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天の川へ願いを-鍵を守護する者④-
ただそれだけ
しおりを挟むエレベーター越しでも花火の音が響いてきた。
「疲れたか?」
「ちょっとだけね。退魔もあったし。でも楽しかったよ」
四季からの問いに美都は微笑みながら返事をした。外出したのは昼過ぎだが長い一日だった。それに、慣れない浴衣で彼女は動き回ったのだ。相当な疲れが溜まっているはずだと予想できる。だがそれを大袈裟に口に出さないのがまた美都らしいなと思うところだが。
家の鍵を取り出し扉を開く。いつもの重たい音を聞きながら美都が先に入り電気を点けた。パッと玄関が明るくなる。美都が片手をつきながらサンダルを脱ぐ姿をジッと見つめる。やはりな、と四季は息を吐いた。踵が赤くなっている。相当痛いはずだ。歩かせてしまった自分にも責任はある。
「────じっとして」
「え? わっ……!」
自身の靴を脱いですぐ、四季は美都の身体に腕を回した。正確には肩と膝に。抱きかかえる体勢を取ったのだ。彼女は突然のことに驚いて目を丸くした後、瞬時に状況を理解したのか顔を赤くさせている。
「だ、大丈夫なのに……この距離だし」
「見てて痛そうだから。それに」
どこに目線を置いて良いか分からずに戸惑っている様がいじらしい。だが続く四季の言葉を不思議に思ったのか頭上にある彼を不意に見つめた。
「俺が美都に触りたかっただけ」
そう素直な気持ちを伝えると、美都は更に顔を紅潮させて再び目を逸らした。四季の腕の中で肩を竦め気恥ずかしそうにしている。彼女が言うように玄関からリビングへの距離はあっという間だ。廊下から漏れる電気の光と窓から差し込む花火の色を頼りに、四季は抱えたままの美都をソファーに座らせた。「ありがとう」と小さく呟いたのを受け取り、四季はリビングの電気を点ける。
明るいところで改めて彼女の足を見ると、踵だけでなく足の甲も赤みがかっているのが確認できた。
「痛い?」
「大丈夫だよ」
眉を下げながら微笑む姿は、心配かけまいと思っているからだろうか。四季は座っている美都の前に屈むと指の甲で赤くなっている彼女の足に触れた。
「ぃたっ……!」
「お前なぁ。痛いならちゃんと痛いって言えよ」
「四季だって言わなかったじゃない」
その返しにはたと目を丸くする。痛みで顔を歪ませたままの美都が口にしたのは、初音の攻撃を受けた時のことだ。そう言えばそんなこともあったなと思い出した。
「いや、俺は痛いって言ったぞ」
「え、そうだっけ」
「そうだよ。お前が過度な心配してただけ」
「四季も変わんないと思うけど……」
過度な心配においては、ということか。それも否めないなと四季は苦笑いを浮かべる。しかし仕方がないだろう。圧倒的に身体の作りが違うのだから。事実、彼女は小柄な方だと思う。本人に言うと「平均だ」と怒るが。
「とりあえず足拭くか。消毒は……」
「この程度なら絆創膏貼っておけば大丈夫。えっと洗面所に──」
「取ってくる。座ってろ」
立ち上がろうとした美都を制止させ、いち早く四季が洗面所へ向かう。ウェットティッシュと絆創膏が入った缶を手にとって再び彼女がいるリビングへ踵を返した。
「ありがとう。自分でやるよ」
と言って美都が手を伸ばしてきた。一拍考えた後、手にした物をテーブルに置いた。
「俺がやる」
「え⁉︎ いいよ、自分で出来るもん」
「いいから。長時間歩かせた責任もあるし」
「それは別に四季が責任を感じるところじゃ……」
「じゃあ俺が浴衣見たいって言ったから」
その言葉を聞いて美都はようやく声を詰まらせた。彼女はこうでもしないと大人しく処置させてくれなさそうだ。それでもあまり納得はしていなさそうな顔を覗かせてはいるが。渋々としながらもこれ以上は自分の行動に異議は示さなかった。淡々と手当てを済ませていき、該当箇所に絆創膏を貼る。
「前も思ったけど……すごく手際いいよね」
美都が顔を傾けながらそう口を挟んだ。
「俺もよく部活で怪我してたしな。簡単な手当てくらいは自分でするよ」
「そっか。でもわかるかも。わたしは部活のときはサポーターしてたけど、サッカー部はそうじゃないもんね」
「まぁな。ほら、終わったぞ」
「ありがとー」
パッと表情を明るくして美都が礼を口にする。「どういたしまして」と言って立ち上がったとき、後ろのポケットに入れたままだったスマートフォンが振動を始めた。まぁしばらくすれば切れるだろうと思い、そのまま無視をした。
