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祝いの中の真実に-鍵を守護する者⑥下-

望む現実

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『あなただって思ってるんじゃない?  あの子が一番、鍵の所有者に相応しいって』
あの少女の声が脳内に響く。そしてそれを証明するかのように、鍵の所有者が美都かのじょだと判明した。
あり得ないと思っていた。守護者が所有者を兼ねることなどない。そう考えていたのに。その考えをまるで嘲笑うかのように真実が酷なことを告げてきた。
酷だと思うのもおかしな話だ。守護者だと判明した時から、彼女は自分にとって敵対する者でしかない。例え所有者でなくともいずれ戦うことになる。だから彼女に対する感情は不要だ。
「鍵の、所有者──」
水唯は事実を反芻するかのようにポツリとその単語を呟く。あの少女に揶揄された時に否定することが出来なかったのは、少なからずそうだと思っていたからだ。彼女以外に鍵を所有するのに相応しい人物がいなかった。
あんなに純粋無垢な少女を、自分は知らない。だから彼女が鍵の所有者に選ばれるのは当然至極のことであるとも思う。果たして彼女はそう考えるかは知らないが。今頃少年が真実を告げているだろう。彼女はこれからどうするのだろうか。
いいや、と首を横に振る。自分が考えても仕方のないことだ。この後によっては、自分が彼女の心のカケラを奪うことになる。その時に余計な感情を持ったままでは任務を遂行することは不可能だ。
「──……」
あの時。友人である少女の正体が判った時。彼女はとても信じられないような表情を見せていた。当然だ。友人だと思っていた少女が、敵だったのだから。それも己を脅かす存在。あの恐怖は計り知れない。つまり自分が彼女の前に立つ時、再び同じような衝撃を与えることになる。あの絶望に落とされたような表情を、自分がさせるのか。
頭を抱えてハァと重たく息を吐いた。結局考えるのは彼女のことばかりだ。いつの間に、こんなに彼女が自分の中で大きくなっていたのか。不思議だった。
(……もし)
もし今と違う立場で出逢えていたのなら。自分も彼女も立場が違えば。きっとこんなことにはならなかった。しかし仮定の話など無意味だ。これが現実なのだから。この現実を受け入れるしかない。今目の前に立ちそびえるものが現実だ。望んでも仕方のないことなのだ。
ズキンと胸が痛む。その痛みに顔を顰めた。何に対しての痛みなのか、それさえも解らない。服を巻き込むようにして胸の辺りを握りしめた。苦しいと思うのは筋違いだ。
「────水唯」
ふと名を呼ばれて顔を上げる。この冷たい部屋で待機を命じられていたため、ずっと一人物思いに耽っていたがその時間も終わりのようだ。自分の名をなぞった人物と目を合わせる。悟られてはいけないと平静を振る舞った。
「お呼びだ」
「あぁ」
短く用件を伝えられた。誰が呼んでいるかは把握している。だからこそ目の前の人物も深くは言わない。互いに認識済みだ。
応じるようにもたれていた壁から背を離す。向かうのはここよりももっと冷たく暗い空間。そこでこれからのことが話されるのだろう。
「──何かあったのか」
横を通り過ぎようとする際、おもむろにその人物が口を開いた。普段であればこのような質問は飛んでこない。自分が上手く隠しきれなかったのか、それとも──。
「別に……なんでもない」
そうだ。こんなことはなんでもない。感情を殺す。そうすれば幾分かマシになるはずだ。
水唯はそうポツリと呟くとその部屋から出た。今度は暗闇続く廊下へ。ただひたすらに、心を無にして歩き始めた。





足取りが軽い。こんなに清々しい気分はいつぶりだろう。同様に心も弾んでいる気がする。理由は十分にわかっていた。
自分が、鍵の所有者を見つけた。時間は掛かったが他の誰でもない自分が見つけたのだ。
これでようやっと主人に良い報告が出来る。彼は一体どういう反応をするだろう。楽しみでならない。
いつもと同じこの冷たくて暗い空間も、そんなことさえ考えられないくらいだ。気分が良い。早く広間へ着かないかとワクワクしてしまう。
