稲穂ゆれる空の向こうに

塵あくた

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サンクチュアリ

聲 《こえ》

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二人が駆けつける声が近寄ってきたとき、琴音と涼介は涙がこぼれるくらい感動した。


深い森の中に取り残されて心細かったのだ。
しかし、今泣いている暇はなかった。

大人の先生が助けにきてくれたおかげで、ほどなくして琴音は窪地から助けられ、蒼音が持参した絆創膏で、傷の応急措置をしてもらった。

着ているジャージのズボンは擦り切れて、破れている箇所もあった。
蒼音と涼介も自分の傷に絆創膏を貼り、顔や身体中貼りものだらけだった。





「それにしても、おまえ達こんなところまで転がってきたのか。
この禁足地にな・・・・」


先生は感嘆のため息を漏らして、目の前の御神木を見上げた。

「この椎の木はな、どんぐり山の親木らしい。
山全てとはいかないが、この木から落ちたどんぐりがまた椎の木になり、派生していったそうだ。

ここら一帯は鎮守の森でもあり、自然崇拝の象徴として、結構有名な御神木なんだぞ。

でも険しい山奥にあるから、普段なかなか人が近づけないんだ。
おまえたち、転がった先がここで幸運だったな」

先生は三人の方をむいてにんまり笑ってくれた。
三人はあらためて御神木を見上げた。





そこはサンクチュアリ。

精霊が宿ると伝わる御神木。
五百年も前からこの森で生き続け、これからもこの山を育み続けていく生命の源。

連なる梢や葉は、小鳥や虫達にとってかっこうの棲家になっているのだろう。
たくさんの生命を抱きしめていた。

小鳥たちにはここが禁足地であることも、御神木であることもわかっていない。

神の声も姿も視えないけれど、悠然たる巨体が大きな根を張り巡らし鎮座する。
ただそれだけで安心できる。
存在そのものが、畏怖の念を抱く象徴に値する。




(ありがとう精霊さん・・・・

僕達を見守っていてくれて、道を示してくれてありがとう)

蒼音は心の中でもう一度お礼を言った。

多分他の二人も同じ気持ちだったろう。
三人は名残惜しげに御神木を見つめた。







《・・・・・またおいで・・・・私はいつでもここで待っているから・・・・・》



「あれ?今の?」

「え?園田君にも聞こえたの?あたしも」

「お、俺も聞こえた。今の声ってもしかして?」



三人は顔を見合わせ、もう一度御神木を見上げた。
感動した。ものすごく感動した。

心に声を届けてくれたのだ。
先生の約束を守れなかった子達だけれど・・・
それでも頑張った三人の想いが伝わって、それに応えてくれたのだ。

「どうしたおまえたち?何が聞こえたって?」

先生はきょとんとして三人を見返していた。



少し休憩した後、足を捻挫した琴音を背負った先生を、男子二人が後ろから押して、一行はまた、山道に出る場所まで斜面を登っていくことになった。

「先生ごめんなさい。
こんなことになってしまって。
それに先生、下見の登山で筋肉痛になったんでしょう?
あたしを背負って大丈夫かな?」
琴音は心底反省している様子だった。

「大丈夫だよ桜井。先生普段から鍛えているからな。
おまえたちよりは何倍も体力はあるんだぞ」

「せ・・・先生!

あの・・・
桜井さんは悪くないんです。
悪いのは僕なんです。

僕が先頭に立って脇道に逸れて、そのうえドジをして、皆を巻き込んで滑り落ちちゃったんです。
だから僕を叱ってください。

煮るなり焼くなり、好きなように僕を懲らしめてください」
蒼音は矢面にたって皆をかばった。

「おい!自分だけかっこつけるなよ!

先生聞いてください!本当に悪いのは俺なんです。
俺がはじめに近道を提案したんです。

だから俺こそが一番悪いんです。
どうか俺を罰してください」
涼介も負けずに罪を被ろうとした。

お互いに罪のなすりつけ合いならぬ、罪の奪い合いをした。

「うむ・・・・
お前たちの言い分はわかった。
お前たちの友情がいかに固いかもよーくわかった。
よし!
なら罰は後日執行する。

追って沙汰するから控えておれ!」

五十嵐先生は時代劇のお裁きのつもりで、冗談まじりにそう言った。

「それよりも、後ろの二人・・・・

もうちょっと力をこめて下から押してくれないかな・・・・
やっぱり桜井を背負って登るのは膝がきついな~」

「あっ先生ごめんなさい!
あたしやっぱり重いかな?」

琴音は真っ赤になってうつむいてしまった。


茜音はそんな皆の様子を、後方から微笑みながら見守っていた。

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