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新緑の頃、再び -鍵を守護する者②-
一方、櫻家からの所感
しおりを挟む処置を終えてすぐ隣の自宅へと戻ると、扉を開けた瞬間小さい足音がこちらへ向かってくるのがわかった。
「おかえりなさい!」
「ただいま」
溌剌とした娘の那茅の出迎えに瑛久は顔を綻ばせ、幼子の頭に手を乗せて優しく撫でた。
正式には本日2度目の出迎えになるのだがこの笑顔が見られるのなら何度でも嬉しいものだ。
靴を脱ぐと治療箱を片手に那茅を抱きかかえそのままリビングへ歩く。
「おかえり、ありがとう」
キッチンで手を動かしていた弥生が瑛久に目を留め、礼を伝える。
帰宅するや否や、一息つく暇も無く四季の怪我の様子を見に行ってくれと彼女に頼まれたのだ。何があったのかと訊くとどうやらスポット内で見たことない女に襲われたらしいとのことだった。
耳にしたときは四季がヘマするなんて珍しいと思ったが美都を庇ってと聞いて納得した。
「四季くん大丈夫だった?」
「まあ痛そうにしてたけど大丈夫だろ」
怪我の様子を見ていないだけに弥生が心配そうに瑛久に声をかけた。
予想よりは若干酷かったものの、あまりそう言ったことは伝えるべきではないと考慮し当たり障りのない回答をする。
治療箱をリビングテーブルの上に置きながら那茅をその場に下ろすと、会話を聞いていた幼子がおもむろに疑問を口にした。
「しきくんいたいの?」
「那茅も怪我には気を付けるんだぞー」
「うん! きをつける!」
そう言った途端、弥生の元へ駆けていったので一体あのお転婆さはどこから来たのかと思わず苦笑してしまった。ちょうど走り回る時期なので常日頃意識を持ってほしいという意味を込めたのだが、那茅にはまだ理解できなかったようだ。
治療箱を片していると、出来上がった料理の盛り付けをしながら弥生がいつもより明るい声で言葉を発した。
「ね、あの二人どう思う?」
「ったく、おせっかいだなー」
「だって気になるじゃない」
あの二人というのは固有名詞を出さずとも誰のことかわかった。互いに共通して解る二人と言うのは最近では先程会ってきた彼らしかいない。
弥生はその状況を楽しんでいるようだった。
「まあ面白いんじゃないか。噛みあっていないところが」
先程のことを思い出す。
自分のことを庇って怪我をした四季を心配する素直な美都と、そのことについて心配かけまいとして強がる意固地な四季。怪我の様子から見て相当我慢していたようにも思える。
よくあれだけ耐えたものだと感心したが、彼女に気を遣ってのことだったのなら納得は出来る。
その割に美都に対して冷たく接しようとしているのは恐らく今の距離を測りかねているからだろう。
「あの年頃の男の子ってどうしても強がっちゃうのよね。素直になればいいのに」
「プライドとかな、いろいろあるんだよ男にも。特に四季なんて一つ上だし」
配膳された料理を弥生がカウンターにのせていき、それを受け取りながらテーブルへ回す。那茅は弥生から箸を並べるよう依頼されていた。
そうだ、彼らのちぐはぐな所は年齢のせいもあるだろう。四季が一つ上であるにも関わらず同じ学年、加えて同じクラスときた。
彼にとってはやりにくいに違いない。家でも学校でも気が抜けないのだ。恐らく無意識に、一つ上だという自覚から気取ってしまっているのだろう。
そう考えると四季に同情せざるを得ない。
「あの子天然っぽいしな」
「あら、美都ちゃんは天然じゃなくて鈍感なのよ」
距離を測ろうとする四季に対して、美都はただ感情のまま彼に接しているように思える。
だから自然と彼女からの距離が近くなるのだろう。無意識とは恐ろしいものだ。美都は四季に対して普通に接しているように見えるがあれは完全に無自覚なのだと思う。
対して彼は、何かを感じ取りつつある。だがそれに気づかないふりをしていると言った様子か。
一通り配膳を終えて各々席につく。那茅の「いただきます」という元気な合図とともに合掌した後テーブルに並べられた料理に手を付け始めた。
「良い感じだと思うんだけどなー、あの二人」
「自覚したらすぐなんだろうけど、どっちが先に自覚するかだな」
「どっちだと思う?」
先程脳内で考えていたことを再び呼び戻すが答えは明確だった。
「──四季」
「賭けにならないわ」
「賭けようとするなよ。うら若き少年少女だぞ」
こんなところで賭け事に使われようとしているだなんて思ってもいないだろう。可哀想に。
だが彼らの動向が気になるのは確かだ。弥生とはほぼ同意見で先に自覚した四季がどう出るかだと思っている。
「普通なら女の子の方がこの手の話には敏感なはずなんだけど……いたたまれないわね四季くん」
「同情するよ」
「ま、手を出したらただじゃおかないけどね」
四季のことを庇ったかと思えば次の瞬間には針で風船を割る勢いで敵側に回るのだから恐ろしい。
咀嚼しながら苦い顔を浮かべる。
「お前はどっちの味方なんだ」
「美都ちゃんに決まってるでしょ。ねー那茅?」
「あ、ずるいぞ」
まだ物事の判別もままならない幼子を巻き込むとは。
那茅は食べながらきょとんとした顔をしたが次の瞬間にはパァっと表情を明るくさせて答えた。
「うん! みとちゃん!」
「そうよねー」
こうなっては完全に分が悪い。そもそも何も競ってはないのだが。
瑛久は再び苦い顔で息を吐く。
せめて俺くらいはあいつの味方でいてやろう。でないと本当にいたたまれない。不憫だ。
そう考えながら瑛久は目の前でタッグを組む母娘を見て心に誓った。
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