そしてようやく到着した。その拓けた空間には既に少年の姿がある。先に到着して報告をしていたのだろう。だが彼が報告することなどほとんどないはずだ。そう思いながら初音──もとい衣奈は中央に進み出て跪いた。
「──報告します」
「随分と上機嫌だな」
平静を装っているつもりでもやはり雰囲気ににじみ出ていたらしい。主たる者からそう言われ俯かせていた顔が綻びそうになった。グッと堪え本来の目的を口にする。
「鍵の所有者を見つけました」
この言葉を言うことをどれだけ待ち望んだか知れない。隣で佇む少年に優越感さえ感じる。協力してもらった手前、少しだけ申し訳ないとは思うが目星を付けたのは自分だ。それに実際、鍵を目撃したのも。
「──ようやく、か」
ポツリと彼が呟く。その台詞の中には若干の愉悦さが窺える。そう、これこそが主命だった。鍵の所有者を見つけること。ようやくその期待に沿えるのだ。
「改めて名を聞く。その者の名は?」
「第一中学3年、月代美都です。彼女こそ鍵の守護者、そして同時に《闇の鍵》を持つ者でした」
揚々と少女の名をなぞる。これまで友人として接してきた少女の名を。隣の少年が眉間にしわを寄せたことも知らず。
しばし空間に静寂が走った。主たる者からの返答はない。何かを考えているかのような間だった。どうしたのだろうと不思議に思い小首をかしげた時。
瞬間、この暗く冷たい空間に笑い声が大きく響いた。聞いたことのないその仕種に、跪いたままの少年少女は肩を竦める。彼の笑う意図が読み取れなかった。
ようやく所有者が判明した高揚感か。それもあるだろう。もしくは守護者であり所有者であると言うイレギュラーからか。隔てられた壁の向こうでひとしきり笑い終えると男はその少女の名を口にした。
「月代美都、か──」
尚も愉しげな雰囲気を声に滲ませていた。そう言えば、と水唯には思い出したことがあった。以前も同じように少女の名を出したことがある。その時も彼は何か含んだ反応をしていた。知り合いか。しかしそれにしては彼女との接点が見つからない。否、そもそも知れるはずはない。目の前に座する人物は顔はおろか容姿、体型に至るまで全貌が不明だ。彼が知り合いだとしてもおかしくはない話か、と自分を納得させた。
「全く……稀有なこともあるものだな」
彼がそう言うのは、やはり守護者と所有者二つの任を課されたことであろうか。確かにその通りだった。これは前例のないことだ。恐らくは彼女自身動揺していることだろう。
そしてまた体裁を整えるためか主人は押し黙る。しばらく後に少女への労いの言葉がかけられた。
「良くやったな、衣奈」
「とんでもございません。ようやくお役に立てて光栄です」
満悦の表情を浮かばせる少女を横目で見る。その挙動に吐き気すら感じる。手柄などは別にどうでも良い。ただ自分は友人を売って尚、それを誇りとして見せる彼女自身に嫌悪感を抱いた。
「────水唯」
「はい」
不意に名前を呼ばれ、主人に応じる。まだ話の途中だと思って油断していた。何事かと肩を竦め彼の言葉を待つ。
「お前が鍵をここへ持って来い」
「……っ⁉︎」
突如下された命令に声を詰まらせた。
「お待ちください‼︎」
すると間髪入れず少女が立ち上がり声を荒げた。主たる者へ制止の言葉を翳す。
水唯はなんとか言葉を飲み込みその場へ跪いたままだ。俯いているため動揺を気取られることもない。それが救いだった。
「鍵を見つけたのは私です!  それなのになぜこの者に託すのですか⁉︎」
先程までの満面の笑みはとうに消え去り、彼女の表情には焦りが見えていた。彼女の言うことももっともだ、とも思う。鍵を見つけた張本人がこの後も全うすれば良い。少なからずそう考えてしまう。逆に自分に課す理由は何なのか。
「俺がお前に命じたのは『鍵を見つけよ』ということだけ。それ以上の理由が必要か?」
「──!  ならばこの後も私に命じて下さい!  この者よりお役に立てるはずです!」
少女が必死に食らいつく。自分の働きを下げて己を上げようとしているのだ。実際鍵を見つけたのはこの少女だ。だからこそ彼女は先程まで優越感に浸れていた。だがここに来てそれが意味を為そうとしていない。それ自体は確かに事実だが恐らく主たる者にとってそんなことはどうでも良いのだろう。そういった雰囲気を隔てられた空間越しに感じる。すると彼がふっと笑いながら言葉を紡いだ。
「水唯よりも、ね。残念だがお前にはこれ以上は無理だろうな」
「そんなことありません!  必ず──必ず鍵をあなたの前にお持ちします!」
だんだんと動揺が隠しきれなくなってきたようだ。慌てる様が目に見えて分かる。このやりとり次第で今後の自分の動き方も変わる。そう思うと他人事ではない。だが口を挟むことはせずただ静観するだけに留めた。
「私をお使いください!」
尚も少女は切願する。胸に手を当てて我こそがと言わんばかりに。
しかしその意気も、次の主人の言葉で潰えることとなる。
「────くどい」
短く鋭い言葉に少女は声を詰まらせた。ピシャリと放つその一言には、今まで息つく間もなく喋っていた少女を黙らせるには十分な圧があった。先程までの雰囲気とは打って変わる。一気に場の空気が重たくなった。彼にはそれだけの力がある。彼に逆らうことは無意味なのだと、身体全体で思い知らされるようだ。それを実感して眉間にしわを寄せた。
「衣奈。お前は頭が良いのに対自分には殊鈍感だな」
「ど……どういう、ことですか──?」
主人の拒絶が堪えたのか、少女は恐る恐る彼へ疑問を呈した。
思惑は、何となくだが感じ取ることが出来た。だから彼女の問いも愚かだなと思う。仮に早めに身を引いておけばまだ情状酌量の余地はあったかもしれない。だがそれも過ぎたことだ。急いては事を仕損ずる。否、もはや急かずとも結果は同じだったか。もとより彼の腹は決まっていたのだ。
隔てられた空間の向こうで呆れたように息を吐く音が聞こえる。口にするのも面倒だと言わんばかりに。
「お前の役目は終わった。お前は用済みだ」
やはり、と俯いた顔を上げることもなく水唯は納得してその言葉を耳に流した。少女は絶句しその場に立ち尽くしている。
(──切り捨てる、か)
それもこんなにもバッサリと。改めて恐ろしい人物だと感じる。明日は我が身だ。自分はただ付き合いが長いだけなのだから。むしろその方がいっそ楽なのかもしれない。瞬間その思考にハッとする。まさか自分がそんなことを考えたことに驚いた。
「──っ……いや、です」
萎縮していた少女がポツリと呟く。認めたくない、という強い気持ちが口から漏れたようだ。そして再び顔をあげ彼に向かって叫んだ。
「そんなの嫌です!  私は──……お側を離れませんから!」
甲高い声が空間にこだまする。
少女は拳を強く握り締め、渋面を浮かべていた。彼女にとっては目の前の主こそが全てなのだろう。そこまでして食らいつく精神に感心さえ覚える。
再び長い息を吐いた後、辟易とした声色で主人は短く用件を紡いだ。
「去れ」
いつもよりも幾分か低く、冷たい声だ。口にする単語にも情けはない。この場から一時的に退けという意味合いではなく、今後一切自分の前から立ち去れという強い意志を感じる言葉だった。
もはや縋ることも出来ないと悟ったのか、少女は肩を竦ませグッと唇を噛み締めながら踵を返し暗闇の中へ姿を眩ませた。
気配が消えたことを確認すると主たる者がやれやれといった風に口を開く。
「全く、どうしたらあそこまで自分を過大評価出来ような」
独り言なのかこちらに話しかけているのか計りかねたため、水唯は無言を貫く。とは言え彼の言い分には同意する。鍵を見つけたとは言えそもそも時間をかけ過ぎなのだ。これまで許されてきた方が寛大だった。
「お前はどう考える、水唯」
今度こそ名前を呼ばれ、水唯はその場で姿勢を正す。主は先程までいた少女の今後の行動について、己の考えを問いかけているようだ。一拍置いてありのまま思ったことを口にする。
「──難しいでしょう」
「だろうな。あれは弱い。宿り魔の力が無ければただの人間だ」
そうだ。あの少女は所詮宿り魔の力でしか動けない。その力を与えているのは目の前に座す主人だ。先の状況を鑑みると、そのことを考える余裕すらなかったのだろうと窺える。彼女では恐らく務まらない。それはわかっている。
「……ですが」
半ば無意識に逆説の接続詞が口から零れる。声に出した後ハッとして正気に戻ったがもはや今更だ。主人は自分の次の言葉を待っている。問われない限り滅多に自分から意見しないせいか物珍しいとでも思ったのだろう。口に出した手前、どんな形でも伝えなければならなくなった。
「好きにさせてみれば良いと思います。事態を急く必要がないのであれば」
「──なぜ急く必要がないと考える?」
余計なことを言ったか、と一瞬口籠もる。しかし至って冷静を装い、己の考えを述べることにした。
「急いでいるのであれば、なりふり構わず宿り魔を放つでしょう」
これまで鍵を探索する期間を鑑みると、どうも彼から焦りは見えなかった。第一中学3年の女生徒とまで絞り込めているのであれば、それこそまどろっこしいことをする必要は無い。彼には如何様にもやり方はあったはずだ。
そう述べた後しばし沈黙が走る。俯いたままなので主人の動向は読めない。果たしてどう捉えたのだろうと考えていると、再び声が聞こえた。
「さすがに聡いな」
賞嘆する言葉を口にしてふっ、と息を吐いた。ひとまずは受け応え的に間違いではなかったのだと安堵する。
「だがあいつには期待していない。結局はお前が出ることになる。わかっているな?」
「──はい」
それでも。わずかな可能性があるならば、それを使う手は無い。自分が手を下さなくて良いのなら、と思うこの考え方は卑怯なのだろうか。
また胸がズキンと痛んだ。彼女の顔が脳裏に浮かぶ。目を瞑り眉間にしわを寄せた。これは余計な感情だと振り払わなければならない。そうで無ければ支障を来す。これ以上彼女に近付くべきでは無いのだ。
「ひとまずはお前の言う通り様子を見る。それまでは自由にしているといい」
「承知しました」
一度も顔を上げることも無く、ただ主の指示に従う。束の間の暇ということだ。
あの少女の出方次第で自分の行動も決まる。だが主人の言葉通り期待はしていない。結局は自分が行うことになるだろう。それまでにこの感情に蓋が出来れば良い。クールダウンするには良い期間だ。
主たる者の気配が去った。今この広い空間には自分一人だけになった。水唯はゆっくりと上体を起こし立ち上がる。
考えなければならないことはまだあった。問題は所有者だけでなく守護者の正体の方にもある。同じクラスの男子生徒。今思えば彼女の側にいつもいたことに納得できる。そして彼らの住居から一つ先に暮らす家族のことだ。
スポットに突如現れたとき思わず動揺してしまった。守護者の力を操っていた。つまりあの男も守護者であったということか。身のこなしから見て相当動ける。また割って入られると厄介だとさえ感じる程だ。それに──。
(気付かれたかもしれないな)
自分を見るあの眼差し。あれは観察し、何かを考えている眼だった。何分彼は職業柄頭が回る。それに人を見る目にも長けているはずだ。そう考えるとあの接近戦は失敗だった。しかし恐らく彼には確定条件が見つかっていない。例え学生服を着ていたとしても、第一中の男子生徒の中から絞り込むことは難しいだろう。
「水唯」
そう一人で考えを巡らせていたところ、背後から名を呼ばれた。振り返った先の暗闇からその人物が立っていることが窺える。応じるようにゆっくりとその場まで歩く。どのみちこの空間からも去らねばと思っていたところだった。
「──何を考えている?」
いつも以上に無言だったからか不思議に思ったらしい。だが話したところで状況を把握していなければ理解の出来ないことだ。それにこの人物には関係無い。
「これからのことについて、だ」
「……変な気を起こすなよ」
そう濁して答えるとすれ違いざまに釘を刺された。変な気、とは一体何なのか逆に問いたくなってしまう。自分はただ主人の命令を遂行する。それだけだ。それだけでしかない。自分の存在なんて。
「心配しなくても、俺に出来ることをやるだけだ」
その為にいるのだから。
果たして自分に出来ることとは何なのか。自分で口に出した手前、それを考えて動かなければならない。
彼女にもう二度と、微笑みかけてもらえなくなるのだとしても。

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