稲穂ゆれる空の向こうに

塵あくた

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夕焼け小焼け

夕餉

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「は、はじめまして。おばあちゃん。
俺、菅沼涼介です」

「こんにちはおばあちゃん、あたし桜井琴音です。
よろしくお願いします」

三人は、昨夜から続く緊張の糸がほぐれたのか、不覚にも、時バアの腕の中で涙ぐんでしまった。

「本当にみんないい子やねえ。
よく頑張った。
頑張った。

さあ疲れたやろう、うちにお入り、もうお風呂も沸いてるよ」

時バアはそういうと、皆を家に招き入れてくれた。

「あ、時バアちょっと待って。

実は、電話で話してたとおり、今ここに茜音も来ているんだ。

時バアには視えないかもしれないけど、確かに僕の横にいるんだよ。
なあみんな」

蒼音は時バアに茜音を紹介しようと、なんとか説明を試みた。

「うん、います。
茜音はここにいます。

この景色に感動して茜音も泣いてました」

なんとか茜音の存在を理解してもらおうと涼介も頑張った。

「茜音ちゃん、本当にここに来たがっていたんです。
だから今感動してるんです」

琴音も茜音のために言葉を添えてくれた。


「ごめんごめん、視えへんからすっかり忘れてしまうところやった。
茜音ちゃんやね。
時バアです、こんにちは。それともはじめましてかいな?

自分の家やと思ってゆっくり寛いでや。
みんなもな」

時バアは、視えるはずもない茜音にも声をかけてくれた。

『うん時バアありがと』

「あ、今茜音がありがとうってお礼を言ったよ、時バア。

時バアには聞こえないかもしれないけど、時バアの言葉は茜音には聞こえるんだよ」

「へえそれはすごいな。
通訳を介せば話せるんやね」

時バアは何の違和感も示さず、ごく普通に茜音の存在を信じてくれたようだ。
蒼音にはそれが不思議でならなかった。



「さ、それよりも疲れたやろ、靴下脱いで寛いでや。
汗もぎょうさんかいたやろ、お風呂先入っといで、こんな田舎やけど、ゆっくりしていってや」

皆はすっかり疲れていたので、お言葉に甘えて、順番にお湯をいただくことにした。

「と、その前に・・・
琴音ちゃんと涼介君は、ご両親に着きましたって報告の電話いれようか。

ご両親、そりゃ心配されてたんやで。
着いたら必ず電話させますって約束したからね」

できれば、それは後回しにしたかった。
電話口で怒られるのは目に見えていたし、やっぱり怖かった。

けれど、時バアの言うとおり、二人は自宅に電話を入れた。

案の定、二人は両親に怒られた。
怒られはしたけど、許してくれた。

お世話になる挨拶をきちんとして、そして、気をつけて帰ってくるようにと言われた。

「蒼音は、お母さんお父さんに明日、自分から話をしなさい。
明日ここに来る予定やからね」

時バアの話では、蒼音の両親は明日こちらに向かうという。

「うん、わかった時バア、僕今回のことちゃんと話すよ。
きちんと説明して納得してもらえるよう頑張ってみる」

「さあさ、じゃ、もうこの話はおしまい。
お風呂に入ってご飯食べよか」

時バアは、精一杯の心づくしで、子供達の緊張を解きほぐしてくれた。

時バアの家は綺麗に掃除がされており、居間はきちんと整頓されていた。
仏壇には亡きおじいちゃんの写真が立てられていた。

鴨居にはご先祖様の遺影がきちんと掛けてあったし、その様子から時バアの信心深い人柄が偲ばれた。

家の中心の大黒柱には振り子時計がかけてあって、タンスの上には陶器製の豚の貯金箱や、クリアケースに入ったフランス人形が飾られていた。

物持ちがよいのか、居間には重たそうな古めかしい扇風機が一台回っている。
家の至るところは、今時のおばあちゃん、ではない空間に充ちており、それがかえって落ち着けた。

台所から、蚊取り線香の匂いに混じって、夕餉ゆうげのよい香りが漂ってくる。

今夜の献立は、時バアの畑で採れた野菜を使った料理だ。

採れたて野菜の新鮮な美味しさに、子供達は舌鼓を打って感激していた。


「美味しいーこのトマトすごく甘い!
茄子とかぼちゃの天ぷらもおいしい!
塩だけで十分ね。
おばあちゃんの野菜料理ものすごく美味しいです」

「本当だ、この黒い枝豆もうまいし、とうもろこしも甘いね。
この冬瓜の煮物も最高です!
初めて食べるけど美味しいです」

琴音と涼介は、もぎたて野菜の旨みを素直に噛み締めた。

「えへん、時バアの野菜料理は別格だろう。
僕はこの、胡瓜のぬか漬けが大好きなんだ」

蒼音は、時バア特性のぬか漬けをパリパリ味わった。

「へー美味しそう、あたしも食べてみよっと」

「遠慮せんとぎょうさんお上がり。
さ、ご飯も炊けたよ。

農協で買うたこの地域の新米やで。
我が家の稲刈は来週あたりやけど、もう新米の季節やからな」

炊きたてほかほかの新米のご飯。
一口ほおばれば、誰もが頬を緩ませた。


「美味しいー!」

皆は揃って声をあげた。

勿論、時バアは、茜音のお膳もきちんと準備してくれた。

更に、子供達それぞれに漆塗りのお箸も用意してくれていたのだ。
茜音も美味しそうにご飯を食べているよ、と、蒼音が時バアに教えてあげると、時バアは・・・

「そうかそうか、よかった、よかった」

と何度も言いながら、心なしか瞳を潤ませているように見えた。

時バアは食後には、よく冷えたまくわ瓜を出してくれた。

優しい甘さの、黄色く瑞々しい瓜は、子供達にとっても珍しい果物だった。


「甘さがくどくなくて食べやすいね」

「お店のメロンよりもおいしいよ」

普段、甘味の強い果物の味に慣れる子供たちも、昔ながらの瓜の味は新鮮に感じたらしい。


『美味ちいね。
煎餅も美味ちいけど、瓜も好きだよあたち』

茜音は瓜の味が気に入ったのか、誰よりも多く食べていた。

「ほらね時バア、茜音のお皿、すっかり空になったでしょう?
幽霊なのに、ものすごく食べるんだよ。
時バアが送ってくれるお温泉煎餅もいっつも食べてるんだよ」

蒼音は自慢げに茜音のことを言ってきかせた。

「そうか、ほんなら煎餅も出そうか、いっぱい買ってあるからね」

そういうと煎餅と麦茶をお盆に乗せて、居間のテーブルに運んでくれた。

そして時バア自身も、ようやく卓袱台ちゃぶだいに腰をおろすと、子供達それぞれの顔を見渡した。
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