上 下
14 / 22
第三章 素材採取

3-3 Side W

しおりを挟む
キーガンが、一度チラリとこちらを振り向いた。鋭い視線、それで、彼らの方もウィルバート達の存在を認識していることが分かった。

(まぁ、わざわざ近寄る必要はないか……)

ちょうど噴出した直後なのだろう。熱気は残るが、熱水の噴出していない竜玉泉の傍に立つ四人を見ながら、ウィルバートは彼らが採取を終えるの待つことにした。金髪の一年生が竜玉泉の吹き出し口に付着する黄龍晶を採取しようとしている。

(……下手くそ)

慣れない手つき、時間が掛かるせいで、黄龍晶はあっという間に熱を失い、噴出孔に固着してしまった。ああなると、並みの道具では採取そのものが困難になる。

一年に代わってベルタという名の上級生が固着した黄龍晶を削り出したが、ウィルバートはそれに首をひねった。

(賢者の石、作るんだよね?)

だとしたら、アレでは駄目だ。賢者の石を作るという前提そのものが怪しくなってきたところで、不意に、メリルが歩き出した。足早に、躊躇うことなく四人の元へと向かう。ウィルバートは内心で嘆息しながら、メリルの背に熱水除けのシールドを掛け、彼女の後を追った。

(ハァ。先輩ならそうなる、か……)

諦めとともにメリルの隣に並び、彼女とともに四人の目の前へと立つ。

「ウィル先輩!」

途端、喜色を浮かべて近寄ってきた女生徒を、ウィルバートは無表情に見下ろした。採取に失敗しておいて、なぜこうも楽しそうにしていられるのかが、ウィルバートには理解できなかった。

「ウィル先輩達も採取に来られてたんですね?あ!宿はどこにとられました?この時期どこも満室で、私たち、雑魚寝の大部屋しか……」

「ねぇ?うるさいんだけど。ちょっと黙っててくれる?」

そう切り捨て、彼女のおしゃべりのせいで話を切り出すタイミングを見失っているメリルを促す。ウィルバートに一つ頷いて見せたメリルが、未だ地面にしゃがんだまま黄龍晶を削り取ろうとしているベルタに声を掛けた。

「あの、ベルタ……!」

緊張気味なメリルの呼びかけに、呼ばれた本人は面倒だと言わんばかりの視線をチラリと向け、すぐに自身の手元に視線を戻してしまう。ウィルバートの胸の内にユラリと怒りの炎が生まれたが、尚も話をしようとするメリルの姿に、黙って彼女を見守った。

「ベルタ……。ごめん、余計なお世話かもしれないけど、でも、あの、それじゃあ、黄龍晶の採取、上手くいかないと思う」

メリルの言葉に漸く、ベルタがまとみに視線を向ける。

「……どういう意味?」

「二年生の時、錬金の授業でやったでしょう?黄龍晶の採取は熱い内、中が固まりきる前に、大きく掬い取るのが基本だって」

「……」

黙り込んだベルタに、メリルが採取道具を取り出して見せる。計量用のスプーンに似た道具は、確かに、凝固する前の黄龍晶を採取するための魔道具だった。それを見て、フイと視線を逸らしてしまったベルタは何も言わずにうつむく。

(もしかして、道具もまともに揃えてないの……?)

あきれ果てるウィルバートだが、竜玉泉の内から大きな魔力が沸き上がって来るのを感じて、メリルの隣にピタリと寄り添った。

「……先輩、そろそろ次、湧きますよ?」

メリルが直ぐに採取に入れるよう、熱水の噴出を予告すれば、メリルではなく目の前の四人がギョッとした顔をする。

「に、逃げるぞ!ロッテ、来い!」

キーガンのその声に、他の三人が弾かれたようにその場を離れる。そこに来て漸く、ウィルバートは彼らがシールドなどの熱対策もせずにその場に立っていたのだと知る。

(えー……?)

一体、何をしに来たのか。既にあきれ果てていたはずが、それ以上の脱力を感じたウィルバートの目の前で竜玉泉が噴出した。空高く上がる熱水、黄色の魔力光を発しながらキラキラと飛び散る飛沫を見上げる。

「……綺麗」

「ですね……」

一年近く前、自身の研究のために黄龍晶を採りに来た時、ウィルバートは今と同じものを見た。見て、思ったのだ。メリルにもいつか見せてあげたいと。

その願いが叶い、隣でその瞳に魔力光を反射させるメリルはとても綺麗だった。

「……先輩、俺……」

「あっ!?黄龍晶!固まる前に早く採らないと!」

「……」

慌てて地面にしゃがみこんだメリルが革製の手袋をはめた。シールドをしている以上、不要なものではあるのだが、恐らく授業で習った通りの手順を踏んでいるメリルを、ウィルバートは黙って見守る。

