特撮特化エキストラ探偵

梶研吾

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ヒーローショー乱入!

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 池袋に着いたのは十七時過ぎ。
 幸いなことに唐敬デパートは駅前だ。
 エレベーターが待ちきれず、エスカレーターを早足で登っている時に、野木原に連絡していなかったことに気づく。エスカレーターを上がりながら、野木原に電話を入れる。

 「どうだ?」
 
 野木原の第一声。

「もうちょいな感じです」
「本当か? レイカは見つかったか?」
「それはまだです。ということは、そっちにも連絡は……」
「柴田マネージャーにも浜崎社長にも、まったく連絡はない」
「現場のほうは?」
「黒田監督とC3POとR2D2が、一丸となってなんとかやってくれてる。ヤバイのは、商品撮りがあるから、スポンサーから見学に来たいって連絡が入ったことだ」
「マジっスか」
「とにかく急げ」
「わかってるっス」
「スポンサーに電話するから切るぞ」
 
 切れる。
 的矢は屋上階へのエスカレーターに乗り換える。
 踊り場のところに、『デリートマン』のヒーローショーの告知ボードが置かれている。素早く眼を走らせる。時間は最終回が十七時。もう始まっている。屋上からアナウンスの声が響いてくる。ヒーローショーの司会をしている女性の声だ。

「デリートマンか」
 
 エスカレーターを降りながら、的矢は呟く。的矢が熟知している特撮ヒーローの一人。
 屋上に出る。
 女性司会者の白熱した声が耳を打つ。

「さあ、みんなで一緒に! 助けて、デリートマン!」
 
 的矢も子供達と一緒に叫ぶ。助けて、デリートマン!
 土曜日の夕方。屋上に設置された客席は、けっこうな数の親子連れで埋まっている。中に、若いカップルと中年男性の姿も散見できる。間違いなく特撮ファン。
 ステージ上には、テーマ曲に乗って、デリートマンが現れる。敵は魔界獣数匹。
 スーツアクターは全部で五、六人だ。その中に舞坂もいるはずだ。デリートマンか、魔界獣か。助っ人だからといって、絡み役とは限らない。主役かもしれない。舞坂の動きのクセを知っていれば、スーツを着ていても即座に分かる。だが、的矢に舞坂の動きのインプットはない。どうするか。
 客席の隅で、的矢はしばらくデリートマンと魔界獣とのバトルを見物する。ついつい副業中であることを忘れてしまいそうになる。躰がデリートマンに併せて動いてしまう。自分にも肉体と体力があれば……。
 突然、勘が閃く。
 舞坂の動きのインプットがなければ、逆にアウトプットしてもらえばいい。
 的矢は客席の前列へと歩いた。最前列へ向かう。席は空いていない。最前列横の通路に座り込む。ステージを見上げる。睨みつける。デリートマンから魔界獣の一匹一匹を。

「誰かデリートマンに力を貸してくれる人はいないかなあ!」
 
 司会の女性の声が客席に飛ぶ。的矢の予想通り。客席を巻き込む演出は、ヒーローショーのお約束の一つだ。
 デリートマンと魔界獣達も客席のほうを見る。デリートマンは手招きし、魔界獣は大仰に威嚇する。
 必然、客席の最前列脇の通路に座っている的矢と眼が合った。
 的矢は冷静に観察する。
 舞坂は、的矢の姿を認めれば動揺する。
 動きにわずかな動揺が出るのは、デリートマンか、魔界獣のどれか。
 スーツアクターは着ぐるみの動きだけで感情を表現しなければならない。気持ちが、アクションになって出る。細かく読み取れば、スーツアクター自身の心の揺れすらも掴める。
 的矢はスーツアクターの動きには眼が肥えている。幼少時から特撮番組を食い入るように観てきて、ヒーローやヴィランの”中の人”にも注目するようになった。観察し続け、勉強を重ねた。読み取るのは十八番だ。
 すぐに分かった。
 魔界獣の一匹。
 間違いない。
 選ばれた子供の一人が、客席からステージに上がる。デリートマンが迎える。
 魔界獣が迫る。
 デリートマンと子供が手を繋ぐ。向かって来た魔界獣にキック。やられた魔界獣はステージ袖へと退散する。スモークが噴き出して、その姿を隠す。
 舞坂の魔界獣は、デリートマンと子供のダブルパンチを受けた。大きくのけぞり、オーバーアクションでステージ袖へ。また大量のスモーク。
 そのまま逃げられるとヤバい! 的矢はステージへ駆け上がって行った。
 客席がざわめく。

「あ! ちょっと! 大きいお友達は上がって来ちゃダメです!」
 
 司会の女性がアドリブを利かせて、的矢を止めようとする。無視して、的矢はスモークの中へ飛び込む。白の世界。何も見えない。
 誰かに肩を掴まれる。振り返る。デリートマンだ。中に入ったスーツアクターが何か叫んでいる。マスクに遮られて聴きとれない。デリートマンの腕を振り払い、舞坂の魔界獣を探す。

「デリートマン、戻って来て! 子供を置き去りにしないで!」
 
 女性司会者が喚く。
 的矢の視界の中に、魔界獣の背中が見える。掴もうとするが、手が届かない。思いきって、的矢はジャンプした。そのまま魔界獣の背中に突っ込む。重なり合って床に倒れた。
 的矢の躰の下で、魔界獣が暴れる。中からくぐもった声が聴こえる。離せ、離せ、と叫んでいるようだ。

「舞坂さんですよね? 剣持さんから聞いて来たんです! 聖レイカちゃんを早く現場に入れないとヤバいんだ! 彼女のこれからの女優生命にもかかわりかねない!」
 
 的矢は魔界獣にできるだけ口を近づけ、大声で一気に告げる。息が切れる。
 魔界獣の動きが止まった。
 魔界獣のスーツの背中にジッパーが見えている。的矢は両手の指で掴み、渾身の力で引き下ろす。
 プハーッと漫画の擬音のような呼吸音を放って、スーツの中からTシャツ姿の男の上体が飛び出した。躰中から熱気が放射される。  

「あなた……マスコミの人じゃ……?」
 
 汗まみれの舞坂の顔が振り返る。写真ではなく、ついに生対面。ウォンビンのNGであることに変わりはなかった。

「違うっスよ。撮影現場からレイカちゃんを探しに中抜けして来た者です。レイカちゃんの居場所、知ってますか? 手がかりはあなただけなんだ」
 
 舞坂が視線を逸らす。沈黙。荒い息使いだけ。

「時間がないんスよ。何か知ってるようなら……」
「本当にレイカちゃんは現場に来てないんですか?」
「嘘ついてどうするんスか、こんな状況で」
「電話には? LINEはどうです?」
「事務所のマネージャーから社長まで、みんなが連絡してますよ。けど、繋がらないんだ」
 
 舞坂がスーツの中から立ち上がる。勢いに押されて、的矢はハネ飛ばされる。

「一緒に来て下さい!」
 
 舞坂がスーツから両足を抜く。疲れもみせずに駆け出す。的矢も慌てて後を追う。息があがって、腰と足が痛い。屋上に設置された大時計のデジタル表示を見る。
 十八時を過ぎている。
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