失格令嬢は冷徹陛下のお気に入り

黒猫子猫(猫子猫)

文字の大きさ
上 下
1 / 27

お世辞はいらない

しおりを挟む
 帝国の双翼と言われる宰相と近衛兵団の長は、二人揃って男爵家の一人娘セリーヌを見つめていた。

「可愛らしい方ですね」
 と、近衛団長はまず褒めてみた。

 三十二歳の若さで王都を守護する近衛兵団長にまで登り詰めた彼は、名門貴族の出ということもあるが、優れた剣技と統率力の持ち主でもある。柔和な顔立ちをした貴公子で、どんな時も礼儀正しく、当然のように令嬢たちの人気も高い。

 だから、セリーヌを見ても、彼は社交辞令を忘れない。

「うむ。よくぞ参られた」
 と、宰相も歓迎した。

 もう五十歳を超えていたが、政治の第一線で辣腕を振るっている。長年王家に仕え、権謀渦巻く王宮でうまく生き抜いてきた人だ。

 だから、セリーヌを見ても、彼は心にもない事を言えた。

 そして、顔は良い貴公子と、雰囲気だけは温和な紳士を見つめ返したセリーヌは、半眼の眼差しで見返した。

「無理をなさらなくて結構です」

 彼女がそう言うと、二人は遠慮なく、揃って大きなため息を吐く。

「閣下。そろそろ諦めた方が良いのでは⋯⋯」
「そうはいくか! 私は今すぐにでも、陛下に励んでもらいたいのだ。それにはまず、女性との房事に興味をもっていただかねばならん。この際、贅沢はいわんぞ!」

「しかし、この方はあまりに⋯⋯」
「何の魅力もない」

「は――――いえ、その⋯⋯ごほんっ」

 セリーヌが口を挟んだ言葉に釣られ、大きく頷きかけた近衛団長は、慌てて咳ばらいをした。そして、令嬢達を虜にするような極上の笑顔を向けて誤魔化しにかかったが、セリーヌはやはり冷静そのものである。

 自分を見ても頬一つ染めない類まれな令嬢に、さぞやさぐれて育ったのだろうと彼は同情的な眼差しになった。

「ご令嬢」
「なんでしょう」

 恥じらうどころか、真っすぐに自分を見返してくる彼女に、近衛団長は縁遠いわけだと納得した。もちろん、紳士たるもの顔に出してはいけないと、自戒して、微笑む。

「あなたはまだ若い。お父君からは、とても健康であるとも聞いています」
「⋯⋯そうですね」

 健康はセリーヌの数少ない取り柄だ。父が二人に強調している姿が目に浮かぶ。その時、もちろん令嬢としてはを必死で隠したに違いないが、無駄だとセリーヌは思った。

 すでに容姿の時点で、『失格』の烙印らくいんを押されているからだ。

「人間、誰しも必ず一つは良い所がありますから、どうか心を強くお持ちください。そんなに自分を卑下ひげして、人生に絶望するものではありませんよ!」
「お言葉ですが、誰もそこまで悲観していません!」

 セリーヌは抗議した。ただ、近衛団長が騎士とは思えない痩躯そうくと、柔和な優しい顔立ちをした麗しい男であるため、いささか分が悪い。

 帝国でいわゆる美形と言われる者は、背が高く、小顔であることがまず一つ。目は凛とした印象を与える釣り目か、細めの方が好まれる。さらに男ならば鍛え抜かれた肢体をもち、女ならば豊かな胸と尻、くびれた腰が必須だ。

 セリーヌは残念ながら、どれにも当てはまらない。

 成長期をどこで忘れたのか、一般的な成人女性よりも頭一つほど背が低く、丸顔で、垂れ目だった。いわゆる、タヌキ顔である。胸も遠慮しなくていいのに、ささやかに主張する程度で成長を終えた。腰ほどまでの長さの髪を結い上げたら、哀しいかな、少年に見られてしまった時もある。

