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それは紫陽花の花に似て-鍵を守護する者③-

周りからの干渉

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久々の朝練を終えて、美都は席に着くなり小さく欠伸をした。
「何?  寝不足?」
「うん……ちょっとね」
後ろの席に座るあやのの質問に眠そうに答える。直後に羽鳥が教室に入ってきてホームルームが始まった。
もともと朝が弱い上に、昨日の夜は久々に宿り魔の襲撃があった。考査が終わった瞬間ここぞとばかりに出現したこともあり感覚を取り戻しながらの戦いとなった。退魔に関しては滞りなく終えたものの、考査が終わった後の解放感から部活に一心にのめり込んだため、家に着く頃には体力を使い切っていた。それでも食事当番として夕飯を作る義務があったのでなんとか役目を果たし、後片付けを終え風呂の順番を待っている間ソファーで寝落ちてしまったのだ。
四季に起こしてもらったがその時の彼はなんだか不機嫌そうに見えた。夕飯で牛乳を使ったはずだがあれくらいのカルシウムでは足りないのかと思った程だ。
そんなこんなでいつもよりも遅い時間に寝ていつもより早い時間に家を出たため寝不足ということである。
(守護者の務めも楽じゃないな……)
ハァと息を吐く。守護者の務めに関しては特に不満はない。ただ敵について不明瞭なことが多すぎるのが現実だ。キツネ面の少女に関して菫に訊くことは出来たがあれ以来進展はしていない。判ったのは彼女に宿り魔が憑いているということだけだ。あの少女の所在も不明なままである。しかし今のところ在校生である可能性が高い。考えたくはないことだが。
「今日は修学旅行の班決めをします。男女各3人、計6人の班を作ってもらいます」
羽鳥がホームルームの中で修学旅行について触れているのをぼんやりと耳にする。
(……修学旅行、大丈夫なのかな)
守護者揃って家を空けたことはない。目的地はもちろん同じなので旅先で出現したとしても退魔は可能なのだが、問題はこちらに宿り魔が出現したときだ。万が一の時には弥生たちがなんとかしてくれるとのことだがやはり不安もある。しかし現状を鑑みるとその可能性が低いのも確かだ。何故なら今まで襲撃にあった生徒たちには共通点がある。
(3年の、女の子──……)
偶然にしては立て続けすぎる。恐らく狙ってのものだろう。だとしたら宿り魔が出現するにしろ旅先の可能性が高い。いつもと違う土地なので一層注意しなければならない。
「美都ー?」
「え?  何?」
考え事をしている間にホームルームが終わっていたようで、近くに来ていた春香から声がかかる。しまった、寝不足も相まってぼんやりとし過ぎている。
「だから修学旅行の班なんだけど」
「ああ、うん。なんだっけ?」
「だからー、わたしと美都とあやのでいい?  って話」
もちろん異論は無い。他のクラスメイトたちも仲の良い友人同士で班を作っているようだった。心なしか浮き足立っている様子が窺える。近場と言えど泊まりの旅行なので当たり前か。
春香の質問に快く了承した後、そう言えばと昨日秀多に相談されていたことを思い出した。
『なぁ月代、同じ班になってくんない?』
『え?  なんで?』
職員室を出た直後のことだ。四季だけだと思っていた待ち人に秀多が追加されておりそのまま彼の相談を聞く流れになった。
『お前さ、寺崎と仲良いだろ。同じグループになるんだよな?』
『たぶんそうなるとは思うけど……。それがどうしたの?』
『さすがに鈍いなー。俺も同じ班になりたいの。わかるか?』
そこまで言われてはたと目を丸くした。秀多があやのと同じ班になりたがっている。故意的に。ということはつまり。
『えぇ……!?  ナベくんまさか……!』
『しーっ!  トップシークレットだぞ。月代は口が固そうだからお前にしか頼めないんだって』
ようやく彼の意図を読み取ることが出来て、自分のことでは無いのに顔が熱くなる。さすが修学旅行だ。この機会を狙っている生徒たちが多いことは知っていたが早速その相談がまさか自分宛に来るとは。