使ったウェットティッシュと絆創膏を戻しに再度洗面所を往復する。痛みが引いたからなのか美都はソファーに座ったまますっかり窓から見える花火に釘付けになっていた。
(情緒か……)
ふむ、と四季は瑛久に言われたことを思い返す。確かに宵闇の中で見る花火の方が情緒はありそうだがこれはこれで有りなのではないかとも思う。そもそも浴衣姿の彼女を見られただけでも大満足だ。しかし誤算だったのは、と四季は思わず口元に手を当てる。彼女が予想以上に花火に夢中なことか。花火が終わるまでは手が出せないなと思い至ってそのままキッチンに回り込む。屋台で買ったものだけでは夕食としては少ないので何か作ろうかと考えたのだ。ちょうど手持ち無沙汰だったのでタイミング的には良かった。
冷蔵庫を開けた音に気づいたのか、美都がキッチンに顔を向けた。
「何か手伝おうか?」
「いや、大丈夫。浴衣汚れるだろ」
「確かに……じゃあ先に脱いでこようかな」
「は⁉︎」
しまった、と思わず口を押さえる。美都の呟きに大袈裟に反応してしまった。彼女はその声に驚いたのかきょとんとした顔でこちらを見ている。当たり前だ。美都にとってはそんなに驚くことでもないのだから。
「あー……まだ着ててもいいんじゃないか? 花火終わるまでは」
誤魔化そうとそれなりの理由を付けたところさもありなんと思ったのか、美都は頷いて再び窓際に目線を戻した。危なかった。せっかくの浴衣姿なのだから少しでも長く見ていたい。それに触れたくもある。そう思うのは確かに自分のわがままなのだが。
ひとまず冷めても美味しいもの、それと栄養という観点から2品追加することにした。そもそも屋台の食事は栄養が偏っている。だがそれを口にするのはそれこそ情緒のないことだ。あれは雰囲気を楽しむものなのだから。そのときまた不意にスマートフォンが振動した。
(ったく、うるさいな)
そう思って今度はすぐに振動を止める。やけに鳴るなと眉間にしわを寄せた。今この時間を邪魔されたくは無いので確認は後だ。
四季は手際よく作った惣菜をキッチンテーブルへ運ぶと今度はそのままリビングに足を向けた。いつの間にか窓際に程近い場所まで移動していた美都の元へ、ソファーの背越しから頭を出す。
「よく飽きないな」
「飽きないよー。色んな種類あるし、この家からだと近く見えるし」
側まで来た四季の声に応じるように、美都が彼を見上げながら笑みを零した。いつもと違う格好と髪型だからなのか、普段より一層あどけなく見える。グッと喉を詰まらせて目を細めた。いやまだダメだ。花火を見ている彼女を邪魔するわけにはいかない。ソファーの背もたれに腕を置きその上に頭を乗せた。ふと再び花火に目を戻している美都の横顔を見る。そこから先はほぼ無意識だった。
結われた髪のせいでいつもは見えない首筋に、自然と手が動いたのだ。指の先が、彼女のうなじに触れる。
「ひゃっ」
突然のことに驚いたのか美都が声を出して肩を竦めた。すぐに片手で首筋を隠すと、顔を赤くして何か言いたげに首をもたげこちらを見上げてきた。
「……っ、四季ー!」
美都が恥ずかしそうに抗議の声を上げた。その姿に目を瞬かせる。なるほど首筋が弱いのかと新しい情報を得て四季は思わず笑みを零した。
「なんだよ。隠すことないだろ」
「じゃないとまた触るでしょ⁉︎」
「当たり前だ」
ソファー越しの攻防だ。花火が終わるまではと思ったが自分の無意識──いや、あるいは意識していたのかもしれないが──で思いがけずベクトルがこちらに向いた。好都合だ、なんて思ったら後でちゃんと花火を見られなかったと怒られそうだ。だが手が出てしまった手前、もう我慢することもやめる。そう思って今度は美都が座るソファーの前面にゆっくり回り込んだ。
「ちょ、ちょっと待って……」
「割と待ったぞ」
四季の動向にギョッとして美都がその手を胸の前に掲げている。後退りをしようにもソファーの上なので逃げ場がないようだ。
「まだ花火終わってないし……!」
「まぁ確かにそうだけど……もう十分見ただろ?」
「最後が見所でしょ! それにほら、りんご飴も食べてないもん」
「アレは夕飯終わってからだ」
話を逸らすための苦し紛れなのか、美都が机の上に放置したままだったりんご飴を指差した。りんご飴に関しては持っている姿を見られただけで十分だった。それに今食べるとなるとデザートが先になってしまう。と、これに関しては自分も否めないが。だが言葉の通りだ。割と待った。花火が終わるまで、とは当初思っていたがせっかく彼女がこちらを見ているのだから良いだろう。