 しかも、彼女はもう間もなく――――に、未婚のまま二十二歳を迎える。十八歳が結婚適齢期と言われている帝国では、十分縁遠い。

 帝都を離れ、ずっと田舎暮らしをして貴族社会から遠ざかっていたセリーヌの美点をすぐにパッとあげるとしたら、『男爵家の令嬢で、健康である』となるのは必然である。

 宰相は慌てて二人の間に割って入った。

「いや、無理を言って貴女に来て頂いたのに、失礼した。どうか気を悪くしないでもらいたい」

「⋯⋯私は父から、王宮に行って、陛下のお相手をするようにと言われました――」

 嫁に行き遅れている自覚はある。

 一端の貴族である父の面子にも関わる事態だろうということも、理解していた。それに、貴族社会では、結婚に親の意向が強く働く事が当たり前だ。それに、社交界にうまく溶け込めていないセリーヌを憐れんで、母と共にのんびりと田舎暮らしをさせてくれてもいた。

 その点においては心から感謝しているから、王都にいる父に呼び出され、話をもちかけられた時、セリーヌはもちろん素直に応じ――――なかった。

 よりにもよって、相手が大陸で覇を唱える大帝国の、若き皇帝であったからだ。

 何の冗談だ、と初めは思った。
 それこそ世界中の美姫を侍らせていておかしくない男である。貴族令嬢としての学びをし、田舎でタヌキやキツネと戯れていた小娘など、お呼びではないはずだ。

 そう抗議したが、父は頑として譲らず、『とにかく、一カ月は王宮で過ごしてきてくれ』などと言ってくる。

 詳しく話を聞いてみれば、要するにお試しで、皇帝の夜伽をしろというのだ。彼に気に入られれば良し、ダメ元だ、という考えが透けて見えたものだから、さらにセリーヌは嫌だと言った。

 そうしたら、温厚な父の目が珍しく吊り上がった。

『なんの成果もなく帰ってきたら――――』

 追い出されるのなら、それも仕方がない。よし、働こうとセリーヌは覚悟を決めたが。

『私が家出してやるぅ!』
 と、顔を手で覆って、可愛く叫ばれたものである。

 跳ねっ返りの娘が家出するならともかく、仮にも男爵家の当主が行方不明になどなったら、洒落にならない。ついでにいうと、こんな気弱な人だと公になったら、男爵家はさらに侮られる。

 仕方なく、セリーヌは父の命を受け入れて、王宮にやって来たのだが。

「―――が、陛下に女性との房事に興味をもっていただきたいというのは、どういう事ですか?」

 セリーヌの疑問も尤もで、近衛団長と宰相はまたしても揃って眉間に深い皺を寄せた。

「陛下は⋯⋯独り身でいらっしゃいます。しかし、それは致し方ないのです。陛下はずっとご多忙でした。諸外国と軋轢が生じ、開戦寸前にまで陥りましたし、暗殺者が差し向けられた事もありました。陛下が心穏やかに過ごせるようになったのは、最近になってようやくです。本来ならば、どのような女性でも、陛下の美貌の虜になることは間違いないのですが!」

 近衛団長は熱心に語る。その眼は本気で、真剣そのものだ。ただ嫁に行きそびれているだけのセリーヌおまえとは違うのだと、言葉の裏で訴えてくる。

「その通りだ! 陛下は今年で二十四歳。私のように枯れる年ではない。正妃だけと言わず、側妃を十人でも二十人でも抱えてもらいたい。後宮が空室だらけなど、前代未聞なのだ。それなのに⋯⋯っ」

 宰相の顔が父同様に泣きそうになっているのを見て、セリーヌは察してしまった。

「⋯⋯女性を寝所に入れようとしないのですか?」
「そうだ。今まで何人もの美女を送り込んでみたが、全員追い返された。あげくに『またか、何度目だ。いい加減にしろ!』とお怒りになられてだな⋯⋯」