『わたしは別にいいけど、あやのがなんて言うかわからないよ?  ナベくんの方のグループによると思うし』
『そこはそれ、上手くやるから任せろ。お前にも悪いようにはしないし』
その言葉に一抹の不安を覚えながら、それじゃあと言って颯爽と去っていく彼を見送った。あやのもそうだが春香も快諾するかわからない。秀多は一体どうするつもりなのだろうか。
チラリと彼の動向を窺う。いつものように窓際で男子生徒が集まって談笑している。彼らも恐らくグループを決めているのだろう。
「──……で、……って美都!?」
「うわぁ、はい!」
意識の端で名前を呼ばれびくりと身体が反応する。
「もう、今日ぼんやりしすぎ」
「うぅ……すみません……」
「しょうがないって。美都今日寝不足だって言ってたし」
むすっとした表情の春香に目を逸らしながら謝ると、あやのがフォローするように助け舟を出してくれた。確かに今日は思考があちこち散らばっている気がする。寝不足も原因だが最近落ち着かない日々を送っているのでそのせいもあるだろう。
「テスト終わった解放感もあるのはわかるけどね。それ以外にも美都は何かと忙しそうだし」
「あはは……それで何の話だった?」
春香が指すのは愛理のことだろう。度々美都のクラスを訪れる彼女もそうだが、負けじと傍から離れようとしない凛のこともありここ数週間振り回されていた。とは言え勉強を教えてもらっていたのでありがたくもあったがそれにしても賑やかな日々が続いているのだ。
「男子の班。どうなるかなって」
「あー……そうだね。部活ごとで固まりそうじゃ……な……い」
やっぱり?  と言う春香の声が耳に届く頃にはすでに自分の思考にはたと目を丸くしていた。ちょっと待った。部活ごと?  秀多は確か。
バッと再び窓際を見る。その反応に今度は秀多も気づいたようで目配せがあった。彼の指が動かす先は、自分と他のメンバーを示しているようだった。
その指の動きを目で追い、一気に血の気が引く。あの時の不安が的中してしまった。瞬時に首を横に振る。そのメンバーはまずいと。すると彼は不思議そうに小首を傾げた。だめだ伝わっていない。直接伝えるしか無いかと思いジェスチャーで廊下に出るよう指示を出す。それには気づいたようで早速動きがあった。
「ごめんちょっと席外すね」
おもむろに席を立ち上がり自身も廊下へと急いだ。きょとんとした二人の顔が目に映ったが現状あやののことを相談されていることもあり上手く事情を説明できそうに無い。そう考え足早に彼の元へと向かう。
「なになに?  どうした?」
「どうしたじゃないんだってナベくん……!  何でそのメンバーなの!? 」
半ば責めるように秀多を問い質す。完全に失念していた自分も悪い。そうだ、彼はサッカー部だった。彼が指したメンバーは和真と、あろうことか四季だった。彼は心底その意図が読めなかったのか不思議そうにこちらを見ている。
「何かまずかった?  月代あいつらと仲良いだろ?」
「そう言うことじゃなくて……!  えぇっと……色々問題が……」
「問題?  何の?」
歯切れが悪くなるのはどう説明して良いか自分でもわからなかったからだ。なるべくなら四季と距離を置いておきたいとどう言えよう。同じ家で暮らしているため私生活でも学校でもそれなりに顔を合わせているのに、旅行の班まで一緒になってしまうなど。気まずいことこの上ない。だがそれを説明する手立てが無い。しかしどうにか阻止しなければと思い切って伝える。
「ほら、四季は女の子に人気でしょ?  だから距離を取っておきたいの」
これなら不思議には思われないだろう。
しかし、美都の言葉を聞いて秀多は一瞬目を丸くしたように見えた。
「ははー、なるほどなあ」
秀多は納得したように呟いたものの、その表情はまだ何か考えているようなものだった。しばらく唸った後、彼は渋い顔をしながら頭を垂れた。
「悪い月代。ここでは友情をとる」
「へ?  どういうこと?」
今度は美都の方が彼の言葉の意図を読み切れず首を傾げた。秀多は組んでいた腕を解くと片方の腕を胸の辺りで掲げ人差し指で教室を指した。
「いいか。和真はあの通り不良だ、女子も近づきたがらない。わかるよな?」
