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転章
親心①
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夜須城本丸御殿、虎の間。
この日、奥寺大和は執政会議に出ていた。
残暑厳しい日の午後である。襟を広げて扇子で風を入れたいところだが、そうはいかない。今日は藩主・栄生利永も臨席した、御前会議でもあった。故にいつもの但馬曲輪ではなく、本丸御殿で開かれたのだ。
通常の会議が終了した後に利永が出座し、側用人の寺田久蔵が用意した通りに御下問する。それに答えるのは、家臣筆頭の席に座する執政・犬山梅岳だ。
寺田は犬山派に属し、梅岳の妹婿でもある。その寺田が考えた質問だからか、その内容もたかが知れている。梅岳が喧伝したいものばかりで、そうでないものは触れる事はない。全てが茶番だった。
そもそも、利永自身にやる気が無い。傀儡のように、寺田の質問を抑揚の無い声で読み上げるだけだ。
今年で五十路を越えた利永に、大和は期待をしていなかった。この男は、昔から政事に無関心だった。今更、何を言ったところで変わらない。茶の湯に和歌、能に書画、そして女。この国のありとあらゆる風流に狂っている利永は、紛れもなく暗君である。
芸能に従事する者や同好の大名、或いは京都の公家などは、利永を風流の庇護者だと呼んで敬うが、それを支える藩士・領民にしてみれば、たまったものではない。
中老の自分が言うのも憚れるが、呑気な利永を見ていると、無性に腹が立つ。そして、その度に自らの忠誠心の行き先に迷ってしまうのだ。
利永への忠誠など、大和は持ち合わせていない。しかし、栄生家そのものには敬慕を抱いているし、領民を含めて御家の為に働きたいとは思っている。しかし、夜須藩の象徴たる利永は、どうしても忠誠を誓う事は出来ない。
(藩主としての自覚が無いのだ)
政事に無関心である事が、その証拠ではないか。利永に一度聞いてみたい。お前は、どれほど藩の窮状を理解しているのかと。
現在、夜須は凶作とまでいかないが、不作が続いている。米が少ない故か、米価が値上がりし、市中では酒を水で薄めて嵩増ししたものが出回っているという。また、家中も五十石につき十俵の借上げが行われている。
(この男が風流狂いを止めれば、領民の生活も幾分か良くなるだろうに)
しかし、利永は知ってか知らずが改めようとはしない。聞く話によれば、流石に享保の飢饉の折りには自粛したらしいが、それも数年と続かなかったそうだ。
そんな男と、奸臣どもの茶番に付き合わねばならない。しかも、この残暑厳しい中でだ。それは拷問以外の何物でもないではないか。
この男を、いつか殴り倒してしまうかもしれない。それはさぞかし、胸がすく思いがする事だろう。そして、こう言うのだ。
「貴様一人を楽しませる為に、多くの者がひもじい思いをしている。それを知っているのか」
だが、その瞬間に奥寺家の命運は潰える。しかし、いつかはしてしまいそうだという、身の内に流れる血の熱さを大和は危惧していた。
昔から、喧嘩っ早い性格だった。若い頃は無頼を気取って、喧嘩に明け暮れた。家督を継いでもその気性に変化は無く、お役目のやり方を巡って上役や同輩と争ったのは、一度や二度ではなかった。
それでも最近では分別臭くなり、長い物には巻かれて媚びへつらう術も術も覚えた。この中老の座も、そうして得た賜物でもある。
皆は舎利蔵山の領有権を勝ち取った功績で、中老になったと思っているだろう。だが、事実はそうではない。梅岳に長い間愛想を振りまき、媚びへつらった結果なのだ。賄賂こそ送ってはいないが、それに代わる協力はしてきた。
「して、我が藩の借財についてであるが、昨今の不作で思うように返せておらんのかの?」
二つ目となる、利永の御下問があった。執政府の面々が、執政の顔を見る。
犬山梅岳。にやついていた。胡麻塩頭で皺の深いこの男の顔には、噎せるほどの野心が漂っている。
老境になっても漲る梅岳の生命力を、大和は嫌いだった。下品なのだ。軽輩の身から、藩主家に取り入って執政にまでなった。そして、今の夜須藩は、梅岳の天下だ。その手腕は認める。しかし利永を諫めず、むしろ時として煽る事もある。城下に傾城街たる吉原町を建設したのも、その一つだ。その頃の大和は町奉行で、反対の意見を述べたが、梅岳は
「貴公はそう言うと思うたが、これはお殿様のご意向なのじゃ」
と、笑って流した。
また梅岳は、賄賂を受け取って様々な便宜を計り、縁故によって職位を決めている。夜須藩を私物化している奸臣であるのは間違いない。勿論、その梅岳に追従する自分も奸臣であるという自覚はあった。
しかし、いつかは梅岳を倒す。倒さねばならないという固い決意は持っていた。その為に動いている。今は微々たるものだが、現在必死に生み出している点がやがて線となって繋がり、梅岳を封じ込める鉄鎖となるはずだ。
「借財の件、中々厳しい状況が続いておりますが、一つ明るい話題がございます」
「ほう、明るい話題のう?」
珍しく、利永が家臣の返答に興味を抱いた。それは大和も同じだった。
明るい話題? 今の夜須藩にそんな事などあるのか?
