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罠を乗り越えて
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「だから、振り向くなと言ったのに。」
フェレミスが、片手で顔を覆ってため息をつく。
ランヴァルトの手と首に深い引っ掻き傷があって、私の爪には彼の血がこびりついていた。
彼の手から滴る血は、手の先をつたって、湖の中にポタポタと落ちている。
嘘!!
私は慌てて奥歯を噛み締めて血を飲むと、彼の腕に触れようとした。
「よせ、どうってことない。」
ランヴァルトは、こともなげに血を拭い去る。
すると目の前で、引っ掻き傷が消えていった。
「ヒュー。体まで不死に近くなりやがって。お前もう、狼男な。」
フェレミスがふざけながら、ランヴァルトを小突く。
で、でも、いつ彼を引っ掻いたんだろ。
私は全然記憶がない。
「ごめんなさい、ランヴァルト。ごめんなさい!」
私は彼の手を握って謝った。
ランヴァルトは微笑んで、私の頬にキスをする。
「平気、このくらいで済んだんだから、感心してるくらいだよ。」
「でも!!」
「正直咬みつかれる覚悟もしてた。それがこの程度なんだからさ。」
「・・・それでも、痛くしてごめんなさい。」
彼の手を胸の前で握り込んで、その手の甲に口付けた。
こんなつもりじゃなかったのに。
無意識に引っ掻いたんだ。
「お二人さーん、イチャイチャしてないで、なんとかしないとさぁー。」
フェレミスに言われて周りを見ると、血の余韻に酔った吸血鬼たちが、肩で息をしながら私たちを狙っている。
「シルヴィア!」
不意に頭上から声をかけられて上を見ると、空を飛ぶマティの背に乗ったお養父様が、手を振っていた。
「お養父様!」
「これを!ドラゴンティアで浄化しなさい!」
お養父様が、空から私の手に綺麗な小瓶を落とす。
「ドラゴンティア・・・竜の涙かン。数百年に一度しか採取できない貴重品だン。」
パテズ評議員長が、鼻水を垂らしながら小瓶を見つめている。
私は蓋を開けて湖の中に垂らした。
ピチョン!
落とした場所から水の輪が広がり、私たちの体も湖の水も、血糊が浄化されて綺麗になっていく。
湖の周りに集まった吸血鬼たちも、ハッと正気に戻って、恥ずかしそうに居住まいを正し始めた。
シングヘルトも、口の周りを慌てて拭いて、髪型を整えている。
「キャロン法王補佐官は?」
と、言いながら私が覗き込むと、湖に浮かんだまま、呑気にいびきをかいて眠っている。
呆れた人。
私たちはゆっくり湖を出ると、吸血鬼たちと合流した。
お養父様や、お養父様と一緒にマティに乗っていた純血たちも降りてくる。
「ホーホゥ!」
フクロウのモーガンが、心配するように鳴いて飛んでくると、私の顔に体を擦り付けてきた。
ドラゴンのマティも、頭を下げてきて、大きな舌でペロッと舐めてくる。
「よしよし、心配かけてごめんね。」
なんとか切り抜けた。誰も犠牲にならなくて、ホッとしてる。
でも、これからどうしよう。
私の誘拐も、この場の混乱も防ぐことができた。
いよいよ、ディミトリのアジトにいくのかしら。
私はみんなを見回した。
協力は不可欠だけど、吸血鬼たちは血に酔わされたら、さっきみたいに制御が効かなくなる。
ディミトリも、それをわかっているから、こんな罠をしかけてきたんだから。
「弱点を見事に突かれたな。これで、我々は互いに不審を抱くようになるわけだ。」
ヴァンお養父様は、やれやれといった顔で私たちを見る。
「ディミトリの元へ行っても、後ろからも襲われるのではないかと、気を張ることになりそうです。」
ランヴァルトが、頭をぽりぽり掻いた。
そうよね・・・。
ディミトリの狙いは多分そこだ。
一枚岩にさせないように、血に酔わせてきたんだ。
パシャン!!
