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後悔
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翌朝、セリーヌは心から思った。
死んだはずの身が、奇跡的に二度目の人生を歩ませてもらっているから、もう生き返りたいとは思わない。だが、せめて一日ほど、今の記憶をもったまま戻ってくれないだろうか、と。
――――そうしたら、昨夜も逃げられたはずだわ……。
だいたい、自分の貧相な体を全て見たジェイラスが、ひるむどころか、むしろ煽られたように求めてくるなんて、思わなかったのだ。
男色の気があるのではなかったのか。
いや、平らに近い胸だから、男に近くてちょうど良かったのか。
なにもかも、想定外だった。
しかも、キスの痕もつけてきた。
そういえば、彼の相手をしたという青年も、項に痕があったと⋯⋯。
「セリーヌ、機嫌は直ったか?」
ジェイラスのベッドで物思いにふけっていたセリーヌは、名を呼ばれた瞬間、一気に顔が赤くなる。
セリーヌは目が覚めてからというもの、せめてもの抵抗と言わんばかりにうつ伏せになって、枕にしがみついている。再びジェイラスに求められないようにするためだ。
「⋯⋯っ⋯⋯陛下は趣味じゃないと、おっしゃいました……!」
「そうだったな⋯⋯」
ジェイラスは少しばかり困ったような、それでいて穏やかな眼差しで見つめた。
羞恥心がこみあげて涙を目にためた彼女をなだめるように、微笑む。
「でも、お前は可愛く思った」
優しく頬を撫でられて、セリーヌは責める気力を根こそぎ奪われそうになってしまう。
「またするか?」
「一度だけというお話です!」
流されてしまった自分が一番悪いと分かってはいる。しかし、ジェイラスも、あれだけ手は出さないと断言しておきながら、手のひら返しが早すぎる。嘘つきだ、とセリーヌはちょっと詰りたくなったが、今、そんな余力はない。
しかも、ジェイラスは涼しい顔である。
「分かった。次は回数を決めないでおくか」
「次もあるんですか!?」
「このまま俺を癒してもらおうと思ってな」
――このまま女嫌いを克服するためということ⋯⋯? 勘弁してほしい⋯⋯。
抗議しようとしたが、ジェイラスに毛布を掛けられ、途端に身体に緊張が走る。真っ赤な顔で睨みつけてきた彼女に、ジェイラスはくすくすと笑った。
「そう毛を逆立たせるな。まだ起床の時間には早いから、俺の傍にいろ」
身を屈め、項にキスを落とすと、びくりと彼女の身体が震える。ジェイラスは目を細め、口づけの痕を残した。
セリーヌがジェイラスの相手を務めた話は、すぐに王宮に広がった。
彼女が朝になっても皇帝の寝室から出てこなかったので、察しがつくというものである。
彼女を送り込んだ宰相と近衛隊長は、『奇跡が起きた』と驚愕し、さんざん気を揉んでいた臣下達はまずは歓迎し、父親の男爵は絶句した。
ジェイラスから王宮内を自由に歩くことを許されたセリーヌは、人々の好奇の目に晒されることになった。だが、その視線は必ずしも好意的なものばかりではない事に、セリーヌは気づいている。
次の日の夜も、セリーヌは彼に呼ばれて寝室に行かざるをえなかった。そして、また彼に翻弄されたのは言うまでもない。
――――これは、まずいわ⋯⋯。
翌日の昼下がり、王宮内を散策していても、セリーヌの心を占めるのは危機感である。
女避け、もしくは女嫌いを克服する道具として皇帝に使われる身となったようだが、身体がだるい。
ありがたくない話である。
重い足取りで歩くセリーヌの傍には、王宮仕えの侍女が数人付き従っている。ジェイラスの意向だ。世話役だと彼は言っていたが。
――――逃げるなということね⋯⋯!
被害的な思考に走っていたセリーヌは、同時に敵意のある視線を感じとった。
廊下に立っていたのは、三人の若い女性達だ。
うろ覚えではあるが、確か自分と同じ家格の令嬢達だ。つまり、彼女達もジェイラスの側妃候補になっていたに違いない。
三人は敵意のこもった目で見つめ、『なんであんな妙な娘が』『どうせすぐ陛下に飽きられるわ』『今にみていなさいよ』などと、聞こえよがしの大きな声で話している。
侍女達が冷めた目で三人を見ると、彼女たちは慌てて逃げて行ったが、セリーヌの足は止まっている。
「セリーヌ様、心配される事はありませんわ!」
「⋯⋯え?」
「あの御三方は意地が悪いという噂がありますが、私たちがお側にいますからね!」
「あ、ありがとう⋯⋯」
何やら張り切っている侍女達に、セリーヌは目を白黒させながら頷く。
ジェイラスの底なしの欲望を垣間見て、戦々恐々としているセリーヌにしてみると、令嬢達の嫉妬は完全に的外れである。
それどころか、三人並んでいる所を見て。
――――見るからに『お』上品な『男』爵家の『ご』令嬢たちだわ⋯⋯三人合わせて、お団子令嬢でどうかしら!