「はっ。深江藩の書物問屋から借り受けている借金を、何と棒引きにしてくれるそうでございまして」
大和を含めた執政府の面々がざわついた。
「それは、まことか?」
大和が思わず言いそうになった言葉を、利永が代わりに訊いてくれた。
「左様にございます。事の経緯は現在調べておりまして、手の者を深江藩へ遣わしております」
「棒引きとは、気前が良過ぎるのう。何やら訳ありのようじゃが……まっ、儂にはどうでもよいがの」
そう言い放った利永の一言に、大和の血が沸いた。中老になって五年。今日ほど、この男を殴りたいと思った事は無い。一方の利永は、ハッとして笑って誤魔化した。思わず本音が漏れたようだ。皆が苦笑いをする中、
「まぁ、全てこの梅岳と執政府にお任せを」
と、梅岳が平伏すると、利永は一つ頷き退出した。絶妙な間での、一声。それでこの場を〆る事が出来た。この才能で、梅岳は気に入られたのかもしれない。
利永が去ると梅岳が上座に移り、深江藩の書物問屋について話を始めた。
「お殿様には申し上げなかったが、この書物問屋は、我が藩に対して非違を犯したのだ。どのような非違であるかは、一々この場では申し上げられぬ」
執政府の一同に、どよめきが立った。それを梅岳は、右手を上げて制した。
「我が藩としてはその書物問屋を深江藩に掛け合って裁く事も出来るが、そこは人と人じゃ。この不景気な時に、銭を貸しをしてくれた恩もある事であるので、借金を棒引きする事で手打ちにいたした。各々、この件の事情はよくよく含んでおくように」
犬山派と呼ばれる者達が、感心したように頷く。
(道理を貫くより、利を選んだのか)
梅岳らしい判断だが、やはり好きではない。情に縛られては、法が立ち行かなくなってしまうではないか。
「最後にだが」
と、これで散会かという雰囲気を打ち消すように、梅岳が言った。
「どうも、亡者が再び息を吹き返そうとする気配がある」
亡者。亡者とは何だ? 大和は首を捻った。まさか、本当に死人が息を吹き返すわけではあるまい。
「察しがつかぬか。まぁよい。荏原右仲がこそこそ動いておるようだ」
その名に、一同がざわついた。右仲はかつて、梅岳を失脚の寸前まで追い込んだ男なのだ。
荏原家は栄生十六家の一つで、梅岳が執政となるまでは、藩政を牛耳っていた有力な門閥だった。梅岳が門閥政治を打破する為に暗闘を繰り広げ、結果として梅岳が勝利。右仲は隠居となっていたはずだった。
しかし、大和が中老という職に慣れてきた頃だったか。右仲は隠居の身でありながら、親戚筋である幕府老中・本多正珍に語らって、梅岳の追い落としを画策したのだ。それが出来るだけの、攻撃材料も持っていたのだろう。
しかし、寸前のところで、正珍が老中を罷免された。在任中に起きた郡上一揆の対処の中で、不正が発見されたのだ。それにより勢いを失った右仲は、梅岳によって捕らえられ、追放刑に処されていたのだった。
あの時、右仲は大和にも声を掛けていた。協力をすれば、前途を保証すると言っていた。しかし、大和は右仲の誘いを即答で断っていた。
梅岳の秕政は看過できない。だからとて、かつての門閥政治が正しいとも決して思わない。右仲は、栄生十六家による〔古き良き伝統的な政事〕への回帰を訴えていた。しかし、それはどんなに無能であっても、栄生十六家であれば要職に就けるという事と同義であった。そんなものは、大和には受け入れる事が出来なかった。