座っている美都の正面から自身の身体を近付ける。ギクリと身体を縮こまらせて大きな瞳を瞬かせている。その姿が可愛らしいなと思って彼女の頭に手を伸ばした。
(っあー……もう)
胸が大きく鳴る。どこを切り取っても好意しか出てこないのは、自分がどれほど彼女に惚れているからなのだろうか。仕方がない。惚れた方の負けだ。
「……花火、見てなくていいのか」
「だ──だって……」
我ながら意地悪な質問だと思う。美都が困ったように眉を下げて頬を染めている。そのいじらしさにもっと触れたいと欲が出てしまう。誰よりも近くにいることは承知なのだが、だからこそもっと近付きたいと思ってしまうのかもしれない。
片膝をついたせいでソファーが少し軋む音がする。平静を装ってはいるが心臓はとっくに限界だった。そもそもいつもと違う少女の姿を目の当たりにしてよくここまで保ったものだと思う。くるくるとした紫色の瞳が戸惑いと気恥ずかしさでいつもよりも早く動いていた。
「……!」
四季が優しく、そしてゆっくりと、美都のうなじに口付ける。以前とは逆の右の首筋だ。彼女が息を呑む音が聞こえた。肩を竦ませているせいか身体に力が入っている。髪を上げていてくれてよかった。思った以上に浴衣の襟が詰まっており、肌が見える面積が少なかったからだ。唇を離しながら首筋の後ろに手を持っていくと、美都は先程と同じようにビクリと身体を反応させ顔を赤くした。
「……っ、くすぐったい──!」
目を逸らしながら力無く抗議する様を見て浅い息を吐いた。ただただ愛おしいと思ったからだ。空調が効いているはずなのに、顔も身体も熱く感じるのは気のせいではないのだろう。そんな自分にも呆れてしまう。好きだという感情に果てはないのだなと。
「──こっち向いて」
美都の表情を見逃したくない。せっかくこれだけ間近にいるのだから。彼女の頬に手を当て、懇願に近い形で呟いた。おずおずと目線だけ動かし、恥ずかしそうに口を結んでいる。その様を見てそう言えばと思い出したことがあった。
「唇……なんかつけてる?」
いつもよりも色付きが良い彼女の口元が気になっていた。彼女の頬に寄せている手で、唇の端に少し触れる。美都は突然のその質問に記憶を手繰るように目を瞬かせた。
「え? あ……弥生ちゃんにもらったリップかな?」
「へぇ……いいな、それ──」
と言って彼女の顔に近付こうとしたとき、ポケットに入れたままにしておいたスマートフォンが振動を始めた。マナーモードに設定してあるため着信音は鳴っていないが、この静かな部屋では振動音だけでも十分に響く。情緒の無いその音に顔を顰めた。
「……鳴ってるよ?」
「放っておけばすぐ止まる」
目を瞬かせ冷静に指摘する美都の言葉に被せる。全く今日は先程からうるさいくらいに鳴る。どうせ秀多あたりだろうと考え、無視することに決めた。しかし意に反して振動は一向に止まない。煩わしく耳に付く音に、美都も顔をきょとんとさせている。
「……出た方がいいんじゃない?」
「…………」
美都は眉を下げて振動音を気にする仕種を見せた。これだけ長く振動音が続けば当たり前か。四季は長く深い息を吐き、もう少しで触れられそうだった彼女の顔から自身の身体を離す。こうなってしまっては仕方がない。彼女が気にしている以上無視も出来ない。良い雰囲気だっただけに差出人に怒りを覚えながら後ろのポケットからスマートフォンを取り出す。どうでもいい内容だったらどうしてくれようと思いながら。
しかし次の瞬間には目に入った差出人の名前を見て、顔を歪ませることになった。まるでタイミングでも図っているかのようだなと思ってしまう。美都はそんな四季の表情を見て首を傾げている。
「……悪い。ちょっと出てくる」
「あ、うん。ごゆっくり」
明らかに肩を落としながら、四季が耳にスマートフォンを当てて自室へ向かっていった。その様を見送った後、美都は一拍置いて深く息を吐いた。緊張の糸が解けたのかそのままソファーに身体を預ける。
(…………っ、びっくりしたぁ──)
心臓が有り得ない程バクバクしている。やはりあれだけの距離の近さには慣れない。触れられた首筋はまだ熱を帯びているようにも感じる。思わず該当箇所に手を当てて先程のことを思い出す。するとまた顔が火照り始めた。
(うわー……)
熱くなった顔を冷ますように両手を頬に当てる。そういえば初めての時も首筋にキスされたなと思い出した。四季の行動は大胆だ。予想出来ないからこそ心臓に悪い。一つ歳が違うだけであんなに大人っぽいんだな、と彼の表情を見て改めて感じた。今もまだ心音が治まる気配はない。実際先程は花火の音なんか耳に入っていなかった。
(そうだ花火……!)
