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第一章 絶望の始まり

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たどり着いた鉱山労働者用の宿舎は、お世辞にも綺麗とは言い難い老朽化した建物だった。男女別だという二つ並んだ宿舎の、男達がたむろしていない方の入り口の扉を体で押せば、重い木製の扉がギィと音を立てて開く。

(……これは、食堂?)

扉を開いてすぐ、目の前に現れたのはテーブル席がいくつも並んだ空間だった。二、三人ずつで固まって談笑していた女性達の視線が一斉にこちらを向く。

「あ……」

何か挨拶をするべきかと迷う内に、奥のテーブルの一つ、鉱山労働者とは思えない華やかな装いをした三人組が座る席から、これ見よがしなため息が聞こえて来た。

「あー、もう、最悪。あのオッサン、また、ここに奴隷を入れる気なの?」

「ギルド長もたいがいだけど、犯罪者がよくもまぁ図々しく乗り込んで来られるわよね?」

「犯罪者は犯罪者らしく、大人しく地下牢にでも転がってりゃいいのに」

突然の中傷、はっきりと自分に向けられていると分かる言葉の鋭さに身が竦んだ。

綺麗な金髪を高く結い上げた碧い瞳の女性を中心にした女性達三人。自分と然して年の変わらない彼女達が何者なのか、なぜここまで敵意を向けられるのかが分からずに立ち竦む。一歩も動けずにいると、部屋の奥の扉が開き、肉付きの良い五十代前後の女性が現れた。彼女の視線が動けずにいた私を捉え、赤銅色の片眉がヒョイと持ち上げられる。

「あんた、新人さんかい?……ついてきな」

その一言に、動かなかった足が漸く動き出す。周囲から向けられる視線を視界に入れないようにしながら、女性の後へと続いた。

食堂を出たところで、この宿舎の世話役をしているという女性はゼルマと名乗った。慌てて名乗り返せば、彼女の哀れみを含んだ濃褐色の瞳がこちらをしげしげと見つめる。

「あんた、いいとこのお嬢さんなんだろう?なんでまた、こんなとこに来る羽目になっちまったかねぇ」

同情であろう彼女の言葉に、返事を返すことが出来ずに下を向く。

「犯罪奴隷って言ってもね、普通、女はこんなとこに送られて来ないんだよ。よっぽどの力自慢か、極悪人か。……少なくとも、あんたみたいなひょろっこいのが来るような場所じゃないんだけどね」

そう言ってため息をついたゼルマが、先ほど出て来た食堂への扉を顎で指し示した。

「さっき、ケイト達に絡まれてただろ?」

ゼルマの問いに、彼女の言う「ケイト」が誰か確証が持てず、曖昧に頷き返した。

「あの子らはギルドの職員。本来ならここはギルド職員と正規の鉱山労働者のための宿舎だからね。鉱山奴隷のあんたがここに居ることが気にくわないんだ」

彼女の言葉に驚くと、彼女が今度は窓の外、隣の建物を顎で指し示した。

「本来なら、鉱山奴隷はまとめてあっち。男だろうと女だろうと、ここじゃ奴隷はギルドの所有物だからね。人扱いはされないんだよ。それが嫌なら、自力で稼ぐか男に頼るかして、宿舎を出ていくしかない」

ゼルマが淡々と告げる言葉に、握った拳が震える。「人扱いされない」ことの意味を考えて、喉がつかえたように苦しくなった。

「……まぁ、本来なら、そうなんだけどね。それもひと昔前の話。ボイドがギルド長になってからは、多少マシになったさ。女奴隷はこっちの宿舎を使えるようになったからね」

そう言いながらこちらを見下ろしてくるゼルマの瞳は、怖いくらいに真剣だった。

「いいかい。ここじゃ、あんたはただのモノ。誰に何を言われようが、何をされようが、歯向かおうなんて思っちゃだめだ。相手が奴隷でも同じだよ。奴隷制約にある『人を傷つけるな』ってあれは、あんたを守る制約にはならない。あんたはヒトじゃなくモノなんだからね」

彼女の言葉にゾッとした。脳裏にあるのは、先ほど絡んで来たドニという男の姿だった。

「……それから、部屋に居る時は必ず鍵をかけること。あんたに出来ることは、それくらいしかない。だけど、まぁ、やらないよりはちったぁマシだからね」

そう告げた後、ゼルマが連れて行ってくれたのは、宿舎の最上階だった。屋根裏のような狭い部屋に通され、部屋の鍵を渡される。

「浴室は一階にある。けど、当分の間、あんたは使わない方がいいよ。ケイト達がうるさいからね。……後で、下にお湯を取りにおいで」

ゼルマの親切に頭を下げ、感謝を口にしようとしたが、口から出て来たのは掠れて聞こえないほどの「ありがとう」だった。痛まし気に首を振ったゼルマが、廊下を戻っていく。彼女の姿が廊下に向こうに消えた途端、込み上げて来た恐怖に慌てて部屋の扉を閉めた。内側から鍵をかけ、そのまま、扉に背中を預けてズルズルと床に座り込む。

怖い――

どうしようもなく怖かった。震える身体を両手で抱きしめ、鍵がかかっていることを何度も確かめる。

結局、その日は、扉の前で朝までまんじりともせずに過ごすことになった。寝てしまえば何か恐ろしいことが起きる、誰かが部屋に入って来るのではないかという恐怖に、目を閉じることさえ出来なかった。




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