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ディミトリ誕生の秘密

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やがて、祈りの家に、ディミトリと一緒にいた法衣を着た神官がやってきた。

「天地の間に生きる全てのものに、祝福を」
「神々の望むままに」

ダグラス神官様は、やってきた神官にうやうやしく頭を下げて迎え入れる。

「キャロン法王補佐官。わざわざあなたほどの人が、おいでになるとは思いませんでした」

「グフフフ、何を言う、ダグラス。共闘の盟約は、魔物による被害を減らし、かつ、ダンピールを絶やさぬためにとても重要なのだ」

そういうと、二人は祭壇の前で祈りを捧げ、向かい合う。

キャロン法王補佐官……やっぱりこの人、なんか嫌。生理的に受け付けない。

キャロン法王補佐官は、鞄の中から羊皮で作られた書類を取り出した。

「グフフフ、で? どんな純血が来たのだ? まさかとは思うが……、女性ではないか? 名前は?」

「いえ、男性の純血です。シグルト、というそうです」

え? ダグラス神官様? どうして……。

私は驚いて隣のランヴァルトを見る。
彼は口に指を立てて、静かにと目線で訴えた。

「ほぉ。誰と組んだのだ?」

「まだ、決めていません」

「グフフフ、この辺りのハンターなら、フェレミスかランヴァルト……いや、ランヴァルトはもう無理だな」

そうか、この人あの場に隠れてランヴァルトが咬まれるのを見てたんだ。

「彼がなんです?」

「ここに来なかったか?」

「いいえ」

「グフフフ、いや、それならいい。彼も優秀なエクソシストだったのに、ヴァンパイアハンターに転向してしまって。彼の抜けた穴を埋めるのが、大変だよ」

それを聞いたダグラス神官様は、キャロン法王補佐官を見つめながらため息をついた。

「キャロン法王補佐官、彼が去った理由はお分かりでしょう。法王府は、怪物を作り出すのに手を貸していたのですから」

怪物? どういうことだろう。
フェレミスもランヴァルトも、暗い顔で会話を聞いているわ。

キャロン法王補佐官は、法衣の袖をパサリと動かした。

「グフフフ、混血児ダンピールは生まれにくい。そんな中、不死身で無敵のハンターを作り出すのは悲願だった。魔物は吸血鬼だけではないからな」

「ダンピールは、人間のハンターの十人に匹敵する働きをしますからね」

「グフフ、純血の吸血鬼どもは、前任者が死んでもなかなか後任をよこさぬ。はぐれものがいた時だけ、寄越してくる始末。人間はどれだけ優秀でも、戦える期間が短いのにな」

「ここ数十年の純血は、その傾向だと聞いています」

「グフ、そんな時に、自らヴァンパイアハンターと組み、己の主人を封印した奴がいたな」

「えぇ、それがディミトリです」

「グフフ、うむ。己の主人の牙を移植した“しもべ”のディミトリが、法王府に転がり込んできた」

!!自分でハンターと組んで、移植を?
純血の支配が弱まる昼間に、行動したのかしら。
……ディミトリは、やっぱり純血の吸血鬼じゃなかったんだ……。

ダグラス神官様も、私たちの隠れる方を目線だけでチラリと見て、キャロン法王補佐官に視線を戻す。

「盲点でした。牙を介して、純血の力を手に入れようとする“しもべ”が現れるなんて」

「グフフフ、普通なら適合しない牙に、拒絶反応を起こして消滅してしまう。なのに奴だけは消滅せずに耐え抜き、法王府のみが持つ霊薬でその苦痛を抑えさせた」

「はい。奴には薬を渡し、彼の主人である純血の吸血鬼を法王府が管理する。その代わりに、肉体に改造を施してハンターとして活躍させましたが……」

キャロン法王補佐官は、ダグラス神官様の俯いた顔に気づいて軽く咳払いをする。

「ゴホン! グフ、わかっている。そんな奴が十年前逃亡して、『ブラッドバス』事件を引き起したと言いたいのだろう?」

「えぇ。あれは悲惨でした。法王府は薬を止め、ハンターと純血の協力を仰いでやつを追い詰めましたが、仕留められなかった」

「グフ……飼い犬に手を咬まれたというには、犠牲が大きかったな」

「姿を見なくなって十年。既に死んだと思っていたのですが、最近、ディミトリを目撃した者がいるそうです」

ダグラス神官様が、キャロン法王補佐官に言うと、心底驚いたような顔をした。

なんなの、この人。ディミトリと、親しそうに話していたのに。

「グフ!? なんだと!? すぐに法王様にお伝えせねば」

「キャロン法王補佐官、おかしいと思いませんか? 奴は薬なしには、存命できぬはずなのです」