それに言葉の端々に、こちらを見下した尊大な態度があり、それも右仲の申し出を拒否した理由の一つになった。
(その右仲が何故)
とは思ったが、
「各々、身辺には気を付けなされい」
と、梅岳はそれ以上の事を語らなかった。
(大した事があるのかないのか、これじゃわからぬな)
梅岳によって散会が告げられると、いち早く灼熱の虎の間を出ようと、皆が一斉に立ち上がった。
コソコソと、右仲の名を出す声が聞こえる。しかし、今の右仲に何が出来るだろうか。荏原家は既に潰されている。
大和はやや遅れて腰を上げようすると、上座に座ったままの梅岳と目が合った。
真剣な面持ちであった梅岳が、破顔して頷く。大和はその意味を介せず、黙礼をして虎の間を後にした。
城内に設けられた御用部屋に戻ると、藩士が数名待っていた。御前会議の内容をいち早く知ろうと、詰めかけていたのだ。
「まぁ、話せぬ部分もあるのだがな」
大和は語れる範囲で、会議の内容を伝えた。
舎利蔵山の紛争以来、大和の周囲には少壮の藩士が自分を慕って集まるようになっていた。その藩士の多くが、家督を継いだばかりの上士や部屋住みである。彼らは、時に梅岳にさえ意見する姿勢を買ってくれているのだ。
そんな彼らに大和は、
「親爺殿」
と、呼ばせている。慕ってくれると、可愛く思えてくるものである。故に彼らによかれと思って、自宅に招いては
政論を交わす事もあった。
いずれは彼らを核にして、奥寺派を構築するつもりでいる。だが今は、表立って梅岳と対立する事は避けていた。梅岳に対する表立っての批判も禁じている。今は慎重に動くべき時。梅岳はこちらの動きは当然察しているだろうから、付け入る隙を見せてはいけない。
(しかし、あの笑顔は何なのだ)
若い藩士が、御前会議の内容についてあれこれ議論する中、大和は梅岳が見せた笑顔の意味を考えていた。
この日、奥寺大和は執政会議に出ていた。
残暑厳しい日の午後である。襟を広げて扇子で風を入れたいところだが、そうはいかない。今日は藩主・栄生利永も臨席した、御前会議でもあった。故にいつもの但馬曲輪ではなく、本丸御殿で開かれたのだ。
通常の会議が終了した後に利永が出座し、側用人の寺田久蔵が用意した通りに御下問する。それに答えるのは、家臣筆頭の席に座する執政・犬山梅岳だ。
寺田は犬山派に属し、梅岳の妹婿でもある。その寺田が考えた質問だからか、その内容もたかが知れている。梅岳が喧伝したいものばかりで、そうでないものは触れる事はない。全てが茶番だった。
そもそも、利永自身にやる気が無い。傀儡のように、寺田の質問を抑揚の無い声で読み上げるだけだ。
今年で五十路を越えた利永に、大和は期待をしていなかった。この男は、昔から政事に無関心だった。今更、何を言ったところで変わらない。茶の湯に和歌、能に書画、そして女。この国のありとあらゆる風流に狂っている利永は、紛れもなく暗君である。
芸能に従事する者や同好の大名、或いは京都の公家などは、利永を風流の庇護者だと呼んで敬うが、それを支える藩士・領民にしてみれば、たまったものではない。
中老の自分が言うのも憚れるが、呑気な利永を見ていると、無性に腹が立つ。そして、その度に自らの忠誠心の行き先に迷ってしまうのだ。
利永への忠誠など、大和は持ち合わせていない。しかし、栄生家そのものには敬慕を抱いているし、領民を含めて御家の為に働きたいとは思っている。しかし、夜須藩の象徴たる利永は、どうしても忠誠を誓う事は出来ない。
