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力の発動

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外では、彼女とハンター二人の激闘が起きていた。

なんて凄まじいんだろ。
宿屋で戦った、新種たちより激しい。

高速移動を駆使する彼女に、ダンピールであるフェレミスは、同じ技で攻撃を避けている。

でも、一緒に戦うランヴァルトも、驚きの体さばきを見せていた。

やっぱり彼の片目は、戦闘中は金色に光っている。

「わぁ、かっこいい」

素直にそう思えた。
純血の吸血鬼たちにはない、野生的なものを感じてドキドキしてくる。

「祝詞で、大人しくさせろ! ランヴァルト!!」

フェレミスがランヴァルトに言うと、彼は宿屋にいた時のように、祝詞をあげ始める。

「天地におわすニ柱の神々よ、その御手によって悪き魂を清め……」

彼女は、耳を塞いで苦しみだしたけれど、纏っていたドレスの裾を破いて、地面の砂を一気にすくいあげた。

「目をやられるな!」

フェレミスが叫ぶと同時に、彼女が高速回転をして砂つぶを弾丸のように飛ばしてくる。

「うわ!」

ランヴァルトが、避けきれずに思わず転んだ。

危ない!!
私は思わず奥歯を噛み締めた。
歯茎に刺さった牙によって、口の中に血が溢れ、思わず飲み込む。

ランヴァルトを助けないと!!

咄嗟に離れたところにいる彼女を突き飛ばすように、指先を彼女の方に向けた。

ザシュ!!

え? 何!?
急に静かになった。

よく見ると、彼女の胸と脇の下が、4箇所パックリと口を開けている。

まるで大きな槍で貫かれたように、その傷口は丸く、不思議と血は流れない。

貫かれた部分と血は、どこかへ行ってしまったかのよう。はっきりと、向こう側の景色まで見えている。

何が起きたの? 彼女、どうして……。

戸惑う私の前で、ランヴァルトもフェレミスも、目の前の光景に驚いていた。

特にランヴァルトは、『これは、お前がやったのか?』と言わんばかりの表情をしている。

わ、わからない。無我夢中で指を突き出したら、こうなっていたもの。

フェレミスも、意味深な目で私を見ていたけど、すぐにランヴァルトと一緒に、目の前の女性吸血鬼に近づいていった。

「……こんな……馬鹿な……。私は……無敵になったはず……なのに」

弱々しい女性の声。
不死身の吸血鬼は、半端な傷口なんてすぐ塞がるはず。

それなのに……なぜ?
私は指を突き出したまま、動けずにいた。
指先から、何かを貫いたような感触が伝わってくる。

こんなに離れているのに……何が起きてるの?

「お前、純血じゃないよな? 首に噛み跡がある。新種の正体は、“しもべ”あがりの吸血鬼……か?」

ランヴァルトの声で、ふと正気に戻る。二人は女吸血鬼を取り囲んで、じっと様子を見ていた。

「ハニー。素直に応えてくれたら、楽にしてあげるよ」

ランヴァルトとフェレミスを前にして、女性吸血鬼は、悔しそうに睨みつけている。

「純血? ……ふん! 私は……純血を超える存在だ。偉大なる……ディミトリの手によって……私は主人である……純血の束縛から解放されて……奴らの力を……手にした」

ディミトリ、ですって!?
背筋にゾワゾワと悪寒がして、ますます体が強張る。

ランヴァルトとフェレミスは、女性吸血鬼に詰め寄るようにして、話しだした。

「ディミトリだと? 奴がお前を変えたのか。まさかあの野郎……」

「“しもべ”は一生解放なんてされない。主人である純血が死ねば、共に滅びるしな」

そう。純血に噛まれて、“しもべ”になった吸血鬼たちは、絶対に逆らえない。

でも、女性吸血鬼は、笑い出した。

「ふふふ。それができるのだ……。数は少ないが……。そのうち、全ての純血は“しもべ”に取って代わられるだろう……。あの、高慢ちきな連中は滅び、我らが自由に人間を狩る時代がくるのだ……」

そう言って、彼女は顔を傾けて私を見る。
私は思わず後ずさった。

「人間の味方をするなんて裏切り者が……お前も純血どもと共に滅びるがいい……。ディミトリには……誰も勝てない」

彼女の体から煙が上がり始める。
思わず空を見ると、陽が一番高い真昼の時刻だということがわかった。

影もほとんど見えないくらい、真上にきた太陽の下、彼女の体が灰のように白くなっていく。

「ディミトリ……ごめんなさい……。愛して……る……」

彼女は完全に炭化して、崩れ去る。
その体から、キラリとひかる牙が転げ落ちてきた。

私は思わず近づいて、その牙を拾う。
牙を落としたのは彼女だけ。さっき家の中に侵入してきた吸血鬼は、ただ灰になっただけだったのに。

「おい、大丈夫か?」

ランヴァルトが慌てて私の腕を掴むと、屋根の下へと連れて行く。

「え? え? 大丈夫よ。なぜ?」

「いくら純血でも、真昼の太陽だぞ? まさか、平気なのか?」

「うん」

ランヴァルトもフェレミスも、驚いた顔をしている。
私、太陽は昔からなんともない。

フェレミスは、感心したような表情をしながら、私を見た。

「君は本当に驚異的な吸血鬼だな。さっきランヴァルトを助けたのは、君だろ」

「え? 私? 特に何もしてないけど」

離れた場所にいたし、遠くから突き飛ばすような動作はしたけど、届いていたわけじゃないんだから。

フェレミスはそれを聞くなり目を細めて、私の方に近づいてきた。

「シルヴィア? ちゃんと能力は公開してくれ。でないと連携がとれない」

私は、壁際まで下がると首を振る。
き、急に雰囲気が変わって怖い。

「し、知らない。本当よ、隠したりしてない」

「でも、やったのは君だ。しかも遠隔でね」

「……」

「血も肉片も何も落ちてなかった。傷口も綺麗に抉り取られて、断面がはっきりわかるくらい綺麗なもんだったぜ」

わ、私が……やったの?
体が震えてくる。

あ、あんなことが、できるわけないのに。

混乱する私に、さらに近づこうとするフェレミスを遮ったのは、ランヴァルトだった。

「よせ、今はとにかくここを引き払うぞ」

私は、ほ、と胸を撫で下ろして彼を見る。
もしかして、庇ってくれたの?

……吸血鬼は嫌いみたいなのに。

「あーあ、しゃあねぇな」

フェレミスが、ふっと雰囲気を柔らかくして、笑いながら荷造りを始めた。

コロコロと、表情がよく変わる人よね。

私たちは荷造りを終えると、今度はランヴァルトの家に行くことになった。

「途中、1箇所ハンティングの依頼があるから、そこへ向かう。終わったら、ギルドで換金してアジトへ移動だ。さっきの牙は換金する時に必要だから、俺に預けてくれ」

ランヴァルトが手を広げるので、まだ震える指先を無理やり開いて、さっき拾った牙を渡す。

換金……?

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