などと、斜め上の思考をしていたことなど、侍女たちは知る由もない。
ただ、警戒心剥き出しの令嬢達の『今に見ていなさいよ』という捨て台詞を聞くと、どうやらジェイラスに寵愛されていると勘違いしているらしい。この後は、嫌がらせでもしようと考えているのか。
そうか、とセリーヌは頷いた。
――――よし、かかってきなさい。
死んだはずの身が、奇跡的に二度目の人生を歩ませてもらっているから、もう生き返りたいとは思わない。だが、せめて一日ほど、今の記憶をもったまま戻ってくれないだろうか、と。
――――そうしたら、昨夜も逃げられたはずだわ……。
だいたい、自分の貧相な体を全て見たジェイラスが、ひるむどころか、むしろ煽られたように求めてくるなんて、思わなかったのだ。
男色の気があるのではなかったのか。
いや、平らに近い胸だから、男に近くてちょうど良かったのか。
なにもかも、想定外だった。
しかも、キスの痕もつけてきた。
そういえば、彼の相手をしたという青年も、項に痕があったと⋯⋯。
「セリーヌ、機嫌は直ったか?」
ジェイラスのベッドで物思いにふけっていたセリーヌは、名を呼ばれた瞬間、一気に顔が赤くなる。
セリーヌは目が覚めてからというもの、せめてもの抵抗と言わんばかりにうつ伏せになって、枕にしがみついている。再びジェイラスに求められないようにするためだ。
「⋯⋯っ⋯⋯陛下は趣味じゃないと、おっしゃいました……!」
「そうだったな⋯⋯」
ジェイラスは少しばかり困ったような、それでいて穏やかな眼差しで見つめた。
羞恥心がこみあげて涙を目にためた彼女をなだめるように、微笑む。
「でも、お前は可愛く思った」
優しく頬を撫でられて、セリーヌは責める気力を根こそぎ奪われそうになってしまう。
「またするか?」
「一度だけというお話です!」
流されてしまった自分が一番悪いと分かってはいる。しかし、ジェイラスも、あれだけ手は出さないと断言しておきながら、手のひら返しが早すぎる。嘘つきだ、とセリーヌはちょっと詰りたくなったが、今、そんな余力はない。
しかも、ジェイラスは涼しい顔である。
「分かった。次は回数を決めないでおくか」
「次もあるんですか!?」
「このまま俺を癒してもらおうと思ってな」
――このまま女嫌いを克服するためということ⋯⋯? 勘弁してほしい⋯⋯。
抗議しようとしたが、ジェイラスに毛布を掛けられ、途端に身体に緊張が走る。真っ赤な顔で睨みつけてきた彼女に、ジェイラスはくすくすと笑った。
「そう毛を逆立たせるな。まだ起床の時間には早いから、俺の傍にいろ」
身を屈め、項にキスを落とすと、びくりと彼女の身体が震える。ジェイラスは目を細め、口づけの痕を残した。
セリーヌがジェイラスの相手を務めた話は、すぐに王宮に広がった。
彼女が朝になっても皇帝の寝室から出てこなかったので、察しがつくというものである。
彼女を送り込んだ宰相と近衛隊長は、『奇跡が起きた』と驚愕し、さんざん気を揉んでいた臣下達はまずは歓迎し、父親の男爵は絶句した。
ジェイラスから王宮内を自由に歩くことを許されたセリーヌは、人々の好奇の目に晒されることになった。だが、その視線は必ずしも好意的なものばかりではない事に、セリーヌは気づいている。
次の日の夜も、セリーヌは彼に呼ばれて寝室に行かざるをえなかった。そして、また彼に翻弄されたのは言うまでもない。
――――これは、まずいわ⋯⋯。
翌日の昼下がり、王宮内を散策していても、セリーヌの心を占めるのは危機感である。
女避け、もしくは女嫌いを克服する道具として皇帝に使われる身となったようだが、身体がだるい。
ありがたくない話である。
重い足取りで歩くセリーヌの傍には、王宮仕えの侍女が数人付き従っている。ジェイラスの意向だ。世話役だと彼は言っていたが。
――――逃げるなということね⋯⋯!
被害的な思考に走っていたセリーヌは、同時に敵意のある視線を感じとった。
廊下に立っていたのは、三人の若い女性達だ。
うろ覚えではあるが、確か自分と同じ家格の令嬢達だ。つまり、彼女達もジェイラスの側妃候補になっていたに違いない。
三人は敵意のこもった目で見つめ、『なんであんな妙な娘が』『どうせすぐ陛下に飽きられるわ』『今にみていなさいよ』などと、聞こえよがしの大きな声で話している。
侍女達が冷めた目で三人を見ると、彼女たちは慌てて逃げて行ったが、セリーヌの足は止まっている。
「セリーヌ様、心配される事はありませんわ!」
「⋯⋯え?」
「あの御三方は意地が悪いという噂がありますが、私たちがお側にいますからね!」
「あ、ありがとう⋯⋯」
何やら張り切っている侍女達に、セリーヌは目を白黒させながら頷く。
ジェイラスの底なしの欲望を垣間見て、戦々恐々としているセリーヌにしてみると、令嬢達の嫉妬は完全に的外れである。
それどころか、三人並んでいる所を見て。
――――見るからに『お』上品な『男』爵家の『ご』令嬢たちだわ⋯⋯三人合わせて、お団子令嬢でどうかしら!
などと、斜め上の思考をしていたことなど、侍女たちは知る由もない。
ただ、警戒心剥き出しの令嬢達の『今に見ていなさいよ』という捨て台詞を聞くと、どうやらジェイラスに寵愛されていると勘違いしているらしい。この後は、嫌がらせでもしようと考えているのか。
そうか、とセリーヌは頷いた。
――――よし、かかってきなさい。
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