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三章

冷えていく温もり

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ケルヴィン殿下が、震えながらグッタリしたフィオを抱き上げている。

───え。

「倒れたまま、動かないんだ」

ケルヴィン殿下は、悲しそうな顔をして、俺のところへやってきた。

う、嘘だ……嘘だ、フィオ、そんな……!

俺はケルヴィン殿下から、フィオを受け取ると、顔を覗き込んだ。

彼女はぴくりとも動かず、目も固く閉じられたまま。

「フィオ、フィオ!!」

大声で名前を呼ぶ。

揺さぶっても、目を覚さない。
なんだよこれ……悪い夢じゃないのか!?
現実なのか!?

さっきまで、元気だったじゃないか!
俺たち、気持ちを確かめ合って、フィオはあんなに嬉しそうに、素敵な笑顔をしてくれて……。

そのフィオが、動かない。体もどんどん冷たくなっていく。

人々が歓声をあげて、賛美する声が通りの向こうから聞こえてくるけど、どうでもいい。

フィオが……フィオが!!

「神官を一人でもいい、連れてきてください!」

「皆、シャーリーを抑えるためにこの場を離れたのじゃ」

魔導士ティトが苦々しく答えた。
抑えるだと?

「ゾンビ化が激しくてのぅ。落ち着いて浄化も出来ぬくらい暴れて、一般人を襲いそうだった。とりあえず魔法で拘束したが、その姿を晒すことは面子に関わるとかでな」

「面子……!?」

「そのせいで、その場に残ったフィオが、シールドの負荷を全て背負う羽目になったのじゃ……」

「く!!」

俺は慌てて彼女を寝かせて、人工呼吸と心臓マッサージをした。

戻れ……戻れ!!

「アーチロビン……」

ケルヴィン殿下が肩に手を置いてくるので、構わず振り払う。

フィオ、フィオォォ!

それでも彼女は動かない。

「フィオは、危機に瀕して、己の籠目を解いたのじゃよ。みんなを守りたい一心でな……」

魔導士ティトが、杖を持つ手を震わせながら語る。

「じゃが、霊力を極限まで削ったのじゃ……」

魔導士ティトは、そう言って黙り込んだ。

「ボクのせいだ……」

聖騎士ギルバートが、肩を震わせて近くにしゃがみ込む。

「違う、ギルバート」

「いや、アーチロビン。ボクがもっと早く戻っていたら……。いや、ボク一人でゾンビダラボッチを止められていれば、こんなことには!」

「違う、違う! 自分を責めるな! 俺だってそれでいいと思ってたんだ!」

俺は叫ぶと、人工呼吸を再開する。
諦めなければ───きっと!!

どのくらいそうしていたのか。
俺は疲れ果てて、体勢を崩して彼女にかぶさった。

ギルバートは責められない。
俺だって判断ミスをした。
この場を離れなかったら、違う力でゾンビダラボッチを足止めしていたら、光線をもっと早くに止めていたら……。

フィオが、こうなることはなかった。

なぜ、他の力を出し惜しみした?
街の破壊を恐れたからか?

いや、違う……攻撃抑止と絶対反転に頼りすぎたからだ。

どんな相手にも絶大な効果がある反面、俺が攻撃対象から外れれば意味がなくなる。

元々大帝神龍王は、一体だけでダンジョンの底にいた存在。

敵も、大帝神龍王を倒すことを目的として、やってくる連中ばかり。

攻撃抑止も、絶対反転も、『自分を狙う敵』を、殲滅することに長けた力でしかない。

離れてしまえば、大切な人を守ることはできない力。

わかっていたことなのに……!

チートキャラとして、周りから丸投げされる戦いの中で、長く一人で戦いすぎた。俺さえ矢面に立てば、全て解決していたこれまでの戦いとは違う。

俺が甘かったんだ。
なんでも、自分が対応できると過信したから。

どんな力があっても、失うのは一瞬だ。
そして、取り戻せないのはみんな同じ。

取り戻せない……失ったまま?

「フィオ」

俺はフィオを抱き上げて、震える唇で彼女の名前を呼んだ。

ガクン!

彼女の頭が後ろに倒れて、もうそこに命がないことを認識させられる。

「嫌だ……だめだ! ダメだ嫌だ!! 戻ってきてくれ! フィオ、フィオ! ……君なしじゃいられない……辛すぎる……!!」

フィオの体を抱き締めて、冷えていく体に少しでも温もりを残そうと躍起になった。

死ぬなんて認めない!!
認め……たくない。

フィオの笑顔が浮かんで、これまでのことが走馬灯のように思い出される。

慌てん坊で、ヤキモチ焼きで、でも、一生懸命で、真っ直ぐに俺を愛してくれた。

失いたくない! 失うのは嫌だ!

でも、大帝神龍王の力でも、命を戻す力はない。

動かなくなった彼女の体を抱き締めて、もう俺の名を呼ぶことのない顔を見つめた。

生き返って欲しいのに。
でも、方法は?

どうしたらいいんだよ……!!
フィオのいない世界なんて……。

「ガー、フィオ」

肩に乗ったオウムのフェイルノが、パタパタと羽ばたいて喋りだした。

お前も悲しいのか? フェイルノ。

「ガー、フィオ、ドウシタノ?」

「フィオは……もう……」

その先は怖くて言えなかった。言えば認めることになりそうで……。

唇が震えて、胸が張り裂けそうに痛い。
俺の魂も、半分消えたように思える。

「フィオ、アワテンボウ、フィオ」

フェイルノが言うと、魔導士ティトもハンカチで目頭を押さえて頷いた。

「まったくじゃ! この年寄りより先に逝くとは……大馬鹿者の慌てん坊じゃ!」

シーン───。沈黙が痛い。
全員が俯いた時、フェイルノが騒ぎだす。

「ナカナイデ、アーチロビン」

「慰めて……いるのか? フェイルノ」

「フィオ、アーチロビンノコト、ダイスキ」

「く……!」

「モドリタイ、イッテル」

「俺だって戻ってきてほしい。戻ってきたらもう二度と……え? 戻りたい、て誰の話だ?」

「フィオ」

「は!?」

「フィオ、ソコニイル」
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