(藩主としての自覚が無いのだ)
政事に無関心である事が、その証拠ではないか。利永に一度聞いてみたい。お前は、どれほど藩の窮状を理解しているのかと。
現在、夜須は凶作とまでいかないが、不作が続いている。米が少ない故か、米価が値上がりし、市中では酒を水で薄めて嵩増ししたものが出回っているという。また、家中も五十石につき十俵の借上げが行われている。
(この男が風流狂いを止めれば、領民の生活も幾分か良くなるだろうに)
しかし、利永は知ってか知らずが改めようとはしない。聞く話によれば、流石に享保の飢饉の折りには自粛したらしいが、それも数年と続かなかったそうだ。
そんな男と、奸臣どもの茶番に付き合わねばならない。しかも、この残暑厳しい中でだ。それは拷問以外の何物でもないではないか。
この男を、いつか殴り倒してしまうかもしれない。それはさぞかし、胸がすく思いがする事だろう。そして、こう言うのだ。
「貴様一人を楽しませる為に、多くの者がひもじい思いをしている。それを知っているのか」
だが、その瞬間に奥寺家の命運は潰える。しかし、いつかはしてしまいそうだという、身の内に流れる血の熱さを大和は危惧していた。
昔から、喧嘩っ早い性格だった。若い頃は無頼を気取って、喧嘩に明け暮れた。家督を継いでもその気性に変化は無く、お役目のやり方を巡って上役や同輩と争ったのは、一度や二度ではなかった。
それでも最近では分別臭くなり、長い物には巻かれて媚びへつらう術も術も覚えた。この中老の座も、そうして得た賜物でもある。
皆は舎利蔵山の領有権を勝ち取った功績で、中老になったと思っているだろう。だが、事実はそうではない。梅岳に長い間愛想を振りまき、媚びへつらった結果なのだ。賄賂こそ送ってはいないが、それに代わる協力はしてきた。
「して、我が藩の借財についてであるが、昨今の不作で思うように返せておらんのかの?」
二つ目となる、利永の御下問があった。執政府の面々が、執政の顔を見る。
犬山梅岳。にやついていた。胡麻塩頭で皺の深いこの男の顔には、噎せるほどの野心が漂っている。
老境になっても漲る梅岳の生命力を、大和は嫌いだった。下品なのだ。軽輩の身から、藩主家に取り入って執政にまでなった。そして、今の夜須藩は、梅岳の天下だ。その手腕は認める。しかし利永を諫めず、むしろ時として煽る事もある。城下に傾城街たる吉原町を建設したのも、その一つだ。その頃の大和は町奉行で、反対の意見を述べたが、梅岳は
「貴公はそう言うと思うたが、これはお殿様のご意向なのじゃ」
と、笑って流した。
また梅岳は、賄賂を受け取って様々な便宜を計り、縁故によって職位を決めている。夜須藩を私物化している奸臣であるのは間違いない。勿論、その梅岳に追従する自分も奸臣であるという自覚はあった。
しかし、いつかは梅岳を倒す。倒さねばならないという固い決意は持っていた。その為に動いている。今は微々たるものだが、現在必死に生み出している点がやがて線となって繋がり、梅岳を封じ込める鉄鎖となるはずだ。
「借財の件、中々厳しい状況が続いておりますが、一つ明るい話題がございます」
「ほう、明るい話題のう?」
珍しく、利永が家臣の返答に興味を抱いた。それは大和も同じだった。
明るい話題? 今の夜須藩にそんな事などあるのか?