「まぁ、あれは外見のせいだけど……」
「で、和真は四季のことを気に入ってる。同じサッカー部だしあいつ面倒見いいし」
「それもわかるけど……だから?」
秀多が一つずつ意味を解説していく。その言葉に否定をするところはなかった。確かに頷くことばかりだったからだ。だがそれがどういう事なのかさっぱりわからず美都は眉を顰めた。
「そうなってくるといくら四季が人気でも和真が隣にいたら女子の班は敬遠する。だろ?」
「そ、そんなこと……」
無いとは言い切れない。外見が派手だからという理由で女子生徒は和真の扱いに困惑しているように感じることがあるからだ。
「その点月代は保護者だし、川瀬は小学校からの仲だし、寺崎はクラス委員だ。これで上手くまとまる。な?  以上証明終了。だから諦めろ」
「え、ちょっ……!」
異議を唱える間も無く、秀多はまるで数学の問題を解いた後のような言葉を残しそそくさと教室へ戻っていった。
青ざめた顔のまま廊下で頭を抱える。悪いようにはしないって、思いきり悪いことになっているでは無いか。これでは自分の意図と真逆だ。しかし秀多の想いを汲んでやりたい気持ちもある。しばらく一人で葛藤していたところ不意に後ろから肩を掴まれた。
「やあやあ、お嬢さん一人?」
「愛理……」
新手のナンパかと思う口振りで、もう一人の幼馴染である愛理が美都の肩越しに顔を覗かせた。彼女の登場にもだんだんと慣れてきた。ハァと小さく息を吐くと彼女の手が自分の頭の上に置かれた。
「浮かない顔だねぇ。どれ、お姉さんに悩みを話してごらんよ」
「お姉さんって……同い年でしょ」
「ちょっとだけあたしのが年上でしょ。ほらほら」
確かに彼女の方が数ヶ月誕生日が早いが同じ年に生まれたのなら然程差はないのではないだろうか。しかし無駄に異を唱えることはせず、そのまま肩を並べるようにして廊下の壁にもたれかかった。
「で?  どうしたの?」
「んー……距離感を掴みかねてる、気がして……」
「……誰との?」
愛理からの鋭い質問に眉を顰める。何の距離感という具体的なことは伝えていないにしろ、すぐさま彼女はそれが個人だと理解したようだ。しかしここで名前を出すのは良くないような気がして、しばらく考えたのちに、
「────他人との」
と無難にそう答えた。
そうだ、彼は赤の他人だ。遠縁というのは体裁上だけで守護者のことがなければ恐らく今でも関わることがなかっただろう。接点などまるでなかったのだから。
今のこの不可思議な関係のせいで、つい近くにいるように錯覚してしまいそうになる。でもそれは間違いだ。そう思っておきたいのに周りの環境に飲まれてしまいつつある。
「……美都はさぁ」
「──……?」
「どう思ってるの?」
「どう、って……」
美都を横目で見ながら、愛理がおもむろに質問を投げかけた。その質問を受けて目を瞬かせ言葉の意味を考える。
彼は同じ守護者として大切な存在だ。もちろんそこに守りたいという気持ちもある。以前怪我をさせてしまったときに、彼は身を挺して自分を庇ってくれた。だから今度は自分がそうしたいと思う。
不意に衣奈との会話を思い出した。守りたいと思う気持ちも人を好きなことの表れなのだと。だがこれが本当に恋愛的にそういうことなのか計り切れずにいる。
「──美都」
しばらく沈黙を貫いていた愛理が再び名を呼んだ。そして壁から背を離すと今度はおもむろに美都の前に立った。彼女が片方の手を壁につけたままのせいもあるがその距離は近い。改めて愛理の背の高さを思い知る。
「?  ……愛理?」
黙ったまま自分を見つめていた愛理の名を呼び不意に顔を見上げた。彼女の自由な右手が頬に触れる。どうしたのだろうと首を傾げているとようやく愛理が口を開いた。
「ねぇ……ドキドキする?」
「……?  ううん、別に……。どうしたの?」
昔から触れ合っている彼女の指は逆に心地よいくらいだ。その手つきも至極優しい。普段の煩雑な行動の中にもそれが見え隠れしている事は知っている。これは彼女のコミュニケーションの一環なのだ。
「……そう。じゃあこれが、あたしじゃなかったら?」
「え──……?」
愛理じゃ、なかったら?