 苦悩を滲ませる宰相に、近衛団長が同情的な眼差しを向けながら言った。

「ただ、地方の町に視察に出かけた際、陛下の寝所で過ごした者がいたのです。寝ずの番で警護をしていた私の部下が、こっそりと帰っていくところを目撃していましてね。身なりからして、町人だったようです」

 皇帝に誰だったのか尋ねても、『聞くな』の一点張りだったが、珍しく頬が赤くなったのだという。

「⋯⋯お友達、とか?」
「陛下がその町を訪れるのは初めてです。それでも可能性が無い訳ではありませんが⋯⋯その⋯⋯彼の首に、真新しい痕があったそうでして」

「あと?」

 経験のないセリーヌが続けた。

「陛下が男色を好まれるのも、私は良いと思います。それだけ、魅力的な方でいらっしゃいますし、少なくとも閨事に全く興味が無い訳ではないのですからね。しかし、皇帝の地位にある以上、種つけをすることも立派な職務なのです!」

 優しい顔をしながら、とんでもない発言を連発してくる近衛団長と、彼に同感だと大きく何度も首を縦に振っている宰相に、セリーヌは半眼の眼差しを向ける。

「それで、少し毛色の変わった私に目をつけたと」
「たぶん無理だろうとは思うが、ぜひ!」
 と、宰相が力強く言うと、近衛団長もすかさず追従した。
「陛下が寵愛された青年も小柄だったそうですから!」


 二人のいらない後押しを受けたセリーヌは、王宮の侍女達に付き添われて、皇帝の寝室へと向かった。皇帝はまだ仕事中だという話で、部屋の中央にある特大のベッドも空だ。

「では⋯⋯五分はお傍にいられるよう、頑張ってください!」
 と、侍女達は言って去っていった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

夫と息子は私が守ります!〜呪いを受けた夫とワケあり義息子を守る転生令嬢の奮闘記〜

梵天丸
恋愛
グリーン侯爵家のシャーレットは、妾の子ということで本妻の子たちとは差別化され、不遇な扱いを受けていた。 そんなシャーレットにある日、いわくつきの公爵との結婚の話が舞い込む。 実はシャーレットはバツイチで元保育士の転生令嬢だった。そしてこの物語の舞台は、彼女が愛読していた小説の世界のものだ。原作の小説には4行ほどしか登場しないシャーレットは、公爵との結婚後すぐに離婚し、出戻っていた。しかしその後、シャーレットは30歳年上のやもめ子爵に嫁がされた挙げ句、愛人に殺されるという不遇な脇役だった。 悲惨な末路を避けるためには、何としても公爵との結婚を長続きさせるしかない。 しかし、嫁いだ先の公爵家は、極寒の北国にある上、夫である公爵は魔女の呪いを受けて目が見えない。さらに公爵を始め、公爵家の人たちはシャーレットに対してよそよそしく、いかにも早く出て行って欲しいという雰囲気だった。原作のシャーレットが耐えきれずに離婚した理由が分かる。しかし、実家に戻れば、悲惨な末路が待っている。シャーレットは図々しく居座る計画を立てる。 そんなある日、シャーレットは城の中で公爵にそっくりな子どもと出会う。その子どもは、公爵のことを「お父さん」と呼んだ。

婚約者が肉食系女子にロックオンされています

キムラましゅろう
恋愛
縁故採用で魔法省の事務員として勤めるアミカ(19) 彼女には同じく魔法省の職員であるウォルトという婚約者がいる。 幼い頃に結ばれた婚約で、まるで兄妹のように成長してきた二人。 そんな二人の間に波風を立てる女性が現れる。 最近ウォルトのバディになったロマーヌという女性職員だ。 最近流行りの自由恋愛主義者である彼女はどうやら次の恋のお相手にウォルトをロックオンしたらしく……。 結婚間近の婚約者を狙う女に戦々恐々とするアミカの奮闘物語。 一話完結の読み切りです。 従っていつも以上にご都合主義です。 誤字脱字が点在すると思われますが、そっとオブラートに包み込んでお知らせ頂けますと助かります。 小説家になろうさんにも時差投稿します。

処理中です...