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第二章 卒業課題

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それから数分歩いて、たどり着いた場所。草木生い茂る森の先に、少しだけ開けた空間が広がっていた。低い丈の草が生えた広場の中央、陽の光を浴びた白銀の水面が煌めいている。そこに何人かの人影があった。泉に身を屈めるようにして座り込む長身の男性、黒ずくめの彼の周囲を取り囲んで立つ四人のうち三人は、ウィルバートも良く知る顔だった。

ウィルバート達の気配に気づいた四人がこちらを振り向く。その瞳に嫌悪や怒りを見せている彼らを、けれど、ウィルバートは気にすることもなく観察し続けた。ウィルバートの知らない一人だけが、戸惑うような表情を見せている。

(ふーん。アレが先輩の言ってた『何でもできる一年生』ね……)

ウィルバートは、彼女に対するメリルの評価を話半分に聞いていた。一年次から既に「学園始まって以来の天才」と呼ばれていたウィルバートでさえ、「何でもできる」とは評されなかったのだ。そこまで名の知れていない――少なくとも、ウィルバートは彼女を知らなかった――一年にどれほどのことが出来るというのか。

「それよりも」と、ウィルバートは泉で採取を行っている男性、この場で唯一「学生ではない」存在に目を向け、眉を潜めた。

(全く、本当に教師が出張ってくるなんて……)

ウィルバートもかつては師事したことのある――研究者としては非常に優秀な――学園の教師、ケスティングがこの場に居る意味。それを考えてウィルバートは舌打ちしそうになる。別に、教師が学園のルールを守らないことに一々、目くじらを立てるつもりはない。けれど、それがキーガン達へ与するものであるなら話は別だ。メリルを傷つけた彼らを、ウィルバートは決して許すつもりはなかった。

(本当、どうしてやろうか……)

思案したところで、不意に、メリルの手がウィルバートの服の裾を掴む。軽くクイと引かれ、ウィルバートは後ろを振り返った。

「……ウィル君、早く採取して帰ろう?」

メリルの表情に、ウィルバートは息を飲んだ。

恐らく、メリルは彼らの存在に怯えている。それはそうだろう。集団で寄ってたかって彼女の誇りとする「言霊使い」の存在意義を否定されたのだ。だから、これは怯えているだけ。メリルには決してそんなつもりはなくて、ああ、でもだけど――

(死ぬほど可愛いんですけど……)

メリルが、困ったような、どこかすがるような目で、上目遣いにこちらを見ている。その小さな手が、自分の服の裾を少しだけ、けれどしっかりと握り締めていた。ウィルバートの中に熱い衝動が込み上げる。

(おかしい……)

『声援』の効果はとうに切れているはず。いや、本当は分かっている。これは『声援』とは無関係。ただ勝手に、自分がメリルの姿に抑えきれない情欲を抱いているだけだ。ウィルバートは、肺の息を全て吐き出すほどの深い深い溜息をついた。

「あー、もう……」

それにビクリと震えたメリルが離しそうになった手を、咄嗟に繋ぎ止めた。

「……そうですね。さっさと採取して帰りましょう」

繋ぎ止めた手をしっかりと握りしめ、戸惑うメリルを連れて歩き出す。邪魔者が視界に入らない場所で泉へと近づけば、メリルの手が慌てたように離れていった。

「わ、私が採取するから。ウィル君、ちょっと待っててくれる?」

そう宣言したメリルが危なげなく白水銀を採取するのを見守りながら、ウィルバートは寂しくなった自分の右手を持て余していた。

(……流石に、先輩の手を引いて帰る、というわけにはいかないか)

行きがけに粗方の魔物を倒してきたとは言え、生き残りや新たに発生した魔物が居ないとも限らない。残念ではあるが、手を繋いで帰るのは諦めようとウィルバートが結論を出したところで、採取を終えたメリルが振り返る。

「お待たせ、ウィル君。……それじゃあ、行こうか?」

直ぐにもこの場を離れたい様子のメリルの意を酌んで、ウィルバートは歩き出す。再びメリルの前を歩きながら視線を向けた先、最悪なことに同じタイミングで採取を終えた男達の姿が見えた。

(少し、時間をずらすか……)

