上 下
5 / 32

月夜の駆け引き

しおりを挟む
「宝珠を巡る因縁……ね」

シュラは、じっと見つめてきた。

「教えてください。シュラ様」

「敬語はよせよ。名前も呼び捨てでいいぜ。クローディアは姫なんだから」

「でも、私……あのね……」

「知ってる。侍女をしてたんだろ?」

えっ?
つまり?

「初対面……よね?」

「直接会うのはな。だが、配下の鬼たちから報告が上がるんだよ」

「まさか……城の中にいるの? 鬼が?」

「人の姿じゃないから、わからないだろうな。ただ……」

「ただ?」

「シャーマンが呼ばれて、危なくなったから引き上げさせていた」

シャーマン……モノケロガヤね。
でも、これで納得した。
彼は私を知っていたんだ。

「私のこと、知っていて受け入れたの?」

「王家の血筋には違いないしな」

「そう……」

「で? 聞きたいんだろ?」

「ええ、教えて。シュラ」

「面白いやつ。さっきまで宴の席で緊張してたのにな」

「き、興味があるんだもの」

「そんなに警戒すんなよ」

「本当よ」

気がつくと、この鬼のおさとこんなに打ち解けたように会話している自分に驚いた。

彼が気さくだからなのか、私も気負わずに喋ってしまう。

シュラは、面白そうに私を見つめていた。

「変わった女だな。俺がこれまで付き合ってきた鬼の女たちは、俺が来ると喜んで身を任せてきたのに、話しで誤魔化そうとするなんて」

「それはあなたが、おさだからでしょ? 彼女たちは、立場としてそうしただけじゃない?」

「言うねぇ。でも、ハズレ。俺が魅力的で容姿端麗だからに決まってるじゃん」

自惚うぬぼれちゃって」

「事実だ」

私が掴んだ手を、彼は意地悪く引いて体を寄せようとする。

いけない。思い通りにはさせられない。
思わず彼の胸に手を置いて、突っ張った。

「もう! ちゃんと知りたいだけよ。ソラメカの不機嫌の理由をね」

「ソラメカねぇ。ここで他の男の名前を呼ぶなんて、面白くねぇな」

急に不機嫌になっちゃった。なぜかしら。
ソラメカはうたげの席で唯一、反対の意見を言ったから、目立っただけなのに。

「わかったわ。もう呼ばないから教えて、シュラ」

シュラは流し目で、私の方を見ると、指先を伸ばしてきた。

思わずその手から逃れようと身を引くと、彼は燭台を引き寄せてフッと吹き消す。

部屋の明かりが落ちて、窓からさす月明かりだけが唯一の明かりになった。

仄暗い部屋の中、月にかかる雲が流れるたびに、シュラの姿が見え隠れする。

「俺のしたいこと、言おうか」

「……」

「その体に、触れたい」

「!!」

やっぱり。人身御供ひとみごくうとして、ここに来た以上、なぐさものにされるかもしれない可能性はあった。

なぐさものになれと?」

「はは! やっぱりその辺の矜持は高いな。当たらずも遠からじ」

「身分や生まれは関係ないわ。不愉快よ」

「だろうな。でもさ、情報が欲しいんだろ?」

「教えてくれれば、いいだけでしょう?」

「あのなクローディア、一方的すぎると思わないか? 情報がほしいなら、俺が呑める条件で譲歩しろよ」

「……」

「お姫様には無理か。要求することはあっても、譲歩なんてしないからな」

!!

何よ、それ。他のことなら譲るけど、これは違うでしょ?

「あ、あなたの身の回りのお世話をするわ」

「間に合ってる」

「お料理だって」

「それも間に合ってる」

「マッサージは? お掃除は? 庭の剪定は? 下働きなら、なんでも……」

「今、してほしいことじゃないしな」

……もうっ!

「はは! 面白おもしれぇ顔」

「からかうのはやめて!!」

怒鳴った瞬間、羽が触れるように頬に彼の指が触れた。

え……いつの間に?

「まずは、ここ」

「!!」

指先が頬を優しく撫でて、彼はその手を引く。

うろたえる私を面白そうに眺めて、シュラは喋り始めた。

「数百年も昔のことだ。内乱が起きて、昔のお前の国は荒廃してしまった。人々は救いを求めて祈り、こたえたのは当時の鬼のおさだった。それで宝珠を貸し与えたというわけさ」

「内乱。知らなかった……あ!」

考えこむ私の手を、シュラは素早く引き寄せたかと思うと、軽く唇を這わせ始めた。

目を閉じて指先を口に含む姿に、体が痺れたように動かない。

不思議と怖さはなかった。不快さも、嫌らしさも。そんなに力任せに掴まれていたわけでもないのに、なぜか手を引くことができない。

やめてほしいのか、ほしくないのか、自分でもわからない。

必死で顔を背けて、指先から伝わる彼の舌の感触に耐えた。

「……あっ」

シュラは、ゆっくり私の手を解放した。

「いい声出すじゃん」

「!!」

知らない間に、声が出てたの!?
思わず両手で、口を塞ぐ。

「その可愛さに免じて、もう少し教えるよ。王家の子孫と鬼の一族は、一度いくさをしたんだ」

「そ、それは、宝珠を返したくないから?」

ゴニョゴニョと口を塞いだままいうと、今度は膝の裏を捕まえられて、片足の太腿が見えるまでめくられた。

「きゃ!」

月の光に照らされて、脚の色が白く浮かび上がる。やだ、恥ずかしい……。

必死に裾を押さえていると、指先からゆっくりシュラの手が輪郭を確かめるように這い上がってくる。

その先は……その先は嫌!!

