スペアの聖女

里音ひよす

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閑話 聖女ヒルダ4

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 ヒルダが神殿に送り返された。
 予定していた日程より大幅に早く神殿に戻ったのは聖妃の部屋を破壊しつくしたからだろう。
 ドレスもアクセサリーも強請らない聖妃なので部屋の改装程度の出費は問題ない。

 室内を風魔法で破壊尽くしていたが彼女は心が優しいのだろう。

 「カマイタチ」

 というまったく聞きなれない呪文を唱え風の刃を作り出してはいたが、決して私の体に傷をつけないように魔法を使っていたし、窓から飛んだ寝台は落下時に飛び散った窓ガラスの破片の僅かな欠片も風魔法を使って下にいる者を傷つけないように空中で集めて危険のない場所に落としていた。
 そんな気遣いが出来るのに何故にあんなに嫌われようとしているのだろうか。

 神殿の神官達は心労で次々と体調を崩す者が現れているという。
 だが、よく調べればヒルダが突っかかっていく神官達は選民意識の強い神殿でも傲慢な振る舞いをしている者ばかりなので、人を見てわざとやっているのだろう。
 行動を調査させれば次々と現れるヒルダの良い面に私は惹かれていた。
 この国に召喚された時点でヒルダは聖妃なので私の妃だがヒルダは誰とも結婚しないと荒れている。
 この少し抜けている所も可愛いな。
 白い結婚でもすでに私と婚姻関係になってしまっているので、もう私の妃だということを度々忘れているのだ。
 
 私が側妃を持てるようにヒルダも他にも夫を持つことを許されている。
 
 この人がいたら幸せって人を見つけなよってヒルダは私に言ったが、ヒルダの事を私が知らないように私の事をヒルダは知らない。
 決められた枠の中で、その立場の者らしい行いをしていた私の心に溜まっていた鬱々とした感情を吹き飛ばしてくれたのだ。

 ヒルダが側にいればきっと私は幸せなのだろう。

 ヒルダは私の求愛を雰囲気に流されるな!騙されるな!と鬱陶しがっていたが一晩中語り合うことでお互いに名前で呼び合うことは定着出来たようだ。

 神殿に連れ戻されたヒルダは案の定反省室へと閉じ込められたらしいが、ヒルダが2人目の夫を持つとなると大抵は側に仕える神官の誰かと恋に落ちる場合が多い。
 神官の中に今のヒルダを恋愛対象として見る者がいないという報告に少し安心した。
 

 間者を送り込んでいた宰相はその報告書を読みながら

 「本当に国王陛下は聖妃様だけでよいのですか?」
 と側妃を置かないことを告げたことを思い直すように幾度となく助言してくる。

 「ああ、ヒルダはあんなに元気だろう。さぞかし沢山子供を作れるろうな」

 「確かにお元気な方ですねど・・・」


 聖妃の部屋の改修が終るまで神殿で過ごすことになるが、工期がなるべく短くなるように指示を出した。




◇◇◇

 怒りのあまり我を忘れてしまったけれど、結果的には神殿に戻ってすぐに反省室に入れられたから私の行いは大成功だってことよね。
 聖妃の部屋が整うまでの間はまた神殿で過ごすけれど、改修が済めばすぐに王宮に寄こすようにと国王から命じられているらしく、聖妃の部屋を破壊しつくした後に、朝まで無理矢理語り尽くすことになったこの一連の出来事を総じて『熱い夜を過ごした』とオズワルドは至極ご満悦な様子だったそうだ。

 ヤバいわね、かなりヤバめね。

 オズワルドはあれがお気に召したなんてかなり特殊な性癖だと思う。
 
 私は穏やかに暮らしたい派だからやっぱりオズワルドとは根本的にあわないと思うわ。
 怪我をしないように気を付けてあげたけれど、もし怪我なんてさせていたら更に興奮していたかもしれない人物とこの先対峙していかなければならないて・・・怖いわ。

 先程昼食と一緒に焼き菓子も地下の反省室に持って来てもらった。

 「こんな少ない量じゃ足りない。もっと寄こせ!!」
 と欲張ってみた結果大量の日持ちする焼き菓子が届けられた。

 昼食のパンとスープと水、大量の焼き菓子を倉庫で見つけた籠に入れると、私はまた前回同様に地下二階に続く入り口をこじあけて階段を降りて行った。

 魔人が200年放置されていたってことが気になって仕方なかったから。
 そうだ、私はあの青い髪の魔人を見た時からずっと気になっているのだ。
 
 どの国にも魔獣や魔物は生息しているけれど、魔人のようなけた外れの闇の魔力を持つ者はこの国ではこの魔人以来現れることはなかった。


 私は早く魔人に会いたくて急いで階段を駆け下りた。

 王宮で思うままに風魔法を使う事が出来たので、光球を頭上に浮かび上がらせるなんてわけなく出来るようになったのでやっぱり魔法って使わないと上達しないのだろう。

 神殿の地下は以前と同じように人の気配はない。

 この間は魔人は生きていたけれど今はどうなのだろうか?

