッチリした体形は職人よりも力仕事に向いていそうだ――、人気の細工師だというのには心底驚いた。ルーカスは愛想のいい方ではないし、彼の店も――訪れたのは一度だけだが――、それほど繁盛しているようには見えなかった。

(ギルド長はルーカスのこと、仕事馬鹿って言っていたけれど……)

あれが、ギルド長なりのルーカスへの賞賛、評価だったのだろうか。ルーカスが鉱山ギルドのお得意様だと言うのはつまりそういうことかと納得して、ますます身の引き締まる思いがした。

「クロエさん、教えていただきたいことがあるのですが……」

「はい。私に答えられることであれば」

そう快く答えてくれたクロエにいくつかの質問をする。魔晶石の取れる場所や見つけ方、それから、掘るための技術や道具について。それらに、彼女の分かる範囲で答えてくれたクロエのおかげで、何とか先行きが見えて来た。

「ありがとうございます。助かりました」

礼を言えば、クロエの口元に淡い笑みが浮かぶ。

「頑張ってくださいね。専属採掘士さん」

少しだけ砕けた雰囲気。気安さを見せたクロエに笑って答えようとしたところで、突如、隣でバンという大きな音が響いた。身体がビクリと反応する。

(なに……?)

音のした方、隣の受付へと視線を向ければ、ケイトが分厚い書類のファイルをカウンターに叩きつけていた。叩きつけたまま、こちらを睨むケイトと視線が合う。何を言われるのかと身構えたが、彼女が口を開くことなく、フイと顔を逸らしてカウンター奥へと引っ込んでしまった。後味の悪い雰囲気を残されて、出だしを挫かれたような気分になる。

「……気にすることないですよ」

萎みかけた気持ちが顔に出ていたらしい。こちらを気遣うクロエの言葉に顔を上げた。

「あの、ケイトさんはルーカスのことが……?」

あそこまで露骨な敵意を向けられる理由が何なのか。その理由を確かめたくてクロエに尋ねる。私は既に宿舎を出た身。隷属の首輪も外れた今、彼女に嫌われる理由として考えられるのはルーカスのことしかなかった。昨日、ケイトがルーカスに見せていた態度には彼女の好意が見て取れたから――

「ああ。彼女のアレはそういうのではありませんよ。別に、ルーカスさんのことが好きなわけではないです。むしろ、陰では彼の容姿を貶める発言を平気でしてますから」

「そう、なんですか……?」

予想に反する答えに戸惑っていると、クロエが小さく肩をすくめた。

「彼女はヘンレンのギルド本部から派遣されてきた職員なんです」

「派遣?」

「ええ。……彼女といつも一緒に居る二人、エリーさんとリンダさんもそうなんですが、彼女たちはヘンレンの中央都市バイスの出身です。バイスのギルド本部で採用されて、で、まぁ、こんなど田舎へ左遷されて来た、と……」

クロエが口にした自虐的な言葉に何と返すかを迷う内に、彼女の口からため息がもれた。

「ケイトさん達にとってはこの地に派遣されたことそのものが屈辱なんですよ。同じように本部で採用されて花形部署で活躍している同僚もいる中で、なんで自分たちが?って納得いかないんでしょうね」

そう赤裸々に語るクロエは、自身も同じ境遇であるはずなのに、完全に他人事、特に苦にも思っていないらしく、「馬鹿らしい」と零す。

「ですから、まぁ、その屈辱?を晴らすために、ルーカスさんを捕まえようと必死なんです」

「ルーカスを?どうして……?」

「ね?どうしてって思いますよね。……ただ、彼女達の思考からすると、ヘンレンの重要人物であるルーカスさんと結婚できれば中央都市の人間を見返せる、本部の人間に勝ったってことになるらしいです」

「…」

クロエの告げた言葉に絶句した。が、同時に少しだけ理解も出来た。私の居た国、特に貴族社会においては、女性が自分の価値を高めるには良縁を得ることが最善とされていた。私自身、王太子殿下に嫁ぐことが女としての最高の名誉だと信じていたのだから、ケイト達の考えを責めることはできない。

(でも、何だろう、この胸のムカムカ……)

なぜだか、ルーカスをそういう目で見られることがとても嫌だった。

好意ではなく打算で彼に近づこうとするケイト達に感じた不快を抱えたまま、クロエに別れを告げてギルドを後にした。




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