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クタヴィジャ姫と呪いの牙

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「その怪物相手にお一人で?」

と、クロスノスが尋ねると、トムジェルは首を振った。

「いえいえ、王族オロンペオが総出でしたよ。
クオ・リンゴブは、彼らが戦闘する時に変身する一形態なのです。
ご覧の通り、傷を負ってもその体液から、数を増やしていくので、最初は有利でした。」

それを聞いて、ガルンティスも腕を組んで頷く。

「俺様の煉獄の炎を喰らっても、増えやがったからな。」

トムジェルは、ガルンティスの方をチラリと見て、

「そう、体液さえ無事ならそうなのです。
ところが、次第に怪物が変化し始めて、恐ろしい氷の魔法で彼らを冷やし固めて砕き、全て丸呑みしたのです。
数はみるみる激減していき、最後に残ったのが少数の王族と、クタヴィジャ姫でした。」

そう言ってトムジェルは、かぶっていた神官の帽子を脱ぐと、両手で握りしめて、

「姫は、この妖精界を怪物から守るために、巨大な結界を張ってくださいました。
その際に姫を飛び越えた怪物が、姫の背中に噛み付いて、その体に牙を食い込ませていったのです。
それから、みんなおかしくなりました。」

と、言った。

「おかしくなった?」

と、今度は私がトムジェルに尋ねた。

「えぇ。
オロンペオたちは、あのように常にクオ・リンゴブの姿のまま、戻らなくなりました。
姫は傷が膿み続け、光の御手による治療も一時的なもので根治しませんでした。
唯一、姫の痛みを和らげるのは妖精花の蜜だけ。
しかし、最近はそれも足りないと、暴れるようになりましてね。」

トムジェルはそう言って、俯いて脱いだ帽子で顔を覆うと、震えながら泣き出した。

「あんなに優しくて、美しく気高い姫だったのに・・・。
妖精花の無理な栽培のせいで、妖精界中の土地は痩せていき、精霊魔法でなんとか土地をもたせている始末・・・。」

トムジェルの悲痛な声に、胸が痛む。
なんとかしたい。

トムジェルは私を見て、

「昨日、漆黒の狼リタ様の髪の毛をいただきましたので、それを使って土地が肥える魔法を使わせていただきました。
いつもの数倍の効果が得られて、本当に助かりました。」

と、言った。

「髪はすぐ戻るので、よかったらまた・・・。」

私がそう言うと、レティシアが肩に手を置いてくる。

「髪は使えばなくなるわ。
根本的な解決にはならないわよ。」

と、言う彼女の言葉に、私は肩を落とした。
そうか・・・。
そうよね。

「光の御手が効かないということは、体内に残った牙が、血流に乗って体中をめぐっているのかもしれんな。」

と、アシェリエルが言った。

「なら、さっさとその牙を抜けばいい話だろー?」

と、ガルンティスは面倒くさそうに言っている。

確かに抜けばいいけど・・・。
あんな大きな体の、どこに牙があるのかなんて、わからないよね。

「牙を見つけ出して、うまくクタヴィジャ姫の時を止めれば、取り出せるやも。」

と、アシェリエルが言う。

「それにはリタの協力がいりますよ。」

と、クロスノスが言って私を見る。

「ううむ・・・。
寄り道にはなるが、妖精界の協力は必要だ。」

「待て!
旅の遅延は許さん!
協力だと?
リタが、上手くハーティフを仕留めればいいだけのことだろう!!」

ガルンティスが吠えて、アシェリエルと睨み合う。

「ハーティフは知性ある怪物。
姫を狂わせたのには、必ず理由があるはずよ。
妖精界は人間界と三界の間の次元。
ここに何かあれば、私たちは足元をすくわれるわ。」

と、話すレティシアが、ガルンティスを宥める。

悩むみんなの間を縫うようにして、トムジェルが私の前に飛んできた。

「お願いします。
漆黒の狼、リタ様。
先代の漆黒の狼は、姫のご友人でございました。
姫のお話はきっと、あなた様のこれからの旅に役立つと思います。」

彼は私の手を握って、拝むように頭を下げる。

「え・・・。
先代の漆黒の狼を?」

私は何も知らない。
知らないままでいるのは、怖い。

「決まりです。
皆さん、行きましょう!」

クロスノスが声をかけるので、周りは渋々頷く。

「私たちも行くわ。
ね、カミュン。」

と、様子を見ていたティルリッチが、慌てたようにカミュンに話しかけている。

「ティル様、宿屋でお待ちください。
発作が起きても、すぐに横になれるし。」

と、カミュンが言うのだけど、ティルリッチは、聞かない。

「いや、行きましょう。
お兄様にも私はちゃんとやれること、証明したいの。」

と、言っている。

「来るのは構わないけど、自分の身は自分で守れるの?」

と、レティシアが質問すると、ティルリッチは微笑んだ。

「カミュンがいるから、平気よ。
彼は、私の婚約者候補にもなったくらいだし。
誓ってくれた時は嬉しかった。」

嬉しそうに話す彼女の言葉に、私は全身から力が抜けそうになった。

耳を塞ぎたくなる手を、理性でなんとか止める。

話を聞いていたカミュンは、途端に不機嫌になって、

「アシェリエルも、その一人でした。
あの当時、天族の武闘大会で上位者10名はみんな候補者になりましたから。
誓いは、儀式上の儀礼に倣っただけ。」

と言って、そっぽを向いた。

「あなたは、一番だったのよ。」

ティルリッチは食い下がる。

「俺は武闘大会で、自分の力量を測りたかっただけ。
まさか上位10名が、ティル様の婚約者候補になるなんて知りませんでした。
知ってたら出ません。」

「照れちゃって、可愛い。」

「照れてなんかない。」

この二人仲がいいのか、悪いのかわからない。
でも、ティルリッチが見せつけるように絡めた腕は、振り解こうとしない。
内心は嬉しいんじゃないの?

やっぱり気分が悪くなる光景だ。
私は、クロスノスのそばに歩いて行って、

「じゃ、すぐに行きましょう。」

と、言った。

早くこの場を離れたい気持ちでいっぱい。
他のことをして、気を逸らさないと、何を言い出すかわからない。

そう思っていると、クロスノスの隣にいるアシェリエルの表情が暗いことに気づいた。

・・・?
ティルリッチとカミュンを見てる?
どうしたんだろう。

レティシアは、この重い空気を変えようとしたのか手をパン!と叩いて明るい表情でトムジェルを見て、

「どこに行けばいいのかしら。
トムジェル。」

と、聞いた。

「ここから南に真っ直ぐ進むと、エメドラド湖という美しい湖があります。
その真ん中に双子の巨人、ケルベスロスと、ロミノウロスに守られた孤島があり、『ペルシオネの断崖』と呼ばれる切り立った崖の上に城がございます。
姫はそちらにいらっしゃいます。」

と、トムジェルは言った。

「どうやって行けば良いのです?」

私が尋ねると、トムジェルは手を叩いて大きな馬の頭をした白い鳥を呼び寄せた。

「このホシイロワシに乗って、エメドラド湖を超えるのです。
双子の巨人をうまく退けることができれば、上陸することができるでしょう。」

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