間欠泉の噴水が弱まってきたところで、キーガン達三人が噴出孔へと戻ってきた。その中の一人、ベルタに向かって、メリルが声を掛ける。

「ベルタ、見てて。私、採ってみせるから」

そう言って、調合用のスプーンの一つ、熱耐性の高い魔道具で黄龍晶の弾力のある塊を救い上げたメリル。直ぐに、その塊を保存魔法の掛けられたジャーに入れてから立ち上がる。ベルタ達が見えやすいようにジャーを掲げたメリルに、ベルタが苛立たし気に言葉を吐き捨てた。

「別に、教科書通りにやる必要なんてないでしょう?見なさいよ。誰もそんな採り方してないじゃない」

そう言って、ベルタは周囲を指示した。

「うん。確かにそうだけど、賢者の石を作るなら……」

そう言いかけたメリルの言葉を遮るように、ベルタが「うるさいなぁ」と呟いた。途端、メリルの顔が青ざめた。口を噤んでしまった彼女の手を握ったウィルバートが、軽くその手を引く。

「先輩、もう放っておいて帰りましょうよ」

こんな奴らにいくら助言を与えたところで無駄。聞く気の無い奴らに構ってもメリルが傷つくだけ。言葉にはしないが、メリルがそんな思いをするのは嫌だと視線に込めれば、メリルは小さく「うん」と頷いて返した。

そのまま、まだ何かを言っているベルタ達をおいてウィルバートは歩き出す。すっかり元気を失くしてしまったメリルの小さな手を引いて、宿屋までの道を歩くが、結局また、ウィルバートは彼女に慰めの言葉は掛けることが出来なかった。

(あんな奴ら、気にすることないのに……)

それがウィルバートの嘘偽りない思いで、彼女に言える唯一の慰めの言葉だったけれど、メリルはきっとそれでは笑ってくれない。だから、ウィルバートは別の言葉を口にする。

帰り着いた宿の部屋、部屋にたった一つしかないベッドを前に、ウィルバートは笑った。

「先輩、右側と左側、どっちで寝ますか?」




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

地味令嬢は結婚を諦め、薬師として生きることにしました。口の悪い女性陣のお世話をしていたら、イケメン婚約者ができたのですがどういうことですか?

石河 翠
恋愛
美形家族の中で唯一、地味顔で存在感のないアイリーン。婚約者を探そうとしても、失敗ばかり。お見合いをしたところで、しょせん相手の狙いはイケメンで有名な兄弟を紹介してもらうことだと思い知った彼女は、結婚を諦め薬師として生きることを決める。 働き始めた彼女は、職場の同僚からアプローチを受けていた。イケメンのお世辞を本気にしてはいけないと思いつつ、彼に惹かれていく。しかし彼がとある貴族令嬢に想いを寄せ、あまつさえ求婚していたことを知り……。 初恋から逃げ出そうとする自信のないヒロインと、大好きな彼女の側にいるためなら王子の地位など喜んで捨ててしまう一途なヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。 扉絵はあっきコタロウさまに描いていただきました。

虐げられるのは嫌なので、モブ令嬢を目指します!

八代奏多
恋愛
 伯爵令嬢の私、リリアーナ・クライシスはその過酷さに言葉を失った。  社交界がこんなに酷いものとは思わなかったのだから。  あんな痛々しい姿になるなんて、きっと耐えられない。  だから、虐められないために誰の目にも止まらないようにしようと思う。  ーー誰の目にも止まらなければ虐められないはずだから!  ……そう思っていたのに、いつの間にかお友達が増えて、ヒロインみたいになっていた。  こんなはずじゃなかったのに、どうしてこうなったのーー!? ※小説家になろう様・カクヨム様にも投稿しています。

村八分にしておいて、私が公爵令嬢だったからと手の平を返すなんて許せません。

木山楽斗
恋愛
父親がいないことによって、エルーシャは村の人達から迫害を受けていた。 彼らは、エルーシャが取ってきた食べ物を奪ったり、村で起こった事件の犯人を彼女だと決めつけてくる。そんな彼らに、エルーシャは辟易としていた。 ある日いつものように責められていた彼女は、村にやって来た一人の人間に助けられた。 その人物とは、公爵令息であるアルディス・アルカルドである。彼はエルーシャの状態から彼女が迫害されていることに気付き、手を差し伸べてくれたのだ。 そんなアルディスは、とある目的のために村にやって来ていた。 彼は亡き父の隠し子を探しに来ていたのである。 紆余曲折あって、その隠し子はエルーシャであることが判明した。 すると村の人達は、その態度を一変させた。エルーシャに、媚を売るような態度になったのである。 しかし、今更手の平を返されても遅かった。様々な迫害を受けてきたエルーシャにとって、既に村の人達は許せない存在になっていたのだ。

