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四章

ネプォンのナンパ

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緊張で喉を鳴らして、シャーリーの質問に耳を傾けようとしたその時だ。
シャーリーが突然舌打ちする。

「ち! なによ、もう、いいとこなのに! 停めて。ネプォンがいるわ」

一難去ってまた一難。

俺は手綱を引いて、馬車を停める。

「抜け駆けはなしだぜ? シャーリー」

ネプォンは、大魔導士イルハートと一緒に馬車に乗り込んできた。

「何しにきたの? あんたたち。なぜ、ここがわかったのよ」

シャーリーは、ギロッと二人を睨みつける。
大魔導士イルハートは、クスリと含み笑いをした。

「ネプォンの直感が、ここだと教えたらしいの。ゾンビダラボッチのところへ、行くのでしょう? 私たちも行くわぁ」

話を聞いたシャーリーは、ギリっと歯軋りをして、彼女の肩を掴む。

「今更……今更なんなのよ! あんたたち、さっきは見捨てたくせに!!」

「あーん、ネプォン、助けてぇ」

わざとらしく、大魔導士イルハートが、ネプォンに助けを求めた。

当のネプォンは、俺のすぐ隣に陣取ってくる。

「自分でなんとかしろ、イルハート。俺は忙しい」

と、言いながら、フィオに化けた俺の姿をしげしげと眺めていた。

気持ち悪い……。

俺は吐き気を我慢して、フィオのフリを続ける。

「馬車を出しなさい、グライア神官」

「はい、シャーリー様」

シャーリーにそう言われて、俺は再び手綱を振って馬を走らせた。

バレるわけにはいかないからな。
ネプォンの勘は要注意だ。
落ち着け……俺は今、フィオに変身してるんだ。忘れるな……。

「君、とっても可愛いね。俺のために、天から舞い降りた天使なの?」

警戒する俺に、奴はそんな言葉をかけてくる。
『はぁ? なんだそれ』とは言わず、少し照れたような仕草でチラッと彼を見た。

「い、いえ、まさか」

ネプォンは満足そうに、俺に爽やかな笑顔を見せた。初対面に見せる人のいい笑顔。

みんな騙される笑顔だ。

シャーリーが、ネプォンに釘を刺す。

「ちょっと! 手を出さないでよ! その娘は、ゾンビダラボッチの生贄なんだから!」

話を聞いていたネプォンが、横目でシャーリーを睨んだ。

「なんてひどい。こんな愛らしい女性を、ゾンビダラボッチにくれてやるのか!?」

「高い霊力を持つものの血肉が、奴の体内に入らないと、本体を叩けないのよ!」

「へぇ、じゃ、お前が奴に食われる前にゾンビ化したのは、彼女より霊力が低いからか?」

「な、なんですって!?」

「そうでなければ、彼女を差し出しても、ゾンビ化されて終わりだ。奴のゾンビ化の毒素に耐えられるのは、大聖女クラスだけ」

「……!」

「所詮お前は、二流の神官だったな。シャーリー」

「言わせておけば!」

「事実だろ。そして、彼女こそ本物の大聖女候補者なんだ。お前はわかってるからこそ、彼女を生贄にして、この世から消すつもりだ」

「く!」

「もったいない。こんなに可愛いのに」

ネプォンは、俺の肩を抱いてくる。
鳥肌が立って、ふりほどきたくてたまらない。

我慢だ。今、ぶち壊すわけにはいかない。

「なぁ、シャーリー。彼女と先に楽しみたいんだが、いいだろ?」

ネプォンがシャーリーを振り向いて、声をかけた。

シャーリーは、ドン! と足を踏み鳴らして首を横に振る。

「馬鹿! 手を出すなと言ったはずよ! 生贄としての価値を落とさないで!」

「かたいこと言うなよ。この世の最後の思い出を、いいものにしてやりたい」

「全然よくないわ! 悪夢でしかない」

「ちっ、お前だって、俺がどんなにいいか知ってるじゃないか」

ネプォンに言われたシャーリーは、顔を赤くしてそっぽを向く。

ヴォルディバだけじゃなかったのか。

「ヴォルディバが、かわいそぉ」

大魔導士イルハートが、片手を口に当ててクスクス笑った。

俺の知らないところで、色々やってたんだな、こいつら。

俺は、雑用に追われて全然気づかなかったけれど。

ふと、あの日々を思い出していた、その時だ。

「ねえ……ここ、感じる?」

いきなりネプォンが、俺の太腿に手を這わせてきた。

ゾワゾウ! と悪寒がして、恐怖の後に不快さと怒りが湧いてくる。

手綱を握っているから、抵抗しにくい。
それでも!

「やめてください! 嫌です!!」

手綱を片手に持ち替えて、空いた手で払う。
もちろん意味は、触るんじゃねぇ! だ。

「可愛いなあ、そのウブさがたまらない」

ネプォンの奴は気にせず、また手を這わせる。
それを払う。
この繰り返し。

てめぇ……! 嫌がってんのにやめないだと!? これが本当にフィオだったら、こんなことをされてたんだ。

今更ながら、入れ替わっていてよかった。こんなにはっきり拒絶しても、通じない奴に弄ばれるんじゃたまらない。

ましてや俺は男だし、『こういう奴』とわかっているからまだいい。

でもこれがフィオだったら……そう考えると頭にくる。

スパで怖がっていたフィオの姿を思い出して、俺は全身に力が入るのがわかった。

「そんなに緊張しなくていいよ」

ネプォンは、相変わらず見当違いなことを言う。あんたな……どういう神経してんだよ。

俺が睨むと、ネプォンはにっこり微笑んだ。

「その顔も可愛いな」

好色な目で言われて、さらに幻滅する。

もっとはっきり言うか。

「あなたが、嫌いです。こんなこと、されたくありません」

ここまではっきり言えば、わかるだろう。

「生意気だな」

奴の声が低くなる。怒ったみたいだな。
別にいいさ。嫌われるくらいでちょうどいい。

これで、無事に……あれ?
ネプォンの顔が、どんどん緩んでいく。

「痺れる女だぜ。逆らう顔も可愛いものだな。調教しがいがある」

「!!」

変なスイッチが入りやがったか。
手綱を握る俺の手に、奴は自分の手を重ねてきた。

俺はその手を、乱暴に振り払う。

「嫌なものは嫌です」

「優しくしてあげるからさ」

「お断りします」

「なに? 力づくで躾けられる方がいいの? 激しいのが好みなんだな」

なんでそうなるんだ? この野郎。
『本当は俺が好きなんだろ?』と、思い込んでないか?

「あなた、人の話聞いてないでしょ?」

と、とびきり冷たい声で言ったのに。

「耳に心地いい言葉しか聞かないよ。もちろん、君からは『やめないで』とか、『気持ちいい』とか、聞きたいね」

なんて、返してきやがった。
ビキビキ! と、俺のこめかみに怒りの筋がはいる。

つまり、それ以外の言葉は『雑音』にしか聞こえないというわけか。

便利な耳だが、後悔するからな。

俺は、激しい怒りに突き上げられながら、こいつを殴り飛ばす機会を窺っていた。

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