パテズ評議員長は、湖に砂を掴んで腹立たしそうに投げ入れる。
「くそン!くそンくそン!ディミトリの奴めン!!この作戦は、私が安全なところに離れてから、決行すると約束していたのにン!」
ディミトリのことだもの。
パテズ評議員長が犠牲になっても、よかったんだ。
ダグラス神官様は、パテズ評議員長の元へと近づいて、じっと睨みつける。
「これでわかったでしょう?元々奴は目的のためなら、仲間すら平気で裏切れるんです。あなたなら、なおのこと。」
「く!」
「そして、私が奴ならおそらく・・・。」
ダグラス神官様は、パテズ評議員長の首筋に触れて、目を閉じた。
そして、すぐ見開いて私を呼ぶ。
「シルヴィア、ここに。」
「はい。」
「もう1匹いる。まだ孵化してない。」
それを聞いたパテズ評議員長が、驚いて後ずさる。
「わ、わ、私にも、だとン!?」
ダグラス神官様は、ランヴァルトを手招きして、パテズ評議員長を羽交い締めにさせた。
「えぇ。一度の混乱で結束にヒビを入れ、二度目の混乱で完全に仲を裂く。奴の本命はそこにあります。」
「ひぃ・・・ば、ばかな!いつ仕込んだというのだン!?キャロンのように、イシュポラと遊んでいたわけでもないのにン!!」
「魅力的な女性を近づけて、仕込みをするのは奴の常套手段ですが、変身できる純血をたらし込めば、眠っているあなたに近づかせるのは容易いでしょうね。」
「純血の吸血鬼が、奴に加担したというのかン?」
「えぇ。我々はパイア砂漠の神殿で、奴に心奪われた純血の女性吸血鬼と出会いました。彼女なら、やるでしょう。」
きっと、アリシアのことだ。
ダグラス神官様が、素早くパテズ評議員長に麻酔を嗅がせて、手早くメスで卵を取り去り、私が同じ要領でその傷を塞ぐ。
キャロン法王補佐官に比べたら、ずっと少ない出血で、処置は終わった。
「そういや、捕まった女性吸血鬼たちは、みーんなディミトリに見惚れてたよ。綺麗とか素敵とか言ってたし。ま、僕のアリシアは違うけどね。」
シングヘルトが自慢げに言うのを聞いて、少し気の毒になる。
そのアリシアが、熱を上げてたのよね。
ランヴァルトが、そっと私のそばに来て、
「あんな奴でも、辛いか?奴の口から他の女性との惚気を聞かされて。」
と、聞いてきた。私は首を横に振って、ランヴァルトの手を握る。
「全然。どうでもいいの、あんな人。」
と、言って、これからのことを考えることにした。
「ランヴァルト。」
「ん?」
「ディミトリは、これで私たちは仲間割れしたと思うかな。」
「どうかな。足並みを揃えにくくしたくらいにしか、思わないかもな。こっちには、奴をよく知るダグラス神官様がいるから。」
「そうよね。」
「君が透明化できるのも知ってる。姿を消して近づいても、法王様をうまく使って出てくるように仕向けてくる可能性が高い。」
「うん・・・あいつならやりかねない。」
私はお養父様の方を見て話しかけた。
「お養父様、ベルアニ奇譚の続きを、聞かせてください。」
フェレミスが、片手で顔を覆ってため息をつく。
ランヴァルトの手と首に深い引っ掻き傷があって、私の爪には彼の血がこびりついていた。
彼の手から滴る血は、手の先をつたって、湖の中にポタポタと落ちている。
嘘!!
私は慌てて奥歯を噛み締めて血を飲むと、彼の腕に触れようとした。
「よせ、どうってことない。」
ランヴァルトは、こともなげに血を拭い去る。
すると目の前で、引っ掻き傷が消えていった。
「ヒュー。体まで不死に近くなりやがって。お前もう、狼男な。」
フェレミスがふざけながら、ランヴァルトを小突く。
で、でも、いつ彼を引っ掻いたんだろ。
私は全然記憶がない。
「ごめんなさい、ランヴァルト。ごめんなさい!」
私は彼の手を握って謝った。
ランヴァルトは微笑んで、私の頬にキスをする。
「平気、このくらいで済んだんだから、感心してるくらいだよ。」
「でも!!」
「正直咬みつかれる覚悟もしてた。それがこの程度なんだからさ。」
「・・・それでも、痛くしてごめんなさい。」
彼の手を胸の前で握り込んで、その手の甲に口付けた。
こんなつもりじゃなかったのに。
無意識に引っ掻いたんだ。
「お二人さーん、イチャイチャしてないで、なんとかしないとさぁー。」
フェレミスに言われて周りを見ると、血の余韻に酔った吸血鬼たちが、肩で息をしながら私たちを狙っている。
「シルヴィア!」
不意に頭上から声をかけられて上を見ると、空を飛ぶマティの背に乗ったお養父様が、手を振っていた。
「お養父様!」
「これを!ドラゴンティアで浄化しなさい!」
お養父様が、空から私の手に綺麗な小瓶を落とす。
「ドラゴンティア・・・竜の涙かン。数百年に一度しか採取できない貴重品だン。」
パテズ評議員長が、鼻水を垂らしながら小瓶を見つめている。
私は蓋を開けて湖の中に垂らした。
ピチョン!