ゆとりある生活を異世界で

コロ
ファンタジー
とある世界の皇国 公爵家の長男坊は 少しばかりの異能を持っていて、それを不思議に思いながらも健やかに成長していた… それなりに頑張って生きていた俺は48歳 なかなか楽しい人生だと満喫していたら 交通事故でアッサリ逝ってもた…orz そんな俺を何気に興味を持って見ていた神様の一柱が 『楽しませてくれた礼をあげるよ』 とボーナスとして異世界でもう一つの人生を歩ませてくれる事に… それもチートまでくれて♪ ありがたやありがたや チート?強力なのがあります→使うとは言ってない   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 身体の状態(主に目)と相談しながら書くので遅筆になると思います 宜しくお付き合い下さい

公爵令嬢エイプリルは嘘がお嫌い〜断罪を告げてきた王太子様の嘘を暴いて差し上げましょう〜

星河由乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「公爵令嬢エイプリル・カコクセナイト、今日をもって婚約は破棄、魔女裁判の刑に処す!」 「ふっ……わたくし、嘘は嫌いですの。虚言症の馬鹿な異母妹と、婚約者のクズに振り回される毎日で気が狂いそうだったのは事実ですが。それも今日でおしまい、エイプリル・フールの嘘は午前中まで……」  公爵令嬢エイプリル・カコセクナイトは、新年度の初日に行われたパーティーで婚約者のフェナス王太子から断罪を言い渡される。迫り来る魔女裁判に恐怖で震えているのかと思われていたエイプリルだったが、フェナス王太子こそが嘘をついているとパーティー会場で告発し始めた。 * エイプリルフールを題材にした作品です。更新期間は2023年04月01日・02日の二日間を予定しております。 * この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。

異世界で婚活を ~頑張った結果、狼獣人の旦那様を手に入れたけど、なかなか安寧には程遠い~

リコピン
恋愛
前世、会社勤務のかたわら婚活に情熱を燃やしていたクロエ。生まれ変わった異世界では幼馴染の婚約者がいたものの、婚約を破棄されてしまい、またもや婚活をすることに。一風変わった集団お見合いで出会ったのは、その場に似合わぬ一匹狼風の男性。(…って本当に狼獣人!?)うっかり惚れた相手が生きる世界の違う男性だったため、番(つがい)やら発情期やらに怯え、翻弄されながらも、クロエは幸せな結婚生活を目指す。 シリアス―★☆☆☆☆ コメディ―★★★★☆ ラブ♡♡―★★★★☆ ざまぁ∀―★★☆☆☆ ※匂わす程度ですが、性的表現があるのでR15にしています。TLやラブエッチ的な表現はありません。 ※このお話に出てくる集団お見合いの風習はフィクションです。 ※四章+後日談+番外編になります。

【 完 】転移魔法を強要させられた上に婚約破棄されました。だけど私の元に宮廷魔術師が現れたんです

菊池 快晴
恋愛
公爵令嬢レムリは、魔法が使えないことを理由に婚約破棄を言い渡される。 自分を虐げてきた義妹、エリアスの思惑によりレムリは、国民からは残虐な令嬢だと誤解され軽蔑されていた。 生きている価値を見失ったレムリは、人生を終わらせようと展望台から身を投げようとする。 しかし、そんなレムリの命を救ったのは他国の宮廷魔術師アズライトだった。 そんな彼から街の案内を頼まれ、病に困っている国民を助けるアズライトの姿を見ていくうちに真実の愛を知る――。 この話は、行き場を失った公爵令嬢が強欲な宮廷魔術師と出会い、ざまあして幸せになるお話です。

美形王子様が私を離してくれません!?虐げられた伯爵令嬢が前世の知識を使ってみんなを幸せにしようとしたら、溺愛の沼に嵌りました

葵 遥菜
恋愛
道端で急に前世を思い出した私はアイリーン・グレン。 前世は両親を亡くして児童養護施設で育った。だから、今世はたとえ伯爵家の本邸から距離のある「離れ」に住んでいても、両親が揃っていて、綺麗なお姉様もいてとっても幸せ! だけど……そのぬりかべ、もとい厚化粧はなんですか? せっかくの美貌が台無しです。前世美容部員の名にかけて、そのぬりかべ、破壊させていただきます! 「女の子たちが幸せに笑ってくれるのが私の一番の幸せなの!」 ーーすると、家族が円満になっちゃった!? 美形王子様が迫ってきた!?  私はただ、この世界のすべての女性を幸せにしたかっただけなのにーー! ※約六万字で完結するので、長編というより中編です。 ※他サイトにも投稿しています。

処理中です...