「はっ。深江藩の書物問屋から借り受けている借金を、何と棒引きにしてくれるそうでございまして」
大和を含めた執政府の面々がざわついた。
「それは、まことか?」
大和が思わず言いそうになった言葉を、利永が代わりに訊いてくれた。
「左様にございます。事の経緯は現在調べておりまして、手の者を深江藩へ遣わしております」
「棒引きとは、気前が良過ぎるのう。何やら訳ありのようじゃが……まっ、儂にはどうでもよいがの」
そう言い放った利永の一言に、大和の血が沸いた。中老になって五年。今日ほど、この男を殴りたいと思った事は無い。一方の利永は、ハッとして笑って誤魔化した。思わず本音が漏れたようだ。皆が苦笑いをする中、
「まぁ、全てこの梅岳と執政府にお任せを」
と、梅岳が平伏すると、利永は一つ頷き退出した。絶妙な間での、一声。それでこの場を〆る事が出来た。この才能で、梅岳は気に入られたのかもしれない。
利永が去ると梅岳が上座に移り、深江藩の書物問屋について話を始めた。
「お殿様には申し上げなかったが、この書物問屋は、我が藩に対して非違を犯したのだ。どのような非違であるかは、一々この場では申し上げられぬ」
執政府の一同に、どよめきが立った。それを梅岳は、右手を上げて制した。
「我が藩としてはその書物問屋を深江藩に掛け合って裁く事も出来るが、そこは人と人じゃ。この不景気な時に、銭を貸しをしてくれた恩もある事であるので、借金を棒引きする事で手打ちにいたした。各々、この件の事情はよくよく含んでおくように」
犬山派と呼ばれる者達が、感心したように頷く。
(道理を貫くより、利を選んだのか)
梅岳らしい判断だが、やはり好きではない。情に縛られては、法が立ち行かなくなってしまうではないか。
「最後にだが」
と、これで散会かという雰囲気を打ち消すように、梅岳が言った。
「どうも、亡者が再び息を吹き返そうとする気配がある」
亡者。亡者とは何だ? 大和は首を捻った。まさか、本当に死人が息を吹き返すわけではあるまい。
「察しがつかぬか。まぁよい。荏原右仲がこそこそ動いておるようだ」
その名に、一同がざわついた。右仲はかつて、梅岳を失脚の寸前まで追い込んだ男なのだ。
荏原家は栄生十六家の一つで、梅岳が執政となるまでは、藩政を牛耳っていた有力な門閥だった。梅岳が門閥政治を打破する為に暗闘を繰り広げ、結果として梅岳が勝利。右仲は隠居となっていたはずだった。
しかし、大和が中老という職に慣れてきた頃だったか。右仲は隠居の身でありながら、親戚筋である幕府老中・本多正珍に語らって、梅岳の追い落としを画策したのだ。それが出来るだけの、攻撃材料も持っていたのだろう。
しかし、寸前のところで、正珍が老中を罷免された。在任中に起きた郡上一揆の対処の中で、不正が発見されたのだ。それにより勢いを失った右仲は、梅岳によって捕らえられ、追放刑に処されていたのだった。
あの時、右仲は大和にも声を掛けていた。協力をすれば、前途を保証すると言っていた。しかし、大和は右仲の誘いを即答で断っていた。
梅岳の秕政は看過できない。だからとて、かつての門閥政治が正しいとも決して思わない。右仲は、栄生十六家による〔古き良き伝統的な政事〕への回帰を訴えていた。しかし、それはどんなに無能であっても、栄生十六家であれば要職に就けるという事と同義であった。そんなものは、大和には受け入れる事が出来なかった。
それに言葉の端々に、こちらを見下した尊大な態度があり、それも右仲の申し出を拒否した理由の一つになった。
(その右仲が何故)
とは思ったが、
「各々、身辺には気を付けなされい」
と、梅岳はそれ以上の事を語らなかった。
(大した事があるのかないのか、これじゃわからぬな)
梅岳によって散会が告げられると、いち早く灼熱の虎の間を出ようと、皆が一斉に立ち上がった。
コソコソと、右仲の名を出す声が聞こえる。しかし、今の右仲に何が出来るだろうか。荏原家は既に潰されている。
大和はやや遅れて腰を上げようすると、上座に座ったままの梅岳と目が合った。
真剣な面持ちであった梅岳が、破顔して頷く。大和はその意味を介せず、黙礼をして虎の間を後にした。
城内に設けられた御用部屋に戻ると、藩士が数名待っていた。御前会議の内容をいち早く知ろうと、詰めかけていたのだ。
「まぁ、話せぬ部分もあるのだがな」
大和は語れる範囲で、会議の内容を伝えた。
舎利蔵山の紛争以来、大和の周囲には少壮の藩士が自分を慕って集まるようになっていた。その藩士の多くが、家督を継いだばかりの上士や部屋住みである。彼らは、時に梅岳にさえ意見する姿勢を買ってくれているのだ。
そんな彼らに大和は、
「親爺殿」
と、呼ばせている。慕ってくれると、可愛く思えてくるものである。故に彼らによかれと思って、自宅に招いては
政論を交わす事もあった。
いずれは彼らを核にして、奥寺派を構築するつもりでいる。だが今は、表立って梅岳と対立する事は避けていた。梅岳に対する表立っての批判も禁じている。今は慎重に動くべき時。梅岳はこちらの動きは当然察しているだろうから、付け入る隙を見せてはいけない。
(しかし、あの笑顔は何なのだ)
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