落とした場所から水の輪が広がり、私たちの体も湖の水も、血糊が浄化されて綺麗になっていく。
湖の周りに集まった吸血鬼たちも、ハッと正気に戻って、恥ずかしそうに居住まいを正し始めた。
シングヘルトも、口の周りを慌てて拭いて、髪型を整えている。
「キャロン法王補佐官は?」
と、言いながら私が覗き込むと、湖に浮かんだまま、呑気にいびきをかいて眠っている。
呆れた人。
私たちはゆっくり湖を出ると、吸血鬼たちと合流した。
お養父様や、お養父様と一緒にマティに乗っていた純血たちも降りてくる。
「ホーホゥ!」
フクロウのモーガンが、心配するように鳴いて飛んでくると、私の顔に体を擦り付けてきた。
ドラゴンのマティも、頭を下げてきて、大きな舌でペロッと舐めてくる。
「よしよし、心配かけてごめんね。」
なんとか切り抜けた。誰も犠牲にならなくて、ホッとしてる。
でも、これからどうしよう。
私の誘拐も、この場の混乱も防ぐことができた。
いよいよ、ディミトリのアジトにいくのかしら。
私はみんなを見回した。
協力は不可欠だけど、吸血鬼たちは血に酔わされたら、さっきみたいに制御が効かなくなる。
ディミトリも、それをわかっているから、こんな罠をしかけてきたんだから。
「弱点を見事に突かれたな。これで、我々は互いに不審を抱くようになるわけだ。」
ヴァンお養父様は、やれやれといった顔で私たちを見る。
「ディミトリの元へ行っても、後ろからも襲われるのではないかと、気を張ることになりそうです。」
ランヴァルトが、頭をぽりぽり掻いた。
そうよね・・・。
ディミトリの狙いは多分そこだ。
一枚岩にさせないように、血に酔わせてきたんだ。
パシャン!!
パテズ評議員長は、湖に砂を掴んで腹立たしそうに投げ入れる。
「くそン!くそンくそン!ディミトリの奴めン!!この作戦は、私が安全なところに離れてから、決行すると約束していたのにン!」
ディミトリのことだもの。
パテズ評議員長が犠牲になっても、よかったんだ。
ダグラス神官様は、パテズ評議員長の元へと近づいて、じっと睨みつける。
「これでわかったでしょう?元々奴は目的のためなら、仲間すら平気で裏切れるんです。あなたなら、なおのこと。」
「く!」
「そして、私が奴ならおそらく・・・。」
ダグラス神官様は、パテズ評議員長の首筋に触れて、目を閉じた。
そして、すぐ見開いて私を呼ぶ。
「シルヴィア、ここに。」
「はい。」
「もう1匹いる。まだ孵化してない。」
それを聞いたパテズ評議員長が、驚いて後ずさる。
「わ、わ、私にも、だとン!?」
ダグラス神官様は、ランヴァルトを手招きして、パテズ評議員長を羽交い締めにさせた。
「えぇ。一度の混乱で結束にヒビを入れ、二度目の混乱で完全に仲を裂く。奴の本命はそこにあります。」
「ひぃ・・・ば、ばかな!いつ仕込んだというのだン!?キャロンのように、イシュポラと遊んでいたわけでもないのにン!!」
「魅力的な女性を近づけて、仕込みをするのは奴の常套手段ですが、変身できる純血をたらし込めば、眠っているあなたに近づかせるのは容易いでしょうね。」
「純血の吸血鬼が、奴に加担したというのかン?」
「えぇ。我々はパイア砂漠の神殿で、奴に心奪われた純血の女性吸血鬼と出会いました。彼女なら、やるでしょう。」
きっと、アリシアのことだ。
ダグラス神官様が、素早くパテズ評議員長に麻酔を嗅がせて、手早くメスで卵を取り去り、私が同じ要領でその傷を塞ぐ。
キャロン法王補佐官に比べたら、ずっと少ない出血で、処置は終わった。
「そういや、捕まった女性吸血鬼たちは、みーんなディミトリに見惚れてたよ。綺麗とか素敵とか言ってたし。ま、僕のアリシアは違うけどね。」
シングヘルトが自慢げに言うのを聞いて、少し気の毒になる。
そのアリシアが、熱を上げてたのよね。
ランヴァルトが、そっと私のそばに来て、
「あんな奴でも、辛いか?奴の口から他の女性との惚気を聞かされて。」
と、聞いてきた。私は首を横に振って、ランヴァルトの手を握る。
「全然。どうでもいいの、あんな人。」
と、言って、これからのことを考えることにした。
「ランヴァルト。」
「ん?」
「ディミトリは、これで私たちは仲間割れしたと思うかな。」
「どうかな。足並みを揃えにくくしたくらいにしか、思わないかもな。こっちには、奴をよく知るダグラス神官様がいるから。」
「そうよね。」
「君が透明化できるのも知ってる。姿を消して近づいても、法王様をうまく使って出てくるように仕向けてくる可能性が高い。」
「うん・・・あいつならやりかねない。」
私はお養父様の方を見て話しかけた。
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