ダグラス神官様の指摘に、キャロン法王補佐官の顔が無表情になる。
……何か後ろ暗いことでもあるのかしら。

「グフン? それで?」

「そして、奴の消滅の鍵を握るはずの、奴の主人である純血の吸血鬼も、ひつぎごと行方不明になっていた」

低い声でダグラス神官様が、キャロン法王補佐官に向き合う。
周りの空気まで、ピリピリしてるわ。

「誰かが奴と取引をしています。その人物を見つけ出さねば、再びディミトリを取り逃すでしょう」

そう言われたキャロン法王補佐官も、冷たい目になってダグラス神官様を見る。

「グフフフ、ダグラス、忘れたか? お前はその件で疑心暗鬼にかられ、身内を追求して法王府から追放処分を受けた」

「えぇ。今も忘れません」

キャロン法王補佐官は、ゆっくりと出口に向かって歩き始める。

「グフフフ、では、私はこれで。そうそう、最近美しい女性吸血鬼を見たよ。昼間の太陽に肌を晒して、ハンターとも仲がよかった」

彼がそう言って含み笑いをする。
私のことだ……。

「そうですか。新種の吸血鬼でしょう」

「彼女は、シルヴィアというそうだ。グヘヘへ、この仕事についていなければ、一晩お相手願いたいくらいの美女だったよ」

そう言われて、背中に鳥肌が立った。
気持ち悪い! なんなの? この人、本当に神官?

「好色キャロン……姉さんも何度か付き纏われたことがある。しつこくて、面倒な奴だ」

ランヴァルトが、小声で教えてくれる。
隣のフェレミスが、ランヴァルトを見てニヤリと笑って呟いた。

「俺のシルヴィアに手なんか出したら、ぶっ飛ばすだけじゃすまねぇ」

低い声。凄んでるみたい。
ランヴァルトが、流し目でフェレミスをチラッと見る。

「お前の、だ……?」

「ふふん、誰かさんの心の声だ、ランヴァルト」

「二人とも静かに!」

い、今は話を聞かないといけないんだから!
冗談言ってる場合じゃないの!
ダグラス神官様も、目を細めて彼を軽く睨む。

「キャロン法王補佐官、また悪い癖がでていないでしょうね」

「グフフフ、まさか。ではな、ダグラス神官」

そう言うと、彼は祈りの家を後にした。
私たちは祭壇の後ろから出てくると、ダグラス神官様の横に立つ。

「ディミトリは、法王府が管理していたんですね」

私が言うと、ダグラス神官様は眉を顰めて頷いた。

「あぁ……当時奴は我々の希望だった。不死のハンター。どんな強敵にも立ち向かえる、鋼の肉体。やがて薬で使いこなす、便利な道具のようになっていた」

「道具」

「だが、奴は機会を待っていただけだった。牙が馴染み、薬の頻度が落ちるその時を。法王府は奴の逃走を許し、結果あの……」

彼は言葉を濁して、顔を片手ででる。
大きなシルヴィアを失った、あのブラッドバス事件が起きたのね。

「俺は後からその事実を知り、ハンターに転向したんです。エクソシストとして、奴の討伐の申請を出しても、いつも却下されていたし」

ランヴァルトは、ダグラス神官様を真っ直ぐに見て言った。

「無理もない。キャロン法王補佐官が手を回せば、法王様の目に入る前に握り潰せるからな」

と、ダグラス神官様は、悔しそうに言う。
ランヴァルトが、エクソシストを辞めてハンターになった原因ね。

「新種どもは、ディミトリが作り出しているのではないですか?」

そうフェレミスが言うと、ダグラス神官様は苦い顔をする。

「……かもな。この十年の間に、牙の適合者を見つけ出し、配下にしているのかもしれん」

恐ろしいことだわ……そうだ。
あの神官のことを言わなくては。

私はダグラス神官様に、キャロン法王補佐官のことを話した。

「ダグラス神官様、私がディミトリと一緒にいるところを見たという神官はキャロン法王補佐官です」

「やはりそうか……ということは、純血の入ったひつぎが行方不明になったのも、ディミトリの逃亡も、彼が手を貸したのか……」

ダグラス神官様は、私の言葉に腕を組んで考え込んだ。

フェレミスが、そんなダグラス神官様を見て質問する。

「俺はあなたが、ディミトリの件にどのくらい関わっていたのか知りたい。あなたは、味方だと信じていいんですか?」

「それは……」

「フェレミス、この人は姉さんが攫われた時も、先頭に立って救出に向かってくれた」

庇おうとするランヴァルトの肩に手を置いて、ダグラス神官様が目を閉じた。

「かつて奴をハンターとして鍛えたのは、私だ。当時、エクソシスト長官として、吸血鬼の弱点を知り尽くした私の知識を、奴の改造につぎ込んだ。全てあだになったがな……」
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