ハッと思い出して窓の外を見ると、ちょうど最終局面かのように怒涛の勢いで彩りのある花火が打ち上げられているところだった。暗闇の中、光を放つ夜の花。例年なら常盤の家から玄関先で見ているところだ。しかし今年は違う。それが今後どのように影響してくるかはわからない。なるべくなら良い方向に進むようにと祈るしかないのだ。
『……──、だから──』
どうやら四季は電話が長引いているらしい。微かに扉越しから漏れ聞こえる声でそう判断出来る。花火が落ち着いたとみて、自身も浴衣を脱がなければとソファーから立ち上がった。まずは玄関まで戻りスリッパを履くと、ソファーに転がしたままだった巾着型のバックを手にしてそのままパタパタと自室へ戻る。
扉を閉めてふぅと息を吐いた。さすがにずっと帯をしていたせいもあって疲労感が出始めている。脱ぐ前に一度浴衣姿を確認しておこうと姿見の前に立った。
(わっ……)
目が付いたのは自身の唇だった。あまりちゃんと見ていなかったので驚いてしまった。弥生からもらった色付きのリップクリームは想像以上に発色が良かったようだ。いつもと違う自分の顔に今更だがなんだか気恥ずかしくなる。
(……これは休みの日にしか付けられないな)
それも特別な日でなければ。そう思い至って苦笑いを滲ませた。自分にはまだ早い代物だったのだ。無理して大人びる必要も無いだろう。
浴衣を脱いでハンガーに掛ける。和装用のハンガーは持ち合わせていないので袖の部分が足りないのがなんとも不恰好だが。無いよりはマシかとその様を見ながら苦笑した。次いでヘアバンドと髪ゴムも外す。これでいつもの自分だ。美都は部屋着に着替えると再びリビングへ戻った。
通り過ぎる部屋からはまだ四季の声が響いていた。あまりにも長いので大丈夫か心配になってしまう。所在無く再び窓の近くまで歩いた。花火は終わり宵闇の空には静寂が戻っている。今日の街は明るい。星が見えにくいことだけが少しだけ残念だった。
(なんか──あっという間だな)
一ヶ月も、一年も。暗闇に反射してガラス越しに自分の姿が映し出される。解いた髪が肩下に隠れていた。やはりこの時期になると実感する。髪が伸びた自分と否が応でも向き合うことになるから。長髪の自分が嫌いなわけでは無い。だってこれは一種の”おまじない”なのだから。
「──!」
物思いに耽っていると背後からようやく扉が開く音がした。四季の電話が終わったのだろう。振り向いて確認すると少しだけ疲れた様子の彼が肩を落としながら部屋から出てくるところであった。
「終わった?」
「あぁ。悪かっ──……」
言いながら美都の姿を改めて見遣ると、四季は口を開いたまま言葉を詰まらせた。どうしたのだろうと首を傾げる。その後すぐに頭を抱え、それはもう谷底まで届くのでは無いかというくらいの深い溜め息を吐いた。
「え、なに? どうしたの? 何かあった?」
「いや……うん、そうだよな。俺が悪かった……」
気が抜けたように項垂れる四季が心配になり思わず駆け寄る。珍しく覇気の無い彼が新鮮だなとは思うが。その場に屈む四季を頭上から覗き込んだ。
「四季? 大丈夫?」
「大丈夫じゃないけど……大丈夫」
「?」
ふらふらと立ち上がりながら尚も額に手を当てている四季を見て、美都は眉間にしわを寄せた。彼の言葉が否定なのか肯定なのかはっきりしないせいだ。
「ほら、ご飯食べよ。あ、りんご飴……」
そう言って気分を変えさせるために四季を促した。用意してくれたのは彼自身だ。その直後にりんご飴の存在を思い出し、ひとまず冷やしておこうとリビングテーブルに顔を傾けた。
「────美都」
「え? ……っ、……!」
名前を呼ばれ応じるように顔を向けた瞬間だった。強く腕を引かれ一気に縮まった距離に為す術もないまま、四季が美都に口付けた。不意打ちの出来事に目を見開いたのち、すぐに恥ずかしくなって強く目を瞑る。しばらくして四季がゆっくりと唇から離れた。