「や……いやだ!!」

思わず叫ぶと、シュラがサッと手を離し、裾を引っ張って元に戻した。

え?
月に雲がかかって、どんな表情をしているのか今はわからない。

でも、やめてくれるなんて思わなかった。無理矢理続けられるのかと。

シュラは足を離して少し距離を取ると、静かに語り出した。

「王家は大敗───最後は国民が自ら王家を処罰し、処刑することで鬼の一族と和解した。そのたみの代表が、農民だった初代ストロベリ女王」

「ご、ご先祖様ね」

「彼女は再び荒廃した大地を復活させるため、宝珠の貸与期間延長を申し出て、自分の娘を差し出した。これが三百年前の人身御供ひとみごくうだ」

「私の前の人身御供ひとみごくう

「そうだ」

「その人は……?」

「当時の鬼のおさめとったそうだ」

「え」

「俺の母様の、先祖だよ」

「!!」

え、え、つまり、彼と私には、初代ストロベリ女王の血も流れているの?

「あなたにも、人間の血が流れてるの?」

「少し違う、鬼と交わりを持った人間は、自然と鬼になる」

「そう……」

「試すか?」

それは、さっきの続きということ?
私は思わず体を両手で抱きしめた。
この鬼に触れられるのは、思っていたほど嫌じゃなかった。

でも……私は……まだ、嫌だ。
こばめる立場にないけれど。
どうしてもというのなら。

「あなたがしたいなら、我慢する。立場上こばめないもの」

「我慢、か。じゃ、本音は?」

「……好きな人とがいいに決まってるわ。今だって、我慢して……」

「本当に、我慢しかしていなかったか? 1ミリも気持ちよくなかったと?」

「あ、当たり前よ」

「なら、俺を好きになればいいじゃん」

「簡単に言わないで」

「脈ありだと思ったんだけどなぁ」

「勘違いです」

「ちぇ。ならさ、試しに言ってみろよ」

「は?」

「あなたが好き、ってさ」

「心にもないこと言えないわ」

言霊ことだまっていうだろ? 言うだけでいいから。ほら、言ってみろよ」

「無理やり言わせて、意味があるの?」

「遊びだと思えばいい。芝居のセリフを言うように言ってみな」

一体何をさせたいのよ、この鬼は。
嘘の告白なんて。

「それは、命令?」

「さてね。でもお前は、人身御供ひとみごくうだろ?」

「はあ……もう。あなた、女性に不自由しているように見えないのに」

「そりゃ、両手の指じゃ足りないくらい付き合ってきたさ。でも、人間は初めて」

「私たちは、お付き合いしているとはいえないと思うけど?」

「もうこうして、とこに共寝してるじゃん」

「……!!」

思わず、胸の前で組んだ両腕に力が入る。今更ながら、恥ずかしくなってきた。早く一人になって、この恥ずかしさから解放されたい。

「わ、わ、わかった」

「ちゃんと目を見て言えよ」

「難易度を上げないで!!」

「はは! 可愛いなあ、ホント。芝居だと思えばいいだけなのに、意識しちゃって。やっぱり感じてたんだろ? さっき」

「いいえ!! ちっとも!!」

ニヤニヤ笑う彼が腹立たしくなって、赤くなる顔を無理にあげて彼を見た。

芝居よ。これはお芝居なんだから。

「あなたが……」

「おう」

「あなたが好き。シュラ」

「!!」

───え?


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

聖獣の卵を保護するため、騎士団長と契約結婚いたします。仮の妻なのに、なぜか大切にされすぎていて、溺愛されていると勘違いしてしまいそうです

石河 翠
恋愛
騎士団の食堂で働くエリカは、自宅の庭で聖獣の卵を発見する。 聖獣が大好きなエリカは保護を希望するが、領主に卵を預けるようにと言われてしまった。卵の保護主は、魔力や財力、社会的な地位が重要視されるというのだ。 やけになったエリカは場末の酒場で酔っ払ったあげく、通りすがりの騎士団長に契約結婚してほしいと唐突に泣きつく。すると意外にもその場で承諾されてしまった。 女っ気のない堅物な騎士団長だったはずが、妻となったエリカへの態度は甘く優しいもので、彼女は思わずときめいてしまい……。 素直でまっすぐ一生懸命なヒロインと、実はヒロインにずっと片思いしていた真面目な騎士団長の恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID749781)をお借りしております。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

美人すぎる姉ばかりの姉妹のモブ末っ子ですが、イケメン公爵令息は、私がお気に入りのようで。

天災
恋愛
 美人な姉ばかりの姉妹の末っ子である私、イラノは、モブな性格である。  とある日、公爵令息の誕生日パーティーにて、私はとある事件に遭う!?

異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?

すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。 一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。 「俺とデートしない?」 「僕と一緒にいようよ。」 「俺だけがお前を守れる。」 (なんでそんなことを私にばっかり言うの!?) そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。 「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」 「・・・・へ!?」 『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。 ※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。 ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

処理中です...