上 下
67 / 91

天の扉を抜けて

しおりを挟む
ディミトリは、フェレミスとランヴァルトに押さえつけられて、お養父様がヴァレンティカの首を奪い返す。

「離せ!離せぇぇぇ!!」

ディミトリは、諦めずに暴れている。全身が真っ赤になって、腕を引きちぎってでも立ち上がりそう。

真祖の牙を取られて、純血の牙もないディミトリの口の中には、新たな牙が生えている。

しもべの・・・彼本来の牙。

流石さすがに弱くなったねぇ。」

フェレミスが、ケラケラと笑う。

「姉さんのかたき、取らせてもらう。」

ランヴァルトが、剣をディミトリの首にあてた。

「やめろォォォォォァ!小さなシルヴィア!小さなシルヴィア!最期はお前の手で・・・せめて愛するお前の手で!!」

ディミトリが、ものすごい力でランヴァルトとフェレミスに抑えられたまま、前に進んでくる。

「お前の手で、私を救うのだ!小さなシルヴィア!!」

救う?ふざけないで!!

そんなディミトリの首が、ガクンとずれて下に落ちる。

え・・・?

顔を上げると、そこに振り下ろした剣を持つイシュポラがいた。
イシュポラ!?

「イシュポラ、あなた・・・生きて?」

私が言うと、イシュポラは無言で落ちたディミトリの首を拾い上げた。

ディミトリは、首だけになっても死なないから、驚いたようにイシュポラを見ている。

「何故?なぜ、お前が?確かに私は、お前の死を感知したのに!!」

ディミトリの戸惑うような声。
それを見たフェレミスが、苦い顔をする。

「おま・・・!なんで出てきた?せっかく埋め込まれていたやつの細胞を全部切り取って、死を偽装してやっただろ!?」

「あんたは、いつも甘いもの。ランヴァルトと喧嘩してまで、私を助けるなんて。何が真祖の牙のないイシュポラは、大した脅威にならない、よ。まぁ・・・お陰でこうできたけど。」