先に行きたいのであれば先に行かせてしまえばいい。そう思い、ウィルバートは立ち止まったが、何故かキーガン達はウィルバート達の前で態々、足を止めた。

「……ふん。結局、その二年とつるむことにしたのか」

蔑むようなキーガンの眼差しはメリルに向けたもの。ウィルバートはメリルの前に立ち、その視線を阻んだ。

「ったく、んな野郎と組む人間の気が知れねぇぜ」

キーガンの言葉に、背後のメリルが反応するのが分かった。抗議のためか、前に出てこようとする彼女を制止したところで、初めて耳にする女の声が聞こえた。

「あの、始めまして、ですよね?ウィルバート先輩」

目の前の状況が見えていないのだろうか。間の抜けた挨拶を口にした少女に、ウィルバートは白けた視線を向ける。それに構うことなく、笑みさえ浮かべた少女は嬉しそうに言葉を続けた。

「私、ロッテって言います。今年、第三研究室に入ったんですが、ウィルバート先輩とは入れ違いになってしまいましたね?」

そう言って、ロットと名乗った少女は話を続けようとするが、ウィルバートは彼女の話を聞くつもりはなかった。彼らが先に行かないのであればと歩き出したウィルバートを、ロッテが呼び止める。

「あ!待ってください、ウィル先輩!良ければ先輩たちも一緒に帰りませんか?」

「……なんで?」

彼女の言葉を心底理解できなかったウィルバートは素っ気なく問い返す。すると、ロッテは嬉々とした笑顔で答えた。

「ウィル先輩はとても強いんですよね?優秀な魔導師だとお聞きしました。ウィル先輩に守ってもらえれば、私たちも安全に学園まで帰れます!」

それのどこに自分の旨味があるのか分からなかったが、ウィルバートはその疑問を口にすることはなかった。話の通じない相手と会話を続ける趣味はない。さっさとこの場を離れようとしたウィルバートの背に、怒りを含んだ声が聞こえた。

「止めとけ、ロッテ。そんな奴、頼りになんねぇよ。お前は俺たちがちゃんと守ってやるから」

キーガンの言葉に、ロッテが「でも」と戸惑う声が聞こえる。

「ここまで来るのも大変だったじゃないですか。ベルタ先輩も回復魔法、結構使っちゃいましたし……」

帰路に不安があるらしいロッテの言葉に、キーガンが鼻で笑って答える。

「心配すんな。どうせ帰りもグリーンアイヴィーしか出て来ねぇ。何の問題もねぇよ。んなことより……」

そう言ったキーガンの黒の瞳が、忌々し気にウィルバートへと向けられる。

「こんな野郎と一緒に行動する方が危ねぇよ。後ろから撃たれでもしたら洒落になんねぇ。こんな、魔物の成り損ないみたいな」

キーガンが言いかけた言葉を、ウィルバートは最後まで聞き取ることが出来なかった。キーガンの声を遮るように響いた声――

『止めて、キーガン!!』

「なっ!?」

魔力の込められた声が空気をビリビリと震わせた。良く知るメリルの、だけど、初めて聞く大声に背後を振り向けば、怒りに顔を紅潮させたメリルが、キーガンに強い視線を向けていた。

「酷いこと言わないで!ウィル君は魔物じゃない!それに、ウィル君がキーガン達を傷つけるような真似するはずないじゃない!」

「うるっせぇーっ!!」

「っ!」

メリルの叫びに、キーガンがそれ以上の怒声を上げた。

「うっせぇ!うっせぇ!マジでうっせぇんだよ、お前の声!」

そう言って耳を抑える仕草をしたキーガンに、ハッとしたメリルがその顔を青くする。

「クッソ!お前が居なくなって、漸く研究室が快適になったってのに!あー、クソッ!耳がやられた!どうすんだよ、コレ!」

「あ、ご、ごめん、キーガン。私……」

大袈裟なほどに騒いでみせるキーガンにメリルが頭を下げようとするのを、ウィルバートが止める。

「帰りましょう、先輩」

「え?でも……」

「大したことありませんよ、あんなの」

実際、キーガンが「うるさい」と言っているのは耳の聞こえどうこうの話ではなく、彼の精神に響いたメリルの言霊だ。

「放っておきましょう」

そう言い放ち、ウィルバートは躊躇うメリルの手を握った。そのまま、元来た道を戻りだす。未だキーガンを気にして背後を振り返るメリルの手を軽く引いて、こちらに意識を向けさせる。

「……ありがとうございます」

「え?」

僕のために怒ってくれて――

ウィルバートは、今更、メリル以外の誰に何を言われようと傷つきはしない。言いたい奴には言わせておけばいいと思っている。腹を立てるのも馬鹿らしい。けれど、メリルが自分のために怒ってくれたこと、はっきりと「魔物ではない」と口にしてくれたことが、どうしようもなく嬉しかった。

頬が緩むのを自覚しながら、ウィルバートは何でもないふりで前を見て歩く。




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