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1章

魔王の生存

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「アーチロビン、お客様に中に入ってもらいなさい」

玄関の扉が開いて、じっちゃんが顔を出した。
いや、別にお客ってわけじゃないぞ?

それに、名前がバレちまった。
なんのために通り名を名乗ってるか、わからなくなるじゃないか。

そう思っているうちに、じっちゃんがグライア神官の方に手招きをして、中に入れてしまった。

あーあ、断りにくくなるなぁ。俺は、ため息をつきながら中に入る。

「こんな森の中なので、大したお茶は出せませんが、どうぞ」

じっちゃんは、自慢のブレンドティーをグライア神官に勧めた。

「あ、ありがとうございます! いただきます。
あ……熱!!」

グライア神官は猫舌なのか、お茶をこぼしている。

「おや、おや、すみません! 熱すぎましたか?」

じっちゃんがハンカチを差し出した。彼女は恐縮しながら口元を拭いて、改めてお茶を飲む。
ところが慌てているのか、今度は喉に詰まらせた。

「ゴボ! ゴホゴホ!」

「おやおや、ゆっくりお飲みなさい」

「ず、ずみませ……ごほ!」

彼女の顔は真っ赤になっている。相当な慌てん坊のようだ。じっちゃんは、ニコニコしながら、お茶を淹れ直してあげている。

俺は半ば呆れながら、じっちゃんからお茶を受け取ると、彼女の前に置いた。

「今度はゆっくり飲んで。誰も急かしてないから」

彼女は、耳と尻尾を、しゅんと垂れさせながら頷いた。

彼女がお茶を飲んで、ソーサーに置くのを見届けてから、俺は本題に入る。

「グライア神官、さっきの話ですけど」

「あ、どうぞ、私のことはフィオとお呼びください。敬語もいりませんから」

「わかった。じゃあ君も敬語をやめて。俺の名前も、呼び捨てにしてくれ。歳もそんなに離れてないだろ」

「え、ええ、では……えっと、アーチロビン?」

「ああ、アーチロビン・タントリス」

おっと、フルネームで名乗ってしまった。
普段仕事相手には、明かさないのに。

なぜか、彼女には素直に言ってしまう。
おかしいな。

フィオは首を捻る俺に、不思議そうな顔をした。
おお、と。話を進めないと。

「悪い、話の続きをしようか。フィオ」

「ええ」

「じゃ、改めて聞くけど、『ネプォン王は魔王ダーデュラを倒していないのではないか』と君は言ったよな。ケルヴィン殿下が、そう言ったのか?」

「ええ、殿下はそうおっゃるわ」

「大聖女様は何と?」

「大聖女様は、魔王ダーデュラの姿はどこにもないと」

「それじゃ……」

「でもね、姿はないけれど、魔王ダーデュラは消滅していない。だって私、感じるもの」

「何を?」

「魔王ダーデュラの魂を」

「!!」

俺は彼女を凝視した。
何故……わかるんだ? 神官はそんな力まであるのか?

「そ、それじゃ、ネプォン王はやっぱり、魔王ダーデュラを倒してなんかいないってことだな?」

「倒したとも、倒してないとも言えるわ」

「……?」

「だから、その……ネプォン王が倒したのは肉体だけではないかと」

「!!」

肉体……だけ。
肉体の消滅だけでは、だめなのか?

「どういうことなんだ? 倒したから、肉体は消滅した。他に何が?」

「魂が未だ健在だということ。肉体を失ってなお、魔王の魂は現世に留まっているの」

「なんて事だ……フィオはそれを感じているんだな?」

「ええ」

「それならなぜ、神殿は王に報告しないんだ? 大聖女様も、ダーデュラの魂の存在を感じてるんだろう?」

「え、えぇ、それはその。オベリア様も、私と同じ結論なのだけど」

オベリア様も?
どうも歯切れが悪い。俺はフィオを見つめて質問した。

「なぁ、今の大聖女はオベリア様、だよな?」

「その……実はオベリア様は体調を崩されていて、今はシャーリー様が代行してらっしゃるの」

「何!?」

俺は思わず声を荒らげた。
あの女が、何故!?