その言葉に思わず目を見開いた。そして同時に似たような構図が脳裏を過ぎる。
首筋に触れる手は熱を帯びていて。自分を映す赤茶色の目から視線を逸らすことが出来なかった。あの時は確か、心音がもっと煩かったと思う。
思い出した途端一気に顔が紅潮する。それを隠すように慌てて手の甲で顔を覆った。
「──なるほどね」
愛理がそう小さく呟く声が耳に届いた。ハッとして顔を上げると彼女からいつものような笑顔が消えていた。
「愛理?  どうしたの……?」
珍しい表情をする彼女に首を傾げた。直後に彼女はふっと笑みを戻し、そのままガバッと美都を強く抱き寄せた。
「ちょっ……!  愛理!」
「油断したわねー、美都」
「もーっ!」
彼女の腕の中で必死に抗議する。しかしあのまま自分の顔を見続けられなくてよかったとも思い安堵もした。少しだけ心臓が早く鳴っていることに戸惑っていたところだ。
「あー!  ちょっと愛理!  ずるい!」
尚も限られた視界の中、聞き慣れた声が耳に届いた。この声は凛だなと思いながら彼女の腕越しに確認する。この状況を目の当たりにして身体を震わせているようだ。
そのすぐ後に凛が割って入り、いつもの展開になった。美都にちょっかいを出す愛理を凛が嗜める。最近はこの構図が成り立ちつつある。
彼女から離れて──引き剥がされたというのが正しい──今一度先程の感情について考えてみたがどうにもはっきりとしない。むしろ自分が思い出した光景に恥ずかしさで居た堪れなくなりそうだ。二人のやり取りを目の前で見ながら、美都は小さく息を吐いた。





「おっ、珍しい組み合わせ」
そう呟いた和真の視線を追うと、廊下では美都と秀多が何やら話し込んでいるようだった。彼女の顔からは焦りの表情が見て取れる。何か良くないことがあったのだろうか。
「割って入らなくていいのか?」
「……過干渉だろ」
「ま、そうなるか」
そう返したのは良いが表情は渋くなる。和真に関しては完全に状況を楽しんでいるようだ。昨日二人が何かを話し合っていたのは知っているので恐らくそれ絡みだろう。内密な相談というのが気にならないわけではないが干渉し過ぎるのは良くないと弁えてはいる。
「ここまで来ててなんで言わねーの?」
同じ質問を昨日秀多にもされた。言わないのではなく言えないのだ。生活圏が被っているため下手に伝えると影響が計り知れない。それがプラスに働けば問題はないが現状は必ずそうなると言えないのだ。
「あいつも同じとは限らないだろ」
そうだ。相手の気持ちがわからない以上、ただ一方的に自分の想いを伝えることは重荷になりかねない。危惧すべきは彼女との関係だ。
四季の苦虫を噛み潰したような表情を横目に、和真が呆れたように息を吐いた。
「まぁあいつ鈍いからなー。でもうかうかしてたらまずいんじゃねぇ?」
「何がだよ」
「最近は愛理の妨害もあるし、高階とも仲良いだろ?  元々人見知りしない奴だからいつ誰に絆されるかわかんねーぞ」
和真の冷静な解説にグッと唇を噛み締める。彼の見通しは正しい。美都の長所でありながらも周りを心配にさせる点は、彼女の警戒心の薄さだ。その柔和な雰囲気が親しみやすいところなのだろう。それに於いては音楽教師である高階も同じような雰囲気がある。だから波長も合うのかもしれない。昨日も楽しそうに会話をしていた姿が思い出される。
「だが四季、良いことを教えてやろう」
「は?」
「修学旅行だ。おい春香!」
「……は?」
四季の反応を待たずして和真が級友の名を呼んだ。呼ばれた本人が何事かと目を瞬かせてこちらへ向かって来る。
「何よー」
「作戦会議だ。修学旅行の」
「!  ははーん」
その言葉にピンと来たのか一瞬四季をちらりと見た後その顔に含み笑いを浮かべた。この二人は級友というよりも悪友という言葉の方が合うのかもしれない。しかもよりにもよって揃って頭が良い。何かお節介なことを考えているのかもしれない。
「ちょっと待て。まだ同じ班になるって決まったわけじゃないだろ」
「なるだろ、間違いなく。秀多もその相談だと思うぜ」
「あーそういうことだったの。なるほどねぇ」
この二人は本人に問わずして何故相談内容を把握しているのだろうか。そうだとしても秀多がわざわざ美都に相談する理由を測れずに混乱していると、廊下で彼女と話していた秀多が戻ってきた。
「あー……四季」
自分の顔を見るなり秀多は苦い表情を浮かべる。そして視線を逸らしながら肩に手を置いた。
「俺は友情を取ったぞ。頑張ろうな。な?」
「だから何なんだ一体!」
戻ってきていきなり憐れむように励まされたということはあまり良い話をしていなかったのではないか。それにしても何故自分に関係があるのか理解が出来ず声を荒げた。どうどうとそのまま秀多に諫められる。
廊下に残されたままの美都に目を向けると早速例の女子生徒に捕まっている。全く抜け目がない。その光景にも頭を抱えたくなる。
最近上手く立ち回れていない自分にも辟易とする。そういった点では修学旅行という行事は一旦仕切り直すのに良い機会なのかもしれない。級友たちのお節介にこれ以上振り回されてなるものか。
そう強く思い直すと、四季はおもむろに窓の外に目を向けた。


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