イシュポラは、愛おしそうにディミトリの首を抱える。

「離せ!!離せ、私は、小さなシルヴィアの手で・・・!!」

そんな彼の口をイシュポラはさっと塞いで、私を恨めしそうに見た。

「最後の最後まで、あんたの名前しか呼ばないなんてね・・・。どう扱われようと、最後に私の名前を呼んでくれてたら・・・あんたにトドメを刺させてやったのに。」

「イシュポラ・・・。」

「ディミトリは渡さない。永遠に私のものなの。これでもぅ・・・どこへも行かないわね。」

ディミトリは、体を動かそうとするけど、フェレミスとランヴァルトの絞め技に抗えずに動けなかった。

「んんー!んー!!」

ディミトリの首はイシュポラの手に噛みつこうとして暴れるのを、彼女は平然と押さえつける。

「さっさと行きな、小さなシルヴィア。さっき法王を、私たちの主人格の純血の、棺の隠し場所に案内してやったの。」

「!?」

「他のしもべたちも、主人格が覚醒すれば止まる。私とディミトリの主人格の純血の棺は、蓋を開けてパイア砂漠の太陽の下に晒してくれとお願いしたわ・・・。」

「えぇ!?イシュポラ・・・。」

「クスクス・・・転送の魔法陣を敷くと言っていたから、きっと、もうすぐ・・・。」

ディミトリと、イシュポラの姿がみるみる炭化していく。

「んんー!んぐぐぐ・・・!!」

「私の本物の愛まで舐めるからこうなるの・・・ディミトリ・・・たった1人で・・・ここまでこれたと・・・奢るんだもの・・・さぁ・・・今度こそずっと・・・。」

ディミトリとイシュポラの体が、崩れていった。

「女性、て、こわーい・・・。」

と、言って、フェレミスが、立ち上がって服をパンパンとはたく。

「お前の元カノだろうが。」

ランヴァルトはそう言うと、立ち上がって、剣を収める。
ヴァンお養父様が、ランヴァルトの方を見て、

「君自身の手で、葬りたかったろうに。」

と、言うと、ランヴァルトは首を横に振った。

「いいえ。今はこっちの方がよかったと思えます。奴の中にいる姉まで、俺の手にかけなくてよかった・・・。」

目を閉じる彼を、私はギュッと抱きしめた。
大きなシルヴィア・・・ディミトリは倒れたよ。

シモーヌ、あなたの魂も、救われたかな。

ギギギ・・・扉がさらに開く音がして、天の扉から溢れる光が部屋中を照らす。

そろそろ、行かなきゃ。
まだ、もう一つ仕事が残ってる。

「ヴァレンティカ・・・君のことは忘れない。」

お養父様が、ヴァレンティカの首に静かに別れを告げると、私に渡してきた。

「さぁ、シルヴィア。気をつけて。決して世界樹に触れるな。世界樹の守護者ガルドンム、死に導くフレスヴェに気をつけろ。」

私は頷いて、彼女の首を持って天の扉の前へと向かう。

大きく開いた扉を抜けて、私は光溢れる扉の中へと踏み込んでいった。

「わぁ・・・。」

それ以上声が出ない。
大きくて、荘厳な樹が、あちこちに枝を広げ、その先にさまざまな世界を支えている。

下の方にも、ある。
あれが地下世界かしら。

私たちの世界も、枝の先に支えられた一つなんだ。

そ、それにしても。

目の前に小さな、リスのような可愛らしい聖獣が私を見上げている。

「あなたが、ラタストゥ?」

私が言うと、ラタストゥは可愛らしく首を傾げ、ヴァレンティカの首をじっと見つめている。

「彼女の首を、ウルスフヴェルの泉に納めないといけないの。」

と、私が言うと、ラタストゥが下を見下した。

視線の先には、美しい泉が見えている。

ここから投げ入れるのは難しいな・・・降りないと。

でも、世界樹に触れたらいけないのよね。

私は手をかざして見えない壁を足元に張りながら、階段のようにしてゆっくりと樹を降り始めた。

「グルルル・・・。」

かすかな唸り声が聞こえてきて、ハッと顔を上げると、世界樹に巻き付く巨大な竜が見えた。

世界樹の守護者、ガルドンム!!

マティよりもずっと大きい!そして・・・なんて綺麗なんだろう。

ガルドンムは、鼻先を近づけてきてじっと私を見つめている。

「ジジ!チュルルルル。」

後ろからラタストゥが鳴いて、ガルドンムに何か話しているみたい。ガルドンムは、ゆっくりと鎌首を下ろして、元のように世界樹に巻き付いた。

・・・ほぅ。

私はホッとしてそのまま降りていく。

「ガー!」

その時、頭上を大きな鳥が飛んでいった。
まさか、死に導くフレスヴェ!?

私は思わず身を低くすると、急いで下へと降りていった。

やがて、世界樹の樹皮を齧るシカのような聖獣たちが見えてくる。これが、ドゥラスゴ?

養父とう様が、このドゥラスゴたちにまじってフレスヴェから隠れろと言ったっけ。

ドゥラスゴたちは私が近づいてくると、パッと逃げちゃったんだけど、一頭のドゥラスゴがヴァレンティカの首に気づいて戻ってきた。

そして、ウルスフヴェルの泉の方へと歩き出して私の方を振り向く。

「ついて来い、てこと?」

私は世界樹の根に触れないように気をつけながら、ドゥラスゴの後ろからついて行った。

どれくらい歩いたのか。目の前に大きな泉が見えてきた。

よく見ると、泉にはドゥラスゴの遺体も浮いている。ガルドンムもラタストゥもいる。

まさか、こうやって前の世代から代替わりしてるのかしら。

彼らはゆっくり泉の底に沈んで、見えなくなっていった。

「みんな同じ・・・。」

ふと、ヴァレンティカの声が聞こえて、彼女の首を見ると、目を覚ましている。

「ヴァレンティカ・・・。」

「ありがとう、シルヴィア。やっと、私・・・ジャックに会える。さあ、投げ入れて。」

「ヴァレンティカ・・・私こそありがとう。」

私はヴァレンティカの首を泉の中に、そっと沈めた。

ヴァレンティカの首は、他のドゥラスゴたちと同じように見えなくなっていく。

さようなら・・・ヴァレンティカ。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

【R18】もう一度セックスに溺れて

ちゅー
恋愛
-------------------------------------- 「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」 過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。 -------------------------------------- 結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

売られていた奴隷は裏切られた元婚約者でした。

狼狼3
恋愛
私は先日婚約者に裏切られた。昔の頃から婚約者だった彼とは、心が通じ合っていると思っていたのに、裏切られた私はもの凄いショックを受けた。 「婚約者様のことでショックをお受けしているのなら、裏切ったりしない奴隷を買ってみては如何ですか?」 執事の一言で、気分転換も兼ねて奴隷が売っている市場に行ってみることに。すると、そこに居たのはーー 「マルクス?」 昔の頃からよく一緒に居た、元婚約者でした。

処理中です...