フィオは俺の大声に驚いて、耳と尻尾をピンと立て、固まってしまった。

「これこれ、娘さんが怖がっているぞ、アーチロビン。優しく言いなさい」

じっちゃんが顔を顰めて、俺を叱る。そ、そうだ。彼女に怒ってどうするんだよ。

「ごめん、フィオ」

「い、いえ」

「その、何故シャーリーなんだ? 魔王討伐の功績があるからか?」

「それもあるけど、元々シャーリー様は大聖女候補の筆頭なの。みごと魔王討伐を成し遂げた功績で、近々着任する予定だったから、驚くことではないのよ」

「そんなにすごい神官だったのか」

「ええ。聖属性の魔法を使わせれば、右に出るものはいないもの」

───確かにな。シャーリーの回復魔法は、よく効いた。滅多にかけてもらえなかったが。

それにしても、ネプォンといいシャーリーといい、望みの地位を手に入れたってわけだよな。

「じゃ、シャーリーは、魔王ダーデュラの魂の存在を感じていないのか?」

「そうみたい。神殿の中で感じているのは、私とオベリア様だけ。私は見習い神官だから、誰も信じてくれなくて」

フィオは俯いた。
見習いか。確かに頼りなさそうだもんな。

だが、何故シャーリーにはわからないんだ?  と疑問に思ったところで、またイヤなことを思い出した。

シャーリーは、暗黒騎士のヴォルディバとできてたよな。

まさか。

「貞操の掟を破ったら、霊力は落ちるのか?」

俺が呟くと、フィオは目を丸くする。

「いいえ? 大聖女様は、王の妻になることがあるから、貞操の掟を守らないといけないだけ。私の母さんも神官だもの。男性を知っても、霊力は落ちないと聞いてる」

「お、おぉ、そうか」

と、いうことは、単純にシャーリーよりもフィオの方が霊力が高いってことじゃないのか? 大聖女オベリア様と、彼女にしか感じられないというのなら。

そう考えている俺の顔を、フィオが覗き込む。

「シャーリー様を、知っているの?」

「あぁ、前にパーティーを組んでた。勇者ネプォンのパーティーに、俺もいたんだ」

「……え!」

「途中で脱落したけどな」

苦々しさが蘇る。大きな力も手に入ったから複雑だが、連中の顔はあまり思い出したくない。

「脱落? あなたの力は素晴らしいと、冒険者はみんな言うわ。ただ、なかなか仲間にできない、て」

「素晴らしいかどうかはさておき、討伐対象を絞って、そいつを倒したら去る。それが俺のやり方だよ」

「そうなのね……。魔王ダーデュラの討伐の旅に、ぜひ来てもらいたいのに」

「ごめん」

「……わかった。殿下には、私からお断りを伝えるね。話を聞いてくれて、ありがとう」

フィオは、残念そうな顔をすると、耳と尻尾を下げて立ち上がった。

俺はそんなフィオを見て、少しかわいそうになってくる。

彼女は身分の高い相手からの指令で、ここに来ている。下手にダメでしたと伝えれば、彼女がどんな目に遭わされるかわかったものじゃない。

「待って、フィオ」

「?」

「自分で断る。ケルヴィン殿下の宿泊先につれて行ってくれないか?」

「あ、ありがとう。なんて言おうか、悩んでたんだ」

フィオは、少しホッとしたような顔で笑みを浮かべた。
彼女の素直な表情に、俺も笑顔で返して立ち上がる。

俺はフィオと一緒に森を出て、ケルヴィン殿下がいるという宿屋に向かった。

「あ!!」

フィオが、急に走り出す。

「どうした? ───え!!」

宿屋の周りに、大鎌を構えたソウルイーターたちが群がっていた。

何故!?
魔族は街中に入れないよう、軍が監視しているはずなのに。

よく見ると、男が一人、屋根の上で善戦している。

あれではダメだ、敵の数が多い!

案の定、男は徐々に間合いをつめられ、ソウルイーターどもに群がられる寸前だった。

「殿下を助けないと!!」

フィオが叫ぶ。つまり、あれがケルヴィン殿下なんだな。

「俺が行く!」

俺は、宿屋の中を駆け抜けて、屋根に飛び出す。間髪を入れず、男とソウルイーターたちの間に割り込んだ。

「だ、誰だ、お前は?」

「助けにきた」

「この数を倒せるのか!?」

男の問いに俺は、ソウルイーターたちを見回して断言する。

「倒せる」
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