 階段が途切れるとすぐに声がかかった。

 「また来たのか?」

 光球の灯りで私の立つ場所は明るく、魔人の入れられている牢からは良く見えるのだろうか?
 私の事を覚えていてくれていることに安堵した。
 光球で照らされた魔人の青い髪が鮮やかだ。
 この青い髪色がブルーアワーって言われている夜明けの空の色に似ているのだ。

 私はこの夜明けの色が好きで元の世界ではまだ暗いうちからジョギングをするフリをして家から出ては空が明けていくのをよく待っていた。
 暗闇の中ではその美しい青い髪が隠れてしまうのでもったいないと思った。


 「また来たわよ。この間は貴方が一人になりたいみたいだったけれど、今回は帰るつもりはないから」
 「迷惑だ。我の空間を一時的な好奇心で乱すのか」

 「私が飽きたらここに来なくなるって思っているのかしら?安心して頂戴、私はしつこいのよ」

 「ああ、お前はしつこいからな。もう一度言うが迷惑だ、すぐに立ち去れ」

 「食事を持って来たのよ、どうやって栄養補給しているのか知らないけれど、喋れる口がついてるならそこから食事も食べれるんじゃない?」

 「お前は私の話を理解出来ていないのか・・・・?」

 「失礼ね、私はそこまで馬鹿じゃないわよ。元の世界に戻れない貴方のことが心配だから気になって来たのよ」

 この世界では私は求められて召喚されて閉じ込められている。
 目の前の魔人はこの世界にどうやって来たかわからないけれど、元の世界に戻ることなく閉じ込められて死ぬことを待たれている。

 共にこの世界に閉じ込められた者として、気になってしかたがなかったのだ。

 鎖につながれているからと言って危険がないとは言い切れないので風魔法で防御のシールドを張りながら籠を魔人の側へと移動させた。

 「これを食べろと言うのか・・・?」

 「案外美味しいのよ食べてみてよ。私が作ったわけじゃないけどね」

 「何故我に構ってくるのだ、お前達にとっては我ら魔に属する者は排除の対象だろうに」

 「何故って・・・お腹が空いているかもしれない人が自分の住んでる下で暮らしてるのよ、それを知ってしまったら気になるじゃない」
 籠の中を見ようともしない魔人の態度は想定内だし、気長に魔人と向き合ってみようと考えていた。



◇◇◇

 「私の名前はヒルダ。さあ呼んでで頂戴、ヒルダよ。ヒルダってさあ今すぐ呼んで頂戴」

 「何故我が従わねばならぬのだ」

 翌日にヒルダが地下二階に降りたところ籠の中の食糧は消えていた。
 牢の中を見渡しても何もないので食べてくれたのだろう。

 それから毎日食糧を地下二階へと運び始めた。

 魔人はいつも同じ姿勢で牢の中に座ったままだった。
 
 聖妃の部屋の改修は進んでいるのかどうか知らないけれど、私の反省室での生活は10日目になっていた。
 過去最長かもしれない。
 昨日、一度地下の反省室から出されたんだけど、廊下で「こんな女をよく気に入ったものだ」ってわざわざ聞こえるように言ってきた神官がいたから風魔法で吹き飛ばしたからまた戻って来れた。
 神官の中には選民意識の強い輩も多くって、貴族には媚びた笑顔で神殿の中を付き従うくせに、地方から初めて訪れた平民がトイレの場所を訊ねただけで

 「自分で探してくれますか」
 と関わるのが面倒くさいとばかりに態度を変える人もいる。

 神に仕える神官の質が下がり過ぎてることが不愉快で、まだ地下二階で魔人と過ごしたほうが気が楽だわ。
 魔人には時折「ここから出ていけ」などと言われるが、出て行けと言われる回数が減っているので少しくらいは地下二階に居てもよくなったのだろう。

 「私は名前を教えてあげたのにどうして貴方の名前を教えてくれないの?折角だし私に名前を呼ばれてみない?」
 数日前から名前を呼ぶように頼んでいるが相手にされていない。

 「名前で呼ぶと親密さが増すんですって」

 「何故お前と親密にならねばならない」

 「私が親密になりたいからよ」

 「馬鹿な奴だな、闇落ちしたいのか?」

 「私を闇落ちさせる魅力があるって言うのかしら?そんなに愛想がない魔人に心を持っていかれる人なんていないわよ。もっと口説き文句なり磨いて言ってよね」

 「・・・・・出ていけ・・」
 
 「嫌よ、出ていかないから」

 私が魔人のように床に座り込んだら初めて魔人は表情を崩した。
 少しだけ笑うその笑顔が見たかったのだ。

 「お前は・・・そうだったな」
 魔人は私を見ながら、だけど私に向かってではなく誰かに向かって呟いた。



  思い出した。

 私はこの魔人にもう一度会いたくてこの世界に来たかったんだ。
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