「い……いきなり……!」
控えめに抗議の声を上げる。今更顔が赤くなってきた。背の高い四季を見上げているときょとっとした顔で理由を紡いだ。
「次からは訊かないって言っただろ」
「──……!」
言われてはたと思い出した。そうだ。そういえば前回そんな話をした気がする。それでもこれは不意打ちだ。
「! っと──……」
思わず足の力が抜け膝から崩れそうになるところを、四季が寸でのところで身体を受け止めた。彼の肩に手を沿わせながら今度は自分が項垂れる。
「…………やっぱり訊いて欲しい」
「は?」
「心臓に悪いから」
「あー……なるほど?」
脱力した美都をそのままその場に座らせながら、四季は彼女が言ったことにさもありなんと納得するように呟いた。疑問形なのが気にはなるところだ。情けないとは思うが不意打ちのキスに応じられる程、慣れていないのだ。そう考えると前回の方が余裕があったなと自分自身に呆れてしまう。
「じゃあ……もう1回しても良い?」
「……っダメです」
「ダメか」
まだ心臓が煩い。当の四季は何も動じていないようで──仕掛けた本人なので当たり前なのだが──優しく自分の頭を撫でている。それどころかおかわりを要求する程の余裕っぷりだ。こっちの気も知らないで、とこの差が少し悔しくもあって唇を噛み締めた。
「ずるい……」
「お互い様だな。俺もずっとそう思ってたから」
「? なんで──」
目の前の四季を見上げる。座っているせいかいつもより目線が近い。彼がふっと微笑んで美都を見遣った。
「どこをどう切り取っても可愛いって思うから」
「…………!」
四季からの直接的な褒め言葉に、美都は一層顔を紅潮させた。そんなことを言われるのは初めてでどう反応したら良いか分からず声を詰まらせる。やっぱり彼はずるい。そう思った。
「それはっ……! 贔屓目っていうか……」
「惚れた欲目って言うんだこういうのは。でもまぁ否めないな。ほら、落ち着いたら飯にするぞ」
余裕そうに慣用句まで引っ張り出してきて、そのすぐ後にはもう夕飯の話になっている。自分はまだこんなに胸が鳴っているのに、とまた少し悔しくなった。しかし先程の彼の言葉に安心したのも事実だ。彼の気持ちも同じなのだと。ただそれだけのことが嬉しい。ふっと顔を綻ばせ、美都は教会で言いそびれていたことを思い出して口を開いた。
「ねぇ、四季」
「なに?」
不意に呼ばれた名前に応じるように、立ち上がろうとしていた四季が美都を見た。視線を交わすと美都が表情を和らげて口角を上げる。
「──わたしも、四季を守るからね」
守りたいと言ってくれた言葉が嬉しかった。ただ自分だけを想ってくれているその言葉が。ならば自分も同じ分だけ想いを返したい。「守りたい」と思うのは好きだと言う感情だと教えてもらったことがあるから。
四季はその言葉に一瞬目を見開いた後、同じように顔を綻ばせた。美都の前に手を差し出して彼女を見つめる。
「その言葉だけで十分だ」
「もう。本当だもん」
手を取りながら立ち上がる。3ヶ月前にも似たような構図があった。初めて守護者として戦った後の労いとして。こんなにも環境は変わるのだなと改めて思い知る。一分一秒として同じ時はやって来ない。似たように見える毎日も日々少しずつ変化している。きっとこの先も様々変わっていくはずだ。
変わりたいと思いながらも、変わっていく世界が怖いと思うときがある。変わらなくていい、変わって欲しくないと叫んだときもある。それでも今は──。
彼が傍にいてくれるなら、大丈夫だと思える。今はただそれだけでいい。